ローカルグローススタジオは、『地方企業にスタートアップのような成長を』というテーマで、コンテンツ発信と支援サービスを展開しています。この記事では、実践的なビジネスノウハウを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。
この記事は、「先進企業に学ぶ」シリーズで取り上げた31社のうち、資金の場面で問題が起きた15社を、問題の種類ごとに並べ直したものです。元手が数万円から数百万円しかなかった、集まった反応を需要の証拠と取り違えた、という始めるときの問題が2つ。新規事業の赤字が何年も続いた、小さく続けるか大きくするかで迷った、という続けるときの問題が2つ。上場が事業や経営の考え方と合うかを問われた、追う数字を売上にすると赤字の施策の説明がつかなかった、という大きくした後の問題が2つ。合わせて6つの問題を扱います。
どの問題も、1社だけの話ではありません。同じ問題を経験した会社を並べると、解決の仕方の共通点と、会社ごとに違った条件の両方が見えます。各章は「起きたこと」「それぞれの会社がどうしたか」「共通点と分かれ目」「自社に当てはめるなら」の順です。会社ごとの説明は、そのときの状況、下した判断、その後の結果の3段で書き、個社の記事へリンクしています。詳しい経緯と一次資料は、リンク先で読めます。
この記事の要約
資金の場面で起きた問題は6つです。時系列で、始めるとき(1章から2章)、続けるとき(3章から4章)、大きくした後(5章から6章)の順に並べています。自社に近い問題の章から読めます。
| 起きた問題 | 起きた会社 | どう越えたか |
|---|---|---|
| 元手が数万円から数百万円しかなかった(1章) | カヤック、ファクトリエ、ベアレン醸造所、タルマーリー | 元手の額から会社の形や設備を決め、足りない部分を受託や行商、中古設備、自分で直した内装で埋めています。借入や外部資本を入れた時期は設立の段階、2年後、16年後と会社ごとに違い、借入を使わずに開業した会社もあります |
| 集まった反応を、需要の証拠と取り違えた(2章) | ファクトリエ、ヤッホーブルーイング、サグリ | 資金や注文や受賞の反応を、誰から来たかで分けて数え直しています。ファクトリエの100万円は友人の支援でした。サグリは導入と実証を合わせた100自治体のうち有償は数十だと、本人が分けて説明しています |
| 新規事業の赤字が、何年も続いた(3章) | 久原本家、マルカワみそ、ヤッホーブルーイング | OEMや通販といった別の収入で赤字を支え、赤字の期間には方針ではなく手段を変えています。久原本家は9年の赤字の後、一番高い原料と直販に切り替えて10年目に黒字化しました |
| 小さく続けるか、大きくするかで迷った(4章) | 坂ノ途中、雨風太陽、鈴廣、黒龍酒造 | 目的の大きさに対して速度が足りないと判断して外部資本を入れた会社と、品質に責任を持てる範囲を上限にした会社に分かれています。黒龍酒造は生産量を1,000石程度から500石以下に落としました |
| 上場が、事業や経営の考え方と合うかを問われた(5章) | マイファーム、雨風太陽、カヤック | 上場を目的ではなく手段として説明し、良かった点と難しかった点を同じ場所で語っています。マイファームは約1年で市場を出て、株式会社と農協と大学院大学の3つに事業を置き直しました |
| 追う数字を売上にすると、赤字の施策の説明がつかなかった(6章) | ヤッホーブルーイング、OWB、ヘラルボニー、ベアレン醸造所 | 上位10%の顧客の生涯価値、営業利益と売上高人件費率、作家への還元の倍率、残業時間と有給消化率という売上以外の数字を自分で決めて公表しています。ベアレン醸造所は残業54%減と経常利益146%増を並べて出しました |
参考資料一覧
この記事は、次の個社記事から事実と発言を抜粋しています。各社の一次資料(公式サイト、取材記事、開示資料)は、それぞれの記事の参考資料一覧に載せています。
- カヤック、ファクトリエ、ベアレン醸造所、タルマーリー、ヤッホーブルーイング、サグリ
- 久原本家、マルカワみそ、坂ノ途中、雨風太陽、鈴廣、黒龍酒造
- マイファーム、OWB(小高ワーカーズベース)、ヘラルボニー
数字で見る資金の額と時間
| 会社 | 資金の場面で起きたこと | 数字 | 出典 |
|---|---|---|---|
| カヤック | 学生時代の友人3人が合資会社として設立したときの資本金 | 3万3,000円(1998年) | 個社記事 |
| ファクトリエ | 設立時の資本金と、創業2年後に初めて借りた金額 | 50万円と700万円 | 個社記事(山田氏の発言) |
| ベアレン醸造所 | 当時の有限会社の最低額で設立した資本金 | 300万円(2001年) | 個社記事 |
| タルマーリー | 夫婦が5年間、毎月10万円ずつ貯めた開業資金 | 500万円(2008年開業) | 個社記事(渡邉氏の発言) |
| ファクトリエ | 創業初期のクラウドファンディングで集まった金額。支援者の多くは友人だった | 100万円 | 個社記事(山田氏の発言) |
| サグリ | 導入と実証を合わせた自治体の数と、有償で利用する自治体の数 | 100超と数十(2024年) | 個社記事(坪井氏の発言) |
| 久原本家 | 辛子明太子「椒房庵」の赤字が続いた期間 | 9年(1990年から) | 個社記事(河邉氏の発言) |
| マルカワみそ | 有機の原料づくりを始めてから、有機JAS認定工場になるまで赤字が続いた期間 | 9年(1992年から2001年) | 個社記事 |
| 坂ノ途中 | 初めてベンチャーキャピタルの出資を受けた期と、2023年時点の累計調達額 | 8期目、17.7億円 | 個社記事 |
| 黒龍酒造 | 品質管理を求めて取引先を選び直した後の生産量 | 1,000石程度から500石以下へ | 個社記事(水野氏の発言) |
| マイファーム | 東証グロース市場への上場から上場廃止まで | 約1年(2023年11月から2024年12月) | 個社記事 |
| 雨風太陽 | 上場した期と、2025年12月期の営業損失 | 2億2,900万円から700万円へ | 個社記事(決算短信) |
| OWB | 目標を分解した、1事業あたりの年間売上と事業の数 | 3,000万円から3,500万円を20から30個 | 個社記事(和田氏の発言) |
| ヘラルボニー | 作家と施設への年間ロイヤリティ総額の伸び | 過去4年で25.5倍(2025年12月時点) | 個社記事(公式リリース) |
| ベアレン醸造所 | 働き方改革の期間の残業時間と、経常利益の変化 | 残業54%減、経常利益146%増(2016年度比) | 個社記事 |
数字の読み方を、先に2点断っておきます。1つは、ここに載せた金額や年数はいずれも個社記事に書かれた事実から並べたもので、各社が「資金にいくらかけた」と公表した数字ではありません。非上場の会社が多く、タルマーリーと坂ノ途中の売上高は公表されていません。サグリの売上は本人発表しか存在せず、ヘラルボニーは決算公告でも売上高を非開示にしています。2つ目は、金額の大小と経営の良し悪しは別だということです。3万3,000円で始めたカヤックも、約10億円を調達したサグリも、この記事では同じ重さで扱います。
1. 元手が、数万円から数百万円しかなかった
起きたこと
4社が、数万円から数百万円の元手で会社を始めています。カヤックは1998年、学生時代の友人3人が資本金3万3,000円の合資会社として設立しました。ファクトリエは2012年、資本金50万円で始まり、代表の預金額も資本金と同額でした。ベアレン醸造所は2001年、当時の有限会社の最低額である資本金300万円で設立されています。タルマーリーは2008年、夫婦が5年かけて貯めた500万円で千葉県に店を開きました。
それぞれの会社がどうしたか
カヤックは、3人で出せる金額から始め、受託で食い扶持を作りました。 貝畑政徳氏、柳澤大輔氏、久場智喜氏の3人は、大学卒業時にあみだくじで進路を分け、2年後に集まって会社を作りました。設立時に決まっていたのは事業の中身ではなく、この3人でやるということだけでした。
「『何をするか』より『誰とするか』。面白法人という言葉と同じく、僕らが設立当初から、大切にしているキーワードです。そもそもカヤックを設立したとき、『何をするか』は一切決まっていませんでした。決まっていたのは、学生時代の友人3人が集まって、『仲間と面白い会社をつくろう』。それだけです」
資本金3万3,000円を3人で割ると、1人あたり1万1,000円です。創業期の収入源はWeb制作の受託でした。作ったものを企業に納めて対価を受け取りながら、カヤックは「面白法人」という名乗りと社内の制度を発信し続けています。株式を市場に公開したのは、設立から16年後の2014年です。
ファクトリエは、資本金50万円で始め、借入を2年後まで使いませんでした。 山田敏夫氏は2012年1月、熊本市で株式会社ライフスタイルアクセントを設立しました。創業時の状況を、本人が具体的に書いています。
「資本金50万円でスタート。預金額は資本金と同額でしたので、自分への給料は月4万円に設定(=家賃)。さらに週3は倉庫でアルバイトをしていました。少しでも節約したかったので、一日の食事は食パン一斤とスープ缶詰をひとつ。(中略)初めてお金を借りたのは起業して2年後で、政策金融公庫さんから700万円。それまでは、貧乏生活をして、なんとかやり繰りしていました」
最初の売上は、スーツケースにシャツを詰めて喫煙スペースで声をかける行商で作っています。ファクトリエが選んだ価格の決め方は、工場が決めた価格で買い取り、約2倍で売る形でした。原価率は2018年時点で約50%と、一般的なアパレルより高い水準です。粗利の薄い設計を選んだことと、月4万円の給料で始めた創業期の状況は、無関係ではないと考えられます。
ベアレン醸造所は、用意できた300万円から会社の形を決めました。 2001年2月、木村剛氏と嶌田洋一氏、ドイツ人ブラウマイスターのイヴォ氏の3人が盛岡市で設立しました。当時の制度では、株式会社の設立に最低1,000万円が必要でした。
「私たちにはスポンサーは付いておりませんので、当初大きな金額を用意する事ができなかったのです」
設備は新品を買わず、ドイツで売りに出ていた1852年創業の醸造所の中古を買い付けています。実績のない会社が融資を受ける材料は事業計画書だけだったと、嶌田氏は公式サイトの「ブルワリー建設奮戦記」に書き残しました。ベアレン醸造所は盛岡の元レンガ工場を改装する計画でしたが、構造計算の結果、取り壊して外観だけ引き継ぐ新築に切り替えています。
タルマーリーは、5年かけて貯めた500万円の使い道を分けました。 渡邉格氏と麻里子氏は、結婚してから2人で働いた5年間、毎月10万円ずつ貯金しました。
「店を開くために500万円は貯めてました。結婚してから二人で働いていた5年間、毎月10万円ずつ貯金してましたから。(中略)使ったお金は、古民家の改装に一部大工さんを頼んで70万円、パン用のオーブンが230万円で、ほかにミキサーなどパンをつくるのに最低限必要な機材を含めて300万円。残りの130万円は自分たちで直した水道の配管、電気の配線、漆喰、駐車場の整備費など」
最も大きい支出はオーブンの230万円で、全体の半分近くです。配管、配線、漆喰は自分たちで直しています。タルマーリーは借入から始めておらず、開業資金の内訳をそのまま公開しています。
共通点と分かれ目
4社に共通しているのは、元手の額から会社の形や設備を決め、足りない部分を自分たちの手で埋めたことです。ベアレン醸造所は有限会社という形と中古設備を、タルマーリーは自分たちで直した内装を選びました。ファクトリエは行商で、カヤックは受託で最初の売上を作っています。元手が少ないことを理由に、始める時期を遅らせた会社はありません。
分かれ目は、借入や外部資本をいつ使ったかです。ベアレン醸造所は設立の段階から融資を前提にしており、実績のない会社が銀行に示せる材料は事業計画書だけでした。ファクトリエは創業から2年後に初めて700万円を借りています。タルマーリーは借入を使わずに開業しました。カヤックが株式を市場に公開したのは、設立から16年後です。元手の少なさは同じでも、外のお金を入れる時期は会社ごとに違います。
自社に当てはめるなら
最初にやることは、今ある元手で「買うもの」と「自分たちでやること」を分けて書き出すことです。設備、内装、営業、会社の形と並べると、借りる前に自分たちの手で埋められる部分が見えます。
- 元手の額から、会社の形や設備の選び方を決めているか
- 借入や外部資本を入れる時期を、始める前に決めているか
- 元手が少ない期間の生活費や給料を、いくらに置くか
2. 集まった反応を、需要の証拠と取り違えた
起きたこと
資金が集まる、注文が殺到する、受賞が続くという反応と、お金を払い続ける相手の数が別だった会社が3社あります。ファクトリエは創業初期にクラウドファンディングで100万円を集めましたが、支援者の多くは友人でした。ヤッホーブルーイングは地ビールブームの時期に注文が追いつかない状態を経験し、ブームが去ると8年連続の赤字に入りました。サグリは創業から数年で受賞と公的な選定を重ね、100を超える自治体で導入と実証を進めましたが、有償で利用する自治体は数十でした。
それぞれの会社がどうしたか
ファクトリエは、集まった100万円の出どころを後から数え直しました。 山田敏夫氏は創業初期、当時できたばかりのクラウドファンディングで100万円を集めていました。
「当時出来たばかりのクラウドファウンディングサイト『CAMPFIRE』で100万円集めていたことも見通しの甘さに拍車をかけました。100万円も集まったんだから上手くいくはずだと。でも、蓋を開けてみると、クラウドファンディングでお金を出してくれていたのはほとんど私の友達でした(笑)」
その後、友人に電話しても、すでに支援しているために買ってもらえませんでした。ファクトリエは、スーツケースにシャツを詰めて個人に声をかける行商へ移っています。資金としての100万円は本物でした。ただし、その資金が示していたのは友人の応援で、想定した相手からの需要ではありませんでした。
ヤッホーブルーイングは、ブームの追い風を自社の力だと受け取っていました。 1997年の醸造開始から数年、地ビールブームの中で注文は追いつかない状態でした。井手直行氏は、当時をこう振り返っています。
「完全に天狗になっていました。30歳そこそこの若造なのに、お客さんに『そちらに納品できる分はもう残ってませんよ』なんて偉そうに言ってたんですよ」
ブームが去ると売上は急落し、20人いた社員は約半数に減り、8年連続の赤字が続きました。井手氏は、ブームが終わった理由として、価格の高さ、なじみのない味、乱立した地ビールメーカーの品質の3つを挙げています。ヤッホーブルーイングの立て直しは、7年近く放置していた通販サイトから始まっています。店頭では売れなくなっていた「よなよなエール」が、ネットではそこそこ売れていたためです。
サグリは、導入と実証の数と、有償の数を分けて説明しました。 坪井俊輔氏が2018年に設立したサグリは、2019年7月のコンテスト優勝から2025年10月の部門大賞まで、受賞と公的な選定を重ねています。耕作放棄地を衛星画像で判定する「アクタバ」は、100を超える自治体で導入と実証が進みました。一方で、創業時から存在した農家向けのアプリは、当初伸びていません。
「農家さんが衛星データのようにわかりにくいものにお金を出して使ってくれるかというと、そう簡単ではなかったんです」
サグリに最初にお金を払ったのは農家ではなく、耕作放棄地の調査という業務負担を抱えた自治体でした。「100自治体」という数字についても、坪井氏は2024年の取材で、有償で利用されているのは数十だと説明しています。受賞と選定は自治体への営業の前提として働いていますが、それ自体は有償の需要ではありませんでした。
共通点と分かれ目
3社に共通しているのは、反応の大きさと、お金を払い続ける相手の数が一致していなかったことです。ファクトリエでは、その反応を需要の証拠と受け取ったことが「見通しの甘さ」につながったと、本人が語っています。3社とも、誰から来た反応かを分けて数え直したところから、次の手が出ています。
分かれ目は、分けて数えた時期です。ファクトリエとヤッホーブルーイングは、売れなくなってから反応の出どころを振り返っています。サグリは、受賞や導入の数が増えている途中で、有償の数を本人が分けて言っています。売れなくなってから分けるか、増えている最中に分けるかが、3社の違いです。
私たちはターゲットと便益を5-10パターンに整理するという記事で、同じサービスでも相手によって得られる価値が違うため、誰に、何を、どんな独自性で届けるかを相手ごとに整理するという考え方を書きました。同じ記事では、売上や利益への貢献が高い順に顧客を並べ、なぜ自社を選んでくれたのかを振り返る手順も書いています。3社を読み解くと、反応をくれた相手を分けて数えたところに、私たちが記事に書いた考え方と同じ考えが表れています。
自社に当てはめるなら
最初にやることは、直近に集まった反応を「誰から来たか」で分けて数えることです。知人、既存の顧客、初めての相手、審査員や自治体というように分けると、お金を払い続ける相手がどこにいるかが見えます。
- 集まった資金や注文の出どころを、相手の種類で分けているか
- 好調の理由を、市場の追い風と自社の力に分けて説明できるか
- 受賞や実証の件数と、有償で使う相手の数を別に数えているか
3. 新規事業の赤字が、何年も続いた
起きたこと
新しく始めた事業の赤字が何年も続き、別の収入で支えた会社が3社あります。久原本家は1990年に立ち上げた辛子明太子「椒房庵」で、9年間赤字が続きました。マルカワみそは1992年に始めた有機の原料づくりで、2001年の有機JAS認定まで9年の赤字を耐えています。ヤッホーブルーイングは2010年に始めたファンイベントを、大赤字と本人が語る状態で続けています。
それぞれの会社がどうしたか
久原本家は、OEMの利益で9年の赤字を支え、最後に一番高い原料に切り替えました。 河邉哲司氏が1978年に家業に入ったとき、久原本家は年商約6,300万円、従業員6名の醤油屋でした。1980年代に業務用のたれやスープのOEM生産を広げ、資金と製造体制を育てています。1990年に初の自社ブランドとして立ち上げた椒房庵は、北海道産の原卵にこだわった結果、売上は伸びても赤字が続きました。
「ですからもう最後のつもりで、税理士の先生が『もういつまでこの赤字を垂れ流すの』って怒られてましたから、もう最後のつもりですね。もっといいものを買おうと思って、本当に高い、1番高い卵を使って、その挑戦しようと。最後のつもりで」
原価を下げるのではなく上げた結果、ロスが減り、味のばらつきが小さくなりました。同時に、卸では品質を守れないと判断して久山の本店と通販で直販を始め、10年目に黒字化しています。久原本家はその後、4億円をかけた茅葺屋根のレストラン「御料理 茅乃舎」を2005年に開き、翌年に「茅乃舎だし」を出しました。レストラン業としては収支が合わない投資だと、河邉氏自身が語っています。
マルカワみそは、有機という方針を守り、赤字の農業部門だけを手放しました。 河崎宏氏は1992年、37歳のときに実家の農地を借りて無農薬の大豆づくりを始めました。先代の答えは「できない、売れない」で、作れば作るだけ赤字が続きました。父親から「ビジネスとして成立していない。もうやめておけ」と言われたときの答えが残っています。
「売れる、売れないじゃない。食べ物は、命の源だ。人の命を削るようなものを作って売りたくない」
1995年に自社栽培を子会社化して農業生産法人を作り、1996年には有機味噌のOEMを海外へ輸出しています。ところが2000年、河崎宏氏の代表取締役就任と同時に、赤字が続いていた農業部門から撤退して子会社を解散しました。原料は専業農家との提携に切り替えています。マルカワみそは翌2001年、北陸の味噌業界で第1号となる有機JAS認定工場になりました。何年耐えるかが先に決まっていたかどうかは資料からは分かりませんが、9年という長さは記録に残っています。
ヤッホーブルーイングは、通販の利益を柱にして、赤字のイベントを続けています。 ファンイベントは2010年、東京のパブに40人ほどを集めて始まりました。2015年に「超宴」と改称して約500人、2018年にはお台場で約5,000人の規模になっています。
「お台場で行った5,000人のイベントは、ものすごい赤字でした。もう、言えないくらいの大赤字です。イベントに来たお客様がどこで利益を出してくれるかは分からないのですが、ずっとイベントを続けているわけです」
ヤッホーブルーイングには、通販という収益の柱があります。2005年から3年連続で年率30%超の成長を作った通販が、イベントの赤字を支える形です。井手氏は、黒字化するならチケット代を高くすることになり、それでは参加者の満足度が下がると説明しています。2019年は台風で中止になり、2020年はオンラインで開催しました。赤字を前提にした施策と、それを支える事業が組みになっています。
共通点と分かれ目
3社に共通しているのは、赤字の事業を支える別の収入があったことです。久原本家はOEM、ヤッホーブルーイングは通販でした。マルカワみそは味噌の製造と販売を続けながら、原料づくりの赤字を9年続けています。もう1つの共通点は、赤字の期間に方針ではなく手段を変えていることです。久原本家は原料と流通を変え、マルカワみそは自社栽培を提携に変えました。ヤッホーブルーイングは、規模と開催の形を変えています。
分かれ目は、赤字をいつ終えるかの決め方です。久原本家は、税理士に問われた時点で「最後のつもり」と区切り、原料と流通を変えて10年目に黒字化しました。マルカワみそは、代表交代の年に赤字の部門を手放し、方針だけを残しています。ヤッホーブルーイングは、上位10%の顧客が売上の6割を作るという数字を根拠に、短期の売上や利益は求めていないと明言して続けています。赤字に区切りを置いた会社と、支える構造を根拠に続ける会社に分かれています。
私たちは顧客獲得コストを下げるには「ストック>フロー」を意識しようという記事で、広告のように止めれば効果が消えるフロー型と、一度作れば効き続けるストック型を分けて考えるという考え方を書きました。同じ記事では、ストック型は効果が出るまで時間がかかるとも書いています。3社を読み解くと、直販の顧客、有機JASの認証、ファンとの関係というように、赤字の期間に積み上がるものを持っており、私たちが記事に書いた考え方と同じ考えが表れています。
自社に当てはめるなら
最初にやることは、新規事業の赤字を支えている収入がどれかを、金額で書き出すことです。支える側の余力が分かると、何年続けられるかが見えます。
- 新規事業の赤字を、どの事業の利益で支えているか
- 赤字を終える条件を、年数か数字のどちらで置いているか
- 赤字の期間に、手段と方針のどちらを変えるかを分けているか
4. 小さく続けるか、大きくするかで迷った
起きたこと
規模をどこまで大きくするかで、判断が分かれた会社が4社あります。坂ノ途中は創業時「小さく美しく」という方針で始め、8期目に初めてベンチャーキャピタルの出資を受けました。雨風太陽は読者1万人を集めた雑誌の形を、目的から見た上限を理由に手放しています。鈴廣は毎日の味見が届く範囲に規模を保つと決めました。黒龍酒造は生産量を1,000石程度から500石以下に落としています。
それぞれの会社がどうしたか
坂ノ途中は、小さいままでは広がらないと判断して外部資本を入れました。 小野邦彦氏は2009年に京都で創業しました。前職の金融機関で金融資本主義の悪い側面を見ていたため、会社を大きくする意識はなかったと語っています。
「創業時は、僕としては小さく美しい事業をこじんまりとやりたいと思っていました。……しかし起業して3から4年経過し、多くの方が興味を持ったり視察に来たりしてくれましたが、『良いことだけど大変そうだから自分たちはやらない』という風に思われている気がして。僕らがやっているのは、『楽してできる良いこと』ではなく、『泥臭い努力の結果、継続が可能になる良いこと』なので、そこに期待ギャップがあり、なかなか類似モデルが生まれることがなかったんです」
真似する会社が出てこなかったため、他社を待つのではなく自社が大きくなる道を選びました。2016年12月のシリーズAが約2億円、2019年に6億1百万円、2021年に8億3,108万8,000円と調達が続き、2023年時点の累計は17.7億円です。坂ノ途中の提携生産者は2016年の約70軒から2023年に約400軒になりました。小野氏は自社の進み方を「遅くて速い」と表現し、一般的なスタートアップより調達に時間をかけたと語っています。
雨風太陽は、伸びている雑誌の形を、目的から見た上限を理由に手放しました。 高橋博之氏は東日本大震災の後にNPO法人を立ち上げ、食材の付く月刊誌「東北食べる通信」を始めました。読者は2年半で1万人を超えています。
「2年半で読者は1万人を突破したが、雑誌モデルはコストもかかり、紹介できる生産者の数にも限りがある。このスピードでは社会課題の解決には程遠い」
数字が悪化したのではなく、目的に対して手段の上限が見えたことが理由です。次に始めた産直アプリ「ポケットマルシェ」は、生産者が自分で発信し、運営会社は倉庫を持たない形でした。雨風太陽は2023年12月に東証グロース市場へ上場しています。雑誌の時代に現場を回って作った生産者との関係は、2024年1月時点で7,900人のネットワークとして残りました。
鈴廣は、経営者の舌が届く範囲に規模の上限を置きました。 鈴木博晶氏は1996年に32歳で10代目社長に就き、前日に作られた何十種類ものかまぼこを毎日すべて味見しています。父から引き継いだこの習慣が、規模の考え方につながっています。
「お客様には分からない範囲の製品のブレであっても、自身の舌で感じてすぐに工場にフィードバックし、修正をかけます。自分の目が届かない範囲の規模になってしまったら、品質は維持できません」
練り製品の市場は、40年で100万トンから40数万トンへ縮みました。その中で鈴廣は、量販店の棚での価格競争ではなく、風祭の拠点「鈴廣かまぼこの里」と箱根駅伝の中継所という自分たちの場所に投じています。2025年8月時点のグループ連結売上高は104億9000万円です。売上の目標から規模を決めるのではなく、確認できる範囲から上限を決めています。
黒龍酒造は、生産量を半分以下に落として取引先を選び直しました。 水野直人氏は1990年に家業へ戻り、全国の得意先を回りました。生酒や吟醸酒が常温の棚に置かれている実態を見て冷蔵庫の購入を依頼しましたが、多くの酒販店の反応は「メーカーが持ってくるものでしょ」でした。
「当時1,000石程度あった生産量を500石以下に落としました。父は『良いお酒を造る』という信念のもと酒造りを行っており、わたしは協和発酵で流通の大切さを学んできました。流通管理が徹底しており、お酒に情熱を注いでくれる取引先と付き合わなければ、お客様の口に入るときには良いお酒じゃなくなってしまう。『ここを整理しなければ意味がない』と父に相談した上での改革でした」
生産量を半分以下にすることは、売上を半分以下にすることでもありました。現在の生産量は三季醸造で6,000石程度まで戻り、海外への出荷は管理面の課題から5%程度にとどめています。一方で黒龍酒造は、中小機構の「100億企業・成長宣言」で2050年に売上高100億円超を掲げました。大きくすること自体を避けたのではなく、自社が品質に責任を持てる範囲を拡大の条件に置いています。
共通点と分かれ目
4社に共通しているのは、規模の判断を売上の目標からではなく、目的や品質から決めていることです。坂ノ途中は「環境負荷の小さな農業を広げる」という目的に対して、小さいことの無力さを感じました。雨風太陽は「都市と地方をかきまぜる」という目的に対して、雑誌の上限を見ています。鈴廣と黒龍酒造は、品質に責任を持てる範囲を上限にしています。どの会社も、規模の判断の理由を本人の言葉で残しています。
分かれ目は、目的の大きさと、自社の手で確認できる範囲のどちらを優先したかです。坂ノ途中と雨風太陽は、目的の大きさに対して現在の速度が足りないと判断し、外部資本を入れて規模を追いました。鈴廣と黒龍酒造は、自分の舌で確認できる範囲や流通を管理できる範囲を優先し、売上を落とすことも受け入れています。大きくするかどうかではなく、何を条件に大きくするかで分かれています。
私たちは地方経営者、地方人材向け:スタートアップとは何か?という記事で、スタートアップとは外部から資金を集めることを前提に短期間での急成長を目指す会社だと書きました。同じ記事では、地域に根を張った安定した経営を目指す会社は必ずしもスタートアップとは呼ばれず、新しいかどうかや若いかどうかで分けるものではないとも書いています。4社を読み解くと、外部資本を入れた会社も入れなかった会社も、自社がどちらの仕組みで進むかを言葉にしており、私たちが記事に書いた考え方と同じ考えが表れています。
自社に当てはめるなら
最初にやることは、自社の規模の上限を「何で決めているか」を一文で書くことです。売上の目標か、目的の大きさか、経営者が確認できる範囲かで、次に打つ手が変わります。
- 規模の判断を、売上の目標以外の言葉で説明できるか
- 目的の大きさに対して、今の進む速さが合っているか
- 大きくするときの条件(品質、流通の管理、人)を先に決めているか
5. 上場が、事業や経営の考え方と合うかを問われた
起きたこと
株式を市場に公開した後に、上場という形が自社の事業や経営の考え方と合うかを問われた会社が3社あります。マイファームは2023年11月に東証グロース市場へ上場し、約1年後の2024年12月に上場を廃止しました。雨風太陽は2023年12月に赤字のまま上場し、「経済性と社会性は両立できる」ことを証明する場だと説明しています。カヤックは2014年に上場しましたが、3人の代表取締役が並列で株式をほぼ等分に持つ体制は、金融機関から「見たことがない」と言われる形でした。
それぞれの会社がどうしたか
マイファームは、上場から約1年で自ら市場を出ました。 西辻一真氏が2007年に創業したマイファームは、耕作放棄地を借りて区画に分け、個人に貸す体験農園から始まっています。2023年11月27日に上場し、2024年12月に上場を廃止しました。
「上場廃止を決断した本質的な理由は、株式市場において『農業』の評価が著しく低く、評価されることが少なかったことがあります。むしろ、農業事業をやっていることがリスクだと言われることが多かったんです」
もう1つの理由は、情報開示の順番です。社内の人と外部の投資家に同じタイミングで情報を出すことが求められ、社員が会社の決定を突然知る状態になったと西辻氏は語っています。同時に、上場して利用者からの信用と金融機関からの与信が上がったことも並べています。マイファームは再上場を目指すと明言したうえで、収益事業と非収益事業を分ける方針を示しました。2025年に農業協同組合を設立し、2026年には大学院大学の構想を発表しています。株式会社と農協と大学院大学の3つに事業を置き直す設計です。
雨風太陽は、赤字のまま上場し、証明はこれからだと説明しました。 2023年12月期の業績は、売上高9億5,600万円に対して営業損失2億2,900万円でした。上場会見で高橋氏は、上場を目指して始めたわけではないと述べています。
「最初から株式会社になって上場することを目指していたかといえば、答えはノーだ。その時々でベストな選択をしてここに辿り着いた」
株主については、選べないという前提を認めたうえで、掲げる旗を明確にするほど合わない相手が離れると説明しています。個人のファン株主を増やしたいという方針です。その後の業績は、2025年12月期に営業損失700万円、経常利益2,000万円まで動きました。2026年12月期は営業利益2,500万円の通期予想ですが、同年の中間期は営業損失6,000万円でした。雨風太陽は上場を続けながら、損益を合わせる局面に入っています。
カヤックは、3人代表という形のまま上場しました。 2014年12月、カヤックは東証マザーズへ上場しました。柳澤大輔氏は、上場の理由を経営理念との接続で説明しています。
「面白法人が2014年に上場してから、『なぜ上場したのですか?』という質問を受ける機会が度々ありました。この質問にシンプルに答えるならこうです。『面白法人に関わってくれる人が増えるから』そして、関わってくれる人が増えることで、僕らの経営理念でもある『つくる人を増やす』ことにつなげたいと思っています。実際のところ、カヤックに関心を持ってくださる人が、上場後に増えたと思います」
3人が対等な代表取締役で株式をほぼ等分に持つ体制は、上場企業としては珍しいと本人が書いています。決算短信や有価証券報告書の代表者欄には、開示制度上の選任として柳澤氏の名前だけが載ります。書類の上の代表者と、経営体制としての代表者の数は一致していません。カヤックの2025年12月期の売上高は200億9,468万円で、創業期の主力だったWeb受託を含む区分は最大ではなくなっています。
共通点と分かれ目
3社に共通しているのは、上場を目的ではなく手段として説明していることです。マイファームは「使われていない農地を使う」ため、雨風太陽は「都市と地方をかきまぜる」ための手段として上場を置いています。カヤックは「つくる人を増やす」という経営理念につなげる手段として語りました。3社とも、上場の良かった点と難しかった点を同じ場所で語っています。
分かれ目は、事業の性質と市場の求める形が合わなかったときの対応です。マイファームは市場を出て、法人の形を3つに分けました。雨風太陽は市場に残り、掲げる旗で株主の選ばれ方を変えながら損益を合わせています。カヤックは3人代表という自社の形を変えずに市場へ入り、書類の代表者と実際の体制のずれを残したまま11年続けています。合わない部分を「市場を出る」で解くか、「集まる相手を変える」で解くか、「自社の形を変えずに残す」で解くかの違いです。
私たちは間違ってはいけない戦略の順番|ビジョン→事業→商品→営業→組織という記事で、戦略には順番があり、最初に会社として何を成し遂げたいかを決めるという考え方を書きました。同じ記事では、ビジョンや事業戦略が決まっていれば、日々の細かな意思決定も迷わずに行えるとも書いています。3社を読み解くと、上場という大きな出来事を「何のために事業をやるか」から見た手段として扱っており、私たちが記事に書いた順番と同じ考えが表れています。
自社に当てはめるなら
最初にやることは、上場や外部資本を「何のための手段か」と一文で書くことです。目的が書けると、合わなくなったときに手段のほうを変えられます。
- 上場や資金調達を、目的ではなく手段として説明できるか
- 自社の事業の性質が、市場や投資家の求める形と合っているか
- 合わなかったときに、市場を出る、相手を変える、形を残すのどれを選ぶか
6. 追う数字を売上にすると、赤字の施策の説明がつかなかった
起きたこと
売上を追う数字にすると、自社の判断の説明がつかなくなった会社が4社あります。ヤッホーブルーイングの「超宴」は、単体では大赤字です。ベアレン醸造所は2019年、黒字で売上も多かった盛岡駅ビル内の直営店を閉じました。OWB(小高ワーカーズベース)は補助金を運営に使わず、住民がいない地域で事業を作っています。ヘラルボニーは売上高を公開しておらず、資金繰りは「自転車操業」だったと本人が語っています。
それぞれの会社がどうしたか
ヤッホーブルーイングは、顧客の生涯価値の分布を根拠にしました。 5,000人規模のイベントを赤字で続ける理由を、井手氏は顧客の構造で説明しています。
「我々の場合、10%の顧客による売上が、全体売上の60%以上を占めるのですよね。『熱狂度』のレベルが2番目の人のLTVは、最高レベルの人のLTVの半分以下です。レベルが3番目の人のLTVも、2番目の人のLTVの半分以下ですし、4番目、5番目はさらに3分の1になります」
上位10%の顧客が売上の6割を作るため、その人たちとの関係に投じるという判断です。ヤッホーブルーイングは「100人に1人に深く刺さる」という製品方針を掲げ、99人に届かないことを最初から受け入れています。
OWBは、営業利益と売上高人件費率を見て、目標を事業の規模と数に分解しました。 和田智行氏は2014年、原発事故で住民が住めない状態だった福島県南相馬市小高区で事業を始めました。補助金は期限付きであり、頼れば期限が来たときに続かなくなるという理由で、運営には使わない方針です。
「営業利益は一番大事にしています。あと、売上高人件費率。人件費を確保した上で、薄くても利益が出ればいいかなというぐらいの考え方でやっています。(中略)『とりあえず年間売上3000万〜3500万円の事業を20〜30個作りましょう』と伝えていて、目標を少しブレイクダウンすることで、取り組みやすくしています」
「100の課題から100のビジネス」という目標を、1つの事業の規模を先に決めて必要な数を出す形に置き換えています。2024年11月時点で立ち上げた事業は27件、雇用は延べ47人でその時点では15人でした。事業の数と雇用の数は、同じ向きに動いていません。OWBは両方の数字を同じ講演で示しており、減った理由を説明する資料は公表されていません。
ヘラルボニーは、売上ではなく作家に返る金額の倍率を公表しました。 松田崇弥氏と松田文登氏の双子が2018年に岩手県で設立したヘラルボニーは、知的障害のある作家のアート作品の著作権を預かり、企業とのライセンス契約を仲介して使用料を作家に返しています。売上高は官報の決算公告でも非開示で、資金調達の金額も全ラウンドで非公表です。
「今だから言えますけど、本当に『今月、1000万円単位で資金をなんとかしないとやばいぞ』みたいなことが何度もありました。まさに自転車操業ですね。かと言ってバリュエーション(企業価値評価)は下げたくないし、あたかもお金があるかのように振る舞っていました」
その代わりに公表しているのが、作家への年間ロイヤリティの伸びです。2023年12月時点で過去2年に8.7倍、2025年1月時点で過去3年に15.6倍、2025年12月時点で過去4年に25.5倍と、同じ指標を更新し続けています。ヘラルボニーの2024年6月期は、純利益がマイナス1億2,728万1,000円でした。就労継続支援B型事業所の平均工賃が月額15,776円という状況に対して、作家が稼げる仕組みを作ることが目的です。その達成度を示す数字として、還元の倍率を選んでいます。
ベアレン醸造所は、労働時間と利益の数字を並べて出しました。 2019年2月17日、ベアレン醸造所は盛岡駅ビル内の直営店「ビア&ヴルストベアレン」を閉じました。黒字で、同社の飲食店の中でも売上が多い店でした。理由は業績ではなく、長時間営業と無休の体制による人繰りの難しさです。
「全社会議をやっても駅前店のスタッフは参加できないので、一体感を大切にしてきた社風なのにこれでいいのか?というジレンマもありました。閉店を決めたこと自体は、”働き方改革のために”という意味ではそれほど特別なことだとは思っていません。でもかなりのインパクトがあったようなので、世間にも社員にも、そしてお客様にも”そこまでやるのか!本気なんだな”というのは伝わったのかなと思います」
同じ時期の数字も公表されています。法定外労働時間は前年度比20%減、残業時間は前年比54%減、有給休暇の消化率は2016年の53%から2018年度に85%超になりました。同じ期間の経常利益は、2016年度比146%増です。ベアレン醸造所は、労働時間の指標と利益の指標を同じ場所に並べています。ただし、この判断が採用や定着にどう効いたかを示す数字は公表されていません。
共通点と分かれ目
4社に共通しているのは、売上以外の数字を自分で決め、赤字や閉店の判断をその数字で説明していることです。ヤッホーブルーイングは上位10%の顧客の生涯価値で、OWBは営業利益と売上高人件費率で説明しています。ヘラルボニーは作家への還元の倍率を、ベアレン醸造所は残業時間と有給消化率を出しました。売上だけを見れば、赤字のイベントも、黒字店の閉店も、非公開の売上も、説明がつきません。
分かれ目は、選んだ数字が誰に向いているかです。ヤッホーブルーイングの数字は顧客に向いています。ベアレン醸造所とOWBの数字は働く人に向いています。ヘラルボニーの数字は、作家という取引先に向いています。何を成果として外に示すかを会社が自分で決めたとき、その数字の向きが、その会社が誰を守ると決めたかを表していると読めます。
私たちはマネジメントとは、今のリソースでやりくりすること、リソース調達力を上げること。バフ人材とデバフ人材を見極める。という記事で、マネジメントの本質は与えられた条件の中で最大の成果を出すやりくりだと書きました。同じ記事では、地方企業が人を引きつけるには高い報酬だけに頼れないため、ビジョンを言葉にして発信し続けることの意味も書いています。4社を読み解くと、売上を手放してでも守る相手を数字で決めており、私たちが記事に書いた考え方と同じ考えが表れています。
自社に当てはめるなら
最初にやることは、直近の赤字の施策や黒字の撤退を、売上以外の数字で説明してみることです。説明に使える数字がなければ、その数字はまだ追う数字になっていないということです。
- 赤字の施策を、売上以外のどの数字で説明しているか
- その数字が、顧客、働く人、取引先のどこに向いているか
- 増えた数字と減った数字を、同じ場所で公表しているか
本事例から見える経営とマーケティングの学び
資金の問題は、会社ごとに違って見えますが、並べると3つの時期に収まります。始めるときの問題は「元手と、反応の読み方」、続けるときの問題は「赤字を支える構造と、規模の決め方」、大きくした後の問題は「上場という形と、追う数字」です。この記事で扱った15社は、どの時期の問題も、資金の額を増やすことだけで越えたのではありません。元手に合わせて会社の形を選び、反応の出どころを分けて数え、支える収入を持ってから赤字に入っています。規模の条件を先に決め、上場を手段として扱い、売上以外の数字を自分で選んでいます。
同時に、どの会社も時間がかかっています。ファクトリエが初めて借入をしたのは創業から2年後、坂ノ途中が初めてベンチャーキャピタルの出資を受けたのは8期目です。久原本家の椒房庵は黒字化まで10年目、黒龍酒造の生産量が6,000石まで戻るまでには数十年かかっています。資金の判断を1回の調達や1期の損益で見るのではなく、数年から数十年の期間として見ることが、この記事から持ち帰れる部分です。
もう1つ、各章の「分かれ目」で見たとおり、同じ問題を越えた会社でも条件は違います。外のお金を入れる時期が最初か2年後か16年後か、赤字に区切りを置くか支える構造で続けるか、規模の上限を目的の大きさで決めるか確認できる範囲で決めるかで、答え方が変わります。自社の条件がどの会社に近いかを見てから、その会社の記事を読むと、当てはめやすくなります。個社の経緯は、各章のリンク先で読めます。
「ビジネス知の機会格差をなくす」という私たちのミッションに向けて、これからも実践的で価値ある情報を発信していきます。この記事の内容について、さらに詳しく知りたい方は、ぜひご連絡ください。

執筆者 : 佐久間 一己 (さくま かずき)
つなぐスタジオ株式会社 代表取締役社長 / ローカルグローススタジオ Director
リクルート営業マネージャーを経て、福井県小浜市で道の駅・古民家ホテルの集客支援と行政の産業6次化に4年携わり、その後ユーザベースFORCAS(現Speeda)カスタマーサクセスマネージャー、スタートアップ執行役員、フィンテック事業責任者を務め、2025年に地方企業向けのマーケティング代理店を設立。BtoB事業でWEBメディアを立ち上げオーガニック流入を3か月で20倍に伸ばすなど、知名度や予算が限られる時期に効くマーケティングと採用の手法を、地方企業の規模に合わせて伴走します。


