ローカルグローススタジオは、『地方企業にスタートアップのような成長を』というテーマで、コンテンツ発信と支援サービスを展開しています。この記事では、実践的なビジネスノウハウを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。
今回取り上げるのは、京都市の株式会社マイファームです。西辻一真氏が2007年に創業し、耕作放棄地を借りて区画に分け、個人が野菜を作れる「体験農園マイファーム」を運営してきました。農業を学ぶ「アグリイノベーション大学校」も手がけています。2023年11月に東証グロース市場へ上場しましたが、約1年後の2024年12月に上場を廃止しました。現在は、株式会社と農業協同組合と大学院大学という3つの法人を組み合わせる形へ移っています。
この記事は、地方でゼロから会社を作った事例を扱う「起業編」の1本です。何を見て始め、最初にお金を払ってくれる相手をどこに置き、その後どの順で資産を積んだかを、継ぐ会社も買う会社もない状態から事業を作った人の判断で読み解きます。
この記事の要約
先にストーリーの全体像です。西辻一真氏は福井県坂井市三国町の出身です。実家の周りには耕作放棄地が広がっており、その光景から「もったいない」という気持ちが起点になったと語られています。2007年に創業し、耕作放棄地を借りて区画に分け、個人に貸す体験農園を始めました。最初にお金を払う相手は農家ではなく、野菜を作りたい個人です。2009年1月時点で農園は79か所、2015年11月には100か所に到達しました。2010年代には農業を学ぶ学校を始め、累積の入学者は2017年に1,000人、2022年に2,000人を超えます。2023年11月に東証グロース市場へ上場しますが、約1年後の2024年12月に上場を廃止しました。理由として西辻氏が挙げているのは、株式市場で農業の評価が低かったことと、情報開示の順番が社内と社外で同じになることでした。その後、2025年にWE農業協同組合を設立し、2026年3月には大学院大学の構想を発表しています。2026年9月からは、株式会社・農協・大学院大学の3つを連動させる形が本格的に動き始めました。第19期(2024年9月から2025年8月)の売上高は32億2,323万円、純利益は4,445万6,000円です。
このストーリーから持ち帰れる観点は、次の7つです。それぞれ本文の章で事実を確認し、最後の7章で説明し直します。
1. 使われていない土地という、余っているものを起点にしている(1章)
2. 参入を阻む要因を、3つの段階に分けて捉えている(2章)
3. 最初にお金を払う相手を、農家ではなく個人に置いている(2章)
4. 農地の次に、教育を置いている(3章)
5. 上場から約1年で、自ら上場廃止を選んでいる(4章)
6. 収益事業と非収益事業を、法人ごとに分けている(5章)
7. 自社発表の卒業生数が、時期によって変わる(6章)
各章の末尾に、ローカルグローススタジオの分析と「この事例から考えられること」をまとめています。
参考資料一覧
- 株式会社マイファーム 公式サイト 会社案内(資本金、従業員数、本社所在地)
- マイファーム 公式サイト「私たちのビジョン」代表メッセージ(創業の動機)
- マイファーム 公式サイト 沿革(体験農園数、学校の入学者数、上場と上場廃止の年月)
- マイファーム公式note「1年で上場廃止の理由!マイファーム西辻一真の次なる挑戦」(2025年3月18日。上場廃止の理由、再上場の方針、今後の重点分野)
- マイファーム公式note「上場廃止から1年 マイファームが株式市場を出て農協と学校法人をつくる理由」(2026年5月19日。3つの法人の設計、権限移譲、2100年からの逆算)
- マイファーム公式プレスリリース「WE農業協同組合の設立」(2025年7月2日)、「WE農協の流通展開開始」(2026年9月1日)
- マイファーム公式プレスリリース「最新業績のお知らせ」(第19期の売上高、純利益、総資産)
- 京都大学新聞 西辻一真氏インタビュー(2009年1月16日。創業の動機、参入の壁、当時の農園数)
- ダイヤモンド・オンライン「農業界の壁を壊してきたベンチャー社長が『倒産危機』から学んだ経営哲学」(2022年1月6日。冒頭の無料公開部分)
- 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(2023年推計)」(2100年の人口見通し)
数字で見るマイファーム
| 時点 | 数字 | 出典 |
|---|---|---|
| 2007年 | 株式会社マイファーム 創業(京都市) | 公式沿革 |
| 2009年1月 | 体験農園79か所 | 京都大学新聞 |
| 2015年11月 | 体験農園100か所に到達 | 公式沿革 |
| 2017年10月 | アグリイノベーション大学校の累積入学者1,000人を突破 | 公式沿革 |
| 2022年3月 | 同 累積入学者2,000人を突破 | 公式沿革 |
| 2023年11月27日 | 東証グロース市場へ上場。資本金1億9,750万円 | 上場時のリリース |
| 2024年12月 | 上場廃止 | 公式沿革 |
| 2025年3月時点 | 卒業生2,400人以上 | 公式note |
| 2025年6月27日 | WE農業協同組合 設立総会 | 公式note |
| 2025年8月末時点 | 従業員234名(うちアルバイト134名) | 会社案内 |
| 2025年9月16日 | WE農業協同組合 設立登記 | 公式note |
| 第19期(2024年9月から2025年8月) | 売上高32億2,323万円、純利益4,445万6,000円、総資産21億8万7,000円 | 公式リリース |
| 2026年3月19日 | 「地球共創大学院大学(仮称)」の構想を発表(宮城県白石市) | 公式note |
| 2026年6月時点 | 資本金1億円 | 会社案内 |
| 2026年9月1日 | WE農協の流通展開を開始。農業教育事業の卒業生 約2,600名超 | 公式リリース |
| 2028年4月 | 大学院大学の開学予定 | 公式note |
数字の読み方を、先に3点断っておきます。1つは、卒業生の数です。2025年3月に2,400人以上、2026年5月に累計4,000名以上、2026年9月に約2,600名超と、会社自身の発表が一致していません。数える範囲が発表ごとに違う可能性があります。この記事では、それぞれの時点と表現をそのまま添えています。2つ目は、資本金です。上場時は1億9,750万円で、2026年6月時点の会社案内では1億円です。上場廃止をはさんで変わっています。3つ目は、上場廃止の詳しい日付です。公式サイトの沿革は「2024年12月」とだけ記載しており、決議日や廃止日を示す一次資料は今回の調査では確認できませんでした。
1. 福井の耕作放棄地と「もったいない」
実家の周りに広がっていた光景
西辻一真氏の原点は、福井県坂井市三国町にあります。創業の動機として語られているのは、身近な光景でした。
「もったいない。使わないなら自分がここで野菜をつくりたい」
この短い言葉が、公式サイトの代表メッセージに置かれています。
もう少し詳しい説明も残っています。
「実家が福井県でしたから、周囲には耕作放棄地がたくさんありました。ときどき大阪や京都に出てくると、使われていない土地がないな、と感じて、使わないともったいないと思っていました」
地方と都市の両方を見ていたことが、この見方につながっています。都市では土地が余っておらず、地方では余っているという、同じ「土地」でも状態が違うことに気づいた、という説明です。
「自産自消」という言葉
西辻氏は、自分の事業を表す言葉も作っています。
「『地産地消』ならぬ『自産自消』。私の原点は福井県坂井市三国町だ。幼い頃から自然に親しみ、家庭菜園で野菜を作る生活をしていた。あるとき、近所に広大な耕作放棄地があるのに気付き、『活用せずにもったいない。放棄された土地で農業ができないか』という気持ちが湧き起こった」
地産地消は、その土地で採れたものをその土地で食べる考え方です。自産自消は、自分で作って自分で食べる形を指しています。既にある言葉を1文字ずらすことで、自分の事業の位置づけを説明しています。
ローカルグローススタジオの分析:余っているものを起点にする
私たちは間違ってはいけない戦略の順番|ビジョン→事業→商品→営業→組織という記事で、戦略には順番があり、最初に「何のために事業をやるか」を決めるという考え方を書きました。
マイファームを読み解くと、最初に決まっているのは「使われていない農地を使う」ことで、私たちが記事に書いた順番と同じ考えが表れています。体験農園も、学校も、流通も、この目的からの手段になっています。後の章で見る農協や大学院大学も、同じ目的の下に並びます。
同記事では、手元にある資源から考え始めると、その延長線しか出てこないと書きました。この事例で使われた資源は、自社の資産ではなく、地域に余っていた土地です。自分が持っているものではなく、使われていないものを起点にした形になります。何を資源と見るかによって、始められる事業が変わるという例として読めるかもしれません。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 自社の事業が、余っているものを起点にしていないか
- 地域にあって使われていない資源を、把握しているか
- 都市と地方の違いを、事業の材料として見たことがあるか
- 自社の位置づけを表す言葉を、自分で作っているか
- 創業者個人の原体験と、事業の目的が結びついているか
事例から読み取れること
1. 使われていない土地という、余っているものを起点にしている
自社の資産ではなく、地域に余っていた耕作放棄地が事業の材料になっています。何を資源と見るかが出発点になった例です。
2. 都市と地方を見比べたことが、気づきにつながっている
土地が余っていない場所と、余っている場所の両方を見ていたことが語られています。比較が動機になっています。
3. 自社の位置づけを表す言葉を、自分で作っている
「地産地消」から1文字を変えた「自産自消」という言葉で、事業の形を説明しています。
2. 参入の壁を、3つの段階で捉えた
100人が0人に近づく道筋
西辻氏は、農業を始めたい人が実際には始められない理由を、段階に分けて説明しています。
「新規就農者にとって一番の壁は法律です。農地の耕作者が農地の所有者でなければならない、という農地法ですね。例えば農業希望者が100人いるとして、農地法の壁で20人くらいになる。次に、必要なものが揃わない、つまり初期投資で3から4人になる。最後に集客ノウハウの問題があって、これをクリアしないと収益としてあがらない。すると、ほとんど0人に近くなる」
100人、20人、3から4人、ほぼ0人という並びです。壁が1つではなく3つあり、それぞれで人が減っていく構造として説明されています。
この捉え方は、事業の設計にそのまま関係します。どの壁に手を打つかで、事業の形が変わります。マイファームが最初に取り組んだのは、土地を借りて区画に分け、個人が使える形にすることでした。1つ目の壁である法律と、2つ目の壁である初期投資に、同時に効く形です。
最初にお金を払ったのは、農家ではなかった
体験農園マイファームの利用者は、農業を仕事にしている人ではありません。野菜を作りたい個人です。区画を借りて自分で育てる形になります。
つまり、最初にお金を払う相手は農家ではなく、個人でした。農業を支援する事業でありながら、収入は農業をしていない人から得ています。この構造が、事業を始めやすくしています。農家に負担を求める形であれば、収入が出るまでに時間がかかります。
2009年1月の時点で農園は79か所、2015年11月には100か所に到達しました。
ローカルグローススタジオの分析:相手を分けて考えると、始め方が変わる
私たちはターゲットと便益を5-10パターンに整理するという記事で、同じサービスでも相手によって得られる価値が違うため、誰に、何を、どんな独自性で届けるかを相手ごとに整理するという考え方を書きました。
マイファームには、関わる相手が複数います。土地を持っている人、野菜を作りたい個人、そして農業を仕事にしたい人です。事業の目的は3番目の人たちに向いていますが、最初にお金を払うのは2番目の人たちでした。
同じ記事では、相手ごとに価値を言葉にすると、訴求や施策を出し分けられるとも書きました。この事例では、目的の相手と、支払う相手が別だという整理がされています。この分け方があると、目的の達成に時間がかかる事業でも、収入の入口を先に作ることができます。ただし、2つが離れすぎると、事業が目的から外れていくことにもなります。この距離をどう保つかは、次の章で見る学校の位置づけにも関わってきます。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 参入や利用を阻む要因を、段階に分けて整理できているか
- どの段階に手を打つかを、選んでいるか
- 目的の相手と、支払う相手が同じかどうかを確認しているか
- 収入の入口を、目的の達成より先に作れているか
- その2つが離れすぎていないか
事例から読み取れること
1. 参入を阻む要因を、3つの段階に分けて捉えている
法律、初期投資、集客ノウハウの3つで、100人が0人近くまで減るという説明です。壁を1つにまとめていません。
2. 最初にお金を払う相手を、農家ではなく個人に置いている
体験農園の利用者は、野菜を作りたい個人です。目的の相手と、支払う相手が分けられています。
3. 1つの打ち手が、2つの壁に効いている
土地を借りて区画に分ける形は、法律の壁と初期投資の壁の両方に関わります。手を打つ場所が選ばれています。
3. 農地の次に、学校を置いた
アグリイノベーション大学校
体験農園に続いて始まったのが、農業を学ぶ学校です。累積の入学者は2017年10月に1,000人、2022年3月に2,000人を超えました。2025年3月時点の公式noteには、卒業生2,400人以上と記載されています。
体験農園が「作ってみたい」に応えるものだとすると、学校は「仕事にしたい」に応えるものです。前の章で見た3つの壁のうち、3つ目の集客ノウハウに近い部分を扱っています。
順序としては、土地を貸す事業が先で、教える事業が後です。農園に来た人の中から、もっと本格的にやりたい人が出てくる流れが想定できます。
教育を続ける法人を、後に別に立てる
2021年には、西辻氏が学校法人札幌静修学園の運営に関わるようになります。就任の時期については、公式サイト内で複数の表記が見られます。会社案内では2021年6月、沿革では同年5月に運営へ参画、当時のリリースでは同年11月2日付での理事長就任です。この記事では、最も日付が特定されているリリースの表記を採ります。
その後、2026年3月には「地球共創大学院大学(仮称)」の構想が発表されました。2028年4月の開学を目指すとされています。
学校という機能が、株式会社の事業の一部から、独立した法人へ移っていく流れが見えます。
ローカルグローススタジオの分析:積み上げたものが、次の事業の材料になっている
私たちは顧客獲得コストを下げるには「ストック>フロー」を意識しようという記事で、広告のように止めれば効果が消えるフロー型と、一度作れば効き続けるストック型を分けて考えるという考え方を書きました。
マイファームが積み上げてきたのは、農園の箇所数と、学校の卒業生の数です。農園は2009年に79か所、2015年に100か所になり、学校の入学者は2017年に1,000人、2022年に2,000人を超えました。どちらも1年で大きく動く数字ではありません。
同じ記事では、ストック型は一度作れば効き続けるとも書きました。この事例では、卒業生の数が後の農協の設計につながっています。2026年5月の公式noteでは、農協の組合員に関する文脈で「累計4,000名以上」という数字が使われました。教えた人が、次の事業の参加者になる構造です。ただし、この数字の範囲は発表ごとに変わっており、後の章で触れるとおり定義の確認が必要です。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 自社の事業に、貸す機能と教える機能が並んでいるか
- 教えた相手が、次の事業の参加者になっていないか
- 積み上げている数字が、箇所数か人数かを整理できているか
- 機能ごとに、法人を分けることを考えたことがあるか
- 就任日や開始日といった情報が、社内で統一されているか
事例から読み取れること
1. 農地の次に、教育を置いている
土地を貸す事業が先で、教える事業が後という順序です。農園に来た人の中から、本格的にやりたい人が出てくる流れになります。
2. 教えた人が、次の事業の参加者になっている
学校の卒業生が、後に設立された農協の組合員という文脈で語られています。積み上げたものが別の形で使われている例です。
3. 学校の機能が、株式会社の外へ移っている
学校法人への参画と、大学院大学の構想へと進んでいます。機能が法人の外に出ていく流れです。
4. 上場から1年で、市場を出た
2023年11月に上場、2024年12月に廃止
マイファームは2023年11月27日に東証グロース市場へ上場しました。そして約1年後の2024年12月、上場を廃止しています。
理由については、公式noteで西辻氏が説明しています。
「上場廃止を決断した本質的な理由は、株式市場において『農業』の評価が著しく低く、評価されることが少なかったことがあります。むしろ、農業事業をやっていることがリスクだと言われることが多かったんです」
さらに、市場の論理との関係が続けて語られます。
「『リスクはできるだけ少なく、利益はできるだけ大きく』という市場や投資家の当たり前の論理の中では、農業事業をやっているということがなかなか理解されにくいな、と思ったのが本質的なところです」
農業という事業の性質と、株式市場が求める形が合わなかった、という説明です。市場の論理そのものを否定してはおらず、「当たり前の論理」と書かれています。
情報開示の順番が、社内にとって問題だった
もう1つ挙げられているのが、情報開示の仕組みです。
「上場すると常に情報の開示が求められて、その情報の開示するタイミングをみんな同じにしないといけないんです。社内の人も一般の投資家も同じ。そうすると、社内のメンバーはある日突然会社の決定を知る、みたいなことになってしまう。これが僕個人としては一番苦しいものでした」
上場企業では、社内の人と外部の投資家に対して、同じタイミングで情報を出すことが求められます。この仕組みが、社員が会社の決定を突然知る状態を作っていた、という説明です。
経営のポリシーとの関係も語られています。
「僕のポリシーは『早く行きたいなら一人で行きなさい、遠くへ行きたいならみんなで行きなさい』。遠くへ行きたいからみんなで行く、そういう姿勢をすごく大事にしています。でも、上場していると株主の意向をずっと聞きながら経営する形になり、『遠くに行きたいなら株主の意向を聞け』になってしまうんです。これは僕のポリシーとはちょっと違うなと思っていて」
良かった点も、同時に挙げている
上場廃止の説明の中で、上場して良かった点も並べられています。
「上場して良かった点としては、当社のサービスを利用する方からは『上場企業だから安心して申し込みができる』と言われました。金融機関からも資金調達に関する与信が良くなったと言われました。一方で、あまり外からは見えない悪かった点の1つが、採用の部分。上場した後は非常に保守的な人からの応募が増えました」
信用と与信が上がった一方、集まる人の傾向が変わったという指摘です。良い面と、そうでない面の両方が同じ場所に書かれています。
再上場の方針も示されています。
「答えから言っちゃいますね。上場、もう一度目指します。ただ、次に上場するにあたっては、僕の中では『収益事業と非収益事業を分けよう』と思っていて」
なお、この上場廃止がMBO(経営陣による買収)であったかどうかは、資料によって扱いが分かれます。公式noteではその言葉が使われていません。今回の調査では、スキームを示す一次資料を確認できませんでした。この記事では、手法についての断定を避けています。
ローカルグローススタジオの分析:「何のために」の考え方と、株式会社という形が合わなかった
私たちは前の章でも触れた戦略の順番の記事で、「何のために」が変わればその下も変わることを書きました。上の分析で触れたとおり、マイファームの「何のために」にあたるのは「使われていない農地を使う」ことです。
上場は、その目的を進める手段の1つでした。実際、信用と与信という面では効果があったと語られています。一方で、市場が求める形と、農業という事業の性質、そして「みんなで行く」という経営の考え方が合いませんでした。手段が目的に合わなくなったときに、手段のほうを外した判断として読めます。
同記事では、「何のために」が決まっていれば、その下の判断が変わると書きました。この事例では、上場という多くの企業にとって目標になる出来事が、目的から見た手段として扱われています。良かった点と悪かった点を並べて説明している点も、手段として評価している姿勢の表れかもしれません。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 上場や資金調達を、目的として見ているか、手段として見ているか
- 選んだ事業の形が、自社の事業の性質と合っているか
- 情報の伝わる順番が、社内の状態に影響していないか
- 採用に集まる人の傾向が、変化していないか
- 選択の良かった点と、そうでない点を並べて説明できるか
事例から読み取れること
1. 上場から約1年で、自ら上場廃止を選んでいる
株式市場での農業の評価と、情報開示の仕組みが理由として挙げられています。判断の経緯が本人の言葉で残っています。
2. 良かった点も、同じ場所に書かれている
信用と与信が上がった一方、保守的な人からの応募が増えたことも示されています。片方だけを残す説明にはなっていません。
3. 再上場の方針も、同時に示されている
「もう一度目指します」と述べたうえで、収益事業と非収益事業を分ける方針が語られています。
5. 株式会社・農協・大学院大学という3つの法人
事業を外に出すのではなく、別の形に置く
上場廃止の後、マイファームは事業の形を増やしていきます。2025年6月27日にWE農業協同組合の設立総会を開き、同年9月16日に設立登記をしました。2026年3月19日には、宮城県白石市で「地球共創大学院大学(仮称)」の構想を発表しています。2028年4月の開学を目指すとされています。
この設計について、西辻氏は次のように説明しています。
「大事なのは『その先に何をするか』で。だから、外に出すんじゃなくて、別の形に置いて、繋げながら動かす設計にしようと思ったんです。それが農協であり、学校法人であり、株式会社マイファームの三つが連動する形です。これが新しい社会提言である『コングロマリット経営』です」
事業を切り離すのではなく、法人の形を変えて並べる、という説明です。株式会社に向く事業と、農協に向く事業と、学校法人に向く事業を、それぞれの法人に置く形になります。
2100年からの逆算
この設計の時間軸についても、説明があります。
「三つの器の設計は、すべて2100年という遠い未来から逆算して考えています。2100年、日本の人口は約6,300万人。今より5,000万人近く少ない時代に、食料はどこから来るのか」
引用されているのは、国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口です。74年先を起点に、現在の設計を決めるという説明になっています。
組織の作り方も変えている
同じ時期に、社内の体制も変わりました。
「一番大きかったのは、経営と事業部を分離したことです。これまでは経営陣が引っ張っていく、いわゆる『ベンチャー企業体質』だったんですね。でも心を決めて、権限移譲しました。正直に言うと、社長である僕自身が一番考え方を変えないといけなかったです」
法人を3つに分ける設計と、社内の権限を移す動きが、同じ時期に進んでいます。
第19期(2024年9月から2025年8月)の売上高は32億2,323万円、純利益は4,445万6,000円でした。2025年8月末時点の従業員は234名で、うち134名がアルバイトです。2026年9月1日からは、WE農協による流通の展開が始まりました。
ローカルグローススタジオの分析:法人の形を使い分けるという考え方
私たちは3章でも触れたストックの記事で、一度作ったものが効き続けることを書きました。
マイファームの3つの法人は、法人の形の使い分けとして読めます。株式会社は収益を上げる事業に、農協は生産者が組合員として関わる事業に、大学院大学は研究と教育に向いています。それぞれの法人に、それぞれ適した事業を置く形です。
一方で、この設計が機能するかどうかは、これから確認されることになります。農協の流通展開は2026年9月に始まったばかりで、大学院大学は2028年4月の開学予定です。現時点で分かるのは設計の意図までであり、結果はまだ出ていません。この記事では、その範囲で扱っています。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 自社の事業に、法人の形が合っていない部分がないか
- 収益を上げる事業と、そうでない事業を分けられているか
- 事業を切り離す以外の選択肢を、考えたことがあるか
- 長い時間軸から、現在の設計を逆算したことがあるか
- 組織の権限を、事業の形に合わせて変えているか
事例から読み取れること
1. 収益事業と非収益事業を、法人ごとに分けている
株式会社、農業協同組合、大学院大学という3つの法人に、それぞれ適した事業を置く設計です。切り離しではなく並置と説明されています。
2. 設計の起点を、2100年に置いている
74年先の人口推計から逆算して現在の設計を決めた、と説明されています。時間軸の取り方が明示されています。
3. 法人の分割と、社内の権限移譲が同時に進んでいる
経営と事業部を分け、権限を移す判断が同じ時期に行われています。外の形と中の形が、合わせて変わっています。
6. 公開されている数字と、確認できない数字
卒業生の数が、発表ごとに変わる
マイファームは発信の多い会社ですが、公表される数字の中に、時期によって変わるものがあります。
学校の卒業生数がその例です。2025年3月の公式noteでは2,400人以上、2026年5月の公式note(農協の組合員に関する文脈)では累計4,000名以上、2026年9月のプレスリリースでは約2,600名超と書かれています。1年半の間に、会社自身の発表が一致していません。数える範囲が発表ごとに違う可能性があります。
表記が揃っていない箇所もある
学校法人札幌静修学園の理事長に就任した時期についても、公式サイト内で3通りの表記が見られます。会社案内では2021年6月、沿革では同年5月に運営へ参画、当時のリリースでは同年11月2日付での就任です。この記事では、リリースの表記を採りました。
確認できなかった事項
上場廃止については、公式サイトの沿革が「2024年12月」とだけ記載しています。決議日や廃止日を示す一次資料は、今回の調査では確認できませんでした。手法についても、MBOと記載する資料がある一方、公式noteではその言葉が使われていません。この記事では断定していません。
過去の経営危機についても、確認の範囲が限られます。2022年1月の記事には「2つの大失敗で債務超過に転落し、社長解任」という見出しがありますが、本文の詳細部分は会員限定で、今回の調査では読めませんでした。出来事があったことは見出しから分かりますが、時期や経緯を書ける材料がありません。この記事では触れていません。
体験農園の現在の箇所数や、年間の新規利用者数についても、今回の調査では一次資料を確認できませんでした。この記事では、沿革に記載のある2015年11月の100か所までを使っています。
ローカルグローススタジオの分析:発信が多い会社ほど、定義の確認が要る
私たちは2章でも触れたターゲットと便益の記事で、相手によって伝える内容が変わることを書きました。
マイファームは、体験農園の利用者、学校の受講生、農協の組合員、投資家と、伝える相手が多い会社です。相手が増えると、出す数字も増えます。卒業生の数が発表ごとに変わる背景には、この相手の多さがあるかもしれません。農協の組合員という文脈では広い範囲を、教育事業の実績という文脈では狭い範囲を数えている可能性があります。
読む側としては、数字を並べる前に、それぞれの数字がどの範囲を指しているかを見ることになります。この事例は、発信が多いこと自体は材料の豊富さである一方、突き合わせの作業が必要になることも示しています。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 自社が出している数字の定義が、発表ごとに揃っているか
- 同じ言葉で、違う範囲を指していないか
- 沿革と会社案内とリリースで、日付が一致しているか
- 重要な出来事の日付を、一次資料で示せるか
- 数字に時点と範囲を添えているか
事例から読み取れること
1. 自社発表の卒業生数が、時期によって変わる
2,400人以上、累計4,000名以上、約2,600名超と、1年半の間に発表が一致していません。数える範囲の違いが考えられます。
2. 社内の表記が、資料によって揃っていない
理事長就任の時期が、会社案内と沿革とリリースで3通りに分かれています。
3. 一次資料で確認できない事項がある
上場廃止の詳しい日付と手法、過去の経営危機の経緯が該当します。この記事では扱う範囲を限っています。
7. ローカルグローススタジオの視点
冒頭に挙げた7つの観点を、本文で確認した事実で説明し直します。
1. 使われていない土地という、余っているものを起点にしている
「もったいない。使わないなら自分がここで野菜をつくりたい」という言葉が、公式サイトの代表メッセージに置かれています。福井県坂井市三国町の実家の周りに広がっていた耕作放棄地が、事業の材料になりました。
都市に出たときに「使われていない土地がない」と感じたことも語られています。2つの場所を見比べたことが、気づきにつながっています。自社の資産ではなく、地域に余っているものを資源と見た形です。
2. 参入を阻む要因を、3つの段階に分けて捉えている
「農業希望者が100人いるとして、農地法の壁で20人くらいになる。次に、必要なものが揃わない、つまり初期投資で3から4人になる。最後に集客ノウハウの問題があって…すると、ほとんど0人に近くなる」という説明です。
壁を1つにまとめず、段階ごとに人数がどう減るかを示しています。どの段階に手を打つかを選べる形になります。マイファームが最初に取り組んだ、土地を借りて区画に分ける形は、法律と初期投資の2つに関わる打ち手でした。
3. 最初にお金を払う相手を、農家ではなく個人に置いている
体験農園の利用者は、野菜を作りたい個人です。事業の目的は農業を仕事にしたい人に向いていますが、収入は農業をしていない人から入ります。
目的の相手と、支払う相手を分けた設計です。この分け方があると、目的の達成に時間がかかる事業でも、収入の入口を先に作れます。2009年に79か所、2015年に100か所という農園の増え方は、この入口が機能していたことを示しています。
4. 農地の次に、教育を置いている
学校の累積入学者は2017年に1,000人、2022年に2,000人を超えました。体験農園が「作ってみたい」に応えるものだとすると、学校は「仕事にしたい」に応えるものです。前の観点で挙げた3つ目の壁である集客ノウハウに近い部分を扱っています。
順序としては、貸す事業が先で、教える事業が後です。そして教えた人が、後に設立された農協の組合員という文脈で語られるようになります。1つの積み上げたものが、次の事業の材料になっている形です。
5. 上場から約1年で、自ら上場廃止を選んでいる
理由として挙げられているのは、株式市場での農業の評価と、情報開示の仕組みでした。「社内のメンバーはある日突然会社の決定を知る、みたいなことになってしまう。これが僕個人としては一番苦しいものでした」という言葉が残っています。
同時に、上場して良かった点も並べられています。利用者からの信用と、金融機関からの与信です。一方で、保守的な人からの応募が増えたことも書かれています。上場を目的ではなく手段として評価している姿勢が、この並べ方に表れていると読めるかもしれません。
6. 収益事業と非収益事業を、法人ごとに分けている
2025年にWE農業協同組合を設立し、2026年3月には大学院大学の構想を発表しました。「外に出すんじゃなくて、別の形に置いて、繋げながら動かす設計にしよう」という説明です。
設計の起点は2100年に置かれています。人口が約6,300万人になる時代に食料がどこから来るのかという問いを起点に、現在の形を逆算したとされています。同じ時期に、社内でも経営と事業部を分けて権限を移す動きがありました。ただし、農協の流通展開は2026年9月に始まったばかりで、大学院大学は2028年4月の開学予定です。設計の意図までが現時点で分かる範囲になります。
7. 自社発表の卒業生数が、時期によって変わる
2025年3月に2,400人以上、2026年5月に累計4,000名以上、2026年9月に約2,600名超と、1年半の間に会社自身の発表が一致していません。数える範囲が発表ごとに違う可能性があります。
理事長就任の時期についても、公式サイト内で3通りの表記が見られました。上場廃止の詳しい日付や手法、過去の経営危機の経緯についても、今回の調査では一次資料を確認できませんでした。発信の多い会社ほど、数字を並べる前に範囲を確認する作業が必要になる、という点がこの事例から読み取れます。
本事例から見える経営とマーケティングの学び
マイファームの物語は、継ぐ会社も買う会社もない状態から、京都に本社を置いて事業を作った事例として読めます。順序をたどると、次の並びになります。
- 実家の周りの耕作放棄地を起点にした
- 参入の壁を3段階で捉えた
- 個人に貸す形で収入の入口を作った
- 教える事業を後に足した
- 上場から約1年で市場を出た
- 株式会社と農協と大学院大学という3つの法人に事業を置き直した
上の分析で触れたとおり、この事例には4つの見方が重なっています。余っているものを資源と見たこと、目的の相手と支払う相手を分けたこと、積み上げたものが次の事業の材料になったこと、そして上場を手段として評価したことです。
同時に、この事例は現在進行中の対象でもあります。3つの法人の設計は始まったばかりで、大学院大学は2028年の開学予定です。数字の面でも、卒業生数の発表が時期によって変わり、上場廃止の詳細は確認できませんでした。判断の意図は本人の発信で読める一方、その結果はこれから出てくる、という段階にあることも持ち帰れる部分です。
「ビジネス知の機会格差をなくす」という私たちのミッションに向けて、これからも実践的で価値ある情報を発信していきます。この記事の内容について、さらに詳しく知りたい方は、ぜひご連絡ください。

執筆者 : 佐久間 一己 (さくま かずき)
つなぐスタジオ株式会社 代表取締役社長 / ローカルグローススタジオ Director
リクルート営業マネージャーを経て、福井県小浜市で道の駅・古民家ホテルの集客支援と行政の産業6次化に4年携わり、その後ユーザベースFORCAS(現Speeda)カスタマーサクセスマネージャー、スタートアップ執行役員、フィンテック事業責任者を務め、2025年に地方企業向けのマーケティング代理店を設立。BtoB事業でWEBメディアを立ち上げオーガニック流入を3か月で20倍に伸ばすなど、知名度や予算が限られる時期に効くマーケティングと採用の手法を、地方企業の規模に合わせて伴走します。



