ローカルグローススタジオは、『地方企業にスタートアップのような成長を』というテーマで、コンテンツ発信と支援サービスを展開しています。この記事では、実践的なビジネスノウハウを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。
今回取り上げるのは、甲子化学工業株式会社(こうしかがくこうぎょう)です。1969年(昭和44年)創業、大阪市東成区に本店を、東大阪市菱江に生産拠点を置き、長らく事務什器などのプラスチック部品を商社経由で受注してきた町工場です。その同社が、大手ゼネコンから戻った3代目候補・南原徹也氏(企画開発部 部長)の入社をきっかけに、ホタテ貝殻を使ったヘルメット「HOTAMET(ホタメット)」を世に送り出し、2025年大阪・関西万博「Co-Design Challenge」プログラムに2期連続で採択される会社へと姿を変えました。従業員はパートを含めて16名(2024年9月時点、本人談)です。
家業を継ぐ経営者は、引き継ぐ会社を選べません。与えられた会社の中の何を変え、何を守るかの見極めがすべてになります。甲子化学工業が示すのは、本業を捨てずに新しい層を重ねるという継ぎ方です。家業を継いだ方、これから継ぐ方に向けた事例として読み解きます。
この記事の要約
先にストーリーの全体像です。甲子化学工業は1969年、南原徹也氏の祖父・清業氏が衣料品事業の失敗を抱えたまま、当時需要が伸びていたプラスチック射出成形へ業態を変えて始めた会社です。1990年に2代目の在夏(あきか)氏が承継し、同年に生産拠点を東大阪市へ移して規模を広げました。営業部門を持たず、商社からの受注ですべてを回す体制です。3代目候補の徹也氏は大手ゼネコンで施工管理を経験した後、2019年に入社しますが、名刺の社名が変わっただけで展示会でも商談でも相手にされない状態から始まります。転機は2020年のコロナ禍で、医療現場向けのフェイスシールド寄付と、ドアを手で触らずに開ける「アームハンドル」の開発でした。この年、売上は約3億3,000万円から4億3,000万円へと過去最高を記録します。次に取り組んだのが廃棄物由来の素材開発で、卵殻での試作を経て、北海道猿払村の廃棄ホタテ貝殻にたどり着きました。3年かけて完成した新素材(発表時の名称はカラスチック、2024年12月にSHELLTECへ改称)を使ったヘルメットHOTAMETは、大阪・関西万博での採用、iF DESIGN AWARD 2024金賞、アトツギ甲子園の中小企業庁長官賞へとつながっています。
このストーリーから持ち帰れる観点は、次の5つです。それぞれ本文の章で事実を確認し、最後の8章で説明し直します。
1. 知名度のない会社の認知が、広告費ではなく毎日の発信で積み上がっている(1章、5章)
2. 競合がいる素材を捨て、手つかずの素材を選んでいる(3章)
3. 足りない機能を、雇わずに外から調達している(4章、6章)
4. 本業を残したまま上書きする形の事業承継になっている(全体)
5. 逆風だと認めたところから、打ち手が変わっている(全体)
各章の末尾に、ローカルグローススタジオの分析と「この事例から考えられること」をまとめています。
参考資料一覧
- 甲子化学工業株式会社 企業情報、HOTAMET 製品ページ、SHELLTEC 製品ページ(公式サイト)
- 賢者の選択サクセッション「『人生は安泰』という慢心を見抜かれた気がして…大手ゼネコンを辞め、社員16人の家業に戻った『次期社長』の思い」(2024年10月7日)
- 賢者の選択サクセッション「『SDGsという確かな逆風が吹いている』ホタテ貝殻でヘルメット開発、社員16人のプラスチック加工企業が生み出すヒット商品と、ものづくり哲学とは」(2024年10月7日)
- リケラボ「ホタテの殻を美しくアップサイクル ものづくりへの情熱で社会課題を解決」(2025年3月21日)
- PR TIMES STORY「『ホタテの貝殻が防災ヘルメットに』モノづくりの楽しさで課題解決に挑む」(2025年3月13日)
- ブラザーSDGsストーリー「ホタテの貝殻からヘルメット 甲子化学工業株式会社 企画開発部 部長 南原徹也さん」(2023年10月17日)
- 経済産業省 METI Journal ONLINE「プラスチック加工の町工場が挑む、廃棄物アップサイクル」
- 経済産業省 近畿経済産業局 公式note「Rethink Design Journal Vol.2 甲子化学工業の挑戦」(2026年6月26日)
- 東京商工会議所「攻めの脱炭素事例集 甲子化学工業株式会社」
- 経済産業省「第4回『アトツギ甲子園』の受賞者を決定しました」(2024年3月8日)
- 北海道猿払村「【記者発表】ホタテ貝殻からできた環境配慮型ヘルメット『HOTAMET / ホタメット』」(2022年12月14日)
- EXPO 2025 大阪・関西万博「ごみから作るサステナブルなヘルメット」(Co-Design Challenge)
- 甲子化学工業 プレスリリース: HOTAMET発表(2022年12月14日) / 卵殻キャップシール(2022年12月6日) / 万博Co-Design Challenge選定(2023年3月7日) / Wolt配達パートナー用に導入(2023年9月21日) / 新素材SHELLTEC発表(2024年12月4日) / HOTABENCH万博展示(2025年4月11日) / HOTATOUR発売(2025年8月7日)
- 清水建設「ホタテの廃棄貝殻からできたブルーカーボンテトラポッド『HOTATETRAPOD』を発表」(2024年7月19日)
- TBWA HAKUHODO「『HOTAMET』が『iF DESIGN AWARD 2024』にて金賞を受賞」(2024年3月4日)
- 博報堂「博報堂グループのTBWA HAKUHODO、『Clio Health Awards 2023』にて最高賞と金賞を受賞」(2023年8月2日)
- MONOist「『飛ぶぞ』から『守るぞ』へ、行き場のないホタテの貝殻から生まれたヘルメット」(2022年12月15日)
- 北海道庁「水産系廃棄物の発生状況とホタテ貝殻を使用した製品について」
数字で見る甲子化学工業の転換
| 時点 | 数字 | 出典 |
|---|---|---|
| 1969年 | 創業(祖父・南原清業氏)。衣料品事業からプラスチック射出成形へ業態転換 | 本人談(賢者の選択サクセッション) |
| 1990年 | 2代目・南原在夏氏が承継、同年に工場・倉庫を東大阪市へ移転。法人設立は同年1月 | 本人談(METI Journal)、東京商工会議所、公式 |
| 〜2019年 | 売上 年約3億3,000万円 | 本人談(賢者の選択サクセッション) |
| 2020年 | 売上 4億3,000万円(アームハンドルのヒットで過去最高) | 同上 |
| 2024年 | 売上 年約3億5,000〜6,000万円、従業員16名(パート含む、同年9月時点) | 同上 |
| 現在 | 年間約1,000種類・1,400万個以上の部品・製品を生産 | 公式サイト |
会社の規模は大きく変わっていません。変わったのは事業の構成です。東京商工会議所の事例集は、同社が「従来のプラスチック加工業に加え、環境に配慮した素材開発事業、それを元にした自社商品事業の三本柱をもつ企業に成長した」と整理しています。16人のまま、売上規模もほぼ同じまま、事業の柱が1本から3本になったのがこの事例です。
1. 代替わりの前夜、「透明人間」だった3代目候補
創業そのものが、業態転換だった
甲子化学工業は1969年、南原徹也氏の祖父・清業氏が創業しました。創業の経緯を、徹也氏はこう語っています。
「甲子化学工業は、私の祖父・南原清業が1969年に創業したプラスチック部品・製品メーカーです。もともと、衣料品を作っていたのですが、うまくいかず借金を抱えてしまいました。そこで、当時、需要が高まっていた『プラスチックの射出成型』に着目し、新事業に乗り出しました。祖父は『新しい仕事で、親族全体の暮らしを支えていく』という強い思いで事業を拡大していきました」
創業自体が、行き詰まった事業から需要のある事業への乗り換えでした。3代目候補が後に取る「本業を残しながら新しい層を重ねる」という進め方は、創業者の判断の反復として読めます。なお社名の「甲子(こうし)」は「きのえね」とも読む干支の1番目で、祖父の生まれ年にちなんでいます(METI Journal)。
1990年、2代目の在夏(あきか)氏が承継し、同じ年に工場と倉庫を東大阪市へ移しました。徹也氏の説明です。
「父親の南原在夏(あきか)(69)が1990年に会社を引き継ぎ、規模を拡大してきました。同じ年に工場と倉庫を東大阪市に移転しました。当時は周辺に田んぼがまだ残っていました」
事業の形は、オフィス家具向けのプラスチック部品を、図面どおりに加工して納める受託製造です。営業部門は置かず、仕事はすべて商社から受けていました。ただしこの体制は安定しきってはいません。東京商工会議所の事例集は「受託製造業ゆえ、顧客の状況によって生産量や価格などが大きく変動し、経営が左右されやすい。2008年のリーマンショックの時には発注が激減した」と記録しています。
「自分だけが良ければ、良いわけじゃないんだよ」
南原徹也氏は1987年、大阪市生まれ。関西大学を卒業後、2010年に大手ゼネコンへ入社し、建設現場の施工管理や大型機械の設置計画を担当しました。家業を継ぐ気は長くありませんでした。
「本音は、『会社の後を継ぐのは絶対に嫌だ』でした。オフィス家具向けの部品というのは、どうしても景気に大きな影響を受けます。私が経営者になっても、自分の力でできることは少ないのではないかと思っていました」
転機は2017年、30歳のときです。
「2017年に30歳になり、人生を見つめなおす時期に差し掛かりました。将来のキャリアを考えると『今の仕事は、本当に自分が目指しているものなのだろうか』と悩むようになったんです。そのときにかけられたある一言が、大きな転機になりました」
「伯母から言われた言葉なのですが、『自分だけが良ければ、良いわけじゃないんだよ』と」
「本当に短い言葉でしたが、今思えば当時の私には、『大手企業から給料をいただいて、この先の人生も安泰だ』といったような、どこか慢心した態度が滲んでいたのだと思います。そこを見抜かれた気がして、自分の今後についてあらためて考えさせられました」
1年かけて考えたうえで、2019年に入社します。配属は製造部でした。
名刺の社名が変わった瞬間に、話を聞いてもらえなくなった
家業に戻った直後の状況を、PR TIMES STORYの取材はこう記録しています。
「大手から中小に名刺の社名が変わっただけで、展示会に足を運んでも見向きもされない。商談を持ち掛けても話すら聞いてもらえない。確かに会社は存在しているのに、まるで透明人間のようだった。どこを目指していけばいいのか、方向性を見失った」
現場での実感も、本人はこう語っています。
「入社当初は、製造の現場を知るために製造部に配属されました。しかし、私が現場にいても会社は変わっていかない。そう考えて新しい道を模索しはじめたんです」
「甲子化学工業は、オフィス家具向けのプラスチック部品の製造がメイン事業です。顧客から注文を受け、図面通りに部品を加工する。自動化により低価格と高品質を両立しているのが強みです。しかし、受注生産というスタイルでは、これ以上の成長は見込めません」
ここから南原氏が始めたのが、毎日のSNS発信でした。東京商工会議所の事例集の記述です。
「企画開発部を立ち上げると、情報収集を行うかたわら、国内外を問わず、自分が興味のあるテクノロジーに関して最新ニュースを集め、日本語にまとめたものを毎日必ずSNSで発信した。地道な情報発信により順調にフォロワーが増えたことから、ニュースの合間に自社の情報を挟み、自社の認知拡大にも取り組んでいった」
自社の宣伝から始めていない点が、この打ち手の要点です。まず自分の勉強のアウトプットとして毎日投稿し、フォロワーが増えてから自社の情報を混ぜています。
ローカルグローススタジオの分析:認知を、広告費ではなく積み上げで作る
私たちは顧客獲得コストを下げるには「ストック>フロー」を意識しようで、広告は出稿をやめれば効果も消えるフロー型の施策であり、コンテンツのように積み上げして効き続けるストック型の施策と、どう使い分けるかを書きました。広告予算に限りがある会社ほど、ストック型の比重を上げる意味が大きくなります。
南原氏の毎日の発信を読み解くと、私たちが記事に書いたストック型の考え方と同じ考えが表れています。投稿はフォロワーという資産に変わり、後の展開でも情報の入口として働きました。後の章で見るとおり、廃棄ホタテ貝殻という素材にたどり着いた最初のきっかけも、卵殻を使ったプラスチックの投稿に寄せられた「私の地元ではこんなゴミがあるんです」という反応でした。発信が広告ではなく、情報を集める入口として働いています。
「発信することで様々な人や情報とつながることができ、取組が生まれるきっかけになった」(近畿経済産業局note)
「透明人間」だった会社が全国メディアに載るまでに使った広告費の話は、取材記事のどこにも出てきません。代わりに出てくるのが、毎日の投稿と、後述する外部との協業と、公的プログラムです。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 会社の認知を上げる手段が、広告出稿以外にもあるか
- 自社の発信が、商品告知と採用告知の他にもあるか
- 後継者(または自分)の名前で発信している場所があるか
- 受注が特定の取引先に集中していないか、直接の顧客接点があるか
- 新規事業のアイデアの入口が、社内会議以外にもあるか
事例から読み取れること
1. 発信が、自社の宣伝ではないところから始まっている
南原氏の発信は、自分が調べた技術ニュースの要約から始まりました。自社の情報を混ぜたのはその後です。宣伝から入る形とは、読者の増え方が違ってきそうです。
2. 発信が、言う場ではなく聞く場になっている
素材の当たりは、投稿への反応から出ています。書いたことに返ってくる反応のなかに、次の事業の材料があった例です。
3. 現場を知る期間と、変える期間が分かれている
南原氏は製造部を経験したうえで「現場にいても会社は変わらない」と判断し、企画開発の側へ移りました。現場経験を積むことと、そこに留まり続けることは別だという読み方ができます。
2. 最初の成功は、コロナ禍の「アームハンドル」だった
ホタテ貝殻ヘルメットの前に、新規事業の最初の成功があります。本人はこう語っています。
「『アームハンドル』での成功体験が、本当に大きかったと思っています。社会が抱える課題・問題を解決するという考えに集中したことが、結果的に会社の利益にもつながりました」
2020年、新型コロナウイルスの感染拡大でオフィス家具の需要が落ち、同社の売上も減少が見込まれていました。そのときに南原氏が動いたのが、医療機関向けのフェイスシールドです。
「そんな時、深刻な品不足が続くフェースシールドを医療機関に送る大阪大学のプロジェクトを知った。世間はコロナ禍の真っただ中。『フレーム量産のための製品製造なら、うちでもできる』。協力を申し出た。クラウドファンディングで資金を募ったところ、目標金額の5倍以上が集まり、国から支給された給付金を会社にわざわざ送ってくれる人もいた」(PR TIMES STORY)
大阪大学医学部附属病院と東大阪市との共同で、フェイスシールドを全国の指定感染症病院へ無償で寄付しています。当時の自社発表は10万個以上、後年の発表では20万個以上です。無償提供のため、この活動自体は赤字でした。自社サイトの投稿には、当時の判断についてこう書かれています。
「当時は社会活動の停滞により世界的に企業の業績が急激に悪化し、将来の見通しが全くつかない状態でした。当社も同じ状況に陥っており、売上が日々減少していきました。そのような状態で寄付活動を行うことは企業経営の面からは非常に無謀なことでした」
この活動を通じて医療現場に入ったことが、次の商品を生みます。「ウイルスが付着しやすいドアの取っ手部分に手を触れないようにしたい」という医療現場の声から生まれたのが、腕でドアを開閉する「アームハンドル」でした。2020年の売上は4億3,000万円と、それまでの約3億3,000万円を大きく超える過去最高を記録しています。2021年1月には日本テレビ「スッキリ」、3月には産経新聞夕刊でも取り上げられ、同年2月には東大阪市CSR経営表彰の地域・社会部門で優秀賞を受けました。
つまり、全国メディアへの露出はホタテ貝殻ヘルメットより前から始まっています。医療業界への参入も2020年からで、ヘルメットの発表(2022年12月)よりも先です。
「甲子化学工業は、従業員がパート社員も含めて16人(2024年9月現在)という小規模な会社です。営業部門は持たず、すべて商社から仕事を受注していました。しかし、医療業界への参入では、商社を介さずに自分たちで顧客を探すところからスタートしました」
「医療現場の見学や、大学の医療分野の人材開発プログラムなどに参加し、医療業界の”声”を聞くと、『今、医療の現場では、こんなことに困っている』という情報がダイレクトに入ってきました。これが、のちの甲子化学工業の方向性を決めるきっかけになったんです」
商社の先にいる相手を、自分で見に行ったことが転換点になっています。
この事例から考えられること
1. 商社の先にいる使い手を、自分たちで訪ねている
甲子化学工業は営業部門を持たず、商社経由で仕事を受けていました。医療業界へ入るときに初めて、自分たちで顧客を探しています。図面には書かれていない要望が、そこで初めて届いた形です。
2. 赤字だった活動が、次の商品につながっている
フェイスシールドの寄付は赤字でした。ただしそこで医療現場に入れたことが、アームハンドルという売れる商品につながっています。短期の採算では説明できない活動が、結果として次の入口になった例と読めます。
3. 危機のときに、既存の設備でできることを探している
同社がやったのは新設備の導入ではなく、「フレーム量産のための製品製造なら、うちでもできる」という既存能力の転用でした。自社の設備がいま作れるもので、世の中が困っているものは何か。不況期にこの問いを立てた例です。
3. 卵殻からホタテへ、手つかずの廃棄物を選ぶ
先行商品のある素材を捨てた
素材開発の出発点は、卵の殻でした。
「甲子化学工業は、プラスチックを軸に金型製作・成形・塗装・溶着から組み立てまでを一貫してお引き受けする加工会社です。素材開発は行っていなかったのですが、できれば素材の開発から製品化まで一貫して行えるようになりたい、特に『廃棄物を活用した素材を作りたい』という思いから、卵の殻でリサイクルプラスチック作りに挑戦したのが始まりです。SDGsが叫ばれる中、プラスチック製品への逆風を感じたことも、取り組んだ理由でした。試してみると、殻の色によって製品の色が変わるブレに面白さを感じ、SNSで発信したところ大反響を得ました」
ところが、ここで一度止まります。
「卵の殻再生プラスチックの開発には成功したものの、すでに先行商品がありました。独自性を狙うには、まだ手つかずの廃棄物がいい。『ホタテの殻はどう?』というお声が多く、ホタテ殻の状況について何も知らなかったので自分の目で直接確認しようと、北海道の猿払(さるふつ)村へ行きました」
開発に成功した素材を、先行商品があるという理由で主力から外し、誰も手を付けていない素材へ移る判断です。なお卵殻の技術自体は捨てておらず、2022年12月にはエア・ウォーターとの共同で「卵殻キャップシール」として製品化されています。
鍋とガスコンロを持ち込んで、300kgを煮沸した
猿払村での動き方も具体的に語られています。
「廃棄物処理のコストは自治体負担。『今まで本当にいろいろなことに挑戦してきたけど、全部失敗だった』という村長の言葉が心に残っています。ホタテ殻を用いた海水の浄化や土壌改良剤など、技術としてはとても素晴らしい。けれどもコストが見合わず持続できなかったのです」
「猿払村へ行ってみると、本当にホタテの殻が山積みになっていました。まずは卵の殻と同じ方法が通用するか実験するために、鍋やガスコンロを現地に持ち込んで約300kgの貝殻を煮沸洗浄しました。思いがけず役所の方が手助けをしてくれたのは、おそらく私がスーツ姿ではなく、作業着に鍋を抱えた姿だったからでしょう。『やっと本気の人が来てくれた』と思ってもらえたようです」
提携の話が書面から始まっていません。現地で作業着のまま手を動かしたことが、自治体側の信頼を得た決定打として語られています。
そして現地に行ったからこそ得られた情報が、素材の方向を決めました。
「卵とホタテの殻の原料は同じ炭酸カルシウムですが、ホタテは何年もかけて成長するからか、結晶構造が異なり強度が強いです。しかも調べると、同じ北海道でも産地によって特性が微妙に違うんです。地元の方たちにとっては当たり前のことなのですが、外の人間にとっては直接訪問したからこそ得られた情報です。それで、ホタテならではの魅力が引き出せるのではとひらめき、廃棄物から面白い素材原料へと見方が大きく変わりました」
3年かけた素材と、使い道から逆算した製品
大阪大学大学院工学研究科の宇山浩教授との技術連携、TBWA HAKUHODO(企画・開発)とスタートアップスタジオのquantum(プロダクトデザイン)との協業を経て、約3年で新素材が完成します。粉砕した貝殻の粒度は数十マイクロ、樹脂への練り込みは二軸押出機で行い、配合の試作は100パターンを超えました。発表時の素材名は「カラスチック」で、2024年12月に「SHELLTEC(シェルテック)」として発表し直されています。
公開されている数値は次のとおりです。
- 新品のプラスチックを100%使う場合と比べて、最大約36%のCO2削減
- 石灰岩由来のエコプラスチックと比べても、約20%のCO2削減
- 曲げ弾性率(強度)が約33%向上
- ホタテ貝殻の構造を模倣したリブ構造により、リブなし形状比で約30%の耐久性向上
素材ができた後の考え方が、この事例の要点です。
「素材開発で陥りがちな問題に、新素材ができたのはいいけれど、あまりにもコストがかかりすぎて使えないとか、そもそも使い道が見いだせずに活用されない素材があまたある、という現状があります。SHELLTECが世の中に普及するためには、低コストで作れて、なおかつ世の中の人と接点を持てる製品に仕上げる必要があると考えました。消耗品ではなく、長く愛される製品を生みだせて初めて意味があると思ったのです。そうして考えを進めていく中、災害大国の日本で役立つもの、とひらめいたのが防災用具でした」
ヘルメットを選んだ理由も語られています。
「ヘルメットを選んだのは、『次は防災用品をつくりたい』と考えていたからです。日本は地震が多いという大きな課題を抱えた国です。『災害時に身を守れるものをつくりたい』という思いと、ホタテが貝殻で自身を守っている姿から着想したのが『ホタメット』でした」
デザインと色も、伝える機能として設計されています。
「従来のヘルメットはどうしても『工事色』が強いといいますか…。非常時に少しでも明るい気持ちになってもらいたいと、色も工夫しました。5色の展開で、サンセットピンク、サンドクリーム、オーシャンブルーなど海を意識しました。海の環境を守っていくという姿勢をいちいち説明しなくても、デザインや色から伝わってほしいという気持ちも込めています」
試作の進め方も具体的です。
「まず1/3サイズのプロトタイプ『ミニHOTAMET(ホタメット)』を作り、耐衝撃試験などを繰り返しました。感情を動かしすぎるとつらくなるので、無心で求められる精度へ近づけていくのがポイントです。作ったプロトタイプは数え切れません」
HOTAMETは2022年12月14日に発表され、Makuakeでの先行販売を経て2023年春に発売されました。発表時の価格は4,800円、2024年10月26日に価格改定され、公式サイトの現在の表示は7,800円(税込)です。自転車用は国推奨のSGマークに加え、欧州統一規格CE、米国CPSCも取得しています。
なお、廃棄量の数字には注意が必要です。公式発表が示す「年間約4万トン」は猿払村単独ではなく、猿払村が位置する宗谷地区の水産系廃棄物発生量(北海道水産林務部の令和3年度調査)です。国内全体では年間約20万トンとされています。
ローカルグローススタジオの分析:競争のない場所を、自分で選び直している
地方企業やスタートアップに共通する、低リソース・ブランド無しの戦わない戦略で書いた考え方の核は、競合と同じ土俵での消耗戦を避け、競争のない市場を自分で作ることでした。甲子化学工業の素材選びを読み解くと、この考え方と同じ考えが最も明快に表れています。
卵殻の再生プラスチックは開発に成功しています。技術的には勝っています。それでも「すでに先行商品がありました。独自性を狙うには、まだ手つかずの廃棄物がいい」という理由で主力から外し、誰も取り組んでいないホタテ貝殻へ移りました。この判断を読み解くと、私たちが同じ記事で挙げた「競合が対応していない顧客ニーズの特定」「オリジナルコンセプトの開発」と同じ考えで、素材を選んでいることが分かります。
同記事はもう1つ、バリューチェーンを分解すれば競合に見える相手がパートナーになる、とも書きました。甲子化学工業の場合、パートナーになったのは同業他社ではなく、廃棄物の処理費用を負担していた自治体でした。村にとっては処理コスト、同社にとっては原材料です。同じものを、立場によって別の意味で見た結果の提携です。
この事例から考えられること
1. 開発できた素材を、あえて主力にしていない
卵殻の配合には成功していましたが、先行者がいることを理由に主力から外しました。開発できたかどうかではなく、その市場に先行者がいるかどうかで判断した例です。技術力があるほど、この見極めは難しくなるようにも見えます。
2. 探したのは新しい市場ではなく、行き場のない廃棄物だった
処理費用を払っている人がいる材料は、仕入れの交渉で立場が変わります。自社の設備が処理できるもので、誰かが費用をかけて捨てているものはないかという問いは、製造業以外にも当てはまりそうです。
3. 提携先へ、書面より先に現場の作業で入っている
鍋を持ち込んで300kgを煮沸した話は、この事例のなかで最も具体的な部分です。企画書を持って行くより、現場で一度手を動かすほうが早い場面があるという読み方ができます。
4. 素材から製品を選ぶのではなく、製品から逆算している
新素材が使われないまま終わる例が多い、というのが本人の問題意識でした。消耗品ではなく長く使われる製品を選び、そこから素材のコストと強度の要件を決めています。
4. 万博・国際デザイン賞・ゼネコン連携をどう積み上げたか
HOTAMET発表後の展開は、次の順序で進んでいます。
1. 2022年12月14日 HOTAMET発表、Makuakeで先行販売開始(目標金額36万円)
2. 2023年3月7日 大阪・関西万博「Co-Design Challenge」第1期に選定(79件の応募から)
3. 2023年7月3日 カンヌライオンズ2023での金賞2・銅賞1を博報堂が発表
4. 2023年8月 Clio Health Awards 2023でグランプリと金賞
5. 2023年9月21日 Wolt Japanの配達パートナー用ヘルメットとして、札幌・函館・盛岡・仙台に40個の導入を発表
6. 2024年3月4日 iF DESIGN AWARD 2024で金賞(72カ国・10,800点から)
7. 2024年3月8日 第4回アトツギ甲子園(中小企業庁主催)で中小企業庁長官賞
8. 2024年7月19日 廃棄貝殻を使ったテトラポッド「HOTATETRAPOD」を8者連合で発表
9. 2024年12月4日 新素材を「SHELLTEC」として発表
10. 2025年4月11日 ベンチ「HOTABENCH」が万博フューチャーライフヴィレッジで展示開始
11. 2025年8月7日 産地を訪ねるツアー「HOTATOUR」発売
Co-Design Challengeは第1期(HOTAMET)と第2期(HOTABENCH)の両方で採択されており、同社の発表によれば2期連続で採択された事業者は同社だけです。HOTABENCHは清水建設の建設用3Dプリンティング技術との共同開発で、ベンチ1台あたり約40kg(約1,000枚)の廃棄貝殻を砂の代わりに使い、コンクリート100%製と比べて約300kgのCO2削減効果があります。
アトツギ甲子園について、本人はこう語っています。
「こうした開発の過程や中小企業でモノづくりに取り組む想いを今年3月、中小企業庁が主催し、東京で行われた第4回『アトツギ甲子園』の決勝大会でプレゼンテーションして、中小企業庁長官賞をいただきました」
公的プログラムの見つけ方も具体的です。万博のCo-Design Challengeは東大阪市のメールマガジンで、環境省のカーボンフットプリント算定モデル事業は本人が公募情報を見つけて即座に応募しています。後者については、算定して終わりにせず営業の道具に変えました。
「企業によるCFP算定・表示の取り組みを支援するモデル事業を環境省が募集していたのを、たまたま、南原氏が見つけ即座に応募。2023年度の参画企業として選ばれた同社は、全10回のセミナーを通じてCFPの算定方法を学ぶと、事業活動の中で積極的にCFPを活用していくことにした。具体的には、HOTAMETにCFPを明示することで、エコ企業・製品としてPRするとともに、環境問題に関心がある国内外の顧客とのコミュニケーションツールにしたのである。その結果、同社やその製品に対する信頼度が高まり、問い合わせが増大」(東京商工会議所)
一方で、PRの現場は手弁当と同居しています。METI Journalの記事には、HOTAMETのPR用ビジュアルについて「予算がなくてモデルを手伝ってもらいました」という本人のコメントが、奥さんが写ったビジュアルとともに載っています。一流の代理店との協業と、家族に手伝ってもらう撮影が、同じプロジェクトの中にあります。
ローカルグローススタジオの分析:足りない機能を、雇わずに調達している
マネジメントとは、今のリソースでやりくりすること、リソース調達力を上げることで、私たちはマネジメントの本質を2つに整理しました。1つは今あるリソースで最大の成果を出すやりくり、もう1つはリソース調達力を高めることです。後者の具体策として同記事が挙げたのが、ビジョンの力で人を引き寄せること、無料・低コストのツールを使い倒すこと、そして外部ネットワークを構築して必要なときに適切なリソースへアクセスできる関係を作ることでした。
甲子化学工業の進め方を読み解くと、この3つ目と同じ考えが徹底されていることが分かります。素材の科学は大阪大学、企画とPRはTBWA HAKUHODO、プロダクトデザインはquantum、土木への展開は清水建設ほか7社、原材料と地域の信用は猿払村、認知と信用の担保は万博とアトツギ甲子園という公的プログラム。どれも16人の会社が雇用で持てる機能ではありません。雇わずに、案件ごとに組んでいます。
本人の言い方は、この状態を淡々と表しています。
「20人に満たない小さな企業でやり繰りしているので、大変ですが、毎日、変化があって面白い」
そして調達したリソースは、社内にも効いています。近畿経済産業局のインタビューでは「採用面でも応募者が大幅に増え、『共感を軸に人が集まる』という変化が起きています」と語られています。同じ記事に書いた「ビジョンの力で人を引きつける」と同じことが、結果として起きています。
この事例から考えられること
1. 採れない機能を、協業で確保している
企画、デザイン、研究開発は、16人の会社が雇用で持ちにくい機能です。甲子化学工業はそのすべてを外部との協業で確保しました。求人以外の埋め方があるという例です。
2. 公募情報が届く場所に、自分を置いている
万博の採択は自治体のメールマガジン、環境省のモデル事業は公募ページからでした。情報の入口をどこに置くかで、届く機会が変わってくるという読み方ができます。
3. 認定や受賞が、営業の材料になっている
カーボンフットプリントは、算定するだけなら社内資料で終わります。同社は製品に明示して顧客との会話の材料にしました。取得した認証をどこに置くかという問題です。
4. 協業が、地元の小さな実績から積み上がっている
いきなり万博や大手ゼネコンから始まったわけではありません。フェイスシールドで大阪大学のプロジェクトに手を挙げ、東大阪市の医工連携ネットワークに参加し、そこで実績を作ってから次へ進んでいます。
5. 「たしかな逆風が吹いています」
南原氏の発信でよく引用されるのが、SDGsを「逆風」と表現した言葉です。取材記事の見出しにもなっていますが、本文での言い方は次のとおりです。
「『社会課題の解決』と言われても、昔からいる社員にとっては伝わりにくいものです。しかし、私たちが長年取り組んできたオフィス家具の部品製造という仕事は、これから次第に成り立たなくなっていくという現実があります。リモートワークの浸透でオフィス自体が減少して、オフィス家具の需要は確実に減っていくはずです。さらに、プラスチックを多く使用するデザインには、SDGsの考え方に反するという指摘もあり、たしかな逆風が吹いています。その逆風の中で、エコプラスチックなどの社会課題を解決する自社製品を開発し、お客様の反応に触れることで、社員も時代の変化を感じ取っていってくれると思っています」
本人は、自社が置かれている状況を、順風ではなく逆風だと言い切っています。東京商工会議所の取材でも、本人は「石油由来のプラスチックは環境汚染を引き起こす要因の一つとしてみなされ、脱プラスチックの動きもある。このまま何もしなければプラスチック業界は衰退し、会社が潰れてしまう」という危機感を語っています。
そのうえで、逆風の中で素材そのものを変えにいきました。
「我々は小さな会社で、社会への影響力はそれほどないと思っていました。けれども、いざやってみると『甲子化学工業が頑張っているのだから、うちもちょっと頑張ってみよう』とお取引先の企業も思ってくださったようで、周囲のマインドが変わっていくのを実感しました。小さな会社でも、自分たちの行動が誰かのアクションに繋げられるのだと。その学びがあったから、プラスチックが悪者にされている問題も、プラスチックとの新しい付き合い方を発信したら世の中の風向きを変えられるのではないか、と思ったのです」
「社会課題の解決」という言葉が社員に伝わりにくいことも、本人は認めています。伝えるための道具として、自社製品と顧客の反応を選んだ、という順序です。
6. 社員16人で世界に届く理由
20人に満たない会社が、大阪・関西万博に採用され、ドイツの国際デザイン賞で金賞を得ています。この道のりを成立させた要素を整理すると、次のようになります。
1. 本業を捨てず、層を重ねた: 射出成形の受託加工を続けたまま、素材開発事業と自社商品事業を足しました。東京商工会議所は同社を「三本柱をもつ企業」と表現しています
2. クリエイティブと研究の機能は協業で取り込んだ: 大阪大学、TBWA HAKUHODO、quantum、清水建設。自社単独では持てない機能を、案件ごとに組んで確保しました
3. 地域課題は、自社の所在地に限定しなかった: 会社は大阪ですが、素材は北海道猿払村の廃棄貝殻です。自社の技術で解けそうな地域課題を、全国から探しています
4. PRを商品開発と同じ工程に置いた: 素材のストーリー、色の設計、ネーミングが発売前から一体で設計されています
5. 公的プログラムを、承継のマイルストーンにした: 万博Co-Design Challenge、アトツギ甲子園、環境省のモデル事業。いずれも広告費ではなく、外から見える実績として機能しています
6. 3代目候補が対外的な顔として発信し続けた: 2代目の経営を尊重したうえで、新規事業の発信は徹也氏が担っています
本人が語る、この進め方の理由は次のとおりです。
「課題の近くには、必ずビジネスチャンスがあります。現場とのコミュニケーションを取りながら、軽いフットワークでステップを進めていける、中小企業の強みを生かせるビジネスモデルだと考えています。もちろんその根底には、しっかりとした『ものづくり』の技術が必要。私たちはものを作るのが大好きな人が集まっている会社なんです。社会の課題を解決する『ものづくり』が、甲子化学工業の進むべき道だと確信しています」
7. 次の代替わりへ
社長交代について、南原徹也氏は2024年10月の取材で次のように語っています。
「社長とは、『今後1年程度で進めていかなければならない』という話をしているところです。準備としては、人材の採用を進めて体制を整えていく必要があり、状況によっては2年ほど先になる可能性はありますね」
METI Journalでも「23年から企画開発を担当する責任者を任され、数年後をめどに代表取締役社長を引き継ぐことができたらと思っています」と述べています。本記事の執筆時点で、公式サイトの代表取締役は南原在夏氏のままです。
一方、次の事業の準備は進んでいます。同社は2028年を目標に、廃棄貝殻を粉砕する大規模プラントの立ち上げを検討しています。実現すれば原材料の調達が安定し、コストが下がり、建設地では雇用も生まれます。製品の広がりも、ヘルメットから、テトラポッド、ベンチ、雪かき用スコップ、産地を訪ねるツアーへと及んでいます。2026年6月の近畿経済産業局のインタビューで、南原氏はSHELLTECとHOTAMETを「自分にとってのライフワーク」と語っています。
事業転換が先にあり、社長交代が後から来るという順序は、株式会社能作の事例にも見られます(職人18年を経てからの商品開発と産業観光、その後に長女への承継)。承継は交代日というイベントではなく、何を引き継ぎ、何を新しく始めるかを数年かけて設計する仕事だ、という理解が両社に共通しています。
8. ローカルグローススタジオの視点
冒頭に挙げた5つの観点を、本文で確認した事実で説明し直します。
1. 知名度のない会社の認知が、広告費ではなく毎日の発信で積み上がっている
「透明人間」だった会社が全国メディアに届くまでの過程に、広告出稿は出てきません。代わりにあるのが、自分の勉強のアウトプットとして毎日続けたSNS発信と、そこに集まった反応です。発信は宣伝ではなく、素材の情報が集まってくる入口として働きました。
2. 競合がいる素材を捨て、手つかずの素材を選んでいる
卵殻の再生プラスチックは開発に成功していました。それでも先行商品があるという理由で主力にせず、誰も手を付けていないホタテ貝殻へ移っています。技術で勝てるかどうかではなく、その市場に先行者がいるかどうかで決めた判断です。
3. 足りない機能を、雇わずに外から調達している
素材の科学は大学、企画とPRは代理店、デザインはスタートアップスタジオ、土木は大手ゼネコン、原材料と地域の信用は自治体、認知は公的プログラム。16人の会社が雇用で持てない機能を、案件ごとに組んで確保しました。しかもその実績が、採用で「共感を軸に人が集まる」という変化を生んでいます。
4. 本業を残したまま上書きする形の事業承継になっている
下請けからメーカーへ、卸から製造小売へと業態そのものを切り替える承継がある一方で、甲子化学工業の3代目候補は射出成形の受託加工を残したまま、素材開発と自社商品という層を重ねました。売上規模も従業員数もほぼ変えずに、事業の柱を1本から3本にしています。本業を捨てられない事情がある会社にとって、現実的な選択肢の1つです。
5. 逆風だと認めたところから、打ち手が変わっている
南原氏は「たしかな逆風が吹いています」と言い切ったうえで、プラスチックを減らす側ではなく、廃棄物を使う側へ回りました。自社の状況を逆風と認めたことが、既存事業の改善ではなく、素材からの見直しという打ち手につながっています。
本事例から見える経営とマーケティングの学び
甲子化学工業の物語は、地方の製造業が抱える「受託構造」「人材不足」「広告予算の制約」を、3代目候補という立ち位置と協業の設計で解いていった事例として読めます。重要なのは、南原徹也氏が大手ゼネコンから戻り、名刺の社名だけで相手にされない状態を経験したうえで、廃棄物という地域課題と本業の射出成形を接続する文脈を見つけたことです。
そして、この会社の打ち手は祖父の代の反復でもあります。行き詰まった衣料品事業からプラスチック射出成形へ移った創業者と、逆風の受託加工に廃棄物アップサイクルを重ねた3代目候補は、同じ判断を別の時代でしています。ブランドやリソースが薄い状態から成長を作る経営者にとって、甲子化学工業の歩みは「本業を残したまま、何を上書きするか」を考えるための学びになります。
「ビジネス知の機会格差をなくす」という私たちのミッションに向けて、これからも実践的で価値ある情報を発信していきます。この記事の内容について、さらに詳しく知りたい方は、ぜひご連絡ください。

執筆者 : 佐久間 一己 (さくま かずき)
つなぐスタジオ株式会社 代表取締役社長 / ローカルグローススタジオ Director
リクルート営業マネージャーを経て、福井県小浜市で道の駅・古民家ホテルの集客支援と行政の産業6次化に4年携わり、その後ユーザベースFORCAS(現Speeda)カスタマーサクセスマネージャー、スタートアップ執行役員、フィンテック事業責任者を務め、2025年に地方企業向けのマーケティング代理店を設立。BtoB事業でWEBメディアを立ち上げオーガニック流入を3か月で20倍に伸ばすなど、知名度や予算が限られる時期に効くマーケティングと採用の手法を、地方企業の規模に合わせて伴走します。



