ローカルグローススタジオは、『地方企業にスタートアップのような成長を』というテーマで、コンテンツ発信と支援サービスを展開しています。この記事では、実践的なビジネスノウハウを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。
今回取り上げるのは、徳島県勝浦郡上勝町の株式会社いろどりです。料理に添える葉や花(つまもの)を全国の料亭へ出荷する「葉っぱビジネス」で知られ、生産者の主役は70代から80代の女性です。1999年4月2日に上勝町とJAなどが出資する第三セクターとして設立されました。
この会社は2025年、事業を作った人を失いました。初代代表取締役の横石知二氏が、同年8月8日にすい臓がんのため逝去しています(66歳)。その約2か月前、2025年6月に社長を引き継いだのが粟飯原啓吾氏です。ただしこの交代は、計画どおりに進んだものではありませんでした。
この記事は、創業家以外の人が経営に入って会社を動かした事例を扱う「経営参画編」の1本です。外から来た人が、その会社の何を引き継ぎ、何を変えるかという判断を、40年続いた事業を突然の交代で受け取った人の例で読み解きます。
この記事の要約
先にストーリーの全体像です。上勝町は町域の約85%が山林の山あいの町で、1950年に6,356人だった人口は2025年1月時点で1,337人まで減りました。1981年の寒波で基幹作物のみかんが壊滅し、農協の営農指導員だった横石知二氏が代わりの作物を探します。1986年、大阪で料理に添えられた葉を持ち帰る人の姿を見て、山の葉を売るという着想を得ました。当初は「こんなものは使えない」と返品が続き、横石氏は自費で料亭に通って用途を聞き取ります。1999年に第三セクターとして法人化し、生産者が自宅の端末で受注する情報システムを整えました。売上順位を毎日見られる設計が、70代80代の生産者が端末を使い続ける動機になっています。2011年にインターンで上勝町へ来た粟飯原啓吾氏は、移住して社員になり、移住促進、情報システムの管理、後継者の育成と担当を移しながら14年を過ごしました。2025年5月の株主総会で副社長に就き、2年かけて引き継ぐ計画でしたが、その2週間後に横石氏が緊急入院し、6月に急遽社長へ就任します。
このストーリーから持ち帰れる観点は、次の6つです。それぞれ本文の章で事実を確認し、最後の6章で説明し直します。
1. 値段がついていなかった資源が、需要側の要件を聞いて商品になっている(2章)
2. 情報システムを、管理の道具ではなく続ける動機として設計している(3章)
3. 事業全体の経済規模と、自社の売上高が別の数字になっている(4章)
4. 2年かけるはずだった承継が、2週間で前倒しになっている(5章)
5. 引き継いだ人が、創業者の役回りまで引き継ごうとしていない(全体)
6. 続けること自体が、同じ課題を抱える地域への答えになっている(全体)
各章の末尾に、ローカルグローススタジオの分析と「この事例から考えられること」をまとめています。
参考資料一覧
- 株式会社いろどり 公式サイト 事業紹介、前代表取締役 横石知二 訃報のお知らせ(2025年8月9日)
- 上勝町公式「町内の第3セクター いろどり」(役員は2026年5月26日現在、従業員数は2026年3月末現在)
- 上勝町公式「人口状況(住民基本台帳)」
- Lumiarch(NTT東日本)「葉っぱビジネスで町おこし。上勝町の40年の物語と、新代表が語る課題とこれから」(2025年11月11日、粟飯原啓吾氏と生産者・高尾晴子氏へのインタビュー)
- NTT東日本 BizDrive コラム「キーマンズボイス」(横石知二氏へのインタビュー)
- 日経ビジネス電子版Special「脚光をあびた”葉っぱビジネス”の今!」(2019年6月14日)
- 日経ビジネス電子版「有訓無訓 和食の名脇役つまもの、徳島の山村から世界へ出荷」(2025年2月7日、横石知二氏の署名記事)
- 事業構想オンライン「『葉っぱビジネス』の仕掛け人が語る、高齢者活用の重要性」(2015年10月号、横石知二氏の署名記事)
- DRIVEメディア「地域ビジネスこそ情報発信は外と内50/50が大切」(2019年8月22日、NPO法人ETIC.主催イベントのトーク採録)
- タナベコンサルティング TCG REVIEW(2021年5月6日)
- nippon.com「おばあちゃんたちが主役の『葉っぱビジネス』で年商2億円超え」(2022年)
- 上勝町ゼロ・ウェイストポータルサイト 沿革、ゼロ・ウェイスト宣言2003
- 環境省 里山イニシアティブ事例集(上勝町の人口・産業構成・つまもの市場シェア)
- いなかパイプ「株式会社いろどり インターンシップ事業担当 粟飯原啓吾」
- 徳島新聞「いろどり(上勝町)の2代目社長が奔走『歩みを止めるわけにはいかない』」(2025年12月21日)、同「いろどり2024年度決算」(2025年5月30日)。いずれも有料会員限定のため見出しと要旨のみ確認
数字で見るいろどり
| 時点 | 数字 | 出典 |
|---|---|---|
| 1950年 | 上勝町の人口6,356人(国勢調査) | 環境省 里山イニシアティブ事例集 |
| 2025年1月1日 | 上勝町の人口1,337人、65歳以上725人(住民基本台帳) | 上勝町公式 |
| 1981年 | 寒波で基幹作物のみかんが枯死 | 環境省資料、公式事業紹介 |
| 1986年 | 横石知二氏(当時28歳)がつまものを着想 | 本人インタビュー、公式 |
| 1999年4月2日 | 株式会社いろどり設立(上勝町・JAなどが出資する第三セクター、資本金1,000万円) | 上勝町公式 |
| 1998年から1999年 | 上勝情報ネットワークの開発費1億円以上(通商産業省の実証実験事業の助成) | nippon.com、環境省資料 |
| 2009年5月 | 横石氏が代表取締役に就任 | NTT東日本 BizDrive |
| 2011年夏 | タブレット端末を導入 | 横石氏本人談 |
| 2016年 | 受発注システムをクラウド型へ刷新 | 日経ビジネス電子版Special |
| 2018年度 | 彩の年商が過去最高の2億5,500万円 | 日本経済新聞(2023年2月20日) |
| 2020年度 | 彩の年商が約1億5,000万円へ落ち込み | 公式事業紹介 |
| 2024年4月 | 彩の単価を20%から25%引き上げ | 徳島新聞(2025年5月30日) |
| 2024年度 | 彩の年商が約2億6,000万円へ回復 | 公式事業紹介 |
| 2024年度 | 株式会社いろどりの売上高5,452万円、純利益155万円(5年ぶりの黒字) | 徳島新聞(2025年5月30日) |
| 2023年度 | 株式会社いろどりの純損失388万円(4年連続の赤字) | 徳島新聞(2024年5月29日) |
| 2025年11月時点 | 生産者130件(粟飯原氏本人談)。公式サイトの直近表記は約140軒 | Lumiarch、公式 |
| 2026年3月末 | 株式会社いろどりの従業員3名(うち臨時1名) | 上勝町公式 |
| 現在 | つまものの取扱品目300種類以上、つまもの市場の約8割 | 公式、環境省資料 |
数字の読み方について、先に2点を断っておきます。1つは、上勝町の人口が統計の種類によって異なることです。この表は住民基本台帳の数字を使っており、国勢調査や推計人口とは数百人単位で差が出ます。もう1つは、「彩の年商」と「株式会社いろどりの売上高」がまったく別の数字だという点です。詳しくは4章で説明します。
1. みかんが凍った町で、軽い作物を探した
上勝町は徳島県の中部、勝浦川の上流域にある山あいの町です。町の総面積10,968ヘクタールのうち、山林が9,373ヘクタールを占め、農地は224ヘクタールしかありません。林業で栄えた1950年に6,356人だった人口は、2025年1月時点で1,337人です。65歳以上が725人を占めます。
横石知二氏は1958年、徳島市に生まれました。徳島県農業大学校を1979年に卒業し、上勝町農業協同組合に営農指導員として入組します。市の公務員家庭で育った人が、山あいの町へ赴任したことになります。
「私は徳島市の公務員家庭で育ち、営農指導員として上勝町に赴任する際には『なぜあんな山奥に行くのか』と言われ、事業を始める時には『葉っぱでもうかるわけがない』と反対されました。ですが、みんなが否定するところに大資本は入ってきませんから、ビジネスチャンスはあると思っていました」
着任して間もない1981年、記録的な寒波が町を襲い、当時の基幹作物だったみかんの木がほとんど枯死しました。輸入自由化の影響も重なり、上勝町の農業は基盤を失います。
代わりの作物を探す作業は難航しました。横石氏はワケギや切り干しイモ、ほうれん草といった軽量な野菜を試しています。ただし、これらが定着しなかった理由を明記した一次資料は確認できていません。この記事では、代替作物を探す時間が5年ほどかかったという事実だけを書きます。
もう1つ、横石氏が最初に直面したのは、町の人からの拒絶でした。
「ある集会の場で『今のやり方ではだめだと思います。変えるべきではないでしょうか』とぶつけてみたら、『よそ者のおまえに何ができるんな。いやだったら出ていったらええやないか』と叱りとばされてしまった」
外から来た横石氏が地域の産業を変えようとしたとき、最初に返ってきたのがこの反応でした。40年後に同じ会社を引き継いだ粟飯原氏も、大阪府高槻市の出身で、上勝町に地縁のない人でした。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 基幹となる商品や取引先を失った年が、社史に残っているか
- 代わりの商品を探す期間を、どのくらいで見積もっているか
- 外から入った人が最初に受けた反応を、記録しているか
- 地域の産業構造の変化を、数字で把握しているか
- いま主力にしている商品が生まれた経緯を、社内で共有しているか
事例から読み取れること
1. 基幹事業が失われた年が、この会社の起点になっている
1981年の寒波でみかんが枯死したことが、葉っぱビジネスの出発点です。何を失ったから何を始めたのかが記録に残っていることが、次の代の判断材料になります。
2. 代わりの作物を探すのに、5年かかっている
ワケギや切り干しイモ、ほうれん草を試したうえで、1986年の着想に至っています。1年で見つからないことを失敗と判断していたら、この事業は始まっていなかった可能性があります。
3. 外から入った人が受けた最初の拒絶が、記録されている
「よそ者のおまえに何ができるんな」という言葉を、本人が30年後も語っています。同じ反応は次に入る人にも起きうるため、記録が残っていること自体に意味がありそうです。
2. 料亭に通って、山の葉を商品に変えた
転機は1986年、横石氏が28歳のときでした。大阪で、料理に添えられた葉を持ち帰る人の姿を見たことが着想につながっています。
「大阪の市場にスダチを納めに行った帰りなんですが、同僚や市場の方たちと一杯やることになったんです。お店のむこうのテーブルにはかわいらしい女の子たちがいました。そして、出てきた料理についてきた紅葉を見て『うわあ、カワイイ』『持って帰っちゃおうかな』とはしゃいでいて、そして実際にハンカチに包んで持って帰るのを見かけたんです。その瞬間にひらめきました。そうだ、葉っぱだ! 葉っぱがあった! 葉っぱを売ろうって」
なお、この場面は横石氏が語る媒体によって細部が異なります。場所は「大阪の料理屋」とも「市場帰りの店」とも語られ、その場にいた人の言葉は「きれい」とも「かわいい」とも、持ち帰り方は懐紙ともハンカチとも記録されています。着想の出来事があったこと自体は本人が一貫して語っていますが、細部の言い回しは再構成されている可能性が高いため、この記事では本人インタビューの1つを出典を示して引用するにとどめます。
つまものとは、和食の器に季節感を添える葉や花のことです。紅葉、青もみじ、南天、ゆずり葉、笹などが使われます。上勝町の山には、これらが無償でいくらでも生えていました。
ただし、着想と商品化のあいだには大きな距離がありました。
「ところがそうではないんですよ。葉っぱが売り物になる、というのは確信したんですが、『どんな葉っぱが売り物になるのか』まではわかっていなかった。当初は『こんなものは使えない』と言われて返品だらけ。だから、どんなものだったら売れるのかを知るため、あちらこちらの料亭に自腹を切って赴いて、カウンターに張り付いて女将さんや料理長さんに質問をしたりしましたね。最初はけんもほろろに断られていたんですが、何度となく通い、話していくうちにいろいろ教えてもらえるようになりました」
自分が売れると思ったものと、相手が必要とするものが違っていたため、その差を埋めるために、売る側が需要のある現場へ通っています。10月のどの週に欲しいのか、南天の葉はどのくらいの大きさが良いのかという情報を持ち帰って生産者へ伝えることで、上勝町の葉は「山に生えているもの」から「発注に合わせて育てる商品」に変わりました。
生産者の側から見ると、この誘いはこう受け取られていました。
「当時、大寒波で上勝町のみかんの木が全滅してしまって、みんな途方にくれていました。そんなときに、後に株式会社いろどりを立ち上げた横石さんから、『葉っぱを売ってみないか』と声をかけてもらったんです」
「みんな最初は、『葉っぱが売れるなら御殿が建つわ』と笑っていましたよ。まだ本当に商品になるかどうかもわからないときでしたが、同じ花木の生産仲間に『儲かるかわからんけど、やってみる?』と声をかけて、3、4人ではじめました」
3人か4人から始まっています。1999年4月2日、上勝町とJAなどが出資する第三セクターとして株式会社いろどりが設立され、事業に法人の形が与えられました。資本金は1,000万円で、うち700万円を上勝町が出しています。
ローカルグローススタジオの分析:売り手の想像ではなく、買い手の本音から商品を決めている
私たちはインサイトを理解する ~「本当は○○したい」をつかむ〜という記事で、表面的なニーズの奥にある本音を掴む方法を書きました。記事で示した構文は「〇〇という課題を今は△で解決しているが、本当は××の方がいい」というものです。
いろどりの場合、料亭は季節感を出すために葉を使っていましたが、その調達を自前でやっていました。必要な時期に必要な形と色の葉が手に入るならそのほうがいい、という「本当は」の部分は、山の側からは見えません。横石氏が自費でカウンターに座り、女将や料理長に質問を重ねて初めて言語化されました。
同記事では、本音は聞き方を変えないと出てこないとも書きました。「うちの葉はどうですか」と聞けば「使えない」で終わります。「10月にはどんな葉が要るのか」と聞くと、要件が返ってきます。返品が続いた段階で、質問を変えたことがこの事業の転換点でした。
この事例から考えられること
1. 返品が続いた段階で、質問の仕方を変えている
「こんなものは使えない」と言われたところから、何がどう使えないのかを聞きに行っています。返品が要件を聞く入口になった例と読めます。
2. 需要側の現場に、本人が自費で通っている
横石氏は自費で料亭のカウンターに座り、女将や料理長に質問を重ねました。調査を外部に任せていたら、10月のどの週かという粒度までは届かなかった可能性があります。
3. 最初の協力者が、3人か4人だった
生産者側の証言によれば、花木の生産仲間に声をかけて3人か4人で始まっています。全員の合意を待たずに動き出した形です。
3. 80代の生産者が、毎日端末を開く仕組み
いろどりの事業を支えているのが、上勝情報ネットワークという受発注の仕組みです。1998年から1999年にかけて、通商産業省の実証実験事業の助成を受けて開発されました。開発費は1億円を超えています。
当初は高齢者でも操作しやすい専用のパソコンで運用し、2011年の夏にタブレット端末を導入しました。2016年には、システムがフリーズして生産者から苦情が相次いだことを受け、クラウド型へ刷新しています。
この仕組みの特徴は、機能ではなく設計の思想にあります。
「特別な研修は行っていません、もちろん、操作を覚えてもらうためには、ちょっと時間がかかることもある。高齢者には情報機器の操作は難しいとよく言われます。けれども、それは違う。ただ『必要と感じていない高齢者』とっては難しく、敷居の高いものなんです。だったら必要を作ればいい。たとえば、私たちはPCの管理画面に『見たら得する情報』コーナーを作り、農協のお知らせなど、パソコンを覗きたくなる情報を提供しました。また、出荷者のなかで自分の出荷量や売り上げの順位をわかるようにした。そうするとね、みんな気になってパソコンを使うようになるんですよ。人間って、自分にとって必要だと思うことは積極的に取り入れるんです」
「みんな他の人に負けたくないという気持ちが強いので、注文取りを早い者勝ちにして、個人の成績を見られるようにすれば、絶対に使ってくれると思っていました。もう一つ重要なのが習慣化です。たまにやるから忘れるのであって、毎日使っていれば高齢者でも忘れません」
高齢者が使えないのではなく、使う必要がないから使わないのだと捉え、必要を作る側に回っています。研修で操作を教える方向ではなく、開きたくなる画面を作る方向です。
生産者の側からは、この仕組みはこう見えています。
「このビジネスは、技術も要るしセンスも要るんですよ」
「(8時に取りたい場合)7時59分59秒にボタンを押すんです。本当に競争が激しくて、秒単位で終わります」
「今はスマホなしでは生活できません。どこにでも持っていきます。(略)PCの方が反応が速いので、スマホを見ながらPCでボタンを押しています。(略)この仕事には定年がありません。100歳まで現役でやりたい」
いずれも当時82歳の生産者の言葉です。秒単位の競争に参加し、反応速度を理由に端末を使い分けています。
競争と安定を、同時に成り立たせている
ただし、この仕組みは競争一辺倒ではありません。粟飯原氏が現在の設計を説明しています。
「農家さんはパソコンやタブレット端末から専用ホームページにアクセスし、受注情報や今後の見通し、売上ランキング、お役立ち情報などを確認できます。(略)現在の受発注システムでは、お客さまからの発注が5分後には農家さん側の受注画面に表示されます。それを見た農家さんが早い者勝ちで受注ボタンを押す、という仕組みなんです。(略)彩(いろどり)の売上の30%以上を占める『南天』や『青もみじ』といった主力2品目は、注文取りの対象外です」
売上の3割以上を占める主力2品目は、早い者勝ちの対象から外されています。競争で全体の活気を作りながら、収入の柱になる部分は計画的に出荷できるようにしてある設計です。速さで勝てない生産者の収入が消えない構造になっています。
ローカルグローススタジオの分析:今いる人の力を引き出す設計になっている
マネジメントとは、今のリソースでやりくりすること、リソース調達力を上げること。バフ人材とデバフ人材を見極める。で、私たちは、マネジメントの本質は今いるメンバーの力を引き出すことにあると書きました。人を入れ替えて能力を揃えるのではなく、いまの構成で成果が出る設計を考える話です。
上勝町には、70代80代の住民がいました。若い労働力を外から連れてくるという選択肢は現実的ではありません。横石氏が取ったのは、いまいる人が自分から動く条件を作るという方法でした。「高齢者には情報機器の操作は難しい」という前提を否定し、必要を作る側に回っています。
同記事では、スキル不足と、周囲の力を下げるふるまいは別の問題だと書きました。いろどりの設計を読み解くと、私たちが記事に書いたこの区別と同じ考えが表れています。端末の操作に不慣れなことはスキルの問題なので、画面の側で埋めています。一方で、速さで勝てない生産者が収入を失って意欲を落とす事態は、主力2品目を競争から外すことで避けています。能力の差をそのまま収入の差にしない設計として読めます。
この事例から考えられること
1. 使わない理由を、研修不足ではなく必要の側に置いている
「必要と感じていない高齢者にとっては難しい。だったら必要を作ればいい」という説明のとおり、操作の習熟ではなく画面の中身のほうを変えています。
2. 順位を見せる範囲が、意図して決められている
売上の3割以上を占める主力2品目は、早い者勝ちの対象から外されていました。全部を競争にはしないという線引きが、収入の柱を守る形になっています。
3. システムの刷新が、苦情をきっかけに行われている
2016年の刷新は、フリーズへの苦情がきっかけでした。最初から完璧を目指すのではなく、使われている状態を保つ側に判断が寄っています。
4. 2つの売上を、分けて見る
いろどりの数字を読むときに、必ず区別しなければならない点があります。「彩の年商」と「株式会社いろどりの売上高」は、まったく別の数字です。
彩の年商は、生産者が出荷した商品の総額です。公式サイトの表記では、2020年度に約1億5,000万円まで落ち込み、2024年度には約2億6,000万円へ回復しました。過去最高は2018年度の2億5,500万円です。
一方、株式会社いろどり自体の売上高は、2024年度で5,452万円でした。純利益は155万円で、これが5年ぶりの黒字です。その前の2023年度は388万円の純損失で、4年連続の赤字が続いていました。
つまり「年商2億6,000万円の葉っぱビジネス」という表現は、生産者を含む事業全体の経済規模を指しており、会社の決算上の売上高ではありません。会社の側は、システムの維持管理や後継者の育成を担う手数料収入が中心で、規模は5,000万円台です。従業員数も、2026年3月末時点で3名(うち臨時1名)まで縮小しています。過去には8名から9名の時期がありました。
黒字化の理由も明確です。2024年4月から彩の単価を20%から25%引き上げ、円安によるインバウンドの需要増が重なりました。訪日客向けの高級ホテルや料亭での利用が伸びた形です。過去の報道では単価の下落が課題として挙げられることもありましたが、直近は上昇しています。
コロナ禍の打撃は、本人の言葉に残っています。
「国内で新型コロナウイルスの感染が広がった2020年3月から緊急事態宣言が出された4月、5月は、売上高が前年同月比3割程度まで落ち込みました」
その局面で語られた考え方が、この事業の性格をよく表しています。
「コロナ禍でも、世の中をよく見れば好調な企業は意外とある。元気な企業には共通点があります。『喜んでもらえる出口』がビジネスになっていることです」
出荷先を市場の競りではなく、料亭や飲食店という顔の見える相手に置くという設計が、価格の決まり方を変えました。
なお、生産者の収入については、年間1,000万円規模の売上がある生産者の存在が公式サイトや複数の資料で言及されています。ただしその人数はどの資料にも書かれていません。公式サイトの表記は「年収」ではなく「年間売上」です。また横石氏は2025年2月の署名記事で「年収2000万円を超える生産者も出てきました」とも述べており、水準は動いています。この記事では、特定の金額を稼ぐ人が何人いるという書き方はしません。
ローカルグローススタジオの分析:市場ではなく、出口を選んでいる
地方企業やスタートアップに共通する、低リソース・ブランド無しの戦わない戦略で、私たちは、資源の限られる企業が大手と同じ土俵で競わない方法を書きました。同じ市場で価格と物量を競えば、規模の差がそのまま結果になります。
上勝町の生産者が青果市場の競りに出していたら、価格は相場に従うだけでした。いろどりは出荷先を料亭に定め、そこが必要とする季節と形と色の要件に合わせて出荷しています。「喜んでもらえる出口」という本人の言葉は、この選択を指しています。
同記事では、バリューチェーンを分解して自社が担う場所を決めるという考え方も書きました。いろどりは生産も物流も担っていません。粟飯原氏の言葉を借りれば、担っているのはシステムの維持管理と後継者の育成です。会社の売上高が5,000万円台にとどまるのは、担う範囲を絞った結果として読めます。
この事例から考えられること
1. 事業全体の流通額と、自社の売上高が別の数字である
彩の年商は約2億6,000万円、株式会社いろどりの売上高は5,452万円です。この2つは範囲がまったく違います。対外的に語られる数字がどちらなのかは、読み手の受け取り方を左右します。
2. 単価の改定が、需要の戻る局面に合っている
2024年4月の20%から25%の引き上げが、円安によるインバウンド需要の増加と重なり、5年ぶりの黒字につながりました。改定の時期と需要の動きが重なった例です。
3. 出荷先が、顔の見える相手まで具体化されている
上の分析で触れたとおり、市場ではなく料亭という出口を選んだことが価格の決まり方を変えました。商品が最後に誰の手に渡るのかを、どこまで具体的に言えるかという問題として読めます。
5. 2年の計画が、2週間で崩れた
2025年8月8日、横石知二氏がすい臓がんのため徳島市内の病院で逝去しました。66歳でした。8月8日は、同社が「葉っぱの日」と位置づけている日です。
社長交代は、その約2か月前に済んでいました。ただし、その経緯は計画どおりではありません。
「もともとは、2025年5月の株主総会で副社長に就任する予定だったんです。そこから2年ほどかけて代表の引継ぎを行う予定でしたが、その総会のわずか2週間後に横石が緊急入院することになり、仕事への復帰が難しくなりました。そこで急遽、私が新代表に就任することになったのです」
2年かけて引き継ぐ計画が、2週間で終わりました。副社長として並走しながら学ぶはずだった期間は、実際には存在しませんでした。
14年かけて社内で育った人だった
急な交代に耐えられたのは、粟飯原氏が長い時間をかけて社内の複数の領域を経験していたからです。
粟飯原氏は1989年、大阪府高槻市に生まれました。2011年、内閣府が当時実施していた地域密着型インターンシップで、いろどりの2か月の研修に参加します。研修の終了前日に横石氏から声をかけられ、上勝町へ移住して社員になりました。上勝町の出身でも、創業家の一員でもありません。
その後の担当は、一つの業務にとどまっていません。入社時は移住促進の事業を担当し、2017年に彩の販売促進と情報システムの管理へ移り、2020年からは後継者を育てる人材派遣の事業を立ち上げています。2024年に専務取締役、2025年5月に副社長、同年6月に社長という順です。
現在の役員構成は、代表取締役会長が花本靖氏(上勝町長)、代表取締役社長が粟飯原氏、取締役3名、監査役2名です。第三セクターとして、町長が会長を務める形が維持されています。
引き継いだのは、前に出ない立ち位置
粟飯原氏が語る自社の役割は、控えめです。
「私たちは、決してこの事業を『仕切っている』わけではありません。葉っぱビジネスの主役は、あくまで生産農家さんと、集荷や販売を担う農協(JA)です。私たちは第三者的なサポート役として、特にシステム関係の維持管理や、後継者育成といった、農家さんや農協だけでは手が回らない部分を担っています。前に出すぎず、あくまでも黒子として支えることを常に意識しています」
創業者は、書籍やテレビ番組を通じて事業の顔になった人でした。その後を継いだ人が、会社の立ち位置を「黒子」と言い切っています。引き継いだのは事業の運営であって、創業者の役回りではないという整理です。
変えた部分もあります。最大の課題を、粟飯原氏は生産者の減少だと見ています。生産者は2025年11月時点で130件です。過去には190名や200軒という記録があり、直近の公式表記は約140軒です。この課題に対して、2020年から労働者派遣の許可を取得し、全国から研修生を募ってベテラン農家のもとへ派遣する仕組みを作りました。独立して就農することを目指す設計です。2025年春には、京都から2年間の研修に入る研修生が着任しています。
この事業を粟飯原氏が担当し始めたのは2020年で、社長就任の5年前です。承継の後に慌てて始めた施策ではなく、自分が担当してきた事業を社長として続けている形になります。
「この事業を私の代で途絶えさせてはいけないという想いがあります。また、町の高齢化という大きな課題を乗り越えてこの事業を続けていくこと自体が、同じような課題を抱える全国の地方にとっての、ひとつの希望になると信じています」
「私たちが視察に来られた方にお伝えするのは、葉っぱビジネスのやり方そのものではありません。大切なのは、自分たちの地域にある宝が何なのかを見つけ出し、それをどうプロデュースしていくか。上勝町の場合は、たまたまそれが『葉っぱ』だった、ということです」
視察に来た人へ渡しているのは、葉っぱという答えではなく、地域の資源を見つけて商品にするという手順です。
創業から40年を生産者として過ごした人の言葉も残っています。
「立ち上げから40年経って、80歳になったいまでもこの仕事を楽しみにしていられるのが幸せなんです。これからも、自分のできる範囲で続けていきたいです」
なお、上勝町は葉っぱビジネスと並行して、ごみの削減にも取り組んできました。2003年9月19日、町議会は自治体として初めてゼロ・ウェイスト宣言を採択し、2020年までに焼却と埋め立てのごみをゼロにする目標を掲げます。2016年には13種類45分別へ移行し、リサイクル率が80%台に達しました。ただし2021年度は79.9%で、目標年を過ぎても完全なゼロには達していません。町は次の10年に向けた目標を掲げ直しています。この記事では「宣言してすぐ達成した」という書き方はしません。
この事例から考えられること
1. 2年の承継計画が、2週間で終わっている
副社長として並走しながら学ぶはずだった期間は、実際には存在しませんでした。何をどの順で渡すかが決まっていたかどうかは資料からは分かりませんが、こうした事態が起こりうることは記録に残っています。
2. 後継者が、複数の領域を経験している
粟飯原氏は移住促進、販売促進、情報システム、後継者育成と担当を移しています。1つの部門しか知らないまま代表になった場合と比べて、判断の材料の量が違ってきそうです。
3. 引き継いだ人が、自分で作った事業を持っていた
2020年に始めた後継者育成の事業を、社長として続けています。承継の直後に新しいことを始めるのではなく、すでに動かしている事業がある状態でした。
6. ローカルグローススタジオの視点
冒頭に挙げた6つの観点を、本文で確認した事実で説明し直します。
1. 値段がついていなかった資源が、需要側の要件を聞いて商品になっている
上勝町の山には紅葉も南天も無償で生えていましたが、それだけでは売れませんでした。「こんなものは使えない」と返品が続いた段階で、横石氏は自費で料亭に通い、季節と形と色の要件を聞き取っています。資源があることと、商品になることは別の話です。
2. 情報システムを、管理の道具ではなく続ける動機として設計している
上勝情報ネットワークの中心は、受注機能ではなく売上順位が毎日見られる画面でした。「必要と感じていない高齢者にとっては難しい。だったら必要を作ればいい」という本人の説明どおりです。同時に、売上の3割以上を占める主力2品目は早い者勝ちの対象から外し、速さで勝てない生産者の収入を守っています。
3. 事業全体の経済規模と、自社の売上高が別の数字になっている
彩の年商は2024年度で約2億6,000万円ですが、株式会社いろどりの売上高は5,452万円です。従業員は3名です。担う範囲をシステムの維持管理と後継者の育成に絞った結果として、この規模になっています。
4. 2年かけるはずだった承継が、2週間で前倒しになっている
2025年5月の株主総会から2年かけて引き継ぐ計画が、2週間後の緊急入院で崩れました。粟飯原氏が対応できたのは、14年かけて移住促進、販売促進、情報システム、後継者育成と複数の領域を経験していたからです。
5. 引き継いだ人が、創業者の役回りまで引き継ごうとしていない
創業者は書籍とテレビ番組を通じて事業の顔になった人でした。後を継いだ粟飯原氏は、自社の役割を「前に出すぎず、あくまでも黒子として支える」と説明しています。前任者と同じ振る舞いを再現しようとせず、事業の運営だけを引き受ける判断です。カリスマ型の創業者から事業を引き継ぐとき、同じ役回りまで引き受けるかどうかは、別の判断になりうるということです。
6. 続けること自体が、同じ課題を抱える地域への答えになっている
粟飯原氏は「この事業を続けていくこと自体が、同じような課題を抱える全国の地方にとっての、ひとつの希望になる」と語っています。視察者に伝えているのも葉っぱという答えではなく、地域の資源を見つける手順です。成功事例として広く知られた会社が、その後どう続いているかを示すこと自体に価値がある、という立場です。
本事例から見える経営とマーケティングの学び
いろどりの物語は、地域に眠っていた資源を商品に変えた事例として広く知られています。ただし一次資料を追うと、その後の40年は平坦ではありませんでした。会社の決算は2020年度から4年連続の赤字で、2024年度にようやく黒字へ戻りました。従業員は3名まで縮小し、生産者は130件台まで減っています。そして事業を作った人が、2025年に突然いなくなりました。
重要なのは、この会社が「作った人の物語」から「引き継いだ人の運営」へ移る局面にあることです。粟飯原氏は上勝町の出身でも創業家の一員でもなく、2011年にインターンで訪れた大阪府出身の移住者でした。14年かけて社内の複数の領域を経験し、2年の予定だった引き継ぎ期間を2週間で失いながら、事業を続けています。
そして、事業を作った人がいなくなった後に何を残せるかは、事業を作ることとは別の技術です。ブランドやリソースが薄い状態から成長を作る経営者にとって、いろどりの現在地は「何を引き継ぎ、何を引き継がないか」を考えるための学びになります。
「ビジネス知の機会格差をなくす」という私たちのミッションに向けて、これからも実践的で価値ある情報を発信していきます。この記事の内容について、さらに詳しく知りたい方は、ぜひご連絡ください。

執筆者 : 佐久間 一己 (さくま かずき)
つなぐスタジオ株式会社 代表取締役社長 / ローカルグローススタジオ Director
リクルート営業マネージャーを経て、福井県小浜市で道の駅・古民家ホテルの集客支援と行政の産業6次化に4年携わり、その後ユーザベースFORCAS(現Speeda)カスタマーサクセスマネージャー、スタートアップ執行役員、フィンテック事業責任者を務め、2025年に地方企業向けのマーケティング代理店を設立。BtoB事業でWEBメディアを立ち上げオーガニック流入を3か月で20倍に伸ばすなど、知名度や予算が限られる時期に効くマーケティングと採用の手法を、地方企業の規模に合わせて伴走します。



