ローカルグローススタジオは、『地方企業にスタートアップのような成長を』というテーマで、コンテンツ発信と支援サービスを展開しています。この記事では、実践的なビジネスノウハウを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。
この記事は、「先進企業に学ぶ」シリーズで取り上げた31社のうち、地域の複数の担い手と組んで事業を動かした8社を、問題の種類ごとに並べ直したものです。扱う問題は7つです。予算がない状態で立ち上げた、議会や組合の承認が通らなかった、1軒だけでやっても効かない取り組みだった、参加する側の取り分が見えなかった、という4つが前半です。土地や制度を行政が担っていた、中心人物が退任や逝去でいなくなった、成功例と紹介される一方で人口は減っていた、という3つが後半です。
どの問題も、1つの地域だけの話ではありません。同じ問題を経験した会社や団体を並べると、解決の仕方の共通点と、地域ごとに違った条件の両方が見えます。各章は「起きたこと」「それぞれの会社がどうしたか」「共通点と分かれ目」「自社に当てはめるなら」の順です。会社ごとの説明は、そのときの状況、下した判断、その後の結果の3段で書き、個社の記事へリンクしています。詳しい経緯と一次資料は、リンク先で読めます。
この記事の要約
地域の取り組みで起きた問題は7つです。立ち上げの段階(1章と2章)、仕組みを作る段階(3章から5章)、続ける段階(6章と7章)の順に並べています。自社や自地域に近い問題の章から読めます。
| 起きた問題 | 起きた会社 | どう越えたか |
|---|---|---|
| 予算がなく、補助金は期限付きだった(1章) | こゆ財団、OWB | 予算をもらってから始める順序を取っていません。こゆ財団はふるさと納税の寄付額を伸ばした後にその一部を原資にする交渉をし、OWBは運営を補助金に頼らない方針を決めて施設の建設だけに助成を使っています |
| 議会や組合の承認が通らず、反対のほうが多かった(2章) | こゆ財団、黒川温泉、四万十ドラマ | 説得の内容を変えるのではなく、反対の理由になっていた条件を変えています。こゆ財団は代表を外部の人に変え、黒川温泉は組合の予算を補助金に置き換えました。四万十ドラマは、反対の多さそのものをやる理由に挙げています |
| 1軒だけでやっても、効かない取り組みだった(3章) | 黒川温泉、玉川堂、神山町グリーンバレー | 温泉街全体の景観、産地全体で工場を開く日、町に足りない職種というように、全体で揃えることを条件にしています。真似する側にも、同じ数の合意が要る状態になっています |
| 参加する側の取り分が、見えなかった(4章) | 黒川温泉、四万十ドラマ、神山町グリーンバレー、こゆ財団 | 取り分を、入湯手形、市場価格の1.5倍の買い取り、競合のいない開業、総寄付額の6%という形で仕組みの中に入れています。取り分の決め方が、参加する側と決めた側の両方の行動を決めています |
| 民間の取り組みに見えるが、土地や制度は行政が担っていた(5章) | F VILLAGE、神山町グリーンバレー、こゆ財団、OWB | 土地とインフラ、光ファイバー網、ふるさと納税の委託料、市からの受託と地域おこし協力隊というように、行政が担った部分が分けて示されています。F VILLAGEは「民設民営とは口が裂けても言えない」と自分から述べています |
| 中心人物が、退任や逝去でいなくなった(6章) | 黒川温泉、神山町グリーンバレー、こゆ財団、いろどり | 続ける場所を、個人ではなく組合、NPO、財団、第三セクターに置いていました。いろどりは2年の引き継ぎ計画が2週間で崩れましたが、後継者の14年の経験で間に合わせています |
| 成功例と紹介されるが、人口は減っていた(7章) | F VILLAGE、神山町グリーンバレー、OWB、こゆ財団 | 増えた数字と減った数字の両方が確認でき、目標に置いたものと外から語られる成果を分けています。神山町は人口を増やすことを目標に置かず、F VILLAGEは累計1,000万人を超えても「成功」という言葉を使っていません |
参考資料一覧
この記事は、次の個社記事から事実と発言を抜粋しています。各社の一次資料(公式サイト、取材記事、開示資料、自治体の統計)は、それぞれの記事の参考資料一覧に載せています。
数字で見る地域の取り組みと人口
| 会社 | 起きたこと | 数字 | 出典 |
|---|---|---|---|
| こゆ財団 | 寄付額は伸び、町の人口は減った | 新富町のふるさと納税の寄付額は2015年度およそ2,000万円から2018年度19億円。人口は2011年17,931人から2021年16,465人(国勢調査) | 個社記事 |
| OWB | 事業は増え、雇用は減った(2024年11月時点) | 事業27件、雇用は延べ47人でその時点15人。小高区は震災前の住民登録人口1万2,842人、2020年3月の居住人口3,663人 | 個社記事 |
| 四万十ドラマ | 栗の生産量が戻り、住民が株主になった | 2013年18トンから2017年秋50トン。2005年の完全民営化で住民株主202名 | 個社記事 |
| 黒川温泉 | 看板を外し、入湯手形を続けた | 1986年に看板およそ200本を撤去。入湯手形の累計販売枚数はおよそ310万枚(2022年6月時点)。宿泊者数は1989年17万人から2003年40万人 | 個社記事 |
| 玉川堂 | 産地の催しの参加数と来場者が伸びた | 燕三条 工場の祭典は2013年54工場・10,708人から2025年133社・62,060人 | 個社記事 |
| 神山町グリーンバレー | 総人口は減り続けた | 1955年2万502人から2026年9月4,542人。令和7年度は社会動態プラス41人、自然動態マイナス107人 | 個社記事 |
| F VILLAGE | 来場者は増え、市の人口は減った | 来場者は2023年およそ346万人から2025年459万1,357人。北広島市の人口は2007年61,174人から2026年7月55,882人 | 個社記事 |
| いろどり | 事業全体の年商と会社の売上高が別の数字(2024年度) | 彩の年商およそ2億6,000万円、株式会社いろどりの売上高5,452万円。上勝町の人口は1950年6,356人から2025年1月1,337人 | 個社記事 |
数字の読み方を、先に2点断っておきます。1つは、取り組みの数字と地域の人口は別の数字だということです。この表は両方を並べているだけで、どちらかが原因だと示すものではありません。2つ目は、数え方の違いです。OWBの人口は住民登録人口と居住人口、黒川温泉の来訪者は宿泊者数と入込客数のように、同じ言葉でも集計の範囲が違います。この記事では、個社記事に書かれた時点と数え方をそのまま添えています。
1. 予算がなく、補助金は期限付きだった
起きたこと
2つの団体が、使える予算がない状態から地域の事業を立ち上げました。こゆ財団の設立を提案した新富町役場の岡本啓二氏は、町長から「例の団体設立、やってくれ。でもお金はないぞ」と返されました。当時の新富町は出張の費用も出せない資金難で、ふるさと納税の寄付額は年間およそ2,000万円でした。OWBの和田智行氏は、原発事故で避難指示が出た福島県南相馬市小高区で、2014年に事業を始めました。被災地には、事業を後押しする期限付きの補助金が複数ありました。
それぞれの会社がどうしたか
こゆ財団は、成果を出した後に原資をもらう交渉をしました。 岡本氏は、予算を先にもらう形ではなく、自分でふるさと納税を担当して寄付額を伸ばす提案をしました。
「僕にふるさと納税をやらせてください。1年で1億円集められたら、うち1000万円を新しい団体にください」
約束は1億円でしたが、実際には1年で4億円を超えました。2015年度のおよそ2,000万円が、2016年度にはおよそ4億3,000万円になっています。こゆ財団はこの実績の上で2017年に設立され、総寄付額の6%を町からの委託料として受け取る形で回り始めました。町の側は先に持ち出しをせず、始める側は成果を出せなければ何も得られない順序です。
OWBは、運営を補助金に頼らないと決め、建設だけに助成を使いました。 和田氏は方針の理由を、補助金の期限に置いています。
「補助金は使わない。現地での雇用を創出する。(中略)被災地には事業を後押しする補助金は多数存在しています。しかし、それはあくまで期限付きのもの。補助金頼りの会社運営が常態化することは、長い目で見たときに大きな弊害となります。あくまで地に足のついたビジネスでしっかりと収益を上げていくことに注力していく。そうして経済的な自立を果たすことが持続可能なビジネスへの第一歩です」
最初にお金を払った相手は住民ではなく、日中に除染や工事で入っていた5,000人から6,000人の作業員でした。食堂「おだかのひるごはん」は、この人たちを相手に始まっています。一方で、OWBが外部資金をまったく使っていないわけではありません。2019年に竣工した小高パイオニアヴィレッジの建築費には、日本財団の復興助成費と自主財源に加えて、500万円のクラウドファンディングが充てられました。運営を補助金に頼らないことと、施設の建設に助成を使うことは、分けて扱われています。
共通点と分かれ目
2つの団体に共通しているのは、予算をもらってから始める順序を取っていないことです。こゆ財団は成果の後に原資をもらい、OWBは最初の買い手を自分で見つけています。もう1つの共通点は、入ってきた資金の使い道を分けていることです。OWBは運営と建設を分け、こゆ財団は町の委託料で回しながら、稼いだ収益を起業家の育成に回しています。
分かれ目は、原資の出どころです。こゆ財団の原資は、ふるさと納税という制度の上で町から受け取る委託料でした。OWBの原資は、食堂や仮設スーパーやガラス工房という自分の事業の売上でした。制度の上に原資を置くと、制度が変われば原資も変わります。自分の事業に原資を置くと、住民がいない場所で買い手を見つける作業から始まります。
私たちは間違ってはいけない戦略の順番|ビジョン→事業→商品→営業→組織という記事で、戦略とはやることとやらないことを決めることであり、最初に「何のために事業をやるか」を決めるという考え方を書きました。2つの団体を読み解くと、こゆ財団は「続ける主体を作る」こと、OWBは「誰かに解決してもらう構造をやめる」ことを先に決めており、私たちが記事に書いた考え方と同じ考えが表れています。補助金を使うかどうかは、その目的から決まっています。
自社に当てはめるなら
最初にやることは、これから始める取り組みの原資を「運営」と「建設や設備」に分けて書き出すことです。期限のある資金をどちらに使うかが決まると、期限が来た後に何が残るかが見えます。
- 予算をもらう前に、成果を先に出す順序を検討したことがあるか
- 運営の原資と、建設や設備の原資を分けているか
- 原資が、1つの制度に依存していないか
2. 議会や組合の承認が通らず、反対のほうが多かった
起きたこと
3つの団体で、地域の事業を進める提案が反対に当たりました。こゆ財団の設立には議会での議論が必要で、「役場の職員なのに、法人の経営なんかできるのか」という懸念が出ました。黒川温泉では、2015年に組合史上最年少かつ女性で初めての代表理事になった北里有紀氏が、外部の企業と組む提案を組合に却下されました。四万十ドラマでは、道の駅「四万十とおわ」の開業をめぐって周囲の反対が多かったことが、畦地履正氏の言葉に残っています。
それぞれの会社がどうしたか
こゆ財団は、代表を外部の人に変えて議会を通しました。 議会で出た懸念は、事業の中身ではなく、誰が経営するかに向いていました。
「役場の職員なのに、法人の経営なんかできるのか。まちづくりのプロに任せた方がいいだろう」
岡本氏は自分が代表になるのではなく、地域プロデューサーの齋藤潤一氏に代表理事を打診しました。齋藤氏は責任の重さから一度断りましたが、一緒に適役を探す過程で職員の本気度を見て引き受けています。こゆ財団は、事業の中身を変えずに、議会にとっての条件を満たす形で設立されました。
黒川温泉は、組合の予算を補助金に置き換えて話を進めました。 北里氏の提案に対する組合の反応は、「東京の大企業なんてあやしい。だまされとる。冷静になって頭を冷やせ」というものでした。北里氏はこの反応を、外部の力を借りずに温泉街を守ってきた親世代の警戒として「当然です」と振り返っています。止まった話を進めたのは、町役場への相談でした。
「年は近かったけど、これまであまり話したことのなかった町役場の人に相談してみたら、旅館組合の予算を割かなくても補助金でカバーできることになりました。そうして、組合を説得することができました」
反対の理由の1つが組合の予算を使うことにあったため、黒川温泉ではその部分を外しています。
四万十ドラマは、反対の多さをやる理由に挙げました。 畦地氏は、道の駅の開業をめぐる判断の基準をこう語っています。
「皆が反対するならやってみる価値がある。しかも1割は賛成者がいるわけだから」
道の駅「四万十とおわ」は2007年7月1日に開業し、当日の来場は見込み1,000人に対して5,000人でした。一方で、四万十ドラマの畦地氏は「今までに辞表は5回は出している」とも語り、無農薬野菜の出荷で信用を失った経緯も残しています。反対を押し切った成功と、押し切って失敗した経緯の両方が、同じ人の言葉として記録されています。
共通点と分かれ目
こゆ財団と黒川温泉に共通しているのは、説得の内容を変えていないことです。事業の中身はそのままで、反対の理由になっていた条件を変えました。こゆ財団では「誰が代表か」、黒川温泉では「誰の予算か」が反対の理由でした。反対した側を否定していない点も同じです。
分かれ目は、反対の理由がはっきりしていたかどうかです。こゆ財団と黒川温泉では、理由が1つの条件として言葉になっていたため、その条件を変えられました。四万十ドラマでは、反対の理由を1つに絞る記録が個社記事にはなく、畦地氏は反対の多さそのものをやる理由にしています。反対の理由が条件として見えているときは条件を変える道があり、見えていないときは結果で答えるしかない、という違いがあります。
自社に当てはめるなら
最初にやることは、反対された提案について、反対の理由を1つの条件として言葉にすることです。「誰が代表か」「誰の予算か」のように言えれば、中身を変えずに条件を変える道が探せます。
- 反対の理由が、事業の中身と条件のどちらに向いているか
- 条件を変えて通せる反対と、結果でしか答えられない反対を分けているか
- 反対した側の事情を、否定せずに説明できるか
3. 1軒だけでやっても、効かない取り組みだった
起きたこと
3つの地域で、1軒の事業者だけでは価値が出ない取り組みが課題になりました。黒川温泉では、集客のために立てた看板が景観を損ねていましたが、1軒が外しても隣の宿が残せば景観は揃いません。燕三条の玉川堂では、鎚起銅器の工房を1社だけ開いても、燕まで来る人は限られていました。徳島県神山町では、移住者を待つだけでは町に足りない職種が埋まらず、グリーンバレーの大南信也氏は、補助金などの条件で人を呼ぶと移住希望者は条件で選んでしまうと見ていました。
それぞれの会社がどうしたか
黒川温泉は、温泉街全体で看板を外し、色調と植栽を揃えました。 新明館の後藤哲也氏は、京都で整えた日本庭園より自然の木が植わった庭に人が集まる様子を見て、雑木の植栽を着想しました。1986年、黒川温泉では看板がおよそ200本撤去され、建物の色調を揃える取り組みが進みます。後藤氏は、全体で揃える理由をこう語っています。
「極端な話だが純和風の風景に、一つ洋風ホテルが建ってしまえば、たちまち景観を壊し、お客さんはしらけてしまいます。温泉街全体で足並みを揃えて、統一されたものを作っていく必要があったのです」
宿泊者数は1989年の17万人から2003年に40万人になりましたが、同じ時期に入湯手形も始まっており、どの施策がどれだけ効いたかを分ける資料はありません。
玉川堂は、産地全体で同時に工場を開く催しに乗りました。 2013年に始まった「燕三条 工場の祭典」は、第1回に54工場が参加し、来場者は10,708人でした。玉川堂は第1回から中核の参加事業者として関わり、営業と経営企画を担う山田立氏が実行委員長を数回務めています。2025年は参加133社、来場62,060人で、いずれも歴代最高でした。玉川基行氏は、目指す形を産地の単位で語っています。
「私のビジョンは、燕三条を国際産業観光都市へと発展させ、直営店を玉川堂本店に集約し、本店売上を100%にしていくことです。玉川堂5年・10年・15年計画を立てており、これは15年計画(私が60歳の時)にあたり、本店以外の直営店は、メンテナンス機能として一部残します」
玉川堂1社を目的に燕まで来る人は限られますが、100社規模の工場が同時に開けば、燕三条へ行く理由が生まれます。2023年には、地元の任意団体「KOUBA」による運営へ世代交代しています。
神山町グリーンバレーは、来てほしい職種を町の側から指定しました。 大南氏は、条件の額で競う道を外し、物件ごとに来てほしい職種を指定する「ワーク・イン・レジデンス」を作りました。
「特定の物件についてですが、将来まちにとって必要な働き手を呼び込むために、”逆指名権”をグリーンバレーが持ちます。例えば、”神山でIT企業を起こしませんか?””パン屋を開業する人はいませんか?”と、特定の職種を逆指名するんです」
この仕組みから、カフェ、ベーカリー、歯科医、靴屋が生まれたと、神山町グリーンバレーの大南氏は語っています。
共通点と分かれ目
3つの地域に共通しているのは、価値が1軒では出ず、全体で揃えて初めて出ることです。黒川温泉の景観は、30軒が揃って初めて成立します。工場の祭典は、100社規模が同時に開くことで「その地域へ行く理由」になります。神山町の職種の分布は、町全体を見て決まります。全体で揃えることを条件にすると、真似しようとする側にも同じ数の合意が要ることになります。
分かれ目は、揃えたものと、揃える場所です。黒川温泉が揃えたのは景観で、看板を外すという引き算でした。揃える場所は組合です。玉川堂が乗ったのは工場を開く日で、同時に開くという足し算でした。揃える場所は、実行委員会から任意団体へ移っています。神山町が揃えたのは職種の分布で、決めるのはNPOの側でした。景観のように直接の収入につながりにくいものは、次の章で見る取り分の仕組みと組み合わさっています。
私たちは地方企業やスタートアップに共通する、低リソース・ブランド無しの戦わない戦略という記事で、競合との直接対決を避けること、協業によって新たな価値を作ること、共同イベントで単独では届かない相手に届くことを書きました。3つの地域を読み解くと、1軒では出ない価値を地域の単位で作っており、私たちが記事に書いた考え方と同じ考えが表れています。黒川温泉が避けた競争は「目立つこと」で、玉川堂が乗ったのは産地の共同イベントでした。
自社に当てはめるなら
最初にやることは、自社の取り組みのうち「1社でやっても効かないもの」を書き出すことです。景観、来る理由、足りない機能のように、地域の単位で初めて価値が出るものが分かれば、誰と揃えるかが決まります。
- 1社でやっても効果が出ない取り組みに、着手できているか
- 揃える場所(組合、実行委員会、NPO)が決まっているか
- 揃えたものを真似する側に、同じ数の合意が要る状態になっているか
4. 参加する側の取り分が、見えなかった
起きたこと
4つの地域で、参加する側の取り分をどう作るかが課題になりました。黒川温泉では、景観を揃える取り組みは直接の収入につながりにくく、露天風呂を持たない宿もありました。四万十ドラマの地域では、栗の生産量が昭和30年代のおよそ800トンから2013年に18トンまで落ち、生産者の高齢化と後継者不足が続いていました。神山町では、来た人が何で食べていくかが移住の前提になりました。こゆ財団では、財団の取り分である委託料の率を、立ち上げの時点で決めることになりました。
それぞれの会社がどうしたか
黒川温泉は、泊まった人が他の宿の風呂に入る仕組みを作りました。 1986年、看板の撤去と同じ年に黒川温泉で「入湯手形」が始まりました。1枚で複数の宿の露天風呂に入れる仕組みで、初期の価格は1,000円です。1軒に泊まった人が他の宿の風呂にも入るため、露天風呂を持たない宿にも手形を通じて収入が入ります。累計の販売枚数は2022年6月時点でおよそ310万枚、最盛期の年間販売枚数はおよそ21万枚と語られています。後藤氏は、自分の宿だけが儲かることと温泉街全体が続くことを分けていません。
「自分だけが儲かろうと思っても、そんな世の中じゃなか。自分一人で生きられん時代に入ったわけですよ。そう思うと、いまこそ常に全体の一体化に目を向けられるリーダーが必要じゃなかでしょうか」
四万十ドラマは、栗を市場価格の1.5倍で買い取りました。 理由として挙げられているのは、農薬を使わないなど手間をかけて栽培されていることと、高く買うことを自らの使命と認識していることです。ただし、A品・B品・C品というランク分けがあり、C品は買い取りの対象外です。高く買える理由は、売り先が先にあることでした。
「商品という出口が確保されているから、私たちも責任を持って農家に働き掛けられる。引き受けてくれる生産者を増やすことで、四万十川流域はオーガニックになっていく」
四万十ドラマの地域の栗の生産量は、2013年の18トンから2017年秋には50トンまで戻りました。
神山町グリーンバレーは、競合のいない開業を取り分にしました。 逆指名の仕組みでは、パン屋がいない町にパン屋として来れば競合はいません。大南氏は、この仕組みを双方に利点がある形として説明しています。
「一言でいえば、神山町の将来にとって必要と思われる業種・職種の働き手を『逆指名』するというシステムになります。地域に足りない業種や職種の人を募集すれば、移住してくる人、受け入れる地域の人、どちらにもメリットがあるでしょう。町に足りない職能を持つ人を呼び込むことで、能動的に地域のデザインをすることができるわけです。この試みからカフェやベーカリー、歯科医や靴屋などが誕生したおかげで、地域にも活気が出てきたと感じています」
神山町グリーンバレーの仕組みでは、取り分が「その職種の需要を独り占めできる状態」として、来る前から見えています。
こゆ財団は、受託料の率を相場より低く設計しました。 財団が回るための原資は、ふるさと納税の運営を町から受託する委託料です。
「(こゆ財団は)翌年度から総寄付額の6%の約2400万円を新たに立ち上げる団体が町からのふるさと納税事務の委託料として受け取る仕組み」
自治体が民間へ事務を委託する場合の相場は、総寄付額の10%から20%とされています。6%はその半分以下です。率が高ければ、財団は寄付額が横ばいでも収入を保てます。率が低いと、寄付額そのものを伸ばし続ける以外に道がありません。なおこゆ財団の6%は2017年の制度設計時の数字で、現在も同じ率かは確認できていません。
共通点と分かれ目
4つの地域に共通しているのは、参加する側の取り分が、説明ではなく仕組みの中に入っていることです。手形が使われるたびにお金が動く、価格が市場の1.5倍と決まっている、競合のいない場所で開業できる、寄付額が伸びれば委託料も伸びる、という形です。
分かれ目は、取り分が誰の行動を決めたかです。黒川温泉の入湯手形は、露天風呂を持たない宿が参加する理由を作りました。四万十ドラマの1.5倍は、生産者が栗山に手を入れる理由を作りました。ただし、売り先を先に確保するという四万十ドラマ側の仕事と、C品は買わないという条件がセットです。神山町の逆指名は、来る側の商売の成立を先に設計しています。こゆ財団の6%は、財団自身が寄付額を伸ばし続ける理由を作りました。取り分の決め方が、参加する側だけでなく、決めた側の行動も決めています。
私たちはターゲットと便益を5-10パターンに整理するという記事で、同じサービスでも相手によって得られる価値が違うため、誰に、何を、どんな独自性で届けるかを相手ごとに整理するという考え方を書きました。4つの地域を読み解くと、相手ごとの価値を仕組みの中で決めており、私たちが記事に書いた考え方と同じ考えが表れています。相手の組み合わせは、手形を買う人と参加する宿、栗を買う人と作る人、移住する人と受け入れる町、そして町と財団です。
自社に当てはめるなら
最初にやることは、自社が関わる地域の取り組みについて、参加する側の取り分を金額か条件で書き出すことです。書けない取り組みは、参加する理由が言葉だけになっています。
- 参加する側の取り分が、価格や率や条件として見えているか
- 取り分を用意する前に、売り先や需要を確保しているか
- 取り分の決め方が、自分たちの行動をどう変えるかを把握しているか
5. 民間の取り組みに見えるが、土地や制度は行政が担っていた
起きたこと
4つの地域で、民間の取り組みとして紹介される事業の土台を、行政が担っていました。F VILLAGEは球団側がおよそ600億円を投じた施設ですが、土地と道路などのインフラは行政のものです。神山町では、2004年から2005年にかけて町全域に光ファイバー網が敷かれ、その上でサテライトオフィスの誘致が成り立ちました。こゆ財団の原資は、ふるさと納税という制度の上で町から受け取る委託料です。OWBは補助金を使わない方針を掲げていますが、仮設スーパーは南相馬市からの受託事業で、起業家が集まる条件には地域おこし協力隊の任期が含まれます。
それぞれの会社がどうしたか
F VILLAGEは、行政の関与を自分から挙げました。 当時の事業統轄本部長である前沢賢氏は、民間の投資として紹介されることに留保を付けています。
「巷では『民設民営』と言われ、我々の施設も民設民営で約600億円を投資しますが、民設民営などとは口が裂けても言えない。なぜかと言うと、当然土地だって行政所有のものですし、道路などのインフラも北広島市や北海道、北海道開発局が主体となっている。(中略)このような環境で100%、民設民営などあるわけがない。それは民間のおごりだと思います」
運営会社の出資には、球団と日本ハムと電通グループに加えて、都市開発を支援する民間都市開発推進機構が入っています。一方で、F VILLAGEの前沢氏は、開業直後に市の側から「やりきった」という空気を感じたことも語り、造るまでが大きな仕事という行政との考え方の違いを、否定ではなく違いとして説明しています。
神山町グリーンバレーは、先にあった通信の環境を価値として伝えました。 光ファイバー網は、グリーンバレーではなく町全域の整備で敷かれた条件です。大南氏は、この条件を次のように説明しています。
「ネットインフラは万全の状態で整えています。神山では、全世帯高速光通信が使用でき、しかも都会みたいに回線が混雑することもない。”こんな山のなかで光通信が使えるの!?”というプラスの意外性は感動につながるんです」
2005年の整備から誘致が広く知られるまでには数年があり、その間にアートの事業と発信と逆指名の仕組みが動いていました。進出した企業の側が挙げた理由は事業継続計画で、神山町グリーンバレーの狙いとは別でした。
こゆ財団は、ふるさと納税という制度の上に原資を置きました。 岡本氏は、立ち上げの経緯をこう語っています。
「出張のお金すら出せないほどの資金難で、まち全体が困っていたので、まずはふるさと納税で資金を調達することを考えました。当時、2,000万円だったふるさと納税の寄付額を1億円に上げるかわりに、寄付額の一部で地域商社を立ち上げさせてほしいという交渉を町長した上で、とにかく営業に回ったり、いろんな方にお話を聞きながら、1年で4億円まで寄付額を伸ばしました」
こゆ財団の受託料は総寄付額の6%で、2017年度から2024年度までの累計寄付額は100億円を超えています。同時に、寄付額が減れば収入も減り、ふるさと納税という制度自体が変われば原資も変わります。
OWBは、受託した事業と、自分で作った事業を分けて説明しています。 南相馬市から受託した仮設スーパー「東町エンガワ商店」は、2015年9月から2018年12月まで運営されました。閉店は、市の公設民営スーパーが開業したことによる役割の終了として説明されています。他の起業家が集まる条件についても、和田氏は制度を含めて説明しています。
「小高は同地域内での競合が少ないため事業立ち上げの際のハードルは比較的低いといえるでしょう。加えて、地域おこし協力隊の任期である3年間は生活費の心配もいらない。事業を行う上での心理的な不安を取りのぞけるよう私たちもサポートを行っていますし、周囲には起業家たちのコミュニティも出来上がってきており孤立することはありません」
OWBの運営は補助金に頼らない方針ですが、受託事業と協力隊の任期という行政の仕組みは、事業と起業家の条件の中に入っています。
共通点と分かれ目
4つの地域に共通しているのは、民間の投資や判断として語られる取り組みの土台に、行政が担った部分があることです。土地とインフラ、通信網、制度と委託料、受託事業と協力隊というように担った部分は違いますが、どの地域でも民間だけで成立してはいません。F VILLAGEの前沢氏はその点を自分から述べ、他の3つの地域では、個社記事が資料をたどって分けています。
分かれ目は、行政が担った部分への依存の度合いです。F VILLAGEの土地とインフラは事業が始まる前提であり、始まった後の収入は施設と街区の運営から入ります。神山町の光ファイバー網も前提であり、誘致の成果はそれを伝える側の動きで決まりました。こゆ財団は原資そのものが制度の上にあり、制度が変われば原資が変わります。OWBは運営を補助金に頼らない一方で、受託事業は市の判断で役割を終えました。前提として使った地域と、原資として使った地域で、行政の判断が事業に及ぶ範囲が違います。
私たちはマネジメントとは、今のリソースでやりくりすること、リソース調達力を上げること。バフ人材とデバフ人材を見極める。という記事で、リソースは組織の内部にあるものに限らず、外部のネットワークを作って必要なときに使える関係を持つことが重要だと書きました。4つの地域を読み解くと、土地や通信網や制度という自分では持てないものを行政から調達しており、私たちが記事に書いた考え方と同じ考えが表れています。同時に、調達したものが前提か原資かで、後の依存の度合いが変わっています。
自社に当てはめるなら
最初にやることは、自社の取り組みが成り立っている土台のうち、行政が担っている部分を書き出すことです。土地、通信、制度、受託、任期のある人材というように並べると、行政の判断が変わったときに何が変わるかが見えます。
- 自社の取り組みが、誰の負担の上に成り立っているかを言えるか
- 行政が担った部分を、前提と原資に分けているか
- その部分を、自分から明示しているか
6. 中心人物が、退任や逝去でいなくなった
起きたこと
4つの地域で、取り組みを始めた人や長く率いた人が、退任や逝去で表に立たなくなりました。黒川温泉で最初に大きく動いた新明館の後藤哲也氏は、2018年に86歳で亡くなりました。神山町グリーンバレーでは、1991年の委員会から27年にわたって活動を率いた大南信也氏が、2018年5月の総会で理事長を退任しました。こゆ財団では、設立時に議会対策として外から迎えた齋藤潤一氏が、2025年6月に代表理事を退きました。いろどりでは、葉っぱビジネスを作った横石知二氏が2025年5月の株主総会の2週間後に緊急入院し、同年8月8日に66歳で亡くなっています。
それぞれの会社がどうしたか
黒川温泉は、続ける場所を組合に置いていました。 後藤氏が裏山を掘り始めたのは1軒の宿の判断でしたが、景観づくりと入湯手形は1961年に設立された黒川温泉観光旅館協同組合が運営してきました。代表理事は2015年に北里氏が就き、2023年時点では音成貴道氏に代わっています。北里氏は、世代交代の進み方をこう説明しています。
「セッションが進行していくのと同時に、温泉旅館組合の代替わりが進んでいきました。現在は役職をすべて若手世代が務めています。それは決してクーデターのような、若手世代が親世代を否定するようなものではなく、若手世代は親世代のこれまでに敬意を払い、親世代は若手世代の心意気を認めて後進にバトンを渡すというような形の、理想的な世代交代でした」
黒川温泉の入湯手形は、後藤氏の逝去の後も続き、2026年7月から40周年の記念デザインが発行される予定です。
神山町グリーンバレーは、法人の形を分けて並走させていました。 2018年5月26日の通常総会で、大南氏は理事長を退任し、粟カフェ代表の中山竜二氏が新理事長に就きました。
「今月5/26(土)は、グリーンバレーの通常総会でした。2004年にNPO法人化されてから14年、1991年の『アリス里帰り推進委員会』発足まで遡れば、27年にわたる活動を常にリードしてきた大南さんが、前年度をもって理事長を退任されました。新理事長には、中山竜二さん(粟カフェ代表)が就任されました」
神山町には、NPO法人のほかに、一般社団法人の神山つなぐ公社、3者が共同出資したフードハブ・プロジェクト、2023年開校の高等専門学校と、形の違う法人が並んでいます。神山町グリーンバレーがすべての出資者ではなく、1つの法人が止まっても別の法人が動く形です。なお、2026年時点の理事長を示す資料は、個社記事の調査では確認できていません。
こゆ財団は、課題の変化に合わせて代表を入れ替えました。 2025年6月1日、こゆ財団の代表理事は齋藤氏から、設立を提案した岡本氏へ交代しました。設立時は議会を通すことが課題で、外部のプロが代表であることに意味がありました。8年後は、地元との関係が課題になっています。
「こゆ財団はこれまで、町外との接点を広げることで成長してきました。今後は改めて『地元』に向き合い、住む人も関わる人もワクワクできる未来を創りたいと考えています」
いろどりは、2年の計画を2週間で失い、14年の経験で埋めました。 粟飯原啓吾氏は、経緯をこう語っています。
「もともとは、2025年5月の株主総会で副社長に就任する予定だったんです。そこから2年ほどかけて代表の引継ぎを行う予定でしたが、その総会のわずか2週間後に横石が緊急入院することになり、仕事への復帰が難しくなりました。そこで急遽、私が新代表に就任することになったのです」
粟飯原氏は2011年のインターンから14年間で、移住促進、彩の販売促進、情報システムの管理、後継者を育てる人材派遣と担当を移してきました。2020年に始めた後継者育成の事業は、社長就任の5年前から自分が担当していたものです。いろどりは上勝町とJAなどが出資する第三セクターで、代表取締役会長は上勝町長が務めています。粟飯原氏は自社の役割を「前に出すぎず、あくまでも黒子として支える」と説明し、創業者の役回りまで引き継ごうとしていません。
共通点と分かれ目
4つの地域に共通しているのは、続ける場所が個人ではなく組織に置かれていたことです。組合、NPOと複数の法人、財団、第三セクターと形は違いますが、中心人物が表に立たなくなった後も、取り組みはその組織で続いています。
分かれ目は、交代の形です。黒川温泉と神山町は、総会や代替わりという形で計画的に進みました。こゆ財団は、議会から地元へと課題が移ったことに合わせて代表を入れ替えています。いろどりは、2年の計画が2週間で崩れました。それでも続いたのは、後継者が複数の部門を14年かけて経験していたためです。組織に場所があっても、急な交代を埋めたのは、その組織の中で育った人の経験でした。
私たちは顧客獲得コストを下げるには「ストック>フロー」を意識しようという記事で、広告のように止めれば効果が消える施策と、一度作れば効き続ける施策を分けて考えるという考え方を書きました。4つの地域を読み解くと、個人がいなくなっても残るものを組織の側に置いており、私たちが記事に書いた考え方と同じ考えが表れています。残ったものは、景観と入湯手形、法人の並び、財団の実績、受発注の仕組みと後継者育成です。
自社に当てはめるなら
最初にやることは、地域の取り組みのうち「この人がいなくなったら止まるもの」を書き出すことです。判断、対外的な顔、仕組みの管理のどれが個人に置かれているかが分かれば、組織へ移す順番が決まります。
- 取り組みを続ける場所が、個人ではなく組織に置かれているか
- 中心人物の交代を、計画的な場合と急な場合の両方で想定しているか
- 後継者が、1つの部門しか知らない状態になっていないか
7. 成功例と紹介されるが、人口は減っていた
起きたこと
4つの地域は、地域の連携や地方創生の成功例として紹介されることが多い一方で、地域の人口は減り続けています。北広島市の人口は2007年のピーク61,174人から減り続け、神山町の総人口は1955年以降、前年より増えた年度がありません。小高区は震災前の住民登録人口1万2,842人に対し、2020年3月の居住人口が3,663人でした。新富町の人口も、国勢調査で2011年から2021年にかけて減っています。
それぞれの会社がどうしたか
F VILLAGEは、来場者が増えても「成功」という言葉を使っていません。 年間の来場者は2023年のおよそ346万人から、2024年418万7,046人、2025年459万1,357人と3年続けて増えました。2025年7月には累計1,000万人に達しています。前沢氏は、現在地をこう表現しています。
「成功というと、もうゴールに着いたかのような響きがありますが、まだそこには到達しておらず、むしろ『目指す方向に向かって、確実に山を登っている途中』という感覚が強い。岩場を避けながら、杖をついて一歩一歩必死に頂上目指して登っている状態です」
一方で、増えたのは来場者と地価と個人市民税収であり、北広島市の人口は開業の前後で減少の傾向が変わっていません。F VILLAGEの球団単体の決算も、2024年12月期の純損失2億8,500万円から2025年12月期の純損失12億6,200万円へ、赤字幅が広がっています。
神山町グリーンバレーは、人口を増やすことを目標から外しました。 大南氏が総務省へ提出した資料には、「創造的過疎」が次のように定義されています。
「【1】創造的過疎とは? 過疎化の現状を受け入れ、外部から若者やクリエイティブな人材を誘致することによって『人口構成の健全化』を図るとともに、多様な働き方が可能な『ビジネスの場』としての価値を高め、農林業だけに頼らない、バランスの取れた、持続可能な地域を目指す」
目標に置かれているのは、人口の量ではなく構成と、働く場としての価値です。令和7年度は転入169人・転出128人で社会動態がプラス41人でしたが、出生9人・死亡116人で自然動態はマイナス107人、年間ではマイナス65人でした。神山町グリーンバレーの大南氏は、先進的なイメージがある一方で高齢化率は47%だと、自分から書いています。
OWBは、事業の数と雇用の数を同じ講演で示しました。 2024年11月の創立10周年の基調講演で、和田氏は立ち上げた事業27件と並べて、雇用が延べ47人でその時点では15人であることを示しました。事業の数は2021年1月の15件から増え続けていますが、雇用の人数は同じ線を描いていません。減った理由を説明する資料は、個社記事の調査では見つかっていません。語られ方についても、和田氏本人が注意を促しています。
「当時、僕らはゼロからではなく、マイナスから出発しました。よく地元愛のような美談で自分たちの活動が語られることもありますが、僕は半ば意地のような気持ちで活動を始めたのです」
OWBの和田氏は、2020年12月の取材で、100事業という目標に対する達成度を「30%程度」と語っています。
こゆ財団は、成長の後に地元の課題へ向き直りました。 ふるさと納税の寄付額は3年でおよそ95倍になり、累計は8年間で100億円を超えました。同じ期間に、新富町の人口は減っています。2025年6月に代表理事へ就いた岡本氏は、就任のメッセージで町の課題を挙げました。
「私は宮崎県新富町の出身であり、この町こそが私の原点です。しかし、新富町も例外なく、少子高齢化や若者の流出といった課題に直面しています。これらの課題に向き合い、地元の皆様と共に明るい未来を築くため、このたび代表の任をお受けいたしました」
こゆ財団が育てた起業家は、ローカルベンチャースクール4期までの参加者およそ80名のうち、移住が7名です。財団の成果と町の人口は、別の数字として並んでいます。
共通点と分かれ目
4つの地域に共通しているのは、増えた数字と減った数字が同時に存在し、その両方が確認できることです。来場者と人口、社会動態と自然動態、事業数と雇用、寄付額と人口という組み合わせです。もう1つの共通点は、成功例として語られることへの距離を、当事者が自分の言葉で取っていることです。前沢氏は「成功」という言葉を避け、和田氏は美談を退けています。大南氏は高齢化率を自分から出し、岡本氏は就任時に地元の課題を挙げています。
分かれ目は、何を目標に置いたかです。神山町は人口を増やすことを目標から外したため、人口が減っていることは目標への未達を意味しません。ただし外から「人口が増えた」と読まれると、実際とは違ってきます。OWBは事業の数を目標に置き、達成度を30%程度と数字で示しました。F VILLAGEは来場者の目標300万人を初年度に上回りましたが、成功という言葉は使っていません。こゆ財団は寄付額を伸ばした後、目標の置き場所を地元へ移しています。目標に置いたものと、外から語られる成果と、実数の3つを分けて読むと、同じ地域でも見え方が変わります。
自社に当てはめるなら
最初にやることは、自社や自地域について、増えている数字と減っている数字を同じ紙に並べることです。片方だけを外に出していると、外から語られる成果と実数の差が広がります。
- 増えている数字と減っている数字を、並べて公表しているか
- 目標に置いたものと、外から成果と呼ばれているものが一致しているか
- 数字ごとに、誰が出したものかを添えているか
本事例から見える経営とマーケティングの学び
地域で起きた問題は、地域ごとに違って見えますが、並べると3つの段階に収まります。立ち上げの段階の問題は「原資と承認」、仕組みを作る段階の問題は「全体で揃えることと取り分と行政の土台」、続ける段階の問題は「中心人物の交代と数字の読み方」です。この記事で扱った8つの事例は、どの段階の問題も、説得や美談で越えたのではありません。原資をもらう順序、反対の理由になっていた条件、取り分の形、続ける場所というように、仕組みの側を変えることで越えています。
同時に、どの地域も時間がかかっています。黒川温泉の景観と入湯手形は、1986年から40年続いています。神山町の活動は、1991年の委員会から35年です。四万十ドラマは、1994年の設立から30年以上が経っています。こゆ財団の8年とOWBの11年は短いほうに入りますが、それでも代表の交代や雇用の増減を経験しています。地域の取り組みを1つの出来事として見るのではなく、始めた人がいなくなった後まで続く期間として見ることが、この記事から持ち帰れる部分です。
もう1つ、各章の「分かれ目」で見たとおり、同じ問題を越えた地域でも条件は違います。原資が制度か自分の事業か、反対の理由が条件として見えているか、行政が担った部分が前提か原資か、交代が計画的か急かで、答え方が変わります。自地域の条件がどの事例に近いかを見てから、その個社記事を読むと、当てはめやすくなります。個社の経緯は、各章のリンク先で読めます。
「ビジネス知の機会格差をなくす」という私たちのミッションに向けて、これからも実践的で価値ある情報を発信していきます。この記事の内容について、さらに詳しく知りたい方は、ぜひご連絡ください。

執筆者 : 佐久間 一己 (さくま かずき)
つなぐスタジオ株式会社 代表取締役社長 / ローカルグローススタジオ Director
リクルート営業マネージャーを経て、福井県小浜市で道の駅・古民家ホテルの集客支援と行政の産業6次化に4年携わり、その後ユーザベースFORCAS(現Speeda)カスタマーサクセスマネージャー、スタートアップ執行役員、フィンテック事業責任者を務め、2025年に地方企業向けのマーケティング代理店を設立。BtoB事業でWEBメディアを立ち上げオーガニック流入を3か月で20倍に伸ばすなど、知名度や予算が限られる時期に効くマーケティングと採用の手法を、地方企業の規模に合わせて伴走します。


