ローカルグローススタジオは、『地方企業にスタートアップのような成長を』というテーマで、コンテンツ発信と支援サービスを展開しています。この記事では、実践的なビジネスノウハウを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。
今回取り上げるのは、岩手県盛岡市のベアレン醸造所です。2001年2月に設立され、ドイツから買い付けた古い醸造設備でビールを造っています。代表取締役社長は嶌田洋一氏です。創業の過程は、本人が書いた「ブルワリー建設奮戦記」として公式サイトに残されています。
この記事は、地方でゼロから会社を作った事例を扱う「起業編」の1本です。何を見て始め、最初にお金を払ってくれる相手をどこに置き、その後どの順で資産を積んだかを、継ぐ会社も買う会社もない状態から事業を作った人の判断で読み解きます。
この記事の要約
先にストーリーの全体像です。ベアレン醸造所は2001年2月20日、資本金300万円の有限会社として設立されました。創業したのは木村剛氏と嶌田洋一氏、そしてドイツ人のブラウマイスターであるイヴォ氏の3人です。設備は新品を買わず、ドイツで売りに出ていた醸造所の中古を買い付けました。買った先は1852年創業のゾンネン醸造所で、銅製の仕込み釜は1908年製です。当初は盛岡にあった元レンガ工場を改装する計画でしたが、構造計算の結果、改修では難しいと分かり、既存の建物を取り壊して外観の設計だけを引き継ぐ新築に切り替えています。売り先は県内が中心で、2019年時点の販売構成は県内65%、県外25%、イベント10%、海外1%でした。2019年2月には、黒字で売上も上位だった盛岡駅ビル内の直営店を、働き方改革を理由に閉じています。同じ時期に、残業時間や有給休暇の消化率、経常利益の変化も公表されました。出荷量は東京商工リサーチの集計で、2023年と2024年の1月から8月の累計がいずれも全国4位です。
このストーリーから持ち帰れる観点は、次の7つです。それぞれ本文の章で事実を確認し、最後の7章で説明し直します。
1. 経験がないことを、自分たちで書き残している(1章)
2. 中古設備を買う理由が、途中で経済性から別のものに変わっている(2章)
3. 改装の計画を断念し、外観だけ引き継いで新築に切り替えている(3章)
4. 売り先の6割以上を、県内に置いている(4章)
5. 黒字だった店舗を、働き方改革を理由に閉じている(5章)
6. 働き方の指標と利益の数字を、並べて公表している(5章)
7. 出荷量の順位が、1月から8月の累計によるものである(6章)
各章の末尾に、ローカルグローススタジオの分析と「この事例から考えられること」をまとめています。
参考資料一覧
- ベアレン醸造所 公式サイト 会社概要(設立日、資本金、代表者、本社工場と雫石工場の所在地)
- ベアレン醸造所 公式サイト「ブルワリー建設奮戦記 その1」(創業時の状況、有限会社という形、資本金)
- 同「その3(設備の買い付け-1-)」(ドイツでの設備探し、仕込み釜の確認、伝統についての受け止め)
- 同「その4(設備の買い付け-2-)」(ゾンネン醸造所の設備に決めた経緯)
- 同「その5(設備の輸入)」(通関の手続き)
- 同「その7(事業計画書の作成)」(事業計画書と融資)
- 同「その24(建築編-4-)」(改装から新築への切り替え)
- 株式会社ワーク・ライフバランス 導入事例インタビュー(働き方改革の経緯、駅ビル内店舗の閉店、従業員数、指標の変化)
- 日経ビジネス「名物ビアバー、”働き方改革閉店”〔敗軍の将、兵を語る〕」(2019年。閉店の理由。本文は有料会員限定)
- 東京商工リサーチ データインサイト「地ビール出荷量」(2023年および2024年の1月から8月の累計)
- 盛岡経済新聞、日本経済新聞(2019年4月。雫石第2工場の敷地面積、年産能力)
- 日本貿易振興機構(ジェトロ)活用事例(2019年時点の販売構成)
- gBizINFO(法人番号6400001004086。従業員数、平均継続勤務年数)
数字で見るベアレン醸造所
| 時点 | 数字 | 出典 |
|---|---|---|
| 1852年 | 設備の買い付け先であるゾンネン醸造所(ドイツ)の創業年 | 建設奮戦記 その3 |
| 1908年 | 銅製の仕込み釜の製造年 | 建設奮戦記 その3 |
| 2001年2月20日 | 設立。資本金300万円の有限会社 | 公式会社概要、建設奮戦記 その1 |
| 2002年3月 | 元レンガ工場の改築を断念し、新築の着工へ | 建設奮戦記 その26 |
| 2016年度から2018年度 | 有給休暇の消化率が53%から85%超へ | ワーク・ライフバランス社 導入事例 |
| 2016年度比 | 経常利益 146%増 | 同上 |
| 働き方改革の期間 | 法定外労働時間が前年度比20%減、残業時間が前年比54%減 | 同上 |
| 2017年から2019年頃 | 従業員 正社員40人・パート20人 | 同上(嶌田氏の発言) |
| 2019年2月17日 | 盛岡駅ビル内「ビア&ヴルストベアレン」閉店 | 公式のお知らせ、日経ビジネス |
| 2019年4月 | 雫石第2工場が稼働。敷地約3,000平方メートル、年産能力約500キロリットル(本社工場と合わせて約1,000キロリットル) | 盛岡経済新聞、日本経済新聞 |
| 2019年時点 | 販売構成 県内65%、県外25%、イベント10%、海外1% | ジェトロ活用事例 |
| 2023年1月から8月 | 出荷量580キロリットル(前年同期比9.0%増)、全国4位 | 東京商工リサーチ |
| 2024年1月から8月 | 出荷量585キロリットル、全国4位 | 東京商工リサーチ |
| 2026年9月時点 | 資本金2,375万円。本社工場は盛岡市北山、雫石工場は岩手郡雫石町 | 公式会社概要 |
数字の読み方を、先に3点断っておきます。1つは、出荷量の順位です。580キロリットルと585キロリットルは、いずれも1月から8月の累計であり、通年の出荷量ではありません。年間出荷量として扱うと事実と違ってきます。2つ目は、従業員数です。資料によって32名、正社員40人とパート20人、52名と幅があり、いずれも時点の表記がはっきりしません。この記事では出典と、分かる範囲の時期を添えています。3つ目は、創業者の経歴です。紹介記事で見かける入社年や生年については、今回の調査で一次資料を確認できなかったため、この記事では書いていません。
1. 何も分からないところから始まった
「これはどうやってやるんだろう?」
ベアレン醸造所の創業の過程は、嶌田洋一氏自身が「ブルワリー建設奮戦記」として公式サイトに書き残しています。その最初の回に、当時の状態が率直に書かれています。
「キムラとシマダは、普通に高校、大学を出て、企業に就職してというよくある道を歩んできました。少なくとも、幼い頃より将来独立しようと思って、経験を積んできていませんので、『はて独立はしたがこれはどうやってやるんだろう?』ということが多々あるわけです」
準備してきた人ではなかった、という書き方です。創業の記録が、こうした状態から書き始められています。
有限会社という形と、300万円
会社の形についても、理由が書かれています。
「さて、私たちの会社は有限会社ですが、株式会社と違って有限会社はなにが違うのか、つまり何かに限りがある訳ですが、それは出資者の人数です。(中略)設立時の資本金300万円は、有限会社設立の最低限の金額で、株式会社設立には最低1000万円が必要です。(中略)私たちにはスポンサーは付いておりませんので、当初大きな金額を用意する事ができなかったのです」
当時の制度では、株式会社の設立に最低1,000万円が必要でした。300万円という金額は、用意できる範囲から決まっています。会社の形を、理想からではなく手元の資金から選んだことが書かれています。
事業計画書が唯一の保証だった
資金の作り方についても記録があります。
「事業をはじめるにあたり最初につくったのが『事業計画書』です。これから始めようとする事業の概要をまとめたものですが、さしあたりは銀行などからの融資を受ける際の説明の資料となります。とりわけ私たちのようにまったく実績の無い会社の場合、事業計画書の内容によって融資が受けられるかどうか決まるといった具合ですので、『事業計画書』が唯一の保証ということになります」
実績がない状態では事業計画書が唯一の材料になるという認識が、当時の記録として残っています。
ローカルグローススタジオの分析:記録そのものが、後から資産になっている
私たちは顧客獲得コストを下げるには「ストック>フロー」を意識しようという記事で、広告のように止めれば効果が消えるフロー型と、一度作れば効き続けるストック型を分けて考えるという考え方を書きました。
ベアレン醸造所の「ブルワリー建設奮戦記」は、事業の宣伝として書かれたものではありません。設備の探し方、通関の手続き、建物の構造計算まで、実務の細部が並んでいます。読む側にとっては、同じことをやろうとしたときの手順書に近い内容です。
同じ記事では、ストック型は積み上がるまで時間がかかる分、積み上がれば効き続けるとも書きました。この記録は、創業のその時にしか書けない内容です。後から思い出して整理したものではなく、進んでいる最中の判断が残っています。分からないまま進んだ状態も含めて書かれている点が、この記録の性質を作っています。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 創業や新規事業の過程を、記録に残しているか
- 分からなかったことも、そのまま書けているか
- 会社の形を、資金の制約から選んだ経緯を説明できるか
- 実績がない段階で、何を材料に信用を得たか
- その記録が、後から読める場所にあるか
事例から読み取れること
1. 経験がないことを、自分たちで書き残している
「はて独立はしたがこれはどうやってやるんだろう?」という状態が、公式サイトの記録に残っています。準備してきた人としては書かれていません。
2. 会社の形が、手元の資金から決まっている
株式会社の設立には当時1,000万円が必要でした。300万円という金額から、有限会社という形が選ばれています。
3. 実績がない段階の材料が、事業計画書だった
「事業計画書が唯一の保証ということになります」と書かれています。信用の作り方が明示されています。
2. ドイツで、中古の設備を買う
売りに出ている醸造所を探した
設備は、新品ではなくドイツの中古を買っています。探し方も記録に残っています。
「ドイツ人ブルーマスターのイヴォが売りに出ている醸造所を現地に問い合わせたところ何件もの紹介がありました。さすがはドイツだけあってビールの醸造に関するネットワークがしっかりしていてこういった情報もよく入ってきます。そのなかで5つほど使えそうな規模の醸造所があり昨年の4月に現地へみにいくことにしました」
創業メンバーの1人がドイツ人であることが、この探し方を可能にしています。現地のネットワークがあるかどうかで、選べる選択肢の数が変わります。
現地での確認も、具体的です。
「さっそく仕込釜の中をチェック、イヴォは釜の中に入りプラスチックハンマーで釜の底をたたいて音を調べます。ゴンゴンという低い音がします。底が薄いとボコボコという音がしますが、これは大丈夫」
中古の設備を買うときに、何をどう見るかが書かれています。
買う理由が、途中で変わっている
最初の動機は、費用でした。ところが現地を回るうちに、別の理由が加わったことが書かれています。
「という話をオーナーの奥さんが涙ながらに話すのを聞いて、なんか日本の職人さん一家みたいだなとおもいつつ、貴重な伝統が失われていく寂しさも感じました。(中略)最初は、単に経済的な理由から中古の設備をもってこようと思ったわけですが、古い醸造所を見てまわっているうちに失われつつある伝統を(日本という外国の地ではありますが)残していくことも意味のあることなんじゃないかと考えながらこの醸造所を後にしたのでした」
安く済ませるための選択が、続いてきたものを引き受ける選択に変わっています。同じ行動の意味づけが、現地で変わったことが記録されています。
決まり方も、記録に残っている
どの設備にするかは、状態で決まりました。
「結局最初に見たゾンネン醸造所の設備が古いながらも一番状態が良く、これを使おうということになりました。ところがちょうど我々が行った同じ日の午後にフランス人もこの醸造所に来てぜひ買い取りたいということになったそうですが、我々のほうが一足早かったということでこの設備は日本に来ることになったのでした」
ゾンネン醸造所は1852年の創業で、銅製の仕込み釜は1908年製です。買えたかどうかは、半日の差でした。
輸入の手続きも、事前に調べている
設備を日本へ運ぶ段階の記録もあります。
「通関手続きは基本的には個人でも可能とのことでしたが、通関や貨物の引渡しにそれなりの知識が必要なので通関業者さんに依頼することにしました。(中略)通関業者さんから、『輸入の実績のない会社だと税関検査といってコンテナの中身を全部取り出して調べるかもしれない』との話がありました。(中略)検査にかかる費用はすべて輸入する人が負担するとのこと」
実績がない会社であることが、輸入の段階でも条件として効いてくることが書かれています。
ローカルグローススタジオの分析:買えたものが、他社と違う条件になっている
私たちは地方企業やスタートアップに共通する、低リソース・ブランド無しの戦わない戦略という記事で、資源で劣る側が正面から競わない方法について書きました。
新品の設備を揃えれば、資金の量がそのまま設備の規模になります。資金で劣る側が同じ土俵に立つのは難しくなります。ベアレン醸造所は、中古を買うことで初期の費用を抑えました。ここまでは費用の話です。
同じ記事では、大手にはできない独自の手法を選ぶと書きました。この事例では、1908年製の銅の釜という設備が、後にその会社の説明そのものになっています。同じ設備は市場に出てきません。費用を抑えるために選んだものが、他社が同じものを買えない条件にもなっている形です。ただし、この形が成り立ったのは、現地のネットワークを持つ人が創業メンバーにいたためでもあります。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 設備や資産を、新品以外の選択肢から探したことがあるか
- その探し方を可能にしている人が、社内にいるか
- 中古を見るときの確認の手順を、持っているか
- 費用のために選んだものが、別の意味を持っていないか
- 実績がないことが、どの段階で条件になるかを把握しているか
事例から読み取れること
1. 設備を、ドイツの中古から買っている
現地のネットワークを持つ創業メンバーがいたことで、売りに出ている醸造所の情報が集まりました。
2. 買う理由が、途中で経済性から別のものに変わっている
費用のためだった選択が、続いてきたものを引き受ける選択として語り直されています。意味づけが変わった経緯が記録されています。
3. 実績のなさが、輸入の段階でも条件になっている
「輸入の実績のない会社だと税関検査といって…」という説明を受けたことが書かれています。
3. 改装をやめて、外観だけ引き継いだ
構造計算の結果、計画が変わった
盛岡での建屋は、元レンガ工場を改装する計画から始まりました。ところが、その計画は途中で変わっています。
「実際に構造計算等詳しく検討してみると、かなりの部分改修が必要になり、また地盤の関係から基礎工事も必要と言うことになりました。こうなるとまったく一から建設と言うことにならざるを得ません。そこで既存の建物は取り壊し、今までの外観の設計は変えずに新たに構造部分からの建設工事を行うことになりました」
改修の範囲が広がり、基礎工事も必要になった結果、新築のほうが現実的になったという判断です。2002年3月、既存の建物の取り壊しと新築の着工が進みます。
引き継がれたのは、外観の設計でした。レンガ積みの見た目は残り、構造は新しくなっています。
「改装」と紹介されることがある
この経緯があるため、ベアレン醸造所を「元レンガ工場を改装した建屋」と説明する記述と、実際に建ったものには差があります。当初の計画としては改装でしたが、竣工したのは新築です。この記事では、経緯を含めて書いています。
ローカルグローススタジオの分析:途中で計画を変えた記録が残っている
私たちは1章でも触れたストックの記事で、一度作ったものが効き続けることを書きました。
この建屋の経緯は、うまくいった話ではありません。当初の計画が成立しないと分かり、費用も工程も変わった場面です。それでも記録には残っています。
同じ記事では、ストック型は積み上がるまで時間がかかる分、積み上がれば効き続けるとも書きました。うまくいかなかった判断を書き残すことは、意図しないと起きません。ベアレン醸造所の記録には、輸入の検査費用の話も、構造計算の結果も入っています。都合のよい部分だけを残す形になっていないことが、この記録の性質を作っています。
読む側としては、こうした記録があることで、公開されている説明との差を確認できます。「改装」という紹介と、実際が新築であることの違いが分かるのも、この記録があるためです。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 途中で変えた計画を、記録に残しているか
- 当初の意図と、実際にできたものの違いを説明できるか
- 外から紹介される表現が、実際と一致しているか
- うまくいかなかった判断を、書き残しているか
- 引き継いだ部分と、作り直した部分を分けられるか
事例から読み取れること
1. 改装の計画を断念し、外観だけ引き継いで新築に切り替えている
構造計算と地盤の条件から、改修では難しいと判断されました。外観の設計は変えずに、構造から新しく建てています。
2. 紹介される表現と、実際に差がある
「元レンガ工場を改装した建屋」という説明が使われることがありますが、実際に竣工したのは新築です。
3. うまくいかなかった判断も、記録に入っている
計画の変更や、輸入時の検査費用の話まで書かれています。都合のよい部分だけを残す形になっていません。
4. 盛岡で売るという構成
販売の6割以上が県内
2019年時点の販売構成は、県内65%、県外25%、イベント10%、海外1%でした。当時、10年で海外を10%にするという目標も語られています。
売上の中心が県内にあるという構成です。全国に広く出すのではなく、地元での比率が高い形になっています。
直営の店とイベント
ベアレン醸造所は、直営の飲食店も運営してきました。2008年に材木町の1号店、2010年に中ノ橋の2号店、2017年に菜園のマイクロブルワリーのリニューアルと、店舗が増えています。作ったビールを自分たちの店で出す形です。
イベントも続けています。オクトーバーフェストは、例年およそ2,000人が来場すると発表されています。
工場を増やした
2019年4月には、雫石町に第2工場が稼働しました。敷地はおよそ3,000平方メートル、年産能力はおよそ500キロリットルです。本社工場と合わせると、およそ1,000キロリットルになります。
出荷量は、東京商工リサーチの集計で2023年と2024年の1月から8月の累計がいずれも全国4位です。580キロリットル、585キロリットルという数字が示されています。
ローカルグローススタジオの分析:近い相手から積み上げる形
私たちはターゲットと便益を5-10パターンに整理するという記事で、同じサービスでも相手によって得られる価値が違うため、誰に、何を、どんな独自性で届けるかを相手ごとに整理するという考え方を書きました。
ベアレン醸造所の販売構成は、県内が65%です。直営の店とイベントは、いずれも地元で人が集まる場所になります。作ったものを、近い場所で売り、その場所で人が集まる形です。
同じ記事では、相手ごとに価値を言葉にすると、訴求や施策を出し分けられるとも書きました。この事例では、相手が地元にいることで、直営店とイベントという打ち手がつながります。全国に広く売る形であれば、卸と物流が中心になり、店やイベントの位置づけは変わります。誰に売るかが、どこに投資するかを決めている例として読めるかもしれません。
なお、海外の比率は2019年時点で1%です。目標として10%が語られていますが、その後の推移を示す資料は今回の調査では確認できませんでした。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 販売の構成を、地域別に把握しているか
- 売り先が近いことが、打ち手を変えていないか
- 自社で売る場所を、持っているか
- 人が集まる機会を、定期的に作っているか
- 目標として掲げた比率の、その後を追えているか
事例から読み取れること
1. 売り先の6割以上を、県内に置いている
2019年時点で県内65%、県外25%という構成です。全国に広く売る形とは違います。
2. 直営の店とイベントが、売り先の近さとつながっている
作ったものを自分たちの店で出し、地元でイベントを開く形です。相手が近いことが打ち手を決めています。
3. 生産の能力を、段階的に増やしている
2019年4月に雫石の第2工場が稼働し、本社工場と合わせて年産およそ1,000キロリットルになりました。
5. 黒字の店を閉じた
売上が上位だった店舗を閉店した
2019年2月17日、ベアレン醸造所は盛岡駅ビル内の直営店「ビア&ヴルストベアレン」を閉じました。
この店舗は黒字で、同社の飲食店の中でも売上が上位でした。閉店の理由は、業績ではありません。
「ベアレン醸造所は、盛岡駅ビル内の自社運営飲食店『ビア&ヴルストベアレン』を2019年2月17日で閉じた。この店舗は黒字経営で、同社の飲食店の中でもトップクラスの売上を誇っていた。(中略)閉店の理由は『働き方改革』の一環。長時間営業と無休営業の体制が続く中で、人繰りに苦心しており、このビジネスモデルを続けることが難しいと判断された」
駅ビル内という立地は、営業時間と休業日が施設の条件に左右されます。長時間かつ無休という形が続いたことで、人の配置が難しくなったという説明です。
一体感というジレンマもあった
閉店の判断について、当時専務取締役だった嶌田氏の説明が残っています。
「全社会議をやっても駅前店のスタッフは参加できないので、一体感を大切にしてきた社風なのにこれでいいのか?というジレンマもありました。閉店を決めたこと自体は、”働き方改革のために”という意味ではそれほど特別なことだとは思っていません。でもかなりのインパクトがあったようなので、世間にも社員にも、そしてお客様にも”そこまでやるのか!本気なんだな”というのは伝わったのかなと思います」
営業時間の問題だけでなく、全社の会議に参加できないという点も挙げられています。働き方の話と、組織の一体感の話が、同じ判断の中に入っています。
現場との進め方についても、説明があります。
「レストラン部門は”おいしいものを作るために残業も仕方ない”という雰囲気があって。それをやめてほしいとは言いませんでしたが、それでは話が進まないので、暇な時間に夜や翌日の仕込みを同時にできない?本当にムダなことはないのかな?という話はしました」
考え方そのものを否定するのではなく、作業の組み替えから入る進め方です。
数字も並べて出している
働き方の変化については、数字も公表されています。法定外の労働時間は前年度比で20%減、残業時間は前年比で54%減になり、有給休暇の消化率は2016年の53%から2018年度には85%超になりました。同じ期間に、経常利益は2016年度比で146%増と示されています。
労働時間の指標と、利益の指標が並べて出されている形です。
従業員についても、当時の説明があります。
「会社を立ち上げた当初は社長の木村と私、ドイツ人ブラウマイスターの3人だけでしたが、今では正社員40人、パート20人です。女性スタッフの育休や介護のための休暇はもちろん、男性育休の取得率も100%をめざしています」
ローカルグローススタジオの分析:働く条件が、採用と定着に効いてくる
私たちはマネジメントとは、今のリソースでやりくりすること、リソース調達力を上げること。バフ人材とデバフ人材を見極める。という記事で、地方企業やスタートアップが人を引きつけるには高い報酬だけに頼れないため、ビジョンを言葉にして発信し続けることが要ると書きました。
ベアレン醸造所が黒字の店舗を閉じた判断は、この観点から読めます。閉店によって売上は減ります。その代わりに、長時間営業と無休の体制がなくなり、全社の会議に全員が参加できる形に近づきました。
同じ記事では、ビジョンに共感する人は報酬条件が最高でなくても働く意義を見出すとも書きました。この事例では、黒字の店を閉じたという事実そのものが、社内外へのメッセージとして働いたと本人が述べています。「そこまでやるのか!本気なんだな」という受け止めについての説明です。何を言うかではなく、何をやめたかが伝わる形になっています。
ただし、この判断が採用や定着にどう効いたかを示す数字は、今回の調査では確認できませんでした。労働時間と利益の数字は公表されている一方、離職率や応募数の変化は分かりません。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 黒字の事業を、業績以外の理由で見直したことがあるか
- 立地や施設の条件が、働き方を決めていないか
- 全社の会議に、全員が参加できる形になっているか
- 労働時間の指標と、利益の指標を並べて見ているか
- 方針を、言葉ではなく行動で示したことがあるか
事例から読み取れること
1. 黒字だった店舗を、働き方改革を理由に閉じている
売上が上位の店舗を、業績ではなく人繰りと働き方を理由に閉じています。判断の理由が公表されています。
2. 働き方の指標と利益の数字を、並べて公表している
残業時間54%減、有給消化率53%から85%超、経常利益146%増という数字が、同じ場所で示されています。
3. 現場への進め方が、否定から入っていない
「残業も仕方ない」という雰囲気を否定せず、作業の組み替えから話を始めたと説明されています。
6. 公開されている数字と、その読み方
出荷量の順位は、1月から8月の累計
ベアレン醸造所について語られる数字のうち、扱いに注意が要るのが出荷量です。東京商工リサーチの集計では、2023年が580キロリットル(前年同期比9.0%増)、2024年が585キロリットルで、いずれも全国4位です。
ただし、この統計はどちらも1月から8月の累計です。通年の出荷量ではありません。年間の数字として扱うと、実際とは違ってきます。
従業員数に幅がある
従業員数は、資料によって異なります。雫石町役場の社員インタビューでは32名、ワーク・ライフバランス社の導入事例では正社員40人とパート20人、gBizINFOでは52名(男性30人・女性22人、平均継続勤務年数は男性8.2年・女性5.7年)です。
いずれも時点の表記がはっきりしません。数える範囲が違う可能性もあります。この記事では、それぞれの出典を添えています。
店舗の数は動いている
直営の店舗も、時期によって変わっています。2008年に材木町の1号店、2010年に中ノ橋の2号店、2017年に菜園のマイクロブルワリーのリニューアル、2019年に盛岡駅ビル内の店舗の閉店という経緯があります。現在の店舗数には、いつ時点かが添えられていないと読み違いが起きます。今回の調査では、2026年時点の正式な店舗一覧を確認できなかったため、この記事では店舗数を書いていません。
確認できなかった事項
創業者の経歴として紹介されることのある入社年や生年についても、今回の資料では裏付けを確認できませんでした。この記事では書いていません。
「日本で唯一」といった表現も、今回の資料には見当たりませんでした。1908年製の設備という事実と、その唯一性を示す資料は別のものです。この記事では、設備の年代と出所だけを書いています。
ローカルグローススタジオの分析:記録が細かい会社にも、外の数字は別に見る
私たちは3章でも触れたストックの記事で、一度作ったものが効き続けることを書きました。
ベアレン醸造所は、創業の過程を細かく書き残している会社です。設備の探し方も、輸入の手続きも、計画の変更も残っています。その意味では、確認しやすい対象です。
一方で、出荷量の順位や従業員数といった数字は、外部の集計や別の媒体から来ています。自社の記録が細かいことと、外に出ている数字が正確に読まれることは、別のことになります。順位が1月から8月の累計であることは、元の統計を見なければ分かりません。
読む側としては、自社が書いたものと、外部の集計を分けて扱うことになります。この記事で出典を1つずつ添えているのは、この理由によります。
この事例から考えられること
照らし合わせてみる項目
- 外部の集計に載った数字の、集計期間を確認しているか
- 順位や比率が、どの範囲のものかを把握しているか
- 従業員数を、どの範囲で数えているかを明示しているか
- 店舗数や拠点数に、時点を添えているか
- 自社の記録と、外部の数字を分けて扱えているか
事例から読み取れること
1. 出荷量の順位が、1月から8月の累計によるものである
580キロリットル、585キロリットルという数字は、通年ではありません。年間の出荷量として扱うと違ってきます。
2. 従業員数に、資料による幅がある
32名、正社員40人とパート20人、52名と分かれています。時点と範囲がはっきりしない状態です。
3. 自社の記録が細かくても、外の数字は別に確認が要る
創業の記録は詳しい一方、順位や従業員数は外部の集計や別の媒体から来ています。
7. ローカルグローススタジオの視点
冒頭に挙げた7つの観点を、本文で確認した事実で説明し直します。
1. 経験がないことを、自分たちで書き残している
「はて独立はしたがこれはどうやってやるんだろう?」という状態が、公式サイトの「ブルワリー建設奮戦記」に書かれています。準備してきた人としてではなく、分からないまま進んだ状態として記録されています。
会社の形も、手元の資金から決まっています。当時、株式会社の設立には最低1,000万円が必要でした。用意できたのが300万円だったため、有限会社という形が選ばれています。実績がない段階での信用の材料は、事業計画書だったと書かれています。
2. 中古設備を買う理由が、途中で経済性から別のものに変わっている
ドイツで売りに出ていた醸造所を回り、状態を確認して選んでいます。銅の仕込み釜をハンマーで叩いて音を確かめる場面まで記録されています。
当初の動機は費用でした。ところが現地で「失われつつある伝統を…残していくことも意味のあることなんじゃないか」と考えるようになったと書かれています。同じ行動の意味づけが、現地で変わったことが残っています。買えたのは1852年創業のゾンネン醸造所の設備で、決まったのは半日の差でした。
3. 改装の計画を断念し、外観だけ引き継いで新築に切り替えている
盛岡の元レンガ工場を改装する計画でしたが、構造計算と地盤の条件から、改修では難しいと判断されました。2002年3月、既存の建物を取り壊し、外観の設計を変えずに構造から建て直しています。
この経緯があるため、「元レンガ工場を改装した建屋」という紹介と、実際に建ったものには差があります。うまくいかなかった判断が記録に残っていることで、この差を確認できます。
4. 売り先の6割以上を、県内に置いている
2019年時点の販売構成は県内65%、県外25%、イベント10%、海外1%でした。直営の店とイベントは、いずれも地元で人が集まる場所になります。
相手が近いことが、どこに投資するかを決めています。全国に広く売る形であれば、卸と物流が中心になり、店やイベントの位置づけは変わります。生産の側も、2019年4月に雫石の第2工場が稼働し、本社工場と合わせて年産およそ1,000キロリットルになりました。
5. 黒字だった店舗を、働き方改革を理由に閉じている
2019年2月、盛岡駅ビル内の直営店を閉じました。この店舗は黒字で、売上も上位でした。理由は業績ではなく、長時間営業と無休の体制による人繰りの難しさです。
「全社会議をやっても駅前店のスタッフは参加できないので、一体感を大切にしてきた社風なのにこれでいいのか?というジレンマもありました」という説明も残っています。働き方の話と、組織の一体感の話が、同じ判断の中に入っています。方針を言葉ではなく行動で示した形として、本人も受け止めを語っています。
6. 働き方の指標と利益の数字を、並べて公表している
法定外の労働時間は前年度比20%減、残業時間は前年比54%減、有給休暇の消化率は2016年の53%から2018年度に85%超になりました。同じ期間の経常利益は2016年度比146%増です。
労働時間と利益が同じ場所に並んでいます。現場への進め方も、「残業も仕方ない」という雰囲気を否定するのではなく、作業の組み替えから始めたと説明されています。ただし、この判断が採用や定着にどう効いたかを示す数字は、今回の調査では確認できませんでした。
7. 出荷量の順位が、1月から8月の累計によるものである
東京商工リサーチの集計で、2023年が580キロリットル、2024年が585キロリットルで、いずれも全国4位です。どちらも1月から8月の累計であり、通年の出荷量ではありません。
従業員数も、資料によって32名、正社員40人とパート20人、52名と分かれています。創業の記録は細かく残っている会社ですが、外部の集計から来た数字は別に確認する必要がある、という点が読み取れます。
本事例から見える経営とマーケティングの学び
ベアレン醸造所の物語は、継ぐ会社も買う会社もない状態から、盛岡で事業を作った事例として読めます。順序をたどると、次の並びになります。
- 経験がないところから始めた
- ドイツで中古の設備を買った
- 改装の計画を新築に切り替えた
- 県内を中心に売った
- 直営の店とイベントで人が集まる場を作った
- 黒字の店を働き方の理由で閉じた
上の分析で触れたとおり、この事例には4つの見方が重なっています。創業の記録そのものが積み上げになっていること、費用のために選んだ設備が他社と違う条件になったこと、売り先の近さが打ち手を決めたこと、そして働く条件を変えるために売上を手放したことです。
同時に、この事例は自社の記録と外部の数字を分けて読む必要がある対象でもあります。創業の過程は細かく残っている一方、出荷量の順位は1月から8月の累計で、従業員数は資料によって幅があります。記録が丁寧な会社であっても、外に出ている数字は別に確認する、という点も持ち帰れる部分です。
「ビジネス知の機会格差をなくす」という私たちのミッションに向けて、これからも実践的で価値ある情報を発信していきます。この記事の内容について、さらに詳しく知りたい方は、ぜひご連絡ください。

執筆者 : 佐久間 一己 (さくま かずき)
つなぐスタジオ株式会社 代表取締役社長 / ローカルグローススタジオ Director
リクルート営業マネージャーを経て、福井県小浜市で道の駅・古民家ホテルの集客支援と行政の産業6次化に4年携わり、その後ユーザベースFORCAS(現Speeda)カスタマーサクセスマネージャー、スタートアップ執行役員、フィンテック事業責任者を務め、2025年に地方企業向けのマーケティング代理店を設立。BtoB事業でWEBメディアを立ち上げオーガニック流入を3か月で20倍に伸ばすなど、知名度や予算が限られる時期に効くマーケティングと採用の手法を、地方企業の規模に合わせて伴走します。


