先進企業に学ぶ(起業編) – 株式会社ヘラルボニー|「かわいそう」を壊すために、双子が岩手で作ったアートのライセンス事業

ローカルグローススタジオは、『地方企業にスタートアップのような成長を』というテーマで、コンテンツ発信と支援サービスを展開しています。この記事では、実践的なビジネスノウハウを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。

今回取り上げるのは、岩手県盛岡市の株式会社ヘラルボニーです。松田崇弥氏と松田文登氏の双子の兄弟が2018年7月に設立し、知的障害のある作家のアート作品を著作権として預かり、企業とのライセンス契約を仲介して作家に使用料を還元する事業を営んでいます。ミッションは「異彩を、放て。」です。

この記事は、地方でゼロから会社を作った事例を扱う「起業編」の1本です。何を見て始め、最初にお金を払ってくれる相手をどこに置き、その後どの順で資産を積んだかを、継ぐ会社も買う会社もない状態から事業を作った人の判断で読み解きます。

この記事の要約

先にストーリーの全体像です。松田崇弥氏と文登氏には、4歳上の兄・翔太氏がいます。重度の知的障害と自閉症があり、周囲から「かわいそう」と言われ続けてきました。2人はその見られ方そのものを変えたいと考え、2018年7月、岩手県で会社を設立します。選んだ手段は福祉ではなくブランドでした。知的障害のある人が描いたアートを作品として預かり、企業との契約を仲介し、使用料を作家に返す。就労継続支援B型事業所の平均工賃が月額1万5,776円という状況に対して、資本主義の枠組みの中で作家が稼げる仕組みを作るという設計です。社名は、兄が7歳の頃に自由帳へ書いた意味の分からない言葉から取りました。2023年12月に共同代表制へ移行し、2024年5月にはLVMHのイノベーションアワードで部門賞を受賞、同年にはパリへ子会社を設立しています。2025年3月に盛岡の百貨店へ旗艦店を開き、2026年1月には財団を設立しました。作家への年間ロイヤリティの総額は、直近の発表で過去4年に25.5倍となっています。

このストーリーから持ち帰れる観点は、次の7つです。それぞれ本文の章で事実を確認し、最後の7章で説明し直します。

1. 創業の起点が、身内について言われ続けた言葉だった(1章)

2. 福祉ではなくブランドという言葉を、意図して選んでいる(2章)

3. 作家に返る金額を、時点ごとに数字で公表している(2章)

4. 地元の友人が「格好いい」と言うものから逆算している(3章)

5. 海外は、行った本人が確信した後に組織が動いている(4章)

6. 創業地に旗艦店と財団を置いている(5章)

7. 自社発表と第三者の資料で、確認できる範囲が違う(全体)

各章の末尾に、ローカルグローススタジオの分析と「この事例から考えられること」をまとめています。

参考資料一覧

数字で見るヘラルボニー

時点数字出典
2018年7月24日株式会社ヘラルボニー設立公式リリース
2020年8月資本金50万円(現在は3,000万円)公式リリース、会社概要
令和2年度就労継続支援B型事業所の平均工賃 月額15,776円厚生労働省
2023年12月4日松田文登氏が代表取締役Co-CEOに就任し、共同代表制へ移行公式発表
2023年12月時点作家への年間ライセンス使用料が、過去2年で8.7倍公式リリース
2024年5月LVMH Innovation Award 2024 の部門賞を受賞(世界1,545社の応募からファイナリスト18社)LVMH公式、公式リリース
2024年7月フランスに子会社 HERALBONY EUROPE を設立会社概要のボイラープレート
2024年6月期純利益マイナス1億2,728万1,000円、総資産7億3,982万4,000円(売上高は非開示)官報 決算公告
2025年1月31日契約作家243名、国内54施設・海外4施設。作家報酬が過去3年で15.6倍公式リリース
2025年3月盛岡・川徳百貨店に旗艦店「HERALBONY ISAI PARK」を開業岩手日報、河北新報
2025年3月松田崇弥氏・松田文登氏が芸術選奨 文部科学大臣新人賞(芸術振興部門)を受賞文化庁
2025年6月カンヌライオンズ「Glass: The Lion for Change」ゴールドを受賞公式リリース
2025年12月時点契約作家293名以上、79施設。年間ロイヤリティ総額が過去4年で25.5倍公式リリース(2026年1月7日)
2026年通年契約アート作品 2,000点以上会社概要のボイラープレート
2026年8月14日「ヘラルボニー100年史 MUSEUM」を盛岡市に開館公式リリース

数字の読み方を、先に3点断っておきます。1つは、作品点数と作家数の粒度が違うことです。「2,000点以上」は会社概要に載る丸めた表現で、「293名・79施設」は個別のリリースに出た実数です。時点をそろえないと矛盾して見えるため、この記事では両方に時点を添えています。2つ目は、資金調達の金額が公表されていないことです。2020年から2025年まで4回のラウンドがありますが、いずれも金額は非公開です。3つ目は、売上高が公開されていないことです。官報の決算公告でも売上高は非開示のため、この記事では売上の数字を使いません。

1. 「兄貴の分まで生きろ」と言われ続けた双子

兄がいることで、言われ続けた言葉があった

松田崇弥氏と松田文登氏は双子です。4歳上に、重度の知的障害と自閉症のある兄・翔太氏がいます。創業の動機は、この兄をめぐって周囲から言われ続けた言葉にありました。

「双子の4つ上の兄が自閉症という先天性の知的障害を持っていました。(中略)親戚のおじさんとかからも『お前ら兄貴の分まで一生懸命生きろよ』と謎に言われたりしていて。兄貴も楽しく生きてるのに『かわいそう』というイメージが共通認識になっているのが違うんじゃないかと思って、そのイメージを破壊したい」

もう1人も、同じ経験を語っています。

「一歩外に出ると『障害者』という枠組みで見られ、地元の同級生に馬鹿にされたり、親戚から『兄貴の分まで生きろ』と言われたりすることに、強いバイアスや気持ち悪さを感じていました。欠落の対象として見られるイメージを変えたいと思い、起業しました」

課題は、制度の不備でも市場の空白でもありません。兄を「かわいそう」と見る目そのものでした。

後年、受賞のインタビューでは、その兄への受け止め方も語られています。

「4歳上の自閉症・知的障害のある兄がきっかけで会社を設立しているので、兄を通じて本当に色々な経験(幸せなことも、難しい瞬間も)をさせてもらい、人生に彩りを与えてくれたことに感謝しています」

アートを、出会いの入口にした

見られ方を変えるという課題に対して、選んだ手段がアートでした。

「僕ら双子の4才上の兄が重度の知的障害と自閉症を持っているのですが、周囲から『かわいそう』と言われていたなと思い出していく中で、アートというフィルタを通じて障害のある方との出会いを創っていくことが、美しい形での啓発機能を持つようになるのではないかと思ったんです」

啓発を目的にした活動ではなく、アートを通じた出会いを作れば結果として見られ方が変わる、という順序です。

社名は、兄が7歳のときに書いた言葉

社名の由来も、兄にあります。

「『ヘラルボニー』という会社名は、自閉症の上の兄が自由帳に書いていた謎の言葉が由来です。ネットで検索しても0件で、兄にとって意味のある言葉だったのだろうと思い、彼らの心の中にある言語化できない面白いものを企画・提示していきたいと思って名付けました」

公式の会社概要にも、同じ説明が載っています。

社名である「ヘラルボニー」は、知的障害のある両代表の兄・松田翔太が7歳の頃自由帳に記した謎の言葉です。「一見意味がないと思われるものを世の中に新しい価値として創出したい」という意味を込めています。

── ヘラルボニー 会社概要

意味の分からない言葉を、意味がないものとして扱わないという点で、会社の名前そのものが事業の主張と同じ形をしています。

ローカルグローススタジオの分析:何のための事業かが、事業の形より先にある

私たちは間違ってはいけない戦略の順番|ビジョン→事業→商品→営業→組織という記事で、戦略には順番があり、最初に「何のために事業をやるか」を決めるという考え方を書きました。手元にある資源から考え始めると、その延長線しか出てきません。

ヘラルボニーを読み解くと、最初に決まっているのは「障害を欠落として見る目を変える」という目的で、私たちが記事に書いた順番と同じ考えが表れています。アートのライセンス事業も、アパレルも、ホテルの空間装飾も、旗艦店も、すべてこの目的からの手段になっています。事業の種類が増えても、扱っている問いは1つのままです。

同記事では、「何のために」が決まっていれば、その下の判断が速くなるとも書きました。ヘラルボニーの場合、その基準は「福祉の文脈で語られるかどうか」です。次の章で見るとおり、支援として扱われる形を意図して避けています。目的が明確な分、避けるべき形もはっきりしています。

この事例から考えられること

照らし合わせてみる項目

  • 自社の事業が、どの課題を解くために始まったかを説明できるか
  • その課題が、創業者の個人的な経験と結びついているか
  • 課題に対する手段を、業界の定石以外からも探したか
  • 社名やブランド名が、事業の主張と結びついているか
  • 自社が避けたい語られ方を、言葉にできているか

事例から読み取れること

1. 創業の起点が、身内について言われ続けた言葉だった

「兄貴の分まで生きろ」という言葉を、双子の2人ともが別々の取材で語っています。市場の空白でも制度の不備でもなく、自分たちが受け取り続けた言葉が起点になっている例です。

2. 啓発ではなく、出会いを作る手段を選んでいる

アートを「啓発機能」として位置づけたうえで、直接の啓発活動ではなく作品との出会いを作る方法を取りました。目的と手段の距離の取り方として読めます。

3. 社名が、事業の主張と同じ形をしている

意味の分からない言葉を社名にすることと、意味がないとされるものに価値を見出す事業は、同じ構造をしています。名前が説明の役割を果たしている例です。

2. 福祉ではなく、ブランドという言葉を選んだ

支援で語られる形を、避けている

ヘラルボニーが繰り返し語ってきたのが、福祉の文脈から出るという判断です。

「日本だと『彼らが書いているから応援しましょう』という福祉・支援の文脈が先に来てしまう法律・目線があり、そこを変えていきたい」

同じ考え方が、商品の作り方にも及んでいます。

「兄も就労継続支援施設で働いていて、施設の方々はよくしてくださっていますが、もらえる報酬だけで暮らすことはできません。(中略)私たちは『福祉』の枠組みで考えるのではなく、本物志向の『MADE IN JAPAN』のブランドを目指そう。職人の技術を生かした最高のものづくりをしよう、と。まったく新しいビジネスモデルとして、障害のある方が資本主義社会の枠組みの中で”稼げる”仕組みをつくろうと考えたんです」

背景には、就労継続支援B型事業所の工賃があります。厚生労働省の令和2年度の調査では、月額の平均工賃は15,776円でした。この金額では暮らせないという事実が、事業の設計の出発点になっています。

発信の仕方にも、この判断が出ています。

「私たちは『みんな一緒』と言うより、『知的障害があるからこそ描ける』というセグメント性を強めて発信しています」

同じであることを強調するのではなく、違いを価値として出しています。福祉の文脈でよく使われる語り方とは、逆の方向です。

ライセンスという仕組み

事業の中身は、作品の著作権を預かり、企業とのライセンス契約を仲介する形です。プレゼンでは次のように説明されています。

「ビジネスモデルは、契約作家244名の3000点以上の著作権管理を行い、パートナー企業との仲介に入り、適切な作品使用料(ライセンスフィー)が作家に還元されていくモデルです」

作家への還元率について確認できるのは、原画の販売で40%から50%、商品化されたコラボレーション商品で3%前後という水準です。ホテルの客室1泊につき500円、提携クレジットカードの利用額の0.1%といった形もあります。なお、資料によっては別の区分と数字が挙げられることがありますが、この記事では一次資料で確認できた範囲だけを書きます。

事業は、4つの形で広がっている

作品の使い道は、1つの商品カテゴリーに閉じていません。公開されている情報から整理すると、次の4つの形があります。

アパレルと生活雑貨では、ネクタイ、ハンカチ、傘、バッグなどに作品が使われます。作家名と作品名を明示して売る形で、匿名の柄として扱いません。空間では、建設現場の仮囲い、オフィス、商業施設、病院などに作品を展開します。2025年12月時点で契約する福祉施設は79施設です。ホテルでは客室に作品を掛け、宿泊1泊につき決まった額が作家に入る形を取っています。コラボレーションでは、飲料のラベル、スマートフォンの色、ピアノなど、他社の商品に作品が乗ります。2025年のM-1グランプリ決勝では、出場した芸人がヘラルボニーのネクタイを着用しました。

いずれも、作品そのものは同じです。使われる場面が増えるほど、作家に入る使用料が積み上がる構造になっています。

2024年には国際的な公募展「HERALBONY Art Prize」も始まりました。創設から3年で、100の国と地域から延べ7,500点を超える応募があったと発表されています。作品を集める側の仕組みも、同時に作られていることになります。

作家に返る金額を、時点ごとに出している

この事業で最も具体的に公表されているのが、作家に返る金額の伸びです。

  • 2023年12月時点 過去2年で8.7倍
  • 2025年1月時点 過去3年で15.6倍
  • 2025年12月時点 過去4年で25.5倍(作家と施設への年間ロイヤリティ総額)

同じ指標を、時点を変えて出し続けています。事業の成果を売上ではなく、作家に返った金額で示す形です。ヘラルボニーは売上高を公開していないため、外から見える成長の指標がこの数字になっています。

ローカルグローススタジオの分析:同じ商品を、別の意味づけで売っている

私たちはターゲットと便益を5-10パターンに整理するという記事で、1つのサービスが複数の相手に別々の価値で買われるという構造を書きました。同じものが、誰にとって何なのかは1つに決まりません。

ヘラルボニーが扱っているのは、同じアート作品です。ただし届け先ごとに、買われる理由が変わります。

誰が何を得るか独自性
ネクタイやハンカチを買う個人日常に持てる作品と、その背景の物語作家名と作品名が明示された商品
空間を作る企業や施設場に個性を与えるアートワーク79施設との契約に基づく作品群
ブランドのコラボ相手既存商品に別の文脈を足す作品の使用許諾とライセンス管理
作品を描く作家継続して入る使用料著作権を預けたままの収入
福祉施設施設の外へ作品が出る経路施設と会社の契約に基づく仲介

同じ記事では、便益のパターンを増やすことで、より幅広い相手に届くとも書きました。ヘラルボニーの場合、作品そのものは変えずに、届け先を増やしています。作家への還元が伸びているのは、1点あたりの単価が上がったからではなく、同じ作品が使われる場面が増えたからだと読めます。

この事例から考えられること

1. 福祉ではなくブランドという言葉を、意図して選んでいる

「応援しましょう」という語られ方を避け、本物志向のものづくりとして出す判断です。避けたい語られ方が先に決まっていることが、商品の作り方にも及んでいます。

2. 「みんな一緒」ではなく、違いを価値として出している

「知的障害があるからこそ描ける」という言い方を選んでいます。同質性ではなく差異を訴求する形です。

3. 作家に返る金額を、時点ごとに数字で公表している

8.7倍、15.6倍、25.5倍と、同じ指標を更新し続けています。売上を公開していない会社が、外に示す成果として何を選んだかという例として読めます。

3. 地元の友人が「格好いい」と言うものから逆算する

岩手で創業した理由

本社を岩手県に置いた理由も、語られています。

「私も兄の存在を隠していた時期もありましたが、堂々と兄について話せる社会をどう創っていけるのかなと考えた時に、地元の友人たちが『格好いい』と言うものって何だろう、と。私は岩手の小さな田舎町の出身ですが、地元にもトヨタの工場があり『レクサスに乗りたい』とか、『ラルフローレンを着たい』といった趣味嗜好がある。福祉や障害やアートに全く興味が無い友人たちにもブランドという傘に包含することで伝わる価値観があるのではないかと考えて、スタートしました」

想定する読み手が、福祉やアートに関心のある層ではありません。関心のない地元の友人が「格好いい」と思うかどうかを基準にしています。ブランドという形を選んだ理由が、ここにあります。

双子で、役割を分けた

創業当初は、2人の役割が明確に分かれていませんでした。

「当初は、クリエイティブ領域の話があれば、すべて崇弥に繋いでいた時期もありました。でも、それでは非効率だしフラストレーションも溜まってしまう。そこでお互いの得意を明確に分けることにしたんです」

現在は、崇弥氏が海外とクリエイティブ、文登氏が岩手での地域連携と組織の基盤を担う形です。2023年12月4日には文登氏が代表取締役Co-CEOに就任し、共同代表制へ移行しました。空いたCOOの職には別の人が就いています。

なお、資料によっては「CEO/COO」という古い肩書きが使われていることがありますが、2023年12月以降は共同代表制です。この記事では現在の体制で書いています。

資金繰りは、苦しかった

順調に見える会社でも、資金の話は率直に語られています。

「今だから言えますけど、本当に『今月、1000万円単位で資金をなんとかしないとやばいぞ』みたいなことが何度もありました。まさに自転車操業ですね。かと言ってバリュエーション(企業価値評価)は下げたくないし、あたかもお金があるかのように振る舞っていました」

投資家との面談での場面も残っています。

「一生忘れないと思います。頭が真っ白になって30秒くらい固まってしまったんですけど……」

世界的な企業の経営者との30分の面談で、貸借対照表と売上について問われた直後の回想です。

資金調達は2020年のシードから2025年1月まで4回行われていますが、いずれも金額は公表されていません。決算公告で確認できるのは、2024年6月期の純利益がマイナス1億2,728万1,000円、総資産が7億3,982万4,000円ということだけです。売上高は非開示です。

この事例から考えられること

1. 想定する読み手を、関心のない人に置いている

福祉やアートに興味のない地元の友人が「格好いい」と言うかどうかが基準です。関心のある層に向けて作る形とは、商品の見え方が変わってきます。

2. 役割分担を、後から明確にしている

最初は分かれていませんでした。非効率とフラストレーションが出た段階で、得意な領域で分けています。2人以上で始めた会社が、いつ役割を分けるかという問題として読めます。

3. 資金繰りの苦しさが、記録に残っている

「1000万円単位で資金をなんとかしないとやばい」「あたかもお金があるかのように振る舞っていました」という言葉が残されています。外から見える成長と、内側の資金の状態は別だという例です。

4. パリへ、そして世界の賞へ

行った本人が確信して、組織が動いた

海外展開のきっかけは、2023年10月のフランス訪問でした。

「それまでグローバルなんて考えたこともなかったけど、初めてフランスに行って、たくさんの方々と商談して、『これは全然行けるな』って感覚があった。それで帰ってきてからすぐ、全社のSlackチャンネルで『これからフランスがとんでもないことになります!』とシェアしました」

もう1人は、その伝わり方を説明しています。

「そういう気持ちが伝播して、自然と私も、組織も動きはじめるんです。”ワクワクする未来”には、反対できないじゃないですか」

市場調査の結果ではなく、行った本人の手応えが起点です。それを社内へ共有したところから、組織が動き始めています。

LVMHの賞と、その後の連鎖

2024年5月、ヘラルボニーはLVMH Innovation Award 2024で部門賞を受賞しました。世界1,545社の応募からファイナリスト18社に選ばれています。この受賞について「日本企業初」という説明がありますが、これはLVMH側の発表にある表現ではなく、ヘラルボニーの発表による言い方です。この記事では、受賞という事実と、その説明の出どころを分けて書きます。

2024年7月にはフランスに子会社 HERALBONY EUROPE を設立しました。設立の時期は資料によって7月と9月で割れており、この記事では会社概要の定型文にある7月を採ります。

受賞はこの後も続きます。2025年3月に松田崇弥氏と松田文登氏が芸術選奨 文部科学大臣新人賞(芸術振興部門)を受け、同年6月にはカンヌライオンズの「Glass: The Lion for Change」でゴールドを受賞しました。カンヌでは契約作家の小林覚氏がライブペイントを披露し、受賞を記念して契約作家の報酬を期間限定で2倍にするキャンペーンが行われています。2025年10月にはANREALAGEとのコラボレーションで、パリコレクションのランウェイに契約作家の作品が出ました。

2026年に入ってからも、パリのマレ地区での初のポップアップ、パリ日本文化会館での欧州初の大規模展覧会が続いています。

ローカルグローススタジオの分析:賞と展示が、次の取引を呼ぶ資産になっている

顧客獲得コストを下げるには「ストック>フロー」を意識しようで、私たちは、止めれば効果が消えるフロー型の施策と、一度作れば効き続けるストック型の資産を分けて考えるという考え方を書きました。予算の限られる企業ほど、ストック型の比重を上げる意味が大きくなります。

ヘラルボニーが積み上げているのは、受賞と展示の実績です。LVMHの賞、芸術選奨、カンヌライオンズ、パリコレクションのランウェイ、パリ日本文化会館での展覧会は、1件ごとに次の相手との会話を短くし、後から消えません。とくに海外で現地のパートナーと組むとき、実績の説明にかかる手間が変わります。

同記事では、ストック型の施策は効果が出るまで時間がかかるとも書きました。ヘラルボニーの場合、2018年の設立から2024年のLVMHまで6年です。その間、資金繰りは「自転車操業」と本人が語る状態でした。積み上がるまでの期間を、外部資本が支えた形になります。

この事例から考えられること

1. 海外展開が、行った本人の手応えから始まっている

市場調査の結果ではなく、商談を重ねた本人の「これは全然行けるな」という感覚が起点でした。それを社内へすぐ共有したことが、組織の動き出しにつながっています。

2. 受賞が、次の受賞と展示を呼んでいる

LVMHの賞の後に、芸術選奨、カンヌ、パリコレクション、パリ日本文化会館が続いています。1件目が次の1件を呼ぶ形として読めます。

3. 「初」の主張元を、分けて書く必要がある

LVMHの受賞は公式に確認できますが、「日本企業初」という説明はヘラルボニー側の言い方です。受賞という事実と、その形容の出どころは分けて扱えます。

5. 創業地に旗艦店と財団を置く

盛岡の百貨店に、旗艦店を開いた

2025年3月、ヘラルボニーは盛岡市の川徳百貨店に旗艦店「HERALBONY ISAI PARK」を開業しました。改装にあたっては2024年10月から11月にかけてクラウドファンディングが行われ、目標額を超えています。東京や海外ではなく、創業地に旗艦店を置く形です。

2025年には東京都内で初の常設店舗「HERALBONY LABORATORY GINZA」も開いています。

財団と、100年史のミュージアム

2026年1月7日には、ヘラルボニー財団の設立が発表されました。株式会社としての事業ではアプローチしきれない社会課題に向き合うという位置づけです。契約作家293名以上、79施設という直近の数字も、このリリースで公表されました。

2026年8月14日には、設立8周年を機に「ヘラルボニー100年史 MUSEUM」を盛岡市に開館しています。創業から8年の会社が100年史を掲げる形です。

企業とのコラボレーションも続いています。飲料のアートラベル、スマートフォンの色、ピアノのパリ展示など、扱う場面が広がっています。2025年のM-1グランプリ決勝では、出場した芸人がヘラルボニーのネクタイを着用しました。

この事例から考えられること

1. 旗艦店を、東京ではなく創業地に置いている

盛岡の百貨店を旗艦店の場所に選びました。海外へ広がる会社が、拠点の中心をどこに置くかという判断の例です。

2. 改装の資金を、クラウドファンディングで集めている

目標額を超えて集まりました。旗艦店を作る過程そのものを、関わる人を増やす機会にした形です。

3. 会社と財団を、役割で分けている

事業として成り立つ範囲と、そうでない範囲を分け、後者を財団に置いています。株式会社の枠で扱いきれない部分をどこに置くかという整理です。

6. 事実として確認できる範囲と、できない範囲

この会社を取材記事から追うとき、注意が要る点があります。公開されている情報の性格が、資料によって違うためです。

確認できるものは、設立日、資本金、契約作家数と施設数(公式リリースの実数)、作家への年間ロイヤリティの倍率、LVMHの受賞、芸術選奨、カンヌライオンズ、旗艦店の開業日、決算公告に載る純利益と総資産です。

確認できないものもあります。売上高は官報の決算公告でも非開示で、資金調達の金額も全ラウンドで非公表です。2024年のプレゼンで語られた「今期16億円着地見込み」「3年で約8倍成長」「作家244名・3,000点以上」「作家の1人が400万円ほど稼いで確定申告した」「1000万円プレイヤーが目前」といった数字は、いずれも本人の発表であり、独立した資料での裏付けが取れていません。この記事ではこれらを数字として使っていません。

同じプレゼンには「世界を見てもこのようなモデルを作っているのは我々しかいません」という発言もあります。第三者による国際比較の資料は確認できないため、この記事では本人の言葉としてのみ扱い、地の文で唯一のモデルとは書きません。

作家への還元率も、資料によって区分と数字が異なります。確認できるのは原画で40%から50%、コラボレーション商品で3%前後という水準です。

就労継続支援B型の平均工賃についても、本人の発言では月額約1万8,000円とされる場面がありますが、厚生労働省の調査は月額15,776円(令和2年度)です。この記事では政府統計の数字を使いました。

この事例から考えられること

1. 公表する指標を、売上以外に置いている

売上高を出さない代わりに、作家に返る金額の倍率を時点ごとに公表しています。何を成果として外に示すかという選択の例です。

2. 登壇での数字と、公式リリースの数字が違う

プレゼンで語られた作家数や作品点数は、同時期の公式リリースの数字と一致しません。読む側が突き合わせて確かめる部分になります。

3. 政府統計と本人発言で、同じ指標の数字が違う

就労継続支援B型の平均工賃について、厚生労働省の調査と本人の発言に差があります。どちらを使うかで、記事の性格が変わる部分です。

7. ローカルグローススタジオの視点

冒頭に挙げた7つの観点を、本文で確認した事実で説明し直します。

1. 創業の起点が、身内について言われ続けた言葉だった

「お前ら兄貴の分まで一生懸命生きろよ」という言葉を、双子の2人ともが別々の取材で語っています。兄が楽しく生きているのに「かわいそう」というイメージが共通認識になっている、という違和感が起点です。市場でも制度でもなく、自分たちが受け取ってきた言葉から始まっています。

2. 福祉ではなくブランドという言葉を、意図して選んでいる

「応援しましょう」という文脈が先に来る語られ方を避け、本物志向のものづくりとして出しています。「知的障害があるからこそ描ける」というセグメント性を強めるという発信も、同質性を訴える方向とは逆です。

3. 作家に返る金額を、時点ごとに数字で公表している

過去2年で8.7倍、過去3年で15.6倍、過去4年で25.5倍と、同じ指標を更新し続けています。売上高を公開していない会社が、外に示す成果としてこの数字を選びました。

4. 地元の友人が「格好いい」と言うものから逆算している

福祉やアートに関心のない地元の友人に伝わるかどうかを基準にしています。ブランドという形を選んだ理由が、この基準から出ています。

5. 海外は、行った本人が確信した後に組織が動いている

2023年10月のフランス訪問で「これは全然行けるな」という手応えを得て、帰国後すぐに全社のSlackで共有しました。「ワクワクする未来には、反対できない」という言い方のとおり、資料ではなく本人の確信が起点です。

6. 創業地に旗艦店と財団を置いている

2025年3月に盛岡の百貨店へ旗艦店を開き、2026年8月には盛岡市に100年史のミュージアムを開館しました。パリに子会社を持ちながら、拠点の中心を創業地に置いています。

7. 自社発表と第三者の資料で、確認できる範囲が違う

売上高と調達額は非公開で、登壇で語られた数字の多くは独立した資料で裏付けが取れません。一方、受賞、作家数、施設数、ロイヤリティの倍率は公式リリースと第三者の資料で確認できます。この会社を読むときには、どちらの種類の数字かを分けて見ることになります。

本事例から見える経営とマーケティングの学び

ヘラルボニーの物語は、継ぐ会社も買う会社もない状態から、岩手で事業を作った事例として読めます。順序をたどると、次の並びになります。

  • 兄をめぐって言われ続けた言葉から課題を決めた
  • 福祉ではなくブランドという手段を選んだ
  • 関心のない人にも届く形で商品を作った
  • 受賞と展示を積み上げた
  • 創業地に拠点を戻した

この事例では、事業の起点が市場でも技術でもなく、自分たちが受け取ってきた言葉にありました。「かわいそう」という一言を変えるという目的が先にあり、アートも、ライセンスも、パリも、旗艦店も、すべてその手段として並んでいます。

同時に、この会社は公開されている数字が限られる対象でもあります。売上も調達額も出ていません。その代わりに、作家へ返る金額の倍率という別の指標を出し続けています。何を成果として外に示すかは、会社が自分で決められる部分だという読み方もできます。

「ビジネス知の機会格差をなくす」という私たちのミッションに向けて、これからも実践的で価値ある情報を発信していきます。この記事の内容について、さらに詳しく知りたい方は、ぜひご連絡ください。