先進企業に学ぶ(起業編) – タルマーリー|野生の菌が採れる場所を探して2回移転し、2025年に「パン屋をやめる」と決めた夫婦

ローカルグローススタジオは、『地方企業にスタートアップのような成長を』というテーマで、コンテンツ発信と支援サービスを展開しています。この記事では、実践的なビジネスノウハウを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。

今回取り上げるのは、鳥取県智頭町のタルマーリーです。渡邉格氏と渡邉麻里子氏の夫婦が2008年に千葉県で開業し、岡山県真庭市を経て2015年に智頭町へ移りました。里山の空気中から採取した野生の菌でパンとビールを作る店として知られ、渡邉格氏の著書『腐る経済』は国内外で10万部以上が出ています。2025年には「パン屋」から「智頭タルマーリー発酵研究所」へ、事業の形を大きく変えると宣言しました。

この記事は、地方でゼロから会社を作った事例を扱う「起業編」の1本です。何を見て始め、最初にお金を払ってくれる相手をどこに置き、その後どの順で資産を積んだかを、継ぐ会社も買う会社もない状態から事業を作った人の判断で読み解きます。

この記事の要約

先にストーリーの全体像です。渡邉格氏は1971年東京都東大和市の生まれで、25歳で千葉大学園芸学部に入り、卒業論文のテーマは「有機農業と地域通貨」でした。農産物流通の会社に勤めた後、31歳からパンの修業に入ります。妻の麻里子氏と2人で5年間、毎月10万円ずつ貯めた500万円を元手に、2008年に千葉県いすみ市で開業しました。2011年の震災と原発事故の後、より良い水を求めて岡山県真庭市勝山へ移り、そこで野生の麹菌の採取に成功します。2015年6月には鳥取県智頭町へ移転しました。ビールの醸造を始め、その澱をパンの酵母に使う循環を作ります。2022年には智頭宿に2号店を開きました。一方で、2023年に格氏が重度の糖尿病で入院し、深刻な人手不足も重なります。2025年、格氏は「パン屋をやめる」と宣言し、4軒の空き家をつないだ「智頭タルマーリー発酵研究所」への転換を進めています。4年半続いた新聞連載も、2026年3月で最終回を迎えました。

このストーリーから持ち帰れる観点は、次の7つです。それぞれ本文の章で事実を確認し、最後の7章で説明し直します。

1. 開業資金の500万円を、5年かけて夫婦で貯めている(1章)

2. 開業地を、来てもらえる距離という基準で決めている(1章)

3. 材料ではなく、菌が採れる環境のほうを基準に移転している(2章)

4. パンとビールを、菌の循環でつないでいる(3章)

5. 書いた本が、店とは別の入口になっている(4章)

6. 2025年に「パン屋をやめる」と、自分から宣言している(5章)

7. 転換の背景に、人手不足と本人の健康が重なっている(5章)

各章の末尾に、ローカルグローススタジオの分析と「この事例から考えられること」をまとめています。

参考資料一覧

数字で見るタルマーリー

時点数字出典
1971年渡邉格氏、東京都東大和市に生まれる公式サイト
1978年渡邉麻里子氏、東京都世田谷区に生まれる公式サイト
開業前の5年間夫婦で毎月10万円ずつ貯金し、500万円を用意greenz.jp
2008年千葉県いすみ市で開業公式サイト
2011年岡山県真庭市勝山へ移転。野生の麹菌の採取に成功公式サイト
2015年6月12日鳥取県智頭町の那岐店を開店灯台もと暮らし
2016年10月従業員9名(アルバイトを含む)greenz.jp
2019年夏協力農家14軒GOOD BUSINESS
2019年から2021年卸の取引先が7店舗から30店舗へ鳥取県商工会連合会
2019年3月『腐る経済』が国内外で累計10万部以上公式ブログ
2022年4月9日智頭宿に2号店「タルマーリー智頭店」を開店公式ブログ
2023年8月渡邉格氏が重度の糖尿病と診断され、3週間入院山陰中央新報「羅針盤」第12回
2025年春常勤スタッフがゼロに。格氏が8年ぶりにパン製造の現場へ戻る麻里子氏エッセイ、「羅針盤」第20回
2025年「智頭タルマーリー発酵研究所」への転換を開始公式ブログ
2025年6月韓国語版『腐る経済』が22刷・6万部以上ハンギョレ新聞
2026年3月15日山陰中央新報「羅針盤」第24回で連載終了公式ブログ
2026年8月1日智頭町の人口5,655人、高齢化率46.87%智頭町公式
令和5年度智頭町の森林率93%、人工林率78%智頭町公式

数字の読み方を、先に3点断っておきます。1つは、売上と利益が公表されていないことです。個人事業の性格が強く、公式にも行政資料にも実数がありません。この記事では売上の数字を使いません。2つ目は、開店日についてです。那岐店の開店日は資料によって2015年6月12日と13日の両方が見られます。この記事では、開店当時の取材記事にある12日を採ります。智頭店も、報道では3月開業とされた資料がありますが、公式ブログの記述にある4月9日を採ります。3つ目は、智頭町の人口です。移転した2015年当時は7,000人台で、2026年8月時点では5,655人です。年によって大きく違うため、時点を添えています。

1. 500万円と、房総という選び方

5年かけて貯めた500万円

タルマーリーの開業資金は、夫婦2人で貯めたものでした。金額と使い道が、そのまま語られています。

「店を開くために500万円は貯めてました。結婚してから二人で働いていた5年間、毎月10万円ずつ貯金してましたから。(中略)使ったお金は、古民家の改装に一部大工さんを頼んで70万円、パン用のオーブンが230万円で、ほかにミキサーなどパンをつくるのに最低限必要な機材を含めて300万円。残りの130万円は自分たちで直した水道の配管、電気の配線、漆喰、駐車場の整備費など」

最も大きい支出がオーブンの230万円です。設備が全体の半分近くを占め、内装は自分たちで直しています。500万円という金額の中で、何にお金を使い、何を自分の手でやるかが分けられています。

渡邉格氏は1971年の生まれで、25歳で千葉大学園芸学部に入り、卒業論文のテーマは「有機農業と地域通貨」でした。農産物流通の会社に勤めた後、31歳からパンの修業に入っています。麻里子氏は1978年の生まれで、東京農工大学農学部で環境について学び、卒業論文のテーマは「女性が農村で生きる可能性」でした。2人とも農に関わる学びを経てから、パンの店に行き着いています。

開業地は「来てもらえる距離」で決まった

開業する場所は、すぐには決まりませんでした。夫婦の間で意見が分かれています。

「最初、イタルは父親の故郷である福島でやりたいと言っていたんです。/会津ね。でも一回連れて行ったら、マリが『ちょっと考えたい』って。/私はそれまで東京と千葉しか知らなかったから、そこに住むイメージが湧かなかったし…これが千葉だったら、東京の人はおいしいお店があると聞けば2時間くらいは平気でドライブするじゃない? それで結局、房総にしようと決めた」

判断の材料になったのが、東京からの距離です。2時間なら来てもらえる、という見立てで千葉県の房総が選ばれています。ゆかりのある土地や、家賃の安さではありません。来る人が動ける距離という基準です。

田舎でやるという条件自体は、譲られていません。

「だから今やらないと体力的にも厳しくなるし、40歳までに軌道に乗せたいから今すぐやるしかねえ!と。で、もし今、田舎へ動かないんだったら東京で店出すからって。でも、東京では私がやりたくなかった。田舎で〝農〟のあるお店や暮らしをしたかったから」

田舎でやるという条件と、来てもらえる距離という条件の両方を満たす場所として、房総が選ばれた形です。

週3日しか開けられなかった

開業当初の営業日は、週3日でした。理由は、方針ではなく人手です。

「最初から労働のあり方を声高に言っていたわけではありませんでした。ただ単純に、つくるところから販売まで夫婦ふたりでやろうとすると、他に人手もいないので必然的に週3日しか店を開けられなかったんです。それでも残り4日間はひたすら仕込みでした」

後に労働のあり方を語る店として知られるようになりますが、始まりは条件から決まった営業日でした。理念が先にあったのではなく、やってみた結果が後から言葉になった、という順序で語られています。

ローカルグローススタジオの分析:相手を先に決めると、場所の条件が出てくる

私たちはターゲットと便益を5-10パターンに整理するという記事で、同じサービスでも相手によって得られる価値が違うため、誰に、何を、どんな独自性で届けるかを相手ごとに整理するという考え方を書きました。

タルマーリーの開業地の決め方を読み解くと、私たちが記事に書いた考え方と同じ考えが表れています。「おいしい店があれば2時間はドライブする東京の人」という相手が先にあり、そこから距離という条件が出て、房総という場所が決まりました。田舎でやりたいという自分たちの条件と、相手が来られるという条件が、両方満たされる範囲で選ばれています。

同じ記事では、相手ごとに価値を言葉にすると、訴求や施策を出し分けられるとも書きました。この事例では、相手が決まったことで候補地が絞られています。会津は本人にゆかりのある土地でしたが、相手の条件を満たしませんでした。自分の思い入れと、相手の条件が食い違ったときにどちらを取るか、という判断の例としても読めます。

この事例から考えられること

照らし合わせてみる項目

  • 開業や出店の場所を、どんな基準で決めたか
  • その基準に、来てもらう相手の条件が入っているか
  • 自分の思い入れと、相手の条件が食い違ったときの決め方があるか
  • 初期投資の中で、設備と内装の配分をどう決めたか
  • 営業日や営業時間が、方針ではなく条件で決まっていないか

事例から読み取れること

1. 開業資金の500万円を、5年かけて夫婦で貯めている

毎月10万円ずつ、5年間の貯金です。借入から始めていない点と、内訳が公開されている点が、この事例の特徴です。

2. 開業地を、来てもらえる距離という基準で決めている

「東京の人は2時間くらいは平気でドライブする」という見立てから、房総が選ばれています。相手の行動が場所の条件になっています。

3. 営業日が、方針ではなく人手から決まっている

週3日という営業は、2人でやれる範囲から出てきた結果でした。理念が先にあったわけではないと本人が語っています。

2. 水と菌を求めて、2回移転した

岡山へ、そして鳥取へ

2011年の東日本大震災と原発事故の後、タルマーリーは千葉から岡山県真庭市勝山へ移ります。理由として語られているのは、より良い水を求めたことです。そこで、野生の麹菌の採取に成功しました。

2015年6月、さらに鳥取県智頭町へ移ります。開業から7年の間に、2回場所を変えたことになります。

移転を決めたときの状況について、格氏はこう語っています。

「突如移転を決めたとき、当時のスタッフに『この店を潰すぞ、ついてくる奴はいるか!?』って聞いたら、誰も手を挙げなかった」

移転が、周囲にとって当然の判断ではなかったことが分かります。店を続けるためではなく、いったん閉じて移る決断でした。

移転の基準は、菌が採れる環境だった

なぜ場所を変えるのかについては、製法との関係で説明されています。

「うちの特徴は、里山の空気中から菌を採取して色んな農産物を発酵させることです。(中略)人工的に培養された菌を使わず昔ながらのやり方で培養するので、それに必要な条件として綺麗な自然環境があります。ずっと菌を採取し続けるために森と里山を綺麗にし、頂いた恵みを自然界に還元することに力を入れています」

市販の酵母を使えば、場所は選びません。空気中から菌を採るという製法を選んだことで、環境そのものが原料になりました。原料が動かせないため、店のほうが動いています。

移転先の智頭町は、森林率93%、人工林率78%の町です(令和5年度)。人口は2026年8月1日時点で5,655人、高齢化率は46.87%です。人が減っている町であることと、森が多い町であることが同時に成り立っています。

ローカルグローススタジオの分析:真似しにくい条件を、自分で選んでいる

私たちは地方企業やスタートアップに共通する、低リソース・ブランド無しの戦わない戦略という記事で、資源で劣る側が正面から競わない方法について書きました。

タルマーリーが選んだのは、設備でも規模でもなく、場所に依存する製法でした。空気中から菌を採るという方法は、同じ製法を採ろうとする店にとって、まず環境を用意することが条件になります。都市部の店舗が同じことをするのは難しく、真似の難しさが立地の側に移っています。

同じ記事では、直接対決を避けたうえで自社の強みを活かせる手法を選ぶと書きました。この事例では、外した条件と引き受けた条件の両方が見えます。生産量や効率で競うことはやめ、代わりに環境の維持という手間が加わっています。森と里山を綺麗にすることが仕事の一部になるという説明は、この引き受けを表しています。

この事例から考えられること

照らし合わせてみる項目

  • 自社の作り方が、場所に依存する部分を持っているか
  • その依存が、他社にとっての参入の壁になっているか
  • 場所を変える判断を、原料や環境から考えたことがあるか
  • 移転の判断を、周囲に説明できる形で持っているか
  • 引き受けた手間が、何と引き換えになっているか

事例から読み取れること

1. 材料ではなく、菌が採れる環境のほうを基準に移転している

空気中から菌を採る製法のため、環境が原料になっています。原料が動かせないので店が動く、という順序です。

2. 移転が、周囲にとって当然の判断ではなかった

「ついてくる奴はいるか」と聞いて誰も手を挙げなかったと語られています。移転にともなう痛みも、本人の言葉として残っています。

3. 引き受けた手間が、はっきりしている

森と里山を綺麗にすることが仕事の一部になると説明されています。選んだ製法と引き換えの作業が明示されています。

3. パンとビールを、菌でつないだ

ビールの澱を、パンの酵母に使う

タルマーリーはパンの店として始まりましたが、智頭町へ移ってからビールの醸造を始めます。この2つは、別々の商品ではありません。ビール酵母の澱をパン酵母として使う形で、製造がつながっています。

同じ設備と同じ環境で、2つの発酵食品を作る形です。片方の工程から出るものが、もう片方の材料になります。品目を増やしたというより、1つの菌の扱いから2つの商品が出ている構造です。

「腐る経済」という言葉

格氏の考え方の中心にあるのが、「腐る」という言葉です。

「実は30までろくに働かずに生きていたこともあり僕自身も腐っていました。ただ自然界において腐るということは有機物を土に返すことで、栄養分の分配を行い再生して循環するという仕組みに組み込まれています。(中略)大事なことは個々人が生産手段を取り戻すことです」

自分自身の経歴と、菌の働きと、経済の考え方が、1つの言葉でつながれています。ビールの澱をパンに使う設計も、この考え方の中では自然な形になります。

卸先が増えた時期がある

2019年から2021年にかけて、卸の取引先が7店舗から30店舗へ増えたと、鳥取県商工会連合会の資料に記録されています。2019年夏の時点で、協力する農家は14軒でした。2016年10月時点の従業員は、アルバイトを含めて9名です。

小さい規模のまま、取引先と協力農家が増えていった時期があったことが分かります。

この数字の並びには、規模の拡大とは違う伸び方が表れています。従業員を増やして生産量を上げ、その分だけ販路を広げるという形であれば、人と売上が同じ向きに動きます。タルマーリーの場合、記録に残っているのは取引先の数と協力農家の数で、従業員数は9名前後のままでした。作る量を増やす方向ではなく、関わる相手を増やす方向で広がった時期があった、と読むこともできます。

ただし、この時期の売上や生産量は公表されていないため、実際にどれだけ伸びたかは分かりません。取引先が7店舗から30店舗へという記録は、鳥取県商工会連合会の資料に残っている数字です。

ローカルグローススタジオの分析:1つの資源から、複数の商品が出る形

私たちは顧客獲得コストを下げるには「ストック>フロー」を意識しようという記事で、広告のように止めれば効果が消えるフロー型と、一度作れば効き続けるストック型を分けて考えるという考え方を書きました。

タルマーリーが積み上げているのは、菌を採り、育て、扱う技術です。この積み上げからパンが出て、ビールが出て、それぞれの工程が互いの材料になっています。商品を増やすために新しい仕入れ先を探すのではなく、すでに持っている技術の使い道を増やす形です。

同じ記事では、ストック型は積み上がるまで時間がかかる分、積み上がれば効き続けるとも書きました。この事例の場合、技術に加えて環境も積み上げの条件になるため、時間のかかるものが2つあります。一方で、その両方に依存しているため、環境が変わったり本人が現場に立てなくなったりすると、事業も止まりやすくなります。次の章で見る転換は、この構造とも関係しています。

この事例から考えられること

照らし合わせてみる項目

  • 自社の商品が、1つの技術から複数出ている形になっているか
  • ある工程から出るものが、別の工程で使えていないか
  • 商品を増やすときに、新しい仕入れ先を増やす方向だけを考えていないか
  • 積み上げている技術が、特定の人に依存していないか
  • その依存が、事業の止まりやすさにつながっていないか

事例から読み取れること

1. パンとビールを、菌の循環でつないでいる

ビール酵母の澱をパン酵母に使う形で、2つの商品が1つの工程でつながっています。品目を並べただけの形ではありません。

2. 考え方と製法が、同じ言葉で説明されている

「腐る」という言葉で、自身の経歴と菌の働きと経済観がつながれています。製法の説明が、そのまま思想の説明になっています。

3. 小さい規模のまま、取引先が増えた時期がある

従業員9名の規模で、卸先が7店舗から30店舗へ増えています。規模を大きくせずに広がった期間があったことが記録されています。

4. 書いた本が、別の入口になった

『腐る経済』と『菌の声を聴け』

渡邉格氏の著書『腐る経済』は、2017年3月に講談社+α文庫として刊行されました。2019年3月の公式ブログには、国内外で累計10万部以上という記述があります。2021年5月には、麻里子氏との共著『菌の声を聴け』がミシマ社から出ています。

海外でも読まれています。韓国語版『腐る経済』は、2025年6月の時点で22刷・6万部以上と報じられました。同年、格氏はソウルでの講演にも招かれています。

新聞連載は4年半続いた

2021年秋から、格氏は山陰中央新報の「羅針盤」というコラムを担当しました。2026年3月15日掲載の第24回が最終回です。4年半にわたる連載でした。

最終回には、次の一文があります。

「2021年秋から『羅針盤』を担当して4年半がたち、いよいよ今回が最終回だ。(中略)変化への恐れ以上に、今までのやり方にしがみつくことの方が恐ろしいと思っている」

この連載は、公式ブログにも全文が転載されています。次の章で見る事業の転換も、この連載の中で本人の言葉として記録されました。

ローカルグローススタジオの分析:本と連載が、店とは別の場所に残っている

私たちは前の章でも触れたストックの記事で、一度作ったものが効き続けることを書きました。上の分析で触れたとおり、タルマーリーの積み上げたものは菌を扱う技術です。

一方で、本と連載は別の性質の積み上げです。店に来なくても読めて、店が営業していない期間も残ります。韓国で6万部が出ているという事実は、鳥取県智頭町の店舗の営業状態とは別に成立しています。次の章で見るとおり、2025年に店の形が大きく変わっても、書かれたものはそのまま残りました。

同じ記事では、一度作ったコンテンツが長く効き続けるとも書きました。この事例では、本を読んだ人が店を訪ねるという流れと、店を訪ねた人が本を読むという流れの両方があると考えられます。ただし、どちらの流れがどの程度あるかを示す数字は公表されていません。構造として読める範囲にとどめておきます。

この事例から考えられること

照らし合わせてみる項目

  • 自社の考え方を、店舗や商品以外の形で残しているか
  • それが、営業状態と関係なく残るものになっているか
  • 書いたものが、事業の入口として働いていないか
  • 海外を含めて、届く範囲が広がっていないか
  • 自社の転換や失敗を、記録として残しているか

事例から読み取れること

1. 書いた本が、店とは別の入口になっている

『腐る経済』は国内外で10万部以上、韓国語版は22刷・6万部以上です。店舗の営業状態とは別に残る資産の例です。

2. 4年半の連載が、記録として残っている

山陰中央新報の「羅針盤」は2021年秋から2026年3月まで24回続き、公式ブログにも全文が転載されています。

3. 転換の過程が、本人の言葉で残っている

事業の形を変える判断も、その理由も、連載の中で書かれました。後から読める形になっています。

5. 2025年、「パン屋をやめる」と決めた

健康と人手不足が重なった

2023年8月、格氏は重度の糖尿病と診断され、3週間入院します。この時期の状況は、連載の中で本人が書いています。

2024年10月掲載の回には、次の記述があります。

「私は発酵に関わる菌を採取して培養し、パンを作っている。(中略)もう来年からは酒種が作れない…と諦めていたのだが、先月からにわかに私の心身は良くなった。(中略)そして、今までやってきたことにとらわれず、来年から事業形態を大きく変えようと思い至った」

同じ時期、深刻な人手不足にも陥っていたことが書かれています。健康の問題と人手の問題が重なった中で、事業の形を変える判断が出ています。

8年ぶりに現場へ戻った

2025年春、製造を任せていたスタッフが独立して店を離れます。格氏は現場に戻りました。

「この春、パン製造を任せていたスタッフが、独立のために卒業した。そして私は、8年ぶりにパン作りの現場に戻った。(中略)そしてなんと8年前より技術が上がっていることを実感した」

同じ時期に、常勤のスタッフはゼロになっています。

「智頭タルマーリー発酵研究所」への転換

2025年、事業のコンセプトが変わることが公式に発表されます。

「タルマーリーは今年から『パン屋』ではなく、【智頭タルマーリー発酵研究所】というコンセプトへ転換するにあたり…最終的には、合計4軒の空き家物件をリノベーションして…この4軒を総称して【智頭タルマーリー発酵研究所】とし、パンとビールという発酵食品を作りながら研究し、皆さんとそのプロセスと結果を共有していく予定です」

4軒の空き家は、徒歩1分ほどの範囲に分散して配置され、カフェと宿、パン工房、ビール工房、ギャラリーという機能が割り当てられています。

1つの建物に機能をまとめるのではなく、近い距離に分けて置く形です。空き家を1軒ずつ改修していく進め方は、まとめて大きな施設を建てる方法と比べて、必要な資金を分割できます。一方で、移動と管理の手間は増えます。智頭町の人口は2026年8月1日時点で5,655人、高齢化率は46.87%です。空き家を使う選択は、この町の状況とも結びついています。

転換の年の実感も書かれている

この転換は、順調な移行として語られてはいません。2025年12月掲載の回には、その年を振り返る記述があります。

「なにせ『”パン屋”をやめる』と決めたのだから…。2008年に開業してからずっと事業の主体は”パン屋”で、一生懸命に実績を積んできた。それにもかかわらず、今年からは『智頭タルマーリー発酵研究所』というコンセプトを掲げ、大きく方向転換すると宣言した。(中略)今年も無事に生き延びた。これほど喜ばしいことがあるだろうか」

同じ連載では、パンの販売をやめたことを伝えるとお客さまがそのまま帰ってしまう場面や、売上が大きく減り、施設の移転費用が出ていった年だったことも書かれています。転換の過程で起きたことが、良い面だけではない形で記録されています。

ローカルグローススタジオの分析:「何のために」が変わったため、事業の形も変わった

私たちは間違ってはいけない戦略の順番|ビジョン→事業→商品→営業→組織という記事で、戦略には順番があり、「何のために事業をやるか」が変わればその下の事業や商品も変わると書きました。

タルマーリーを読み解くと、「何のために」にあたるのは「菌を採り、育て、その働きを人に伝える」ことでした。パン屋という形は、その手段の1つです。パンの製造と販売を続けることが難しくなったとき、「何のために」のほうを守って手段を変える判断になっています。研究所というコンセプトは、作って売る形から、作りながら共有する形への移し替えです。

同記事では、「何のために」が決まっていないと、その下の判断が場当たりになるとも書きました。この事例は、「何のために」が決まっているからこそ、主力事業をやめるという判断ができたようにも読めます。一方で、その判断の代償も記録されています。売上が減り、お客さまが帰ってしまう場面があり、常勤スタッフがゼロになりました。「何のために」を守ることと、事業が続くことは同じではない、という点も同時に見えます。

この事例から考えられること

照らし合わせてみる項目

  • 主力事業をやめる判断を、検討したことがあるか
  • そのとき、守るものと変えるものを分けられるか
  • 経営者本人の健康が、事業の前提になっていないか
  • 人手不足が、事業の形を変える理由になっていないか
  • 転換の過程で起きたことを、記録に残しているか

事例から読み取れること

1. 2025年に「パン屋をやめる」と、自分から宣言している

2008年から17年続けた主力事業を、外部の事情ではなく自分の判断でやめると宣言しています。判断の経緯が連載に残っています。

2. 転換の背景に、人手不足と本人の健康が重なっている

2023年の入院と、その後の深刻な人手不足が、同じ時期に書かれています。事業の判断が、経営者の身体の状態と切り離せない形で語られています。

3. 転換の代償も、同じ場所に書かれている

売上が減ったこと、お客さまが帰ってしまうこと、移転の経費が出ていったことが記録されています。良い面だけを残す書き方ではありません。

6. 公開されている数字と、確認できない数字

確認できなかった数字

タルマーリーは発信の多い事業者ですが、公開されている情報を突き合わせると、確認できない数字もあります。

売上高、利益、来客数の実数は公表されていません。公式サイトにも、行政の資料にも、報道にも見当たりませんでした。この記事では売上に触れていません。

日付にも、資料による差があります。那岐店の開店日は、当時の取材記事では2015年6月12日ですが、13日とする資料もあります。智頭店の開店は、公式ブログでは2022年4月9日ですが、報道では3月開業とされたものがあります。この記事では公式ブログと当時の取材記事を優先しました。

酒類製造免許の取得日や、自家製ビールの販売開始日として流通している具体的な日付についても、今回の調査では一次資料を確認できませんでした。この記事では日付を書いていません。

修業した店の数についても、資料によって「4軒」と「約5年間」という書き方が分かれており、店数を断定できる一次資料は見つかりませんでした。

「唯一」という表現について

タルマーリーを紹介する記事には、「日本で唯一の野生酵母だけで醸す地ビール醸造所」といった表現が見られます。これは各媒体による評価であり、全国の醸造所を調べた資料にもとづくものではありません。この記事では使っていません。

ローカルグローススタジオの分析:小さい事業ほど、記録の場所が限られる

私たちは3章でも触れたストックの記事で、一度作ったものが効き続けることを書きました。

タルマーリーの場合、記録の中心は本人が書いた本と連載と公式ブログです。上場企業のような開示資料はなく、行政の統計にも売上は出てきません。その代わり、判断の理由や、うまくいかなかった時期の実感が、本人の言葉として残っています。数字は少なく、経緯は詳しい、という形の記録です。

この性質は、読むときの前提になります。数字で比較する対象としては材料が足りず、判断の過程を読む対象としては材料が多い、という事例です。どちらの読み方をするかで、この事例から得られるものが変わります。

この事例から考えられること

照らし合わせてみる項目

  • 自社の記録が、数字と経緯のどちらに寄っているか
  • 日付や数字を、一次資料で確認できる形にしているか
  • 他媒体が付けた「唯一」「日本一」といった表現を、そのまま使っていないか
  • 公表していない数字について、その理由を説明できるか
  • 判断の理由を、後から読める場所に残しているか

事例から読み取れること

1. 売上と利益が公表されていない

公式にも行政資料にも実数がありません。数字で比較する対象としては、材料が限られます。

2. 日付に、資料による差がある

那岐店と智頭店の開店日が、資料によって異なります。一次資料を優先して確認する必要がある例です。

3. 記録が、数字ではなく経緯に寄っている

本と連載と公式ブログに、判断の理由やうまくいかなかった時期の実感が残っています。読み方によって得られるものが変わる事例です。

7. ローカルグローススタジオの視点

冒頭に挙げた7つの観点を、本文で確認した事実で説明し直します。

1. 開業資金の500万円を、5年かけて夫婦で貯めている

結婚してから5年間、毎月10万円ずつの貯金です。使い道も公開されており、オーブンに230万円、大工に頼んだ改装に70万円、機材を含めて300万円、残りの130万円を配管や配線や漆喰に充てています。

借入から始めていない点と、内装の多くを自分たちで直している点が特徴です。設備にはお金をかけ、手でできることは手でやる、という配分になっています。金額の制約が、どこにお金を使うかの判断を先に決めていたとも読めます。

2. 開業地を、来てもらえる距離という基準で決めている

「東京の人はおいしいお店があると聞けば2時間くらいは平気でドライブする」という見立てから、房総が選ばれました。格氏が最初に希望した会津は、この条件を満たしませんでした。

自分のゆかりや思い入れよりも、相手が来られる距離が優先されています。田舎でやるという条件は譲らないまま、その中で相手の条件を満たす場所が選ばれた形です。譲れないものと、決め方の基準が分けられている例だと言えるかもしれません。

3. 材料ではなく、菌が採れる環境のほうを基準に移転している

里山の空気中から菌を採るという製法のため、環境そのものが原料になっています。原料が動かせないので、店のほうが動きました。2011年に千葉から岡山へ、2015年に岡山から鳥取へと、7年の間に2回です。

移転は、周囲にとって当然の判断ではありませんでした。「ついてくる奴はいるか」と聞いて誰も手を挙げなかったという場面も語られています。製法を選んだことが、立地の自由度と人の面の両方に効いていることが読み取れます。

4. パンとビールを、菌の循環でつないでいる

ビール酵母の澱をパン酵母として使う形で、2つの商品が1つの工程でつながっています。品目を並べたのではなく、同じ菌の扱いから2つが出ている構造です。

この形は「腐る」という言葉でも説明されています。有機物が土に返り、栄養が分配され、再生して循環するという説明が、製法の説明でもあり、事業の考え方の説明でもあります。同じ言葉が、製法の説明にも事業の考え方の説明にも使われている例です。

5. 書いた本が、店とは別の入口になっている

『腐る経済』は国内外で累計10万部以上、韓国語版は2025年6月時点で22刷・6万部以上です。共著『菌の声を聴け』もあります。4年半続いた新聞連載も、公式ブログに全文が残っています。

これらは、店が営業していない期間も残ります。実際、2025年に事業の形が大きく変わった後も、書かれたものはそのままです。ただし、本を読んだ人がどれだけ店に来ているかを示す数字は公表されていません。構造として読める範囲にとどめています。

6. 2025年に「パン屋をやめる」と、自分から宣言している

2008年から17年続けた主力事業を、自分の判断でやめると宣言しました。「智頭タルマーリー発酵研究所」というコンセプトに変え、4軒の空き家をカフェと宿、パン工房、ビール工房、ギャラリーに分けて使う構想です。

作って売る形から、作りながら共有する形への移し替えとして読めます。守るものを「菌を扱い、その働きを伝えること」に置き、手段のほうを変えた判断です。

7. 転換の背景に、人手不足と本人の健康が重なっている

2023年8月に重度の糖尿病で3週間入院し、その後も体調が事業判断に影響していたことが本人の連載に書かれています。同じ時期に深刻な人手不足があり、2025年春には常勤スタッフがゼロになりました。格氏は8年ぶりにパン製造の現場へ戻っています。

転換の年については「売り上げはがくっと減り、施設移転のための経費がどんどん出ていく」という記述もあり、「今年も無事に生き延びた」という言葉で締められています。判断の代償も同じ場所に記録されている点が、この事例の読みどころだと言えるかもしれません。

本事例から見える経営とマーケティングの学び

タルマーリーの物語は、継ぐ会社も買う会社もない状態から、500万円を元手に始まった事例として読めます。順序をたどると、次の並びになります。

  • 来てもらえる距離という基準で開業地を決めた
  • 空気中から菌を採るという製法を選んだ
  • その製法のために2回移転した
  • パンとビールを菌でつないだ
  • 書いた本と連載が店とは別の入口になった
  • 人手と健康の事情が重なった2025年に主力事業をやめる判断をした

上の分析で触れたとおり、この事例には4つの見方が重なっています。相手を決めることが場所の条件を作ったこと、真似しにくい条件を自分で選んだこと、1つの技術から複数の商品が出ていること、そして「何のために」を守るために手段を変えたことです。

同時に、この事例は数字が少ない対象でもあります。売上も利益も来客数も公表されておらず、日付にも資料による差があります。その代わり、判断の理由とうまくいかなかった時期の実感が、本人の言葉として多く残っています。数字で比べる材料は少なく、判断の過程を読む材料は多い、という点も持ち帰れる部分です。

「ビジネス知の機会格差をなくす」という私たちのミッションに向けて、これからも実践的で価値ある情報を発信していきます。この記事の内容について、さらに詳しく知りたい方は、ぜひご連絡ください。