先進企業に学ぶ(課題別編) – 組織と人で起きた問題を、16社はどう解決したか|機能が足りない、人が採れない、意見が出ない、現場が回らない

ローカルグローススタジオは、『地方企業にスタートアップのような成長を』というテーマで、コンテンツ発信と支援サービスを展開しています。この記事では、実践的なビジネスノウハウを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。

この記事は、「先進企業に学ぶ」シリーズで取り上げた31社のうち、組織と人の場面で問題が起きた16社を、問題の種類ごとに並べ直したものです。自社に足りない機能を社内では育てられなかった、人が採れず業界全体で人がいなかった、社内で意見が出ず議論がまとまらなかった、長時間営業と人手不足で現場が回らなくなった、経営者本人の健康や年齢が事業の前提になっていた、働き方を変えた結果を数字にして公表した、という6つの問題を扱います。

どの問題も、1社だけの話ではありません。同じ問題を経験した会社を並べると、解決の仕方の共通点と、会社ごとに違った条件の両方が見えます。各章は「起きたこと」「それぞれの会社がどうしたか」「共通点と分かれ目」「自社に当てはめるなら」の順です。会社ごとの説明は、そのときの状況、下した判断、その後の結果の3段で書き、個社の記事へリンクしています。詳しい経緯と一次資料は、リンク先で読めます。

この記事の要約

組織と人の場面で起きた問題は6つです。人を外から入れる場面(1章と2章)、人が働く形を決める場面(3章と4章)、人がいなくなる場面とその結果を外に出す場面(5章と6章)の順に並べています。自社に近い問題の章から読めます。

起きた問題起きた会社どう越えたか
自社に足りない機能を、社内では育てられなかった(1章)飛騨産業、甲子化学工業、サグリ、石屋製菓、サタケ採用や育成で埋めるのではなく、大学、デザイナー、代理店、同業大手、金融機関、自治体という外の相手と組んで機能を確保しています。甲子化学工業は、16人の会社が雇用で持てない機能を案件ごとに組んで確保しました
職人や人材が採れず、業界全体で人がいなかった(2章)飛騨産業、こゆ財団、マイファーム、いろどり募集の仕方を変えるのではなく、人が育つ場所を自分たちで作っています。成果が出るまでには4年から6年かかっています
社内で意見が出ず、議論がまとまらなかった(3章)ヤッホーブルーイング、石屋製菓、カヤック、サタケ、古屋旅館原因を人の性格ではなく仕組みに置き、呼び方、役職と評価基準、決め方の手続き、覚え方のほうを変えています。石屋製菓は係長と主任と主査の役職を廃止し、リーダーを立候補と選挙で決める形にしました
長時間営業と人手不足で、現場が回らなくなった(4章)ベアレン醸造所、タルマーリー、古屋旅館人を増やして回す方向ではなく、黒字の店を閉じる、主力事業をやめる、顧客が選べる幅を1つ減らすという形で、売上や利便のほうを手放しています
経営者本人の健康や年齢が、事業の前提になっていた(5章)タルマーリー、鈴廣かまぼこ、いろどり、玉川堂担う人を増やして属人性を減らす側と、身体の限界を受け入れて事業の形のほうを合わせる側に分かれています。鈴廣かまぼこは、自分の舌が届く範囲を会社の規模の上限にしています
働き方を変えた結果を、数字にして公表した(6章)ベアレン醸造所、ファクトリエ、古屋旅館良い数字だけを出さず、労働時間と利益、取引先の悪化した割合、採用の応募数を並べて公表しています。ベアレン醸造所は残業時間54%減と経常利益146%増を同じ場所に載せました

参考資料一覧

この記事は、次の個社記事から事実と発言を抜粋しています。各社の一次資料(公式サイト、取材記事、開示資料)は、それぞれの記事の参考資料一覧に載せています。

数字で見る組織と人の変化

会社組織と人の場面で起きたこと数字出典
飛騨産業自前の職人養成校を開校してから、技能五輪全国大会の家具職種で初の金賞が出るまで6年(2014年から2020年)個社記事
甲子化学工業素材開発と自社商品という2つの柱を足したときの従業員数16名(パートを含む、2024年9月時点)個社記事(本人談)
サグリ農学の研究者を取締役に迎えた時期と、その後の従業員数2021年1月に就任、従業員63名(2025年度、業務委託を含む)個社記事
石屋製菓売上が落ち込んだ年と、係長と主任と主査の役職を廃止した年2020年度に年商210億円ベースが70億円へ、翌2021年に廃止個社記事(本人談)
サタケ創業から、初めて創業家以外の社長が就くまで125年(1896年から2021年)個社記事
こゆ財団起業家育成の4期までの参加者と、新富町へ移住した人数約80名のうち7名個社記事
マイファーム農業を学ぶ学校の累積入学者が1,000人から2,000人になるまで約4年半(2017年10月から2022年3月)個社記事
いろどり葉っぱビジネスの生産者数と、株式会社いろどりの従業員数生産者130件(2025年11月時点)、従業員3名(2026年3月末、うち臨時1名)個社記事
ヤッホーブルーイング社員数が4倍以上になった期間10年(2012年比。2022年4月に200名を突破)個社記事
カヤック3人が対等な代表取締役を続けている期間20年以上(2005年の株式会社化から)個社記事
古屋旅館勤務シフトの作成にかかっていた時間2週間から1時間へ個社記事
ベアレン醸造所働き方改革の期間に変わった残業時間と経常利益残業時間が前年比54%減、経常利益が2016年度比146%増個社記事
タルマーリー製造を任せていたスタッフが独立し、常勤スタッフがいなくなった時期2025年春個社記事
鈴廣かまぼこグループの従業員数653名(2025年8月時点)個社記事
ファクトリエ提携工場が課題として若手人材の採用を挙げた割合2.56%から16.7%へ(調査対象21社)個社記事
玉川堂職人の人数と、そのうち女性の人数21名のうち7名(2018年5月時点)個社記事

数字の読み方を、先に2点断っておきます。1つは、ここに並べた人数が同じ基準で数えたものではないことです。従業員数は資料によって数える範囲が違い、ベアレン醸造所では32名、正社員40人とパート20人、52名という3通りの記載が並んでいます。2つ目は、人数の多さや増減と、組織の良し悪しが別だということです。従業員3名のいろどりも、653名の鈴廣かまぼこも、この記事では同じ重さで扱います。

1. 自社に足りない機能を、社内では育てられなかった

起きたこと

事業を進めるのに要る機能が社内になく、その機能を持つ人を社内で育てる時間もなかった会社が5社あります。飛騨産業は、輸入家具の増加で経営が悪化し、飛騨地方の木工家具メーカーが1974年の76社から2017年には25社まで減るなかで、価格で競わない商品を作る必要に迫られていました。甲子化学工業は、パートを含めて16名で、営業部門を持たず商社からの受注ですべてを回す会社でした。サグリは、衛星データを扱う技術はあっても、土壌と作物の側の知見が社内にありませんでした。石屋製菓は2007年の賞味期限の改ざんと衛生の問題の後、外部委員会から衛生管理とコンプライアンスと労務管理の3つの体制について改善を求められています。サタケは1896年の創業から初代と2代目が精米の技術を積み上げましたが、松本和久社長の説明では、そのままでは田舎の製作所で終わっていた可能性もある会社でした。

それぞれの会社がどうしたか

飛騨産業は、企画とデザインを社内で育てず、外部と組み続けました。 2000年に社長へ就いた岡田贊三氏は、工場にあって節材として捨てられていた木材を主役にした「森のことば」シリーズを2001年に発表します。この商品はデザイナーの佐々木敏光氏との協業で生まれました。次に取り組んだ国産スギの圧縮では、転換点を示したのが岐阜大学の棚橋光彦教授の助言です。

「『岡田社長のところには曲木の技術があるじゃないですか。あれは内側を圧縮して固定するから曲がっているのです。あの技術を表面に使えば、圧縮は可能なはずですよ』」

飛騨産業はその後も、柳宗理氏、エンツォ・マーリ氏、川上元美氏、隈研吾氏と組み、2022年からは海外のデザイナーと組む「KOYORI」というブランドも始めています。エンツォ・マーリ氏との協業は2003年から2008年まで続き、50アイテム超が開発されました。企画とデザインは社内で人を育てるのに時間がかかる機能で、そこを20年以上にわたって協業で埋めています。

甲子化学工業は、16人の会社が雇用で持てない機能を、案件ごとに組んで確保しました。 3代目候補の南原徹也氏が廃棄物を使った素材の開発に着手したとき、要る機能はほとんど社外にありました。素材の科学は大阪大学大学院の宇山浩教授、企画とPRはTBWA HAKUHODO、プロダクトデザインはスタートアップスタジオのquantumという組み方です。原材料と地域の信用は、処理費用を負担していた北海道猿払村との提携で得ています。約3年で新素材が完成し、それを使ったヘルメット「HOTAMET」を2022年12月14日に発表しました。土木への展開では、清水建設ほか8者と連合を組んでいます。

「20人に満たない小さな企業でやり繰りしているので、大変ですが、毎日、変化があって面白い」

甲子化学工業は、この進め方で大阪・関西万博のCo-Design Challengeに2期連続で採択され、iF DESIGN AWARD 2024で金賞を受けています。近畿経済産業局の取材では、採用面でも応募者が大幅に増えたと語られています。

サグリは、農学の研究者を取締役に迎えました。 衛星データを解析する技術は社内にありましたが、土壌や作物の側の知見がなく、農家向けのアプリは当初伸びていませんでした。代表の坪井俊輔氏は、その部分を埋める相手を自分で訪ねています。

「岐阜大学でデータ駆動型農業を研究していた田中貴と出会いました。彼は彼でデータ駆動型農業の研究成果を発表していたのですが、サグリのテクノロジーにない農学の観点・技術を見て『一緒にやりませんか?』と岐阜県まで押しかけて協力してもらうこととなり、再ローンチしたのが現在の『Sagri』です」

田中氏は2021年1月に取締役CTOへ就任し、2024年1月にCROへ役割を移しました。サグリは2024年1月に、CTOへ元メルカリ米法人の牧野直矢氏、CFOへ世界銀行グループ出身の石坪弘也氏を迎えています。本社は兵庫県丹波市のまま、拠点と人材を分散させる形です。

石屋製菓は、社長と製造部長と監査の担当を、外から入れました。 2007年の問題を受けた外部委員会は、原因の総括をこう書いています。

「石屋製菓は『ファミリービジネス』の域を脱しないまま大型化したといわざるを得ない。そのため、株式会社が本来備えるべき体制・組織をほとんど備えていなかった。これが遠因となり、職員の安全に対する意識、消費者に対する思い入れ等が薄らいでいた」

社長には北洋銀行出身の島田俊平氏が就き、製造部長は森永製菓から招きました。石屋製菓は社長直轄の内部監査室に弁護士と公認会計士を置き、内部通報制度の通報先には外部の法律事務所を指定しています。6つの新組織を設けた再建は、社内の昇進だけでは埋められない機能があるという判断の上に立っています。

サタケは、婚姻という形で外から人を迎えてきました。 3代目の佐竹覚氏は米国で育ち、米国の大学で4代目となる佐竹利子氏と出会って日本へ招かれた人物です。松本和久社長は、利子氏の生前の言葉を紹介しています。

「3代目の覚の入社ですね。覚が入ってこなかったら、利市と利彦が培ってきた技術力を生かした、田舎の製作所で終わっていた可能性もあります。覚が加わったことで、町工場からビジョンを持ち社会貢献までを目的とした企業へと変革を遂げることができました。米国の大学で覚と知り合った利子が生前、『私の一番の功績は覚を日本に連れてきたこと』と話していたのを思い出します」

覚氏は英国、米国、中国などに現地法人を設立し、業務の効率化や福利厚生の考え方を持ち込みました。サタケが2021年6月に生え抜きの松本氏へ社長を渡し、会長も創業家以外にしたことは、外の人を経営に入れる方法をこの会社が以前から取ってきたことの延長にあります。

共通点と分かれ目

5社に共通しているのは、足りない機能を社内の採用と育成で埋めようとしていない点です。埋めた相手は、大学の研究者、デザイナー、広告代理店、同業大手、金融機関、自治体とばらばらでした。共通しているのは相手の種類ではなく、社内で育てるには時間がかかりすぎると判断した点です。

分かれ目は、入れた人の置き方です。飛騨産業と甲子化学工業は、案件ごとに組む協業で、雇用の関係にはしていません。サグリは大学の研究者を取締役として迎え、石屋製菓は社長と製造部長として社内に置きました。サタケの場合は婚姻という形です。外に置くか中に入れるかは、その機能が一度きりで済むものか、毎年続けて要るものかで分かれています。

私たちは間違ってはいけない戦略の順番|ビジョン→事業→商品→営業→組織という記事で、組織を作るときにすべてを内製化しなくてよいと書きました。同じ記事では、採用しやすい人材と採用しづらい希少な職種を見極め、業務委託や外部の活用を検討することも書いています。5社を読み解くと、私たちが記事に書いた考え方と同じ考えで、足りない機能を埋めていることが分かります。

自社に当てはめるなら

最初にやることは、事業に要る機能を書き出し、そのうち社内にないものへ印を付けることです。デザイン、研究、法務、会計、製造管理というように並べると、採用で埋めるものと、外から借りるものが分かれます。

  • 事業に要る機能のうち、社内にないものはどれか
  • その機能は、一度きりで済むものか、毎年続けて要るものか
  • 外から入れる人を、社内に置くか、案件ごとに組むか

2. 職人や人材が採れず、業界全体で人がいなかった

起きたこと

募集をしても人が採れない、あるいは担い手そのものが業界や地域にいないという状態が4社で起きています。飛騨産業では、岐阜県の家具業界の従業員が1993年の約1万1,000人から2013年には6,000人程度まで減りました。こゆ財団の設立を提案した岡本啓二氏は、地域に一過性の取り組みはあっても、それを続ける担い手がいないと見ていました。マイファームの西辻一真氏は、農業を始めたい人が実際には始められない構造を、3つの段階に分けて説明しています。いろどりでは、葉っぱビジネスの生産者が70代から80代で、2025年11月時点の130件まで減っていました。

それぞれの会社がどうしたか

飛騨産業は、職人を採る代わりに、養成校を作りました。 2014年に開校した「飛騨職人学舎」は2年制の全寮制で、入学金と授業料は無料、月額8万円の奨学金が支給されます。1年目は手加工、2年目は機械加工と家具製造を学び、卒業後は社員として現場での実務2年を経て一人前の職人になる設計です。発案の目的は、自社の人手ではなく業界の将来に置かれています。

「このあたりで今日のテーマである、我々は『職人をどう育てていくか』というお話を進めていきたいと思います。今から5年前に『飛騨職人学舎』という職人養成校を発足いたしました。相撲部屋みたいに寝食をともにしながら、腕を鍛えて人間性を磨く。そこで生まれる職人たちの若い技術力を、間も無く創業100年を迎える飛騨産業の『次なる100年』を目指す足場としたい」

飛騨産業は2020年に技能五輪全国大会の家具職種で初の金賞を受け、以降も毎年入賞を続けています。開校から金賞までは6年かかりました。

こゆ財団は、特産品を売った収益を、起業家を育てる事業に回しました。 ふるさと納税の運営受託で得た原資を、自組織の拡大ではなく次の担い手の育成に向ける設計です。

「こゆ財団では、強い経済圏をつくることをミッションに掲げ、地域商社で得た売り上げを起業家を育成するための起業家育成事業(新富ローカルベンチャースクール)に投資しています」

新富ローカルベンチャースクールの1期は22名が参加し、うち2名が2019年4月に新富町へ着任しました。4期までの累計では参加者が約80名、うち7名が移住しています。こゆ財団を通じた移住者は、設立から2年間で15名でした。移住した人数は参加者に対して1割弱で、この比率をどう見るかは目的の置き方によります。

マイファームは、農業を教える学校を作りました。 西辻氏は、農業を始めたい人が減っていく道筋を段階で説明しています。

「新規就農者にとって一番の壁は法律です。農地の耕作者が農地の所有者でなければならない、という農地法ですね。例えば農業希望者が100人いるとして、農地法の壁で20人くらいになる。次に、必要なものが揃わない、つまり初期投資で3から4人になる。最後に集客ノウハウの問題があって、これをクリアしないと収益としてあがらない。すると、ほとんど0人に近くなる」

耕作放棄地を借りて区画に分ける体験農園が法律と初期投資の2つに効く打ち手だったのに対し、3つ目の集客の部分を扱ったのが学校です。マイファームのアグリイノベーション大学校は、累積の入学者が2017年10月に1,000人、2022年3月に2,000人を超えました。1,000人から2,000人になるまでには約4年半かかっています。

いろどりは、研修生を受け入れて派遣する仕組みを作りました。 生産者の減少を最大の課題と見て、2020年に労働者派遣の許可を取得し、全国から研修生を募ってベテラン農家のもとへ派遣する形を作っています。独立して就農することを目指す設計で、2025年春には京都から2年間の研修に入る研修生が着任しました。この事業を担当していた粟飯原啓吾氏が、2025年6月に社長へ就いています。

「この事業を私の代で途絶えさせてはいけないという想いがあります。また、町の高齢化という大きな課題を乗り越えてこの事業を続けていくこと自体が、同じような課題を抱える全国の地方にとっての、ひとつの希望になると信じています」

いろどりの従業員は、2026年3月末時点で3名です。育てる仕組みを持つ会社の側が、3名まで縮んでいることになります。

共通点と分かれ目

4社に共通しているのは、募集の出し方を変えるのではなく、人が育つ場所を自分たちで用意した点です。もう1つの共通点は、時間がかかっていることです。飛騨産業は開校から金賞まで6年、こゆ財団は4期を重ねて移住7名、マイファームは入学者が1,000人から2,000人になるまで約4年半、いろどりは2020年に始めて2025年春に研修生が着任しました。

分かれ目は、育てた人の行き先です。飛騨産業が育てるのは自社の職人で、卒業後は社員として現場に立ちます。いろどりの研修生は、独立して就農することを目指します。こゆ財団とマイファームが育てるのは、自組織の外で事業を始める人です。自社の人手のために育てるのか、業界や地域の担い手のために育てるのかで、教える内容も、費用の回収の仕方も変わっています。

私たちは顧客獲得コストを下げるには「ストック>フロー」を意識しようという記事で、出稿をやめれば効果の消える広告と、一度作れば効き続ける仕組みを分けて考えると書きました。同じ記事では、効き続ける仕組みは効果が出るまでに時間がかかるため、早めに始めることも書いています。4社の育て方を読み解くと、私たちが記事に書いた考え方と同じ考えで、人の集め方を組み立てていることが分かります。

自社に当てはめるなら

最初にやることは、人が採れない理由が自社の条件にあるのか、業界や地域全体の人数にあるのかを、数字で分けることです。同業の事業所数や、地域の就業者数の推移を並べると、募集の出し方を変えて済む問題か、育てる場所から作る問題かが見えます。

  • 人が採れない理由は、自社の条件か、業界全体の人数か
  • 育てる場所を持つなら、一人前になるまでの年数を示せるか
  • 育てた人の行き先は、自社の現場か、業界や地域か

3. 社内で意見が出ず、議論がまとまらなかった

起きたこと

意見や工夫が現場から出てこない、あるいは議論がまとまらないという状態が5社で起きています。ヤッホーブルーイングでは2008年ごろ、社員が20人から30人ほどだった時期に、戦略を練っても考える方向がばらばらでまとまりませんでした。石屋製菓では、上にダメと言われて提案が出なくなるという状態が現場にありました。カヤックは3人が対等な代表取締役を務める会社で、意見が割れることが起きる前提の体制でした。サタケは、カリスマ性を持つ創業家の社長がいなくなった後の決め方を問われていました。古屋旅館では、働く社員の多くが未経験者で、仕事を覚えるまでに時間がかかっていました。

それぞれの会社がどうしたか

ヤッホーブルーイングは、呼び方から変えました。 社長も社員も全員が自己申告のニックネームで呼び合う仕組みで、井手直行氏の「てんちょ」は楽天市場店の店長を務めていたことに由来します。この仕組みの目的は、明確に説明されています。

「なぜこのような仕組みを導入しているのかと言うと、年齢、性別、職位に関係なく、言いたいことを言いたい人に言えるようなフラットな組織の雰囲気をつくるためです。ヤッホーブルーイングでは、メンバー同士で侃々諤々と議論をして充分に意見を抽出することで、納得感のある質の高い打ち手を生み出すことができると考えています。すなわち『成果の大きさ=打ち手の質×打ち手の実行』です」

ヤッホーブルーイングは、新卒と中途が混ざったチームに現在の会社の課題を与える「新人プロジェクト」を2011年から毎年実施し、社内のビジネススクール「麓村塾」は現在16講座あります。社員数は2012年比で10年間に4倍以上に増え、2022年4月に200名を超えました。

石屋製菓は、役職をなくして、リーダーを選挙で決めました。 2020年度は年商210億円ベースから70億円まで落ち込み、工場は3か月稼働できませんでした。この局面で、石水創氏は役員と経営幹部を全員リセットし、「愛社精神」「行動力」「人徳」の3条件でマネジメント職の立候補者を360度評価しています。翌2021年には、役職そのものを廃止しました。

「あとは、係長や主任などの役職をなくしました。リーダーは全部『挙手制』です。自分がやりたい人は手をあげる。そしてリーダーを決めるのは上司ではありません。選挙です。現場から『この人についていきたい』という人をリーダーにしよう、という方向性に変えました」

石屋製菓は評価基準も変え、挑戦しなければ評価されない制度にしました。挑戦して失敗した場合も2番目に評価される設計です。2007年の外部委員会が指摘した人事と評価と報酬の制度の不備に、14年後の別の危機を機に手を入れたことになります。

カヤックは、意見が割れたときの手続きを先に決めました。 創業した3人が2005年の株式会社化と同時に揃って代表取締役へ就任し、現在も続いています。柳澤大輔氏は、この体制での決め方を公開しています。

「代表が3人いるということは、何かあったら3人で意思決定し、3人で責任を取るということです。3分の1ずつ責任を取るのではなく、全員が100%責任を取る。(中略)3人で決めるということは、時に時間もかかるし、意見が割れるときもある。でも、割れるからこそ意味があると思うのです。カヤックでは必ず、意見が割れた時には、いま出ている案とは別の、第三の案を出すことにしています。多数決で決めるのでも、誰かひとりに最終決定権があるのでもありません。第三の案に全員が納得して、初めて意思決定となります」

カヤックは、アイデアを出す場であるブレストのルールも2つに絞りました。他人のアイデアに乗っかることと、数をたくさん出すことの2つです。長く続けた結果として「否定しない」は重要ではないと分かったことも、公式ページに書かれています。

サタケは、カリスマがいない前提で、決め方のほうを変えました。 2021年6月に社長へ就いた松本和久氏は、自社の性格を率直に語っています。

「特徴を問われたら『田舎のまじめな会社』と説明しています。言われたことをちゃんとし、ルールを守れる組織ですが、自分から考えて行動するのが苦手な部分があったように思います」

指示する人がいた時代には、この苦手さは表面化しませんでした。松本氏は「従業員の皆と一緒にやっていかなければならない」と述べ、全員で考える形に切り替えています。サタケの2021年の交代が、社長1人ではなく、会長と副会長と名誉会長を含む4名の代表体制になったことも、決め方を1人に集めない設計として読めます。

古屋旅館は、覚える時間を短くして、工夫の時間を作りました。 17代目の内田宗一郎氏は、顧客が到着した瞬間から帰る瞬間までの全工程を動画マニュアルにしています。目的は、作業を固定することではありません。

「これによって就職された方がですね、簡単に早く仕事を覚えられ、それによって今度は自分なりの工夫というのをマニュアルの上に付加することによって、さらに良い接客になるというような好循環が生まれていると思います」

古屋旅館が採用で見ている条件は3つで、そのうちの1つが素直さです。ただしその意味は、性格の良さではなく修正の速さとして定義されています。自分の考えを持ったうえで、間違っていた場合にすぐ直せることが成長の速さを変える、という説明です。

共通点と分かれ目

5社に共通しているのは、意見が出ない原因を、個人の性格や意欲に置いていない点です。変えたのは、呼び方、役職と評価基準、意思決定の手続き、代表の人数、仕事の覚え方という仕組みの側でした。人を入れ替えて解こうとした記録は、5社のいずれにも残っていません。

分かれ目は、その会社で最も動かせるものが何だったかです。ヤッホーブルーイングは社員20人から30人の時期に呼び名を変えました。石屋製菓は、年商が3分の1まで落ちて工場が3か月止まった局面だからこそ、役職の廃止まで踏み込めています。カヤックは創業時の3人という人数が先にあり、そこから手続きが決まりました。サタケはカリスマ経営者が退いた時点、古屋旅館は未経験者が入ってくる時点が、それぞれ変え時になっています。

私たちはマネジメントとは、今のリソースでやりくりすること、リソース調達力を上げること。バフ人材とデバフ人材を見極める。という記事で、周囲のパフォーマンスやモチベーションを高める人材の特徴として、メンバーが安心して意見を述べたりリスクを取ったりできる環境づくりに貢献することを挙げました。同じ記事では、スキルの不足と、周囲へ与える影響は別の問題だとも書いています。5社を読み解くと、私たちが記事に書いた考え方と同じ考えで、意見の出る状態を作っていることが分かります。

自社に当てはめるなら

最初にやることは、直近の会議で一度も発言しなかった人が何人いたかを数えることです。人数が分かると、発言しない理由を性格ではなく、席の並び方、呼び方、決め方のどれで説明できるかを考えられます。

  • 意見が出ない原因を、人の性格ではなく仕組みの側で説明できるか
  • 管理職を選ぶ基準に、業績以外の項目が入っているか
  • 意見が割れたときの決め方を、割れる前に決めているか

4. 長時間営業と人手不足で、現場が回らなくなった

起きたこと

営業の時間と人の数の関係が成り立たなくなった会社が3社あります。ベアレン醸造所では、盛岡駅ビル内の直営店が長時間営業と無休営業の体制で、人繰りに苦心していました。タルマーリーでは、2025年春に製造を任せていたスタッフが独立し、常勤スタッフがゼロになりました。古屋旅館では、人手不足が構造化する宿泊業のなかで、スタッフの労働時間を短くする必要が出ていました。

それぞれの会社がどうしたか

ベアレン醸造所は、売上が上位だった店を閉じました。 2019年2月17日、盛岡駅ビル内の直営店「ビア&ヴルストベアレン」の営業を終えています。閉店の理由は、業績ではありませんでした。

「ベアレン醸造所は、盛岡駅ビル内の自社運営飲食店『ビア&ヴルストベアレン』を2019年2月17日で閉じた。この店舗は黒字経営で、同社の飲食店の中でもトップクラスの売上を誇っていた。(中略)閉店の理由は『働き方改革』の一環。長時間営業と無休営業の体制が続く中で、人繰りに苦心しており、このビジネスモデルを続けることが難しいと判断された」

ベアレン醸造所の嶌田洋一氏は、全社会議に駅前店のスタッフが参加できないというジレンマも同じ判断の中にあったと語っています。現場への進め方も、考え方の否定から入っていません。おいしいものを作るために残業も仕方ないという雰囲気をやめてほしいとは言わず、暇な時間に翌日の仕込みを同時にできないかという作業の組み替えから話を始めています。

タルマーリーは、17年続けたパン屋という形をやめました。 深刻な人手不足が続いた後、2025年春に製造を任せていたスタッフが独立しています。経営者本人の体調が重なっていたことは、5章で扱います。

「この春、パン製造を任せていたスタッフが、独立のために卒業した。そして私は、8年ぶりにパン作りの現場に戻った。(中略)そしてなんと8年前より技術が上がっていることを実感した」

同じ2025年、タルマーリーは「智頭タルマーリー発酵研究所」というコンセプトへの転換を宣言し、4軒の空き家をカフェと宿、パン工房、ビール工房、ギャラリーに分けて使う形を進めています。転換の年については、売上が大きく減り、施設の移転費用が出ていったことも本人の連載に書かれています。

古屋旅館は、顧客が選べる幅を1つ減らしました。 内田氏は、効率化に踏み込むときの迷いをそのまま語っています。

「スタッフの労働時間短縮のために効率化を図ろうとすると、どうしてもトレードオフで、別の面がマイナスになることが多いんです。それがお客様に関わることになる場合が多いので、お客様第一で考えると決断しにくいんですよね。それでもやらないといけないところに来ているんじゃないかなと思うんです」

実際に踏み込んだ判断の1つが、夕食時間の一本化でした。時間を選びたい顧客に迷惑をかけることになるため難しい決断だったものの、実施してみると意見はほとんど届かず受け入れられたと説明されています。古屋旅館は同じ時期に、予約データ入力のオンライン化で月間120時間、勤務シフトの自動作成で2週間から1時間へと、業務の時間も減らしています。

共通点と分かれ目

3社に共通しているのは、人を増やして現場を回す方向を選んでいない点です。手放したのは、1つの店舗、事業の形そのもの、顧客が選べる幅でした。売上や利便のほうを減らして、働く時間の側を確保した判断が並んでいます。

分かれ目は、手放したものの大きさです。ベアレン醸造所が閉じたのは飲食店1店舗で、醸造という本業は残っています。古屋旅館が減らしたのは夕食時間の選択肢1つで、客室数も価格帯も変えていません。タルマーリーは、17年続けた主力事業そのものをやめました。代わりに担える人が社内にいたかどうかで、手放す範囲が変わっています。

私たちは地方企業やスタートアップに共通する、低リソース・ブランド無しの戦わない戦略という記事で、戦略は戦を略すと書き、やらないことを決めることだと書きました。3社を読み解くと、私たちが記事に書いた考え方と同じ考えで、続けるものと続けないものを決めていることが分かります。

自社に当てはめるなら

最初にやることは、現場が回らなくなる時間帯と場所を1つに特定することです。店舗なのか、時間帯なのか、特定の工程なのかが決まると、閉じる対象と、閉じた場合に減る売上を金額で出せます。

  • 現場が回らないのは、どの時間帯とどの場所か
  • そこを閉じた場合に減る売上を、金額で出せるか
  • 手放す代わりに、誰の働く時間がどれだけ戻るか

5. 経営者本人の健康や年齢が、事業の前提になっていた

起きたこと

経営者や担い手本人の体調と年齢が、事業の続き方を決めていた会社が4社あります。タルマーリーの渡邉格氏は2023年8月に重度の糖尿病と診断され、3週間入院しました。鈴廣かまぼこの鈴木博晶氏は、前日に作られた何十種類ものかまぼこを毎日すべて味見することを、父から引き継いだ経営の基本としています。いろどりでは、創業者の横石知二氏が2025年5月に緊急入院し、同年8月8日に66歳で亡くなりました。玉川堂は職人21名前後の工房で、当主の玉川基行氏が示す事業の計画は、自身が60歳になる時点で区切られています。

それぞれの会社がどうしたか

タルマーリーは、体調の変化に合わせて事業の形を変えました。 渡邉格氏は、入院の翌年に書いた連載で、判断の経緯を残しています。

「私は発酵に関わる菌を採取して培養し、パンを作っている。(中略)もう来年からは酒種が作れない…と諦めていたのだが、先月からにわかに私の心身は良くなった。(中略)そして、今までやってきたことにとらわれず、来年から事業形態を大きく変えようと思い至った」

タルマーリーが守ったのは、菌を採り、育て、その働きを伝えることでした。パン屋という手段の側を変えて、作りながら共有する研究所の形へ移しています。同じ連載には、その年に売上が減ったことも書かれています。

鈴廣かまぼこは、自分の舌が届く範囲を、会社の大きさの上限にしました。 毎日の味見は、品質を確かめる作業であると同時に、規模を決める基準になっています。

「お客様には分からない範囲の製品のブレであっても、自身の舌で感じてすぐに工場にフィードバックし、修正をかけます。自分の目が届かない範囲の規模になってしまったら、品質は維持できません」

鈴廣かまぼこは、風祭の拠点に販売店と博物館と体験教室とレストランを集めていますが、事業の目的は「かまぼこを美味しく食べてもらうため」の一点に絞られています。施設が増えても目的が1つであることは、規模を追わないという判断と矛盾しません。2025年9月8日、博晶氏は11代目の鈴木智博氏へ社長を渡し、自身は会長へ就きました。

いろどりは、2年の引き継ぎ計画が2週間で終わりました。 粟飯原啓吾氏は、経緯をこう語っています。

「もともとは、2025年5月の株主総会で副社長に就任する予定だったんです。そこから2年ほどかけて代表の引継ぎを行う予定でしたが、その総会のわずか2週間後に横石が緊急入院することになり、仕事への復帰が難しくなりました。そこで急遽、私が新代表に就任することになったのです」

並走して学ぶ期間は実際には存在しませんでした。それでも対応できたのは、粟飯原氏が2011年のインターンから14年間で、移住促進、彩の販売促進、情報システムの管理、後継者を育てる人材派遣と担当を移してきたためです。いろどりの役割について、粟飯原氏は前に出すぎず黒子として支えることを意識していると説明しており、創業者の役回りまでは引き継いでいません。

玉川堂は、当主が全部を担わない体制にしました。 営業と経営企画を担う番頭の山田立氏が、2013年に始まった「燕三条 工場の祭典」の立ち上げに携わり、実行委員長を数回務め、海外メディアの取材対応でも窓口になっています。当主が対外的な顔をすべて担う形ではありません。玉川基行氏が示している計画も、自身の年齢で区切られています。

「私のビジョンは、燕三条を国際産業観光都市へと発展させ、直営店を玉川堂本店に集約し、本店売上を100%にしていくことです。玉川堂5年・10年・15年計画を立てており、これは15年計画(私が60歳の時)にあたり、本店以外の直営店は、メンテナンス機能として一部残します」

玉川堂は2010年前後に、200年の歴史で初めて女性職人を採用しました。2018年5月時点で職人21名のうち7名が女性です。職人と営業の役割を分けず、製品を一番知る職人が店頭に立つ形も取っています。担う人を増やす方向の判断が、複数の場面で重なっています。

共通点と分かれ目

4社に共通しているのは、経営者や担い手個人の身体を、事業の条件として扱い、隠していない点です。入院した事実も、毎日の味見が規模を決めていることも、2年の計画が2週間で終わったことも、資料として公開されています。

分かれ目は、属人性への向き合い方です。玉川堂といろどりは、担う人を増やして属人性を減らす側に動きました。番頭が対外的な活動を担い、後継者が14年で複数の領域を経験しています。鈴廣かまぼことタルマーリーは、身体の限界を受け入れて、事業の形のほうを合わせる側です。鈴廣かまぼこは規模の上限を決め、タルマーリーは主力事業をやめました。減らせる属人性と、減らせない属人性のどちらを扱っているかで、答えが分かれています。

自社に当てはめるなら

最初にやることは、経営者が1週間不在になったときに止まる仕事を書き出すことです。味の判定、品質の見極め、対外的な窓口というように並べると、別の人へ渡せる仕事と、渡せないために事業の形の側を変えることになる仕事が分かれます。

  • 経営者が1週間不在になったときに、止まる仕事は何か
  • その仕事を、別の人へ渡すか、事業の形を変えて減らすか
  • 規模の上限を、売上ではなく人の目や手で決めた場合、どこになるか

6. 働き方を変えた結果を、数字にして公表した

起きたこと

働き方や取引先の状態を変えた後に、その結果をどこまで外に出すかという判断が3社にありました。ベアレン醸造所は、黒字の店を閉じた後の労働時間と利益を並べて公表しています。ファクトリエは、提携している縫製工場の経営状態を毎年調べ、報告書にしています。古屋旅館は、業務の削減時間と採用の応募数を発信し続けています。

それぞれの会社がどうしたか

ベアレン醸造所は、労働時間と利益を同じ場所に並べました。 法定外の労働時間は前年度比で20%減、残業時間は前年比で54%減、有給休暇の消化率は2016年度の53%から2018年度には85%超になりました。同じ期間の経常利益は、2016年度比で146%増と示されています。嶌田氏は、店を閉じたこと自体が伝わり方を変えたと語っています。

「全社会議をやっても駅前店のスタッフは参加できないので、一体感を大切にしてきた社風なのにこれでいいのか?というジレンマもありました。閉店を決めたこと自体は、”働き方改革のために”という意味ではそれほど特別なことだとは思っていません。でもかなりのインパクトがあったようなので、世間にも社員にも、そしてお客様にも”そこまでやるのか!本気なんだな”というのは伝わったのかなと思います」

なお、ベアレン醸造所のこの判断が採用や定着にどう効いたかを示す数字は、個社記事の調査では確認できていません。労働時間と利益は公表されている一方、離職率や応募数の変化は分かりません。

ファクトリエは、取引先の悪い数字も同じ資料に載せました。 2026年1月に公表した報告書では、提携工場の経営状況が数字で示されています。

「これまでに累計1,500を超えるアイテムを展開してきた(中略)提携工場の約6割が黒字と回答しています。しかしながら、そのうち『黒字であるが前年より悪化している』という工場が23%存在しており、楽観視できる状況ではないことが明らかになりました」

課題の内訳も年ごとに比べられる形になっており、若手人材の採用を挙げた工場は前年の2.56%から16.7%へ増えました。赤字の工場が2社あることも記載されています。ファクトリエにとって工場が続けられることは事業の前提であり、取引先の状態を毎年調べて公表することは、自社の前提を点検する作業と重なっています。ただし、この調査の対象は21社で、提携している61社すべてではありません。

古屋旅館は、働きやすさの取り組みを配信し続けました。 内田氏は、発信の効果が集客ではなく採用に出たと説明しています。

「社員寮の竣工も、『古屋旅館に就職したい』と求職者から選ばれる価値が高まるという予測のもと、PR TIMESで配信。働きやすい職場づくりを積み重ねたこと、プレスリリースで発信し続けたこともあり、結果的に採用応募が約5倍に拡大しました。さらに、社員寮は滞在時間が非常に長いので、社員の定着率も大きく上昇しました」

古屋旅館は、隣地を含めた徒歩圏内に4軒37部屋の社員寮を確保し、新卒採用者の初任給を28万円に引き上げました。発信を続けるために守っていることは3つで、継続できないことはしない、優先順位をつける、小さく提案して大きく与える、と説明されています。

共通点と分かれ目

3社に共通しているのは、良い数字だけを出していない点です。ベアレン醸造所は黒字の店を閉じたという事実を先に出し、ファクトリエは6割が黒字という結果と並べて23%が悪化していることを書き、古屋旅館は応募が5倍になった理由を社員寮という具体的な投資まで戻して説明しています。

分かれ目は、その数字を読む相手です。ベアレン醸造所が並べたのは労働時間と利益で、読む相手は社員と世間でした。ファクトリエが出したのは取引先の経営状態で、読む相手は工場と顧客です。古屋旅館が出したのは働く条件で、読む相手は求職者でした。誰に読ませるかで、出す数字の種類が変わっています。

自社に当てはめるなら

最初にやることは、社内で改善した取り組みのうち、時間か件数で言えるものを1つ選ぶことです。削減した時間、増えた応募数、変わった消化率のように単位のある数字であれば、読む相手が自分で比べられます。

  • 改善の結果を、時間や件数で言えるか
  • 都合の悪い数字を、同じ資料に載せられるか
  • その数字を読む相手は、顧客か、求職者か、取引先か

本事例から見える経営とマーケティングの学び

組織と人の問題は、会社ごとに違って見えますが、並べると3つの場面に収まります。人を外から入れる場面の問題は「足りない機能と、いない担い手」、人が働く形を決める場面の問題は「意見の出方と、回らない現場」、そしてその結果を扱う場面の問題は「経営者本人の身体と、公表の仕方」です。この記事で扱った16社は、どの場面でも、人を増やすことだけで問題を解いていません。外から借りる、育てる場所を作る、仕組みを変える、手放すという形で越えています。

同時に、どの会社も時間がかかっています。飛騨産業の職人養成校は開校から金賞まで6年、こゆ財団の起業家育成は4期を重ねて移住7名、マイファームの学校は入学者が倍になるまで約4年半でした。いろどりの後継者は14年かけて複数の領域を経験し、玉川堂は当主が60歳になる時点を15年計画の区切りに置いています。組織の問題を1回の施策として扱うのではなく、成果が出るまでの年数を先に見込むことが、この記事から持ち帰れる部分です。

もう1つ、各章の「分かれ目」で見たとおり、同じ問題を越えた会社でも条件は違います。外から入れる機能が一度きりか毎年続くか、育てた人の行き先が自社か地域か、手放せるものが1店舗か主力事業か、属人性を減らせるか受け入れるかで、答え方が変わります。自社の条件がどの会社に近いかを見てから、その会社の記事を読むと、当てはめやすくなります。個社の経緯は、各章のリンク先で読めます。

「ビジネス知の機会格差をなくす」という私たちのミッションに向けて、これからも実践的で価値ある情報を発信していきます。この記事の内容について、さらに詳しく知りたい方は、ぜひご連絡ください。