ローカルグローススタジオは、『地方企業にスタートアップのような成長を』というテーマで、コンテンツ発信と支援サービスを展開しています。この記事では、実践的なビジネスノウハウを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。
今回取り上げるのは、京都市の株式会社坂ノ途中です。小野邦彦氏が2009年に創業し、環境への負担が小さい農業を広げることをテーマに、新規就農者を中心とした生産者から農産物を仕入れ、家庭への定期宅配と法人向けの卸で流通させています。東南アジアの山岳地域でコーヒーを扱う「海ノ向こうコーヒー」も手がけています。
この記事は、地方でゼロから会社を作った事例を扱う「起業編」の1本です。何を見て始め、最初にお金を払ってくれる相手をどこに置き、その後どの順で資産を積んだかを、継ぐ会社も買う会社もない状態から事業を作った人の判断で読み解きます。
この記事の要約
先にストーリーの全体像です。小野邦彦氏は学生時代に「環境負荷の小さな農業を広げる」というテーマで起業すると決め、そのうえで外資系の金融機関に2年間勤めてから会社を作りました。創業は2009年、場所は京都です。事業の中心にあるのは、新規に就農した農家から農産物を仕入れ、家庭に定期宅配で届ける仕組みです。この形の難しさは、入荷が少量で不安定なことにあります。坂ノ途中は、その不安定さを取り除くのではなく、多くの生産者と契約してリスクを分散することで受け止める設計を選びました。創業から数年は「小さく美しく」という方針でしたが、その規模では広がらないと考え、8期目に初めてベンチャーキャピタルからの出資を受け入れます。提携する生産者は2016年に約70軒、2019年に約200軒、2021年に約300軒、2023年以降は約400軒と増えました。定期宅配の顧客も2019年に約1,750件、2023年に約1万軒と伸びています。2023年以降はKOBASHI HOLDINGS、パナソニック、双日、長瀬産業といった事業会社との資本提携が続いています。
このストーリーから持ち帰れる観点は、次の7つです。それぞれ本文の章で事実を確認し、最後の7章で説明し直します。
1. 起業のテーマを決めてから、2年間だけ金融機関に勤めている(1章)
2. 少量で不安定という条件のほうを、事業の前提に置いている(2章)
3. 取引する相手を「プロ路線」という基準で選んでいる(2章)
4. 京都を選んだ理由に、発信力と現場との距離を挙げている(3章)
5. 「小さく美しく」という方針を、8期目に自分で変えている(4章)
6. 生産者に情報を返す仕組みを、後から作っている(5章)
7. 公表される数字の定義が、資料によって変わる(6章)
各章の末尾に、ローカルグローススタジオの分析と「この事例から考えられること」をまとめています。
参考資料一覧
- 株式会社坂ノ途中 公式サイト 会社概要(本社所在地、従業員数、資本金)
- PR TIMES 坂ノ途中 リリース一覧(沿革、資金調達、提携生産者数、宅配件数の一次資料)
- PR TIMES 坂ノ途中「シリーズBラウンドで6億円の資金調達」(2019年5月。提携生産者数、宅配件数、累計調達額)
- PR TIMES 坂ノ途中「8億3,108万8,000円の資金調達を実施」(2021年5月。ハウス食品グループ、味の素などの出資)
- PR TIMES 坂ノ途中「双日株式会社との資本業務提携」(2023年8月)
- 創業手帳 小野邦彦氏インタビュー(2023年12月取材。起業までの経緯、チベット、資金調達の方針転換、ダッシュボード)
- 灯台もと暮らし「京都、坂の途中で。小野邦彦」(2017年10月12日。創業の動機、京都を選んだ理由)
- Marketeer 小野邦彦氏インタビュー(2021年3月29日。プロ路線という基準、方針転換の背景)
- taliki 小野邦彦氏インタビュー(2021年6月24日。需給の考え方、規模拡大の経緯)
- 北欧、暮らしの道具店 連載(2016年1月20日。創業初期の提携生産者数、青虫のエピソード)
- リクルートマネジメントソリューションズ Jammin’ 専門家インタビュー(2024年1月22日公開。海ノ向こうコーヒーの位置づけ、「遅くて速い」)
- 共同通信PRワイヤー「長瀬産業による株式取得」(2024年11月)
数字で見る坂ノ途中
| 時点 | 数字 | 出典 |
|---|---|---|
| 2009年 | 株式会社坂ノ途中 創業(京都市) | 公式沿革 |
| 2016年1月 | 提携生産者 約70軒 | 北欧、暮らしの道具店 |
| 2016年10月 | メコンオーガニックプロジェクト(現・海ノ向こうコーヒー)開始 | 公式沿革 |
| 2019年5月 | 提携生産者 約200軒、定期宅配 約1,750件、シリーズBで6億1百万円を調達 | PR TIMES |
| 2021年5月 | 8億3,108万8,000円を調達(ハウス食品グループ、味の素ほか)、累計 約13億7,200万円 | PR TIMES |
| 2021年7月 | 京都市十条エリア(南区)へ本社移転 | 公式沿革 |
| 2021年3月から4月 | 提携生産者 約300軒、定期宅配 約6,700件 | Marketeer、PR TIMES |
| 2023年4月 | 提携生産者 約400軒(うち約8割が新規就農者)、定期宅配 約1万軒 | PR TIMES |
| 2023年 | KOBASHI HOLDINGS、パナソニック、双日、脱炭素化支援機構と資本提携(いずれも金額非開示)。累計調達額 17.7億円 | PR TIMES |
| 2024年11月 | 長瀬産業が株式を取得(金額非開示) | 共同通信PRワイヤー |
| 2025年5月 | 定期宅配 約1万2,000件、役員を含む正社員99名(業務委託等を含めると201名) | 東洋経済 |
| 2026年4月 | 「全国約1,000軒の有機農家とのつながり」 | PR TIMES |
数字の読み方を、先に3点断っておきます。1つは、生産者の数え方が2種類あることです。2023年から2025年まで一貫している「提携生産者 約400軒」は直接仕入れをしている農家の数で、2026年4月に出てきた「約1,000軒」はより広い意味でのつながりを指しているとみられます。同じ「軒」でも中身が違います。2つ目は、従業員数の定義が資料ごとに違うことです。正社員だけか、業務委託やアルバイトを含むかで、60名台から300名台まで開きがあります。3つ目は、売上高です。非上場のため決算が公表されておらず、今回の資料では売上高の一次資料を確認できませんでした。この記事では売上の数字を使いません。
1. チベットで見たものと、金融機関での2年
食べることに、後ろめたさを感じていた
小野邦彦氏は、創業前の自分についてこう語っています。
「『僕はもう、食事をしない』。なぜなら、肉や野菜を食べるのはほかの生命を奪う行為だし、外に出たら虫や草を踏んでしまうかもしれないから。そんな犠牲を払ってまで、僕が生きている必要あるの、と思っていた」
事業の出発点が、市場の観察でも技術でもありません。生きることそのものへの引っかかりから始まっています。
そこに、具体的な違和感が重なります。
「スーパーで買った野菜を食べたら、今まで食べていた野菜と全然違う味がして、『えっ、何これ』と驚いたんです。……『どうして違うのか』という原因に意識が向いて、現代農業の仕組みを勉強するうち、小さい頃抱いていた『人間は罪深いもの』という意識と農業が密接に関係するんじゃないか、と考えるようになりました」
野菜の味の違いという小さな出来事が、もともと持っていた問いにつながっています。
チベットで見た循環
もう1つの起点として語られるのが、旅先での経験です。
「チベットですね。チベットは標高がかなり高いので、植生が限られています。植生が限られていると何が起きるのかというと、資源循環が目の前で見えるんです。……気候変動のような話を無視すれば、ずっと続けることができる生き方を、とても美しいと感じました」
そこから、農業という手段が選ばれます。
「『環境への負担を下げて、資源が循環するような暮らしを目指す』という目線で見てみると、農業は非常に重要だと考えました。人類は農業をして、その農地を駄目にして生きてきましたから」
農業がやりたかったのではなく、環境負荷を下げるという目的から農業に行き着いた、という順序で語られています。
起業を決めてから、2年だけ勤めた
テーマが決まった後の動きにも、特徴があります。
「学生時代に『環境負荷の小さな農業を広げる』をテーマに起業しようと決めました。ただ、大学卒業後すぐに起業したわけではなく、一度就職しています。短期間で資金を貯めることができて修行になりそうなところとして、外資系の金融機関を選びました。そこで2年間働いて、今の会社を作ったという流れです」
就職先を選んだ基準が「短期間で資金を貯められること」と「修行になりそうなこと」の2つです。業界への関心や、その仕事を続けたいという理由ではありません。起業のテーマが先にあり、そこから逆算して2年間を設計しています。
ローカルグローススタジオの分析:「何のために」が先に決まっているため、途中の判断が変わる
私たちは間違ってはいけない戦略の順番|ビジョン→事業→商品→営業→組織という記事で、戦略には順番があり、最初に「何のために事業をやるか」を決めるという考え方を書きました。
坂ノ途中を読み解くと、最初に決まっているのは「環境への負担を下げる」という目的で、私たちが記事に書いた順番と同じ考えが表れています。農業も、流通も、コーヒーも、すべてこの目的からの手段になっています。小野氏が金融機関に2年だけ勤めた判断も、この順番で説明がつきます。目的が先に決まっているため、就職は「そこで何を得るか」で選ばれ、期間も先に区切られています。
同記事では、「何のために」が決まっていれば、その下の判断が速くなると書きました。この事例では、就職という一般には長期の選択になりやすい判断が、目的からの逆算で短い期間に収まっています。最初に決めたものが、キャリアの選び方まで変えている例として読めるかもしれません。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 自社の事業が、どんな違和感や問いから始まったかを説明できるか
- 手段としての業種を、目的から選んだのか、逆だったのか
- 創業前の経験を、目的から逆算して選んだことがあるか
- 得たいものと期間を、先に区切って動いたことがあるか
- 創業者個人の経験と、事業のテーマが結びついているか
事例から読み取れること
1. 起業のテーマを決めてから、2年間だけ金融機関に勤めている
「短期間で資金を貯めることができて修行になりそうなところ」という基準で就職先を選んでいます。目的から逆算した経歴の作り方の例です。
2. 業種ではなく、目的から手段を選んでいる
農業をやりたかったのではなく、環境負荷を下げるという目的から農業に行き着いた、という順序で語られています。
3. 起点が、市場観察ではなく個人の違和感にある
食べることへの後ろめたさと、野菜の味の違いという2つの経験が、事業のテーマにつながっています。
2. 少量で不安定という条件を、前提にした
農産物は安定供給できない、という前提に戻る
坂ノ途中が扱うのは、新規に就農した農家が中心です。1軒あたりの規模は小さく、収穫量も安定しません。一般の流通からすると、扱いにくい条件が揃っています。
この条件について、小野氏は次のように語っています。
「農産物は生き物なので、本来は安定供給できるものではない。その大前提が、現在の農産物の流通では忘れられています。……そこで、僕たちは契約の時点で前もって価格を提示し、納品量もあらかじめ決めることはあっても欠品しても大丈夫で、多く作りすぎてもなるべく買うということを農家さんにお伝えしています。これが可能なのはリスクを分散しているからで、多種多様な農家さんと契約をしているので、誰かが不作だったとしても他の誰かは豊作だったりするんです」
欠品してもよく、作りすぎても買うという条件を農家に提示できるのは、契約している農家の数が多いからだと説明されています。1軒ごとの不安定さを、軒数で吸収する設計です。
事業の位置づけについても、はっきり語られています。
「ぼくらは、少量不安定だけど高品質な農産物がまっとうな値段で流通していく形を作ろうとしています。少量不安定の弱点はこちらで工夫して乗り越えるのですが、品質を上げるのは農家さんにお願いしなきゃいけない」
少量で不安定という条件を解消するのではなく、その条件のまま流通させる形を作ると言っています。役割分担も、坂ノ途中側と農家側で分けて示されています。
なぜ他社がやらないのかについては、こう答えています。
「誰もそんな面倒くさいことしていないからでしょうね(笑)。僕らの事業は農産物流通の常識からすると成り立つはずがないものなんです」
取引相手の基準は「プロ路線」
生産者を選ぶ基準も、公開されています。
「『プロ路線』かどうかですね。……本気で農業で生計を立てていこう、と考えている人を取引先としてます。……お互いプロとして対等な立場でやり取りをしましょう、みたいな感じでしょうか」
新規就農者を支援するという文脈で語られやすい事業ですが、選ぶ基準は支援の必要性ではありません。農業で生計を立てる意思があるかどうかです。取引先として対等であることが、条件として置かれています。
最初にお金を払ったのは、家庭だった
坂ノ途中の売上の中心は、家庭向けの定期宅配です。「旬のお野菜セット」という商品名で、届く中身は毎回変わります。何が届くかを事前に確定できないという点は、通常であれば売りにくい条件です。
その条件を受け入れる顧客がいることは、初期のエピソードからも読み取れます。
「あるとき検品が行き届かずに、青虫がついたキャベツをお届けしてしまったことがあったんです。それを受け取ったお客様から『珍しかったので、子どもと一緒に虫かごで育ててみたら蝶々になりました』と写真付きでメールをいただきました。お叱りを受けても仕方がないと反省する一方、僕らが届ける野菜をこういう形で受け入れてくださる方々がいるんだな、と気づく印象的な出来事でもありました」
定期宅配の件数は、2019年に約1,750件、2021年に約6,700件、2023年に約1万軒、2025年に約1万2,000件と推移しています。
ローカルグローススタジオの分析:同じ土俵で戦わない設計
私たちは地方企業やスタートアップに共通する、低リソース・ブランド無しの戦わない戦略という記事で、資源で劣る側が正面から競わない方法について書きました。
坂ノ途中が扱う農産物は、量も安定性も一般の流通が求める水準に届きません。その土俵に上がろうとすれば、規模の大きな産地と同じ条件で比べられます。坂ノ途中は、その条件を満たそうとするのではなく、条件が満たせないままで成立する売り先と仕組みのほうを作りました。
同じ記事では、大手と同じ市場・同じ方法で戦わないことが出発点になると書きました。この事例では、「安定供給できる」という農産物流通の前提そのものを外しています。前提を外した結果、扱える生産者の範囲が広がり、扱える生産者が多いことがリスク分散になり、それが農家に提示できる条件の良さに戻ってきています。1つの判断が、複数の場所に効いている構造として読めます。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 自社が満たせない条件を、満たそうとしているか、外しているか
- その条件を外したままで成立する売り先を探したことがあるか
- 取引先を選ぶ基準を、言葉にできているか
- 1軒ごとの不安定さを、数で吸収できる構造になっているか
- 顧客に提示している条件が、他社と同じ土俵に乗っていないか
事例から読み取れること
1. 少量で不安定という条件のほうを、事業の前提に置いている
条件を解消するのではなく、その条件のまま流通させる形を作ると本人が語っています。前提の置き換えが設計の起点になっている例です。
2. 取引相手を「プロ路線」という基準で選んでいる
支援の必要性ではなく、農業で生計を立てる意思を基準にしています。対等な取引先として選ぶという立場が明示されています。
3. 不安定さを、軒数で吸収する設計になっている
欠品してもよく、作りすぎても買うという条件を出せるのは、契約農家が多いからだと説明されています。数がそのまま条件になっています。
3. なぜ京都だったのか
好きだったことと、発信力
創業地を京都にした理由は、複数の取材で語られています。最も短い説明は次のとおりです。
「本社を置く場所に京都に置いたのは、単純に京都が好きだったから。あとは、土地自体に発信力があると考えていたからです」
好きだからという理由がまず出てきます。そのうえで、土地の発信力という事業側の理由が続きます。
別の取材では、現場との距離が挙げられています。
「東京ではなく京都で起業したのは、京都が個人的に好きなことと、事業の対象者である新規就農者との物理的な距離が近いため、現場感のある事業を作れると思ったからです」
坂ノ途中の提携生産者は、西日本を中心に広がっています。仕入れ先が近い場所に本社を置く判断です。
さらに、創業時の考え方そのものも語られています。
「坂ノ途中創業の時は美しいビジネスを地方で小さくやることに意義があると思っていました。そのために、東京から京都に戻ってきて坂ノ途中を創業しました」
地方で小さくやることに意義がある、という当時の考えが、場所の選択とセットになっています。この考え方は後に変わりますが、その話は次の章になります。
本社は南区へ移っている
なお、坂ノ途中の本社は創業から2021年まで京都市下京区にありましたが、2021年7月に十条エリア(南区)へ移転しています。現在の所在地は京都市南区上鳥羽高畠町です。京都の中で場所を移しながら、市内に本社を置き続けています。
ローカルグローススタジオの分析:場所が、仕入れと発信の両方に効いている
私たちはターゲットと便益を5-10パターンに整理するという記事で、同じサービスでも相手によって得られる価値が違うため、誰に、何を、どんな独自性で届けるかを相手ごとに整理するという考え方を書きました。
坂ノ途中の場合、事業の相手は2種類います。仕入れ先である新規就農者と、売り先である家庭です。京都という場所は、この2つに別々に効いています。西日本の生産者との距離が近いことは仕入れ側の理由であり、土地の発信力は売り側の理由です。
同じ記事では、相手ごとに価値を言葉にすると、訴求や施策を出し分けられるとも書きました。この事例では、相手が2種類いるため、場所の選択も2つの理由で説明されています。片方だけを見ていると、なぜ東京ではないのかが説明しきれません。仕入れ側と売り側の両方から見ることで、選択の意味が読み取りやすくなります。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 拠点を選んだ理由を、仕入れ側と売り側の両方から説明できるか
- 事業の相手が何種類いるかを、整理できているか
- 土地の発信力を、事業の理由として考えたことがあるか
- 現場との距離が、事業の質に影響していないか
- 創業時の考え方が、場所の選択に表れているか
事例から読み取れること
1. 京都を選んだ理由に、発信力と現場との距離を挙げている
好きだからという理由と並べて、土地の発信力と生産者との距離という2つの事業側の理由が語られています。
2. 相手が2種類いることが、場所の説明に表れている
仕入れ先である生産者と、売り先である家庭の両方に、京都という場所が別々の理由で効いています。
3. 創業時の考え方が、場所の選択とセットになっている
「美しいビジネスを地方で小さくやる」という当時の方針が、東京ではなく京都という選択につながっています。
4. 「小さく美しく」から、資金調達へ
最初は、大きくするつもりがなかった
坂ノ途中の成長の仕方には、途中で方針が変わった時期があります。小野氏は、その経緯を詳しく語っています。
「今は比較的スタートアップのような経営スタイルをとっていますが、元々はそうするつもりはありませんでした。前職で金融機関にいたころに、金融資本主義の悪い側面も見てしまったので、あまり会社を大きくしたいという意識がなかったんです。学生時代を過ごした京都に戻って、地域で地域の農家さんを支えたい。そんな想いで、こじんまりと美しいことをやるローカルビジネスをスタートしました。ただ、数年そういうスタンスで事業をしていると、小さいことの無力さを感じる場面が多くなってきたんです。そこで、株式で資金調達をしながら事業規模を拡大していく、スタートアップのような方向にシフトしました。8期目に初めてベンチャーキャピタルからの出資を受け入れたのは、そのような経緯です」
前職での経験が、会社を大きくしないという判断につながっていました。その判断を、自分で変えています。
変えた理由は、真似されなかったこと
方針を変えた理由は、より具体的にも語られています。
「創業時は、僕としては小さく美しい事業をこじんまりとやりたいと思っていました。……しかし起業して3から4年経過し、多くの方が興味を持ったり視察に来たりしてくれましたが、『良いことだけど大変そうだから自分たちはやらない』という風に思われている気がして。僕らがやっているのは、『楽してできる良いこと』ではなく、『泥臭い努力の結果、継続が可能になる良いこと』なので、そこに期待ギャップがあり、なかなか類似モデルが生まれることがなかったんです」
同じ趣旨は、別の取材でも語られています。
「ぼくらがやっていたことは『汗だくになって泥臭くやったら、何となく成り立つ良いこと』だった。一方で、世の中で多くの人が求めてるのは、『楽しくて、かつ良いこと』だったりする。それだったら、誰かに真似してもらうのを待つより、自分たち自身が社会的なインパクトを持てるような会社になろうと思い始めました」
小さく良いことをやれば、周りが真似をして広がるという想定がありました。その想定が外れたことが、方針を変えた理由として語られています。他社が動かないなら自社が大きくなる、という判断です。
調達のペースは速くない
方針を変えた後も、進み方については本人の説明があります。
「私たちのビジネスは『遅くて速い』のが特徴だと思います。たとえば、最初の頃は『小さくいいことをしよう』という考えが強く、コンパクトな地域ビジネスを志向していました。しかし、やはり無力さを感じることも増え、8期目にベンチャーキャピタルからはじめて資金を調達しました。一般的なスタートアップと比べると、資金調達までに随分と時間をかけています」
実際の調達は、2016年12月のシリーズAが約2億円、2019年5月のシリーズBが6億1百万円、2021年5月が8億3,108万8,000円と続きます。2023年時点の累計調達額は17.7億円と発表されています。
出資者の顔ぶれについても、コメントが出ています。
「ハウス食品グループ本社株式会社さま、味の素株式会社さまからご出資いただきました。……環境負荷に配慮した持続可能な農業を広げていくにあたって当社が重要な役割を果たすであろうことを、日本を代表する食品メーカーが認めてくださったと感じています」
2023年以降は、KOBASHI HOLDINGS、パナソニック、双日、脱炭素化支援機構、長瀬産業と、事業会社との資本提携が続いています。いずれも金額は非開示です。
ローカルグローススタジオの分析:方針を変えた記録が残っている
私たちは顧客獲得コストを下げるには「ストック>フロー」を意識しようという記事で、広告のように止めれば効果が消えるフロー型と、一度作れば効き続けるストック型を分けて考えるという考え方を書きました。
坂ノ途中の場合、積み上げられているのは提携生産者の軒数と、定期宅配の件数です。2016年に約70軒だった生産者が2023年に約400軒になり、2019年に約1,750件だった宅配が2025年に約1万2,000件になっています。どちらも1年で大きく動く数字ではありません。
同じ記事では、ストック型は積み上がるまで時間がかかる分、積み上がれば効き続けるとも書きました。この事例では、積み上げの速度が遅いこと自体が方針転換の理由にもなっています。「小さいことの無力さ」という表現は、積み上げのペースと目的の大きさが合わなかったことを指していると読めます。積み上げる速度を上げるために外部資本を入れた、という順序で見ることもできそうです。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 創業時の方針を、途中で変えたことがあるか
- 変えた理由を、言葉にして残しているか
- 他社が真似することを、広がり方の前提にしていないか
- 目的の大きさと、現在の進む速度が合っているか
- 出資を受ける理由を、資金以外でも説明できるか
事例から読み取れること
1. 「小さく美しく」という方針を、8期目に自分で変えている
前職の経験から会社を大きくしない方針だったところを、自分で変えています。転換の経緯が本人の言葉で残っている例です。
2. 変えた理由が、真似されなかったことにある
小さく良いことをやれば広がるという想定が外れたことが、規模を追う理由になっています。想定と結果の差が判断につながった例です。
3. 調達までに8期かけている
一般的なスタートアップと比べて時間をかけたと本人が語っています。速度の選び方が公開されています。
5. 情報を返す仕組みと、海の向こうの事業
生産者に、データを返している
坂ノ途中が後から作った仕組みに、生産者向けのダッシュボードがあります。
「僕たちは毎週、数百軒の生産者さんの出荷可能量の情報をもらっています。その合計値や都道府県別の数値を取引農家さんが見られるようにすることで、経営判断に役立ててもらえるんです。……今まで有機農業をしている人たちは、そのような情報がない中で、目隠し運転のように経営をしていました。だから、上手くいかないことが多かったわけです。その目隠しを取る役割を果たしたいと考えて作ったのが、ダッシュボードです」
集めた情報を自社の仕入れ判断に使うだけでなく、提供元である生産者に返しています。生産者の数が増えたことで、集まる情報の価値も上がるという関係です。軒数を増やす取り組みが、別の形の資産になっています。
流通の仕組みについても、説明があります。
「現在、売り上げの約5割がネット通販です。僕たちには、新規で就農した人をはじめ400件ほどの取引農家さんがいるのですが、1件1件は規模が小さいので、なかなか一般の流通会社に相手にしてもらえません。そこで、受発注のシステムを独自で開発し、農産物を販売する事業をしています」
なお、売上の構成比は年によって変わります。2021年3月時点と2023年12月時点では、個人宅配、法人卸、コーヒーの比率が異なる形で語られています。この記事では、上の発言の時点である2023年12月の値として扱います。
海ノ向こうコーヒー
もう1つの事業が、東南アジアの山岳地域でのコーヒーです。始まりは社内からの提案でした。
「コーヒーの事業も実はその1つです。当時うちでバイトをしていた大学生が『俺、東南アジアで何かやりたいんです』って言ってくれたので、卒業後うちの会社でやったらいいじゃんと新卒入社と同時に新規事業責任者をやってもらいました」
事業の中身については、次のように説明されています。
「文化人類学を学んでいたことから、私は東南アジアの山岳少数民族にもともと関心があり、東南アジアにおける森林減少に強い問題意識を持っています。山岳地域に住む人たちは森林を残したいと思っているのですが、現金収入のために仕方なく木々を伐採している現実があります。そこで、私たちは東南アジアの森のなかでコーヒーを育て、彼らが現金収入を得るための新たな手段をつくる『海ノ向こうコーヒー』という事業も推進しています」
森を残しながら現金収入を作るという構造は、国内で新規就農者から少量を買い続ける構造と似ています。扱う作物と場所が変わっても、環境負荷を下げるという目的の下にあります。
この事業の開始時期について、公式の沿革は2016年10月としています。2014年からという記述も見かけますが、今回確認できた一次資料では2016年でした。
ローカルグローススタジオの分析:集めた情報を、相手に返すという形
私たちは前の章でも触れたストックの記事で、一度作ったものが効き続けることについて書きました。上の分析で触れたとおり、坂ノ途中の積み上げたものは提携生産者の軒数です。
ダッシュボードは、その軒数が別の形に変わった例だと読めます。生産者が増えると出荷可能量の情報が集まり、集まった情報が生産者にとって価値のあるデータになり、そのデータがあることで生産者にとって取引を続ける理由が増えます。軒数という1つの積み上げたものが、仕入れの安定と情報の価値の両方になっています。
ただし、この構造がどの程度機能しているかを、外から確認できる資料は見つかりませんでした。生産者側の評価や、ダッシュボードの利用率といった数字は公表されていません。仕組みの説明として読める範囲にとどめておきます。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 取引先から集めている情報を、相手に返しているか
- 数を増やす取り組みが、別の価値に変わっていないか
- 新規事業が、社内からの提案で始まったことがあるか
- 別の事業でも、同じ目的の下にあると説明できるか
- 事業の開始時期を、一次資料で確認できるか
事例から読み取れること
1. 生産者に情報を返す仕組みを、後から作っている
出荷可能量の合計や都道府県別の数値を、提供元である生産者が見られるようにしています。集めた情報の使い道が1つではない例です。
2. 新規事業が、社内からの提案で始まっている
コーヒー事業は、アルバイトだった学生の希望から始まり、新卒入社と同時に責任者を任せる形で立ち上がっています。
3. 場所が変わっても、目的が同じ形をしている
国内の新規就農者からの仕入れと、東南アジアでのコーヒーは、どちらも環境負荷を下げるという目的の下にあります。
6. 公開されている数字と、確認できない数字
数字の定義が、資料によって変わる
坂ノ途中は情報発信が多い会社ですが、公表される数字を並べると、定義が揃っていない箇所があります。
生産者の数は、2023年から2025年まで「提携生産者 約400軒」で一貫していました。ところが2026年4月のリリースには「全国約1,000軒の有機農家とのつながり」という表現が出てきます。前者は直接仕入れをしている農家の数で、後者はより広いつながりを指しているとみられます。時点だけを見て並べると、1年で2倍以上に増えたように読めてしまいます。
従業員数も同様です。2025年5月の東洋経済の記事では、役員を含む正社員が99名、業務委託やアルバイト、副業者を含めると201名と書かれています。一方、公式サイトの会社概要にはアルバイトを含めて180名程度、別のデータベースには300名程度という数字があります。どれも間違いではなく、数える範囲が違います。
新規就農者の比率も、2019年から2021年の資料では「9割」、2023年以降は「約8割」と表記されています。時点による変化の可能性がありますが、定義の違いによる可能性も残ります。
確認できない数字もある
売上高については、今回の調査で一次資料を確認できませんでした。非上場のため決算が公表されておらず、売上規模を裏付ける資料が見つかりません。
コーヒー事業の開始時期も、資料によって異なります。公式の沿革は2016年10月、別の記述では2014年からとされています。今回は自社の沿革を優先しました。
資金調達のシード時期についても、自社のリリース間で2012年12月と2014年10月の両方の表記が確認できました。
「日本で唯一」「日本初」といった表現も複数見つかりましたが、いずれも自社の説明であり、第三者による検証は確認できませんでした。この記事では使っていません。
ローカルグローススタジオの分析:発信が多いほど、定義を揃える必要が出る
私たちは3章でも触れたターゲットと便益の記事で、相手によって伝える内容が変わることを書きました。上の分析で触れたとおり、坂ノ途中には仕入れ側と売り側という2種類の相手がいます。
数字の定義が揺れる背景には、この相手の多さがあるかもしれません。投資家向けには広いつながりの数を、生産者向けには直接取引の数を、消費者向けには宅配の件数を出すことになります。それぞれの場で適切な数字が、並べると揃わない形になります。
同じ記事では、相手ごとに価値を言葉にすると、訴求や施策を出し分けられるとも書きました。この事例からは、その逆の側面も見えます。相手が増えると出す数字も増え、定義を揃える作業が必要になります。読む側としては、数字を並べる前に定義を確認する必要がある、ということになります。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 自社が出している数字の定義が、資料ごとに揃っているか
- 同じ言葉で、違う範囲を指していないか
- 数字に時点と定義を添えているか
- 過去に出した数字と、今の数字が比較できる形になっているか
- 「日本初」「唯一」といった表現を、第三者の資料で確認できるか
事例から読み取れること
1. 公表される数字の定義が、資料によって変わる
「提携生産者 約400軒」と「有機農家とのつながり約1,000軒」は、同じ生産者の数え方でも範囲が違います。時点だけで並べると誤読につながります。
2. 従業員数の数え方が、資料ごとに異なる
正社員のみか、業務委託を含むかで、99名から300名程度まで開きがあります。どれも誤りではありません。
3. 非上場のため、確認できない数字がある
売上高の一次資料は今回の調査では見つかりませんでした。公表されていない領域があることも、事例を読むときの前提になります。
7. ローカルグローススタジオの視点
冒頭に挙げた7つの観点を、本文で確認した事実で説明し直します。
1. 起業のテーマを決めてから、2年間だけ金融機関に勤めている
小野氏は学生時代に「環境負荷の小さな農業を広げる」というテーマで起業すると決め、そのうえで就職先を「短期間で資金を貯めることができて修行になりそうなところ」という基準で選んでいます。目的が先にあり、経歴が後から設計されている形です。
この順序は、事業の作り方にも表れています。農業をやりたかったのではなく、環境負荷を下げる手段として農業に行き着いたと語られています。目的が先に決まっていると、手段は入れ替えられます。実際、国内の農産物流通から東南アジアのコーヒーまで、扱うものは広がっています。
2. 少量で不安定という条件のほうを、事業の前提に置いている
「農産物は生き物なので、本来は安定供給できるものではない。その大前提が、現在の農産物の流通では忘れられています」という発言が、この事業の設計を端的に表しています。
一般の流通が求める安定供給を満たそうとするのではなく、満たせないままで成立する仕組みを作っています。欠品してもよく、作りすぎても買うという条件を農家に提示し、その条件を出せる根拠として契約農家の多さを挙げています。1つの前提を置き換えたことが、複数の場所に効いている構造として読めます。
3. 取引する相手を「プロ路線」という基準で選んでいる
新規就農者を扱う事業ですが、選ぶ基準は支援の必要性ではありません。「本気で農業で生計を立てていこう、と考えている人を取引先としてます」「お互いプロとして対等な立場でやり取りをしましょう」と語られています。
支援という言葉を使わずに、取引先として対等であることを条件に置いています。事業の相手をどう位置づけるかが、言葉の選び方に出ている例だと言えるかもしれません。
4. 京都を選んだ理由に、発信力と現場との距離を挙げている
「単純に京都が好きだったから。あとは、土地自体に発信力があると考えていたからです」という説明と、「事業の対象者である新規就農者との物理的な距離が近いため、現場感のある事業を作れると思った」という説明の両方があります。
売り側と仕入れ側の両方に、場所が効いています。坂ノ途中の提携生産者は西日本を中心に広がっており、その距離が事業の質につながると語られています。場所の選択が、2つの相手に対して別々の意味を持っている例です。
5. 「小さく美しく」という方針を、8期目に自分で変えている
前職の金融機関での経験から、会社を大きくしない方針で始まっています。それを変えた理由は、真似する会社が出てこなかったことでした。「『良いことだけど大変そうだから自分たちはやらない』という風に思われている気がして」という発言が残っています。
小さく良いことをやれば広がるという想定が外れたときに、他社を待つのではなく自社が大きくなる方を選んでいます。8期目まで外部資本を入れなかったことと合わせて、速度の選び方が公開されている事例です。
6. 生産者に情報を返す仕組みを、後から作っている
数百軒から集めた出荷可能量の情報を、合計や都道府県別の数値として生産者が見られるようにしています。「目隠し運転」という言葉で、それまでの状態が説明されています。
生産者の軒数を増やす取り組みが、仕入れの安定と情報の価値の両方になっています。ただし、この仕組みがどの程度使われているかを外から確認できる資料は見つかりませんでした。仕組みの説明として読める範囲にとどめています。
7. 公表される数字の定義が、資料によって変わる
提携生産者は2023年から2025年まで「約400軒」で一貫していましたが、2026年4月には「有機農家とのつながり約1,000軒」という表現が出てきます。従業員数も、数える範囲によって99名から300名程度まで開きがあります。
いずれも誤りではなく、範囲の違いです。発信の場が増えるほど、出す数字の定義を揃える作業が必要になるという点は、この事例から読み取れる部分です。また、非上場のため売上高は公表されておらず、今回の調査では確認できませんでした。
本事例から見える経営とマーケティングの学び
坂ノ途中の物語は、継ぐ会社も買う会社もない状態から、京都に本社を置いて事業を作った事例として読めます。順序をたどると、次の並びになります。
- 環境負荷を下げるという目的を先に決めた
- その手段として農業を選んだ
- 少量で不安定という条件のほうを前提にした流通を作った
- 家庭向けの定期宅配で売り先を確保した
- 小さいままでは広がらないと判断して外部資本を入れた
- 集めた情報を生産者に返す仕組みを足した
上の分析で触れたとおり、この事例には3つの見方が重なっています。目的が先に決まっていたこと、大手と同じ市場・同じ方法で戦わなかったこと、そして生産者の軒数という積み上げたものが情報の価値にもなったことです。
同時に、この事例は数字の扱いに注意が要る対象でもあります。生産者の数も、従業員数も、資料によって定義が変わります。売上高は公表されていません。発信の多い会社ほど、公開されている数字を並べるだけでは実像に近づけない場合がある、という点も持ち帰れる部分です。
「ビジネス知の機会格差をなくす」という私たちのミッションに向けて、これからも実践的で価値ある情報を発信していきます。この記事の内容について、さらに詳しく知りたい方は、ぜひご連絡ください。

執筆者 : 佐久間 一己 (さくま かずき)
つなぐスタジオ株式会社 代表取締役社長 / ローカルグローススタジオ Director
リクルート営業マネージャーを経て、福井県小浜市で道の駅・古民家ホテルの集客支援と行政の産業6次化に4年携わり、その後ユーザベースFORCAS(現Speeda)カスタマーサクセスマネージャー、スタートアップ執行役員、フィンテック事業責任者を務め、2025年に地方企業向けのマーケティング代理店を設立。BtoB事業でWEBメディアを立ち上げオーガニック流入を3か月で20倍に伸ばすなど、知名度や予算が限られる時期に効くマーケティングと採用の手法を、地方企業の規模に合わせて伴走します。



