ローカルグローススタジオは、『地方企業にスタートアップのような成長を』というテーマで、コンテンツ発信と支援サービスを展開しています。この記事では、実践的なビジネスノウハウを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。
「○○社に学ぶシリーズ」の第5弾として、今回取り上げるのは、後継者のいない中小製造業を引き継いでいる株式会社技術承継機構です。2018年7月に設立され、2025年2月に東証グロース市場へ上場しました。2026年8月時点で20社を譲り受けています。
前回までの4社を振り返ると、GENDA社は55件のM&Aを発表してきた買収のプロ、yutori社はM&Aされる側とする側の両方を経験、newmo社はタクシー業界のロールアップ戦略、クアンド社はSaaSスタートアップがリアルな建設会社を買収する事例でした。
今回の技術承継機構が、これまでの4社と決定的に違う点があります。買った後にやることを、社内マニュアルとして言語化し、週次で更新し続けていることです。20社ぶんの成功例と失敗例が、毎週1つのドキュメントに集約されていきます。
もう一つ、この会社を取り上げる理由があります。同社が対象にしているのは、黒字なのに継ぐ人がいないという理由だけで消えていく製造業です。中小企業白書2024によれば、2023年に休廃業・解散した中規模企業のうち55.8%が当期純利益で黒字でした。倒産ではなく、自ら事業をたたんだ会社の話です。小規模事業者でも49.6%が黒字です。地方で製造業を営む経営者の方にとって、これは他人事ではない数字だと思います。
本記事では、技術承継機構の成長戦略を「①承継後の3年を時間で区切ってマニュアルにする」「②社長を外から連れてこない」「③買い手のほうが選ばれている」という3つの視点から分析し、承継の予定がない企業でも応用できる原則を抽出していきます。
参考資料一覧
参考資料
IR資料(事業計画及び成長可能性に関する事項 2025年2月5日・2026年2月13日 / 決算説明資料 2024年12月期から2026年12月期第2四半期 / IR関連のQ&A 計8本 / 有価証券報告書ほか)は、上のIRライブラリからPDFで読めます。元オーナーと後継社長のインタビュー4本は、上のオーナーインタビュー一覧から読めます。このほか、新居英一氏のトップインタビュー(株探 2026年1月22日)も参照しています。
技術承継機構とは
何をしている会社か
株式会社技術承継機構は、後継者のいない中小製造業を譲り受け、経営を支援する持株会社です。2018年7月に設立され、2019年11月に1社目を譲り受けました。2025年2月に東証グロース市場へ上場しています。
グループが扱う技術は多岐にわたります。冷間鍛造(金属を常温のまま圧力で成形する加工)、精密板金、切削加工、樹脂フィルムの印刷、産業機械の設計製造、金属ばね、プリント基板関連の加工と資材販売などが含まれます。
さらに、1号案件の豊島製作所は2つの事業を持っています。冷間鍛造とプレス加工による自動車部品と、もう一つがスパッタリングターゲット材です。薄膜を作るための材料で、全固体リチウムイオン電池、超電導、人工光合成、熱電変換、磁気デバイスといった分野に供給されています。
基盤技術を守る会社が、最先端の需要につながっている構図です。
供給する先の業界も広く分散しています。資料が挙げているのは、超伝導・電池・研究機関、自動車、スピーカー・発電機、住宅・交通、FA機器・通信、光学フィルム、産業機器、工作機器・電車車両、レーシング、電気電子・半導体、防災・福祉、自転車、鉄道、EVなどです。特定の業界が不調になったときにグループ全体が沈まないよう、意図的に分散させている構成です。
対象を「高収益・製造業」に絞っている
同社の特徴は、譲り受ける会社の条件を資料で明示している点にあります。上場時の資料(2025年2月5日)が挙げているのは次の4つです。
- 業種は製造業、または製造業を下支えする関連事業(商社、レンタル、工事、メンテナンス、検査・測定、IT)
- 譲受持分は原則100%
- 収益性は「高収益企業のみ」。あわせて「再生案件は取り組まず」と明記
- 価格は企業価値をEBITDAで割った倍率で算定
黒字ならどこでもよいのではなく、高収益に絞っています。 赤字企業を安く買って立て直す形ではありません。ここが、事業再生を手がけるファンドとの大きな違いです。
新居英一氏は上場時の記者会見でも「われわれは再生案件はやらない」と述べ、良い会社の条件を、技術を持っていることと利益を出していることの2つで説明しています。
なぜこの条件なのか。同社が前提に置いているのは、廃業していく会社の多くが黒字だという事実です。
中小企業白書2024によれば、2023年に休廃業・解散した中規模企業のうち55.8%が当期純利益で黒字でした(第1-3-28図)。同社は自社の資料でこれを「56%」と示し、「廃業という『もったいない』状況を解決する、中小企業のM&Aには大きなチャンスと社会的意義」と書いています。さらに、日本の中小製造業34万社のうち黒字企業は12万社にのぼると試算しています(会社標本調査の黒字割合37%を乗じた同社の試算値)。
つまり、事業として成り立っているのに継ぐ人がいないという理由だけで、技術が消えていきます。設備も、取引先との関係も、職人が身につけた勘も、まとめて消えます。そこを引き受けるのが同社の事業です。
どんな会社を引き受けてきたか
これまでに譲り受けた20社の全てを、時系列で並べます(2026年8月14日の決算説明資料に記載された譲受日によります)。
| 譲受日 | 会社名 | 所在地 | 事業内容 |
|---|---|---|---|
| 2019年11月 | 株式会社豊島製作所 | 埼玉県東松山市 | 冷間鍛造・プレス加工の自動車部品、スパッタリングターゲット材 |
| 2020年12月 | 株式会社東洋マーク | 長野県諏訪市 | 樹脂プリント、樹脂加工 |
| 2021年2月 | FAシンカテクノロジー株式会社 | 福島県福島市 | 自動はんだ付装置等の開発製造 |
| 2021年7月 | エムエスシー製造株式会社 | 埼玉県八潮市 | シート材・コイル材切断機の製造販売 |
| 2021年9月 | 株式会社篠原製作所 | 静岡県富士市 | 高機能フィルム・金属箔等の加工機・巻取機の設計製造 |
| 2022年7月 | 京和精工株式会社 | 大阪府高槻市 | 各種産業機器・機械部品の切削加工 |
| 2023年4月 | 株式会社キンポーメルテック | 長野県飯田市 | 精密板金加工、金属箔加工 |
| 2023年6月 | 株式会社エアロクラフトジャパン | 神奈川県横浜市 | 金属・非鉄金属製品の製造 |
| 2023年8月 | 株式会社天鳥 | 山梨県韮崎市 | 半導体製造装置向け部品の切削加工 |
| 2024年1月 | 株式会社ティオック | 長野県長野市 | 工事用保安機器の電子表示器製造 |
| 2025年4月 | 株式会社ミヤサカ工業 | 長野県茅野市 | 金属研削加工、自社開発製品の製造販売 |
| 2025年4月 | 株式会社サンテック産業 | 愛知県名古屋市 | 焼鈍、ショットブラスト、金属表面潤滑処理 |
| 2025年8月 | 株式会社神田鉄工所 | 兵庫県淡路市 | 各種産業機器・機械の切削加工 |
| 2025年8月 | 株式会社アルファーシステム | 長野県飯田市 | 電源機器の設計・製造・販売 |
| 2025年10月 | 株式会社山泰鋳工所・株式会社山泰製作所 | 新潟県三条市・南魚沼市 | 産業用機械・自動車部品等の鋳造・機械加工 |
| 2025年10月 | 株式会社多賀製作所 | 埼玉県上尾市 | 自動車ブレーキ・EV向け金属ばね部品 |
| 2025年10月 | 株式会社アドバンス | 大阪府大阪市 | フォークリフトの中古販売、レンタル、メンテナンス |
| 2026年1月 | 堀越精機株式会社 | 東京都大田区 | 各種産業機器・機械の切削加工 |
| 2026年3月 | 株式会社大崎電業社 | 東京都大田区 | 電磁クラッチ・ブレーキ、スリップリングの製造 |
| 2026年7月 | 三晃技研工業株式会社 | 大阪府大阪市 | プリント基板関連の加工サービス、製造装置および資材販売 |
アドバンスだけは製造そのものではなく、フォークリフトの販売とメンテナンスの会社です。譲受条件にあった「製造業を下支えする関連事業(商社、レンタル、工事、メンテナンス、検査・測定、IT)」の実例が、ここに入っています。
規模感も見ておきます。多賀製作所は、譲受時の開示で単体の売上が2024年12月期に28.05億円。ただし中国とタイの子会社を含めた簡便連結では売上48.55億円、営業利益1.43億円です。従業員も連結460名で、うち日本は130名にとどまります。譲り受けたのは海外子会社を含むグループ全体です。
三晃技研工業は2026年3月期の売上が40.21億円、営業利益が5.04億円でした。ただし同社は現在、製造装置や資材の販売取引を総額で計上しており、連結子会社にするにあたって本人取引か代理人取引かを再検討すると開示されています。代理人取引と判定された分は純額表示になるため、連結後の売上高はこの数字より小さくなる可能性があります。
年商数億円の小さな町工場だけを集めているわけではありません。40億円を超える規模の会社も引き受けています。
なぜ技術承継機構から学ぶべきなのか
売上は3年で2.2倍、利益はそれ以上に伸びている
まず数字を確認します。すべて連結の実績です。
| 決算期 | 売上高 | 調整後EBITDA | 調整後当期純利益 |
|---|---|---|---|
| 2022年12月期 | 68.0億円 | 9.4億円 | 2.0億円 |
| 2023年12月期 | 93.3億円 | 17.0億円 | 8.2億円 |
| 2024年12月期 | 110.5億円 | 21.6億円 | 10.4億円 |
| 2025年12月期 | 150億円 | 29億円 | 15億円 |
2025年12月期は、前年比で売上高が35.4%増、調整後EBITDAが34.4%増、調整後当期純利益が45.3%増でした。売上とEBITDAはほぼ同じ伸びで、当期純利益だけが1割ほど高く伸びています。
ここで使われている「調整後EBITDA」という言葉について補足します。EBITDAは、営業利益に減価償却費などを足し戻した数字で、本業で現金をどれだけ稼いだかを表します。買収を重ねる会社は「のれん」の償却費が利益を圧迫するため、その影響を除いた数字で実力を見る慣習があります。
「調整後」と聞くと、都合の悪いものを外して良く見せた数字を想像するかもしれません。この会社の場合は、逆方向にも効いています。安く買ったときに一括で計上される「負ののれん発生益」も、調整後の計算では差し引かれています。
実額で見ると効き方が大きく、2025年12月期の会計上の当期純利益は30.91億円でした。ここから負ののれん発生益23.39億円を差し引き、のれん償却費や取得関連費用といった会計上の費用を足し戻して、調整後当期純利益は15.14億円になります。半分以下です。買収による一時的な利益を除いて、本業で稼いだ分だけを見せる作りになっています。
新居氏自身も、通常の会計指標について「当社ではこれらの数値は重視していません」と述べています。
2026年12月期のガイダンスは売上230億円、調整後EBITDA 40億円、調整後当期純利益20億円です。 ただしこの数値には、注意すべき点があります。
ガイダンスに、これから買う会社は入っていない
同社は、2026年12月期のガイダンスについて「2026年内の新規譲受の影響を一切含まない」と明言しています。すでに公表されている堀越精機、大崎電業社、三晃技研工業の3社ぶんは、この230億円の外側にあります。
上期の進捗も出ています。2026年12月期第2四半期(1月から6月)の実績は、売上134.86億円で前年同期比140.0%増、調整後EBITDA 29.92億円で191.4%増、調整後中間純利益14.48億円で183.7%増でした。前年同期の売上は56.19億円です。
半年で、前期の通期売上(150億円)の9割に達しています。
ただし、この伸びの読み方には注意が要ります。同社は増益の要因を「好調な業績を維持するグループ会社が複数見られたこと」と「2025年12月期に譲受した7社の業績がフルイヤーで寄与したこと」と説明しています。既存の会社が急に伸びたのではなく、前期に買った7社が通年で乗ったことが大半です。
なお、好調だった会社の背景として、核融合向けの超伝導、半導体、AIデータセンターの需要が挙げられています。基盤技術を守る会社が、最先端の需要で伸びている構図です。
年間500件を見て、断るほうを選んでいる
数字のなかで、地方企業の経営者の方にとって最も示唆的なのは、案件の入口の数かもしれません。
設立した2018年7月から2026年6月までに、アドバイザーなどから受領した検討案件は累計2,751件にのぼります。参考までに、2024年9月時点では1,607件、2024年12月時点では1,717件でした。
受領のペースは年間約500件(2026年8月時点)です。2025年2月の資料では年間約400件、2026年2月の資料で約500件に変わっていますから、1年で25%増えたことになります。提携するアドバイザーは350社を超えます。
年間約500件を受け取って、実際に譲り受けたのは2025年12月期で7社でした。比率にすると1.4%です。買える会社を探しているのではなく、断る会社を選んでいる状態だと言えます。
この構図は、譲渡を検討する側から見ると意味が変わります。選ばれるためには、条件を提示するだけでは足りない、ということです。この点はポイント③で詳しく扱います。
財務の規律と、うまくいかなかった部分
借入についても基準を持っています。
有利子負債から現金を差し引いた純有利子負債を調整後EBITDAで割った倍率は、2026年6月末で1.33倍でした。同社が適正とする水準は3倍から4倍ですから、その半分以下に抑えていることになります。
ただし、この倍率の分母には注意が必要です。分母は2026年12月期の調整後EBITDAガイダンスである40億円です(2026年8月14日資料の注記)。直近の通期実績である2025年12月期の28.98億円で割り直すと1.84倍になります。いずれにせよ、適正水準の下限を下回る水準です。
GENDA社の記事でも、借入の上限を倍率で決めていることを紹介しました。倍率の計算方法は会社ごとに違いますが、規律の持ち方は共通しています。
一方で、すべてが順調というわけではありません。減損損失は、2期続けて出ています。2023年12月期には、埼玉県東松山市の事業用資産について300百万円(有価証券報告書の減損明細より。同市に所在するグループ会社は1号案件の豊島製作所です)、2024年12月期には、京和精工株式会社について200百万円(うちのれんの減損損失が151百万円)を計上しています。
同社はこの点を隠していません。2025年2月19日に公開したQ&Aで、京和精工ののれんは未償却残高の全額をすでに減損済みであり、今後追加の減損損失を計上することはないと明言しています。新居氏自身も、上場記者会見でこう述べています。
「もちろん事業なので、10社を譲り受けて10社すべてが絶好調ですというのはないと考えています。正直に言うと、少し厳しい状況に陥っている会社はあります」
そのうえで、厳しい会社も売却せず支える方針を示し、「苦しい状況だったけれども今はきちんと黒字出している会社も実例としてある」と語っています。
20社を引き受けて、全部がうまくいっているわけではありません。うまくいかなかった案件について、どこまで処理が済んでいるかを自ら開示している点も、あわせて見ておく価値があります。
自社をどこに位置づけているか
上場時の資料で興味深いのが、連続買収企業のポジショニング図です。
図は「純投資志向」から「統合志向」までを横一本の軸で表しています。左端にバークシャー・ハサウェイとソフトバンクグループ、右端にゼネラル・エレクトリック。そのなかで同社は自社を、GENDAと米国のダナハーとともに中央の枠に入れています。枠の説明は「統合重視ではなく、各社の自主独立を重視」「グループ内のベストプラクティス横展開に注力」です。
なお統合志向の側には、ニデックが「モーターを軸に買収を繰り返して成長」「創業者精神の導入」として単独で置かれています。同じ連続買収でも、自主独立を保つ型と、本体の流儀を入れていく型に分かれます。
新居氏本人も、自社の立ち位置を「自主独立は重んじるけれども、管理改善はしっかりやる」と説明しています。
ベンチマークは、図の中の2社だけではありません。新居氏は上場記者会見で「ヨシムラフード、GENDA、USのDanaherといった会社をベンチマークにしています」と述べています。ヨシムラ・フード・ホールディングスは、食品製造の中小企業を買収して束ねる上場企業です。しかも、単なる参考例ではありません。新居氏は産業革新機構にいた時代、隣席の担当者が同社に出資していたことに触れ、「日本でも業界は違えど、食品製造でM&Aを遂行して上場するというモデルが成立するんだなと非常に勉強になりました」と、創業の転機の一つに挙げています。製造業の技術承継機構と、食のヨシムラフード。業種は違っても、続けて買い、売らず、束ねるという型は業種を越えて成立しています。
このシリーズでGENDA社を取り上げたとき、同社が「強制的なカルチャーの上塗りは行わない」という方針を持っていることをお伝えしました。技術承継機構も同じ側にいます。買収を重ねる会社が、どちらの型を選ぶかは分かれます。
ポイント① 承継後の3年を、時間で区切ってマニュアルにする
NGPという社内マニュアル
技術承継機構が持っているのは、承継後にやることを言語化した社内マニュアルです。NGP(NGTG Growth Program)と呼ばれています。
手本にしたのは、米国ダナハー社のDanaher Business System(DBS)です。ダナハーは工業製品から医療機器まで幅広く手がける企業で、買収した会社に自社の経営手法を移植して伸ばすことで知られています。買収を繰り返しながら成長してきた会社の、教科書のような存在です。
技術承継機構は、これを日本の中小製造業向けに翻訳しました。
ここで最も重要なのは、内容そのものよりも運用の仕方です。このマニュアルは、譲受先で起きた成功例と失敗例をもとに、週次で更新されています。
つまり、20社ぶんの経験が毎週1つのドキュメントに集約されていきます。1社で起きた失敗が、次の会社では繰り返されません。
GENDA社の記事で紹介した「最初の100日」が時間の使い方の型だとすれば、技術承継機構のNGPは、その型を毎週書き換え続ける仕組みです。
3段階に区切る
NGPは、承継からの時間を3つに区切っています。
譲受から半年
全社員と面談して現状を把握し、すぐに着手できる施策から手をつけ、事業計画を策定します。この段階では大きな変更を加えません。まず知ることが目的です。
新居氏は面談の位置づけを、こう説明しています。
「従業員から現場の声を拾うことを最重要視しており、譲受後は全社員と面談を実施しております」
そして、そこから先の進め方についても補足しています。
「企業成長のための何か劇的な仕掛けがあるわけではなく、従業員の皆さまが『これまでやりたくてもできなかった』という課題を、技術承継機構全員がサポートすることで解決していく進め方」
新しい打ち手を持ち込むのではなく、現場がすでに気づいていた課題を片づけていく。だからハレーションが起きにくい、という説明です。
半年から2年
策定した事業計画を実行し、幅広い成長支援を行います。営業、生産、人事、システムと、領域を広げていく段階です。
3年目以降
海外を含めた事業拡大と、さらなるM&Aを検討します。引き受けた会社が、今度は引き受ける側に回ることもあります。
支援の5領域
NGPは、支援する内容を5つの領域に整理しています。
1. 営業:新規顧客の開拓、既存顧客の深耕、Webからの引き合い獲得
2. 開発製造:生産管理、品質管理、設備投資の判断
3. 人事:採用、評価制度、教育
4. 経営管理:管理会計、予実管理、資金繰り
5. IT:基幹システム、現場のデジタル化
領域名だけでは何をするのか分かりません。資料に書かれている具体例はこうです。
| 領域 | 資料に書かれている具体例 |
|---|---|
| 営業 | 新規顧客獲得のための営業戦略立案 / ウェブサイトの刷新 |
| 開発・製造 | 製造コストの削減 / オペレーション最適化、整理整頓はじめ5Sの徹底 |
| 人事 | 採用強化 / 頑張った人が報われる効果的な人事評価制度 / 従業員教育プログラムの拡充 |
| 経営管理 | 必要に応じた組織改編、意思決定プロセスの変更 / 予算や設備投資計画の策定、経営数値の管理強化 |
| IT | 各種SaaSなど業務効率用ITツールを低コストで導入 / 自社で生産管理システムやAIを用いた画像検査装置、IoTを用いた現場管理システムなどを開発し導入 |
目を引くのは、どれも中小製造業なら聞き覚えのある課題だという点です。5S、人事評価、予算策定、SaaSの導入。特別な打ち手は入っていません。
その性格を、新居氏本人が上場記者会見で語っています。各社の最大の課題は人手不足だと述べたうえで、採用支援の中身をこう説明しました。
「正直に言うと、現業が忙しくて採用に手が回っていない会社が多いです。例えば、そのハローワークに求人票を出してそれっきりで、ハローワークの向こうを向いて祈っていますと。祈りは通じないので、きっちりハローワークの人とコミュニケーション取ったり、高校に連絡をしたり、いろいろな媒体に出したりする」
新しい手法を発明しているのではありません。忙しさの中で止まっていた基本を、グループの機能で代わりにやり切っています。
このメニューは、公式サイトによれば150を超えます。
中小製造業が単独で全部を強化しようとすると、それぞれに専門人材が必要になります。グループとして機能を持ち、20社で共有する形にすることで、1社あたりの負担を下げています。
この考え方は、GENDA社の「空中戦と地上戦」の分業と同じ構造です。本社が専門機能を持ち、現場は現場の強みに集中する。
ただし、線引きははっきりしています。新居氏は、握るものと任せるものをこう分けています。100%の株式、取締役会の過半、銀行送金の権限は握る。一方で日々の運営については、こう述べています。
「箸の上げ下げにごちゃごちゃ言うのではなく、それぞれの会社の社長にお任せしよう」
数字と資金の流れは押さえる。現場のやり方は口を出さない。この2つを同時にやる形です。
ただし、本部の人数は増やさない
ここで、他の連続買収企業と違う点があります。買収先が増えても、本部を大きくしないという方針です。
同社は参考にしている海外企業として、スウェーデンのLifcoとIndutradeを名前で挙げています。新居氏によれば、Indutradeは創業から220回、Lifcoは200回以上のM&Aを実行しています。そのうえで、こう説明しています。
「我々が参考にしている海外の連続買収企業(Lifco、Indutrade など)は本部をリーンな体制で維持したまま成長を実現しております。そのため、当社においても大幅な人員増は想定しておりません」
機能は集約するが、人数は増やさない。だからこそ、150を超えるメニューをマニュアルにして週次で更新する必要が出てきます。人が増えないなら、経験を文書に集めるしかありません。
グループであることの中身
20社が同じ傘の下にいることで、何が起きているか。同社は具体例を挙げています。
- グループ内企業同士での顧客紹介、仕入先情報の共有
- 現場の相互訪問、機能別の技術交流(設計、切削など)
- グループ内で切削や板金を請け負う、工作機械を売買する、空きスペースを貸し借りする
- 合同の新卒研修、月次の社長会、若手交流会
- 社長大学(現社長や次世代の経営陣候補を集めて行う)
- NGTGアワード(改善提案大賞)
大げさな相乗効果ではありません。空きスペースの貸し借りや工作機械の売買といった、地味なところに出ています。
なお同社は、シナジーを目的にした買収はしないと明言しています。「いわゆるシナジーありきでの新規M&Aは行っておりませんが、グループに参画頂く企業の数が増えるにつれて、ベストプラクティスの横展開を円滑に行うことができています」という説明です。先にシナジーを見込んで買うのではなく、増えた結果として交流が生まれているという順序です。
1号案件で、実際に何をしたか
1号案件である豊島製作所(2019年11月に譲受)の事例が、最も詳しく公開されています。
まず、4名が現地に住んだ
上場時の資料には「東松山にNGTGメンバー4名が家を借りて全力で取組」と書かれています。通いではありません。
そのうえで、タイの拠点を含む全社員250名と個別に面談しています。250名との1対1です。一人あたり30分としても125時間、1日8時間で16日ぶんの時間がかかります。
クアンド社の記事で紹介した、30歳の社員が宮崎に移住して南都技研の一員になった事例と、発想が共通しています。現場に住むところから始めるという判断です。
次に、Webからの引き合いを増やした
その後の施策も具体的です。若手中心のプロジェクトチームを組み、自社サイトを刷新しました。Googleアナリティクスとサーチコンソールでアクセスを解析し、広告の出稿は最小限にとどめています。
結果として、「冷間鍛造」というキーワードの検索順位が、3ページ目から1ページ目に上がりました(2025年2月5日の資料に掲載。達成時点の明示はありません)。
製造業のBtoB取引で、検索順位が3ページ目と1ページ目では、届く引き合いの数が変わります。しかもこれは、広告費を継続的に払う施策ではありません。
広告を止めれば流入も止まる施策を「フロー」、一度積み上げれば効果が続く施策を「ストック」と呼びます。豊島製作所がやったのは後者です。この考え方は、顧客獲得コストを下げるには「ストック>フロー」を意識しようで詳しく整理しています。SEOの効果が出始めるまでには通常3か月から6か月かかるため、早めに着手することが重要になります。同記事では、BtoB事業のオーガニック戦略として「専門用語の解説」「業界レポートの発行」「導入事例の詳細解説」の3つを挙げていますが、豊島製作所の「冷間鍛造」はまさに1つ目に当たります。
そして、現場の記録を紙からタブレットに移した
技術承継機構のメンバーがFileMaker(データベースを作るためのソフト)で在庫と生産実績の仕組みを作り、現場に配ったiPadから、ロット別の生産数、作業者、作業時間、使用設備を登録できるようにしました。登録した内容は在庫に即時反映されます。
重要なのは、作って終わりにしていない点です。現場の意見を吸い上げながら随時改修していると説明されています。
基幹システムの入れ替えではありません。現場が使う画面を1つ作った、という規模の話です。
あなたの会社でできることは
「うちは20社もグループ会社を持てない」と感じられるかもしれません。しかし、NGPの考え方は、規模に関係なく移植できる部分が多くあります。
チェックリスト:こんな状態になっていませんか
- □ 新しい取り組みを始めても、半年後には誰も触っていない
- □ 前にも似たことをやったが、そのときの記録が残っていない
- □ 現場の生産実績を、いまも紙とホワイトボードで管理している
- □ 自社の技術を表す言葉で検索したとき、自社サイトが出てこない
- □ 社員全員と1対1で話したのが、いつだったか思い出せない
- □ 改善のアイデアが出ても、実行する担当者が決まらない
1つでも当てはまるなら、以下のどれかが効きます。
すぐにできる改善策
1. 全社員との1対1面談を、期限を切って終わらせる
豊島製作所では250名に実施しました。予算はかかりません。必要なのは時間だけです。社員10名の会社なら2週間、30名でも1か月半で終わります。
目的は2つあります。現場の課題を拾うことと、新しい体制を社員に理解してもらうことです。
聞く項目は事前に決めておくと、比較ができます。たとえば「いまの仕事でいちばん時間がかかっている作業」「なくしていいと思う作業」「改善したいのにできていないこと」の3つだけでも十分です。
面談の時間は長く取る必要がありません。入社後の組織で、早く心理的安全性をつくるための自己開示法でも触れているとおり、5分から10分の1対1でも効果があります。あわせて「どのくらいこの会社で働いているか」「この会社を選んだ理由」を聞いておくと、相手の価値観が見えてきます。人は相手が何を考えているか分からない状態に不安を感じるため、互いの予測ができる範囲を広げることが、その後の関係を左右します。
承継の場面だけでなく、社長の代替わり、新しい工場長の着任、部門の統合など、体制が変わるときすべてに使えます。
2. やったことと結果を、1つのファイルに書き足していく
NGPの本質は、内容ではなく更新の頻度にあります。
うまくいった施策とうまくいかなかった施策を、その都度1つのファイルに書き足す。これだけなら、今日から始められます。ExcelでもGoogleドキュメントでもかまいません。
書く項目は4つで足ります。いつ、何をやったか、どうなったか、次はどうするか。
2店舗目を出すとき、次の工場を任せるとき、新しい社員に引き継ぐとき、そのファイルがそのまま手順書になります。
3. 自社サイトの改良を、若手のプロジェクトとして社内で回す
豊島製作所のやり方で参考になるのは、制作会社に丸投げしなかった点です。若手が中心になり、アクセス解析ツールで数字を見ながら改良しました。かかる費用はドメイン代とツール代程度です。
最初の一歩は、自社の技術を表す言葉で実際に検索してみることです。「冷間鍛造」のような言葉が、自社の商圏ではどうなっているか。何ページ目に自社が出るか。ここは調べるだけなら10分で終わります。
4. 現場の記録を、タブレット1台に移す
いきなり基幹システムを入れる必要はありません。豊島製作所が最初に作ったのは、生産実績を登録する画面です。
ノーコードツール(プログラムを書かずにアプリを作れるサービス)とタブレット1台なら、数十万円規模から始められます。月額数千円のサービスから試すこともできます。
大切なのは、作った後に現場の意見で直し続けることです。技術承継機構も随時改修していると説明しています。1回作って使われなくなるシステムと、直し続けて定着するシステムの差は、この点にあります。
5. 時間を3つに区切って、やることを先に決める
半年、2年、3年。この区切りは、承継以外の場面でも使えます。
新しい事業を始めるとき、最初の半年は現状把握と小さな施策、そこから2年で計画の実行、3年目以降に拡大。区切りを決めておくと、途中で立ち消えになる確率が下がります。
業種別に翻訳すると
- 製造業の場合:最初の半年で全社員面談と生産実績の記録化、半年から2年で不良率と段取り時間の改善、3年目以降に設備投資や新規顧客の開拓
- 小売業の場合:最初の半年で全スタッフ面談と日次の商品別売上の見える化、半年から2年で品揃えと陳列の改善、3年目以降に2店舗目や新業態
- 建設業の場合:最初の半年で全職人との面談と工程記録のデジタル化、半年から2年で見積精度と工期管理の改善、3年目以降に元請け案件の獲得や新エリア
- 飲食業の場合:最初の半年で全スタッフ面談とメニュー別の粗利把握、半年から2年でメニュー構成と原価の改善、3年目以降に2店舗目やテイクアウト
ポイント② 社長を外から連れてこない
34歳の社員が社長になった
エムエスシー製造の事例が、この会社の考え方を最もよく表しています。
譲受から約半年で、元オーナーの德勝賢治氏は会長に退きました。代わりに社長に就任したのは、設計・技術部門の一従業員だった増山耕一氏です。2022年1月、34歳でした。
役員でも、営業のエースでもありません。設計と技術の部門にいた社員です。従業員17名の会社での出来事です。
しかも、この人事を主導したのは技術承継機構ではありません。德勝氏本人の指名でした。德勝氏は「私の理想的経営体制(増山社長就任)も二つ返事で承諾頂き」と書いています。同社の「社内から出す」という方針と、元オーナーの希望が一致した形です。
増山氏本人の言葉が、順を追って残っています。最初に告げられた場面から。
「ある日、会議室に呼ばれた私に先代社長(現会長德勝)から告げられた言葉が『所有を手放そうと思う』でした。私にとってまさに青天の霹靂でした」
そして5年後を目途に社長を継いでほしいと打診されます。そのときの気持ちです。
「その時感じたことを素直に言えば『驚きと、自分には難しい』でした、当時の私は技術者としての自分しか持っておらず、会社を背負うことに対してとても自信をもって応じられる様な器量はありませんでした」
それでも引き受けたのは、先代の一言があったからでした。
「『お前じゃなきゃダメなんだ!』とまで言ってくれた先代の期待に応えたい」
ところが、譲受から5か月後にその予定が前倒しになります。
「譲受から5か月ほどが経った年末、突然先代から『やはり新年度から社長で行こう!』と打診されました。『え、5年後じゃないの!?』と驚き大変悩みました」
前倒しの理由も、先代の言葉として残っています。
「体制づくりには10年かかるからできるだけ早くから取り組むんだ!」
5年の準備期間を用意しておきながら、5か月で前倒ししています。理由は「早いほうが良いから」ではなく「体制づくりに10年かかるから」でした。逆算した結果、始める時期が前に動いています。
増山氏の締めくくりが率直です。
「今思えば、最初から先代の掌の上だったように感じますね(笑)」
「家業」を「事業」にする
新居氏は、譲り受けた会社の経営者に伝えていることがあると語っています。
「これまでの『家業』を『事業』にしていきましょう」
そして譲受先の社長から返ってくる言葉として、こう紹介しています。
「これまで一馬力だったのが、二馬力、三馬力になった」
興味深いのは、元オーナーの德勝氏も同じ言葉を使っていることです。德勝氏は自社に必要だったこととして「『家業』から『事業』への組織改革」を挙げています。買い手と売り手が、別々の場所で同じ言葉にたどり着いています。
人事だけでなく、経営の仕組みも同時に入れる
社長を替えただけでは、会社は動きません。エムエスシー製造では、人事とあわせて仕組みも入れています。
会議体
週1回の経営会議と、月1回の取締役会を新設しました。
労務
勤務規則を改定し、残業を1分単位で計算するようにしました。
現場の巻き込み
改善提案の制度を作りました。
1号案件の豊島製作所では、朝会で利益を含む数値を共有し、それを賞与に反映させる仕組みも入れています。グループ全体としては「NGTGアワード(改善提案大賞)」という表彰制度があり、これは2026年2月の資料で新たに記載されたものです。
34歳の新社長が、いきなり全部を判断できるわけではありません。週次の経営会議という場があるから、判断が積み重なっていきます。
引退の希望に合わせて、3つの型を用意する
技術承継機構は、売り手の引退希望に応じて後継体制を分けています。上場時の資料は、希望・次期社長・対応策・過去実績の4列で整理しています。
型1:5年程度の移行期間を経て引退したい
次期社長は現社長の続投です。同社は「現社長による次期社長候補の選定・育成を支援」します。過去実績は3件で、内容はこう書かれています。「半年の移行期間を経て従業員が社長職を承継。元社長は会長としてサポート」「約3.5年の移行期間を経て従業員が社長職を承継。元社長は顧問としてサポート」「元オーナー・現社長とともに次期社長候補を社内で育成中」。
後で紹介するエムエスシー製造が、この1件目にあたります。
型2:続投のまま、外部と組んで一段上の成長を目指したい
現社長がそのまま続きます。同社は「現社長と連携しながらバリューアップ施策を実行」し、あわせて「将来のために早期から社内で後継者候補を育成」します。過去実績は2件で、どちらも「譲渡当時の社長(40代)がそのまま続投」です。
型3:できるだけ早く引退したい。かつ社内に候補がいない
このときだけ外部を使います。同社のネットワークを介して次期社長を招き、立ち上げの時期は同社が伴走します。
注目すべきは、この型3の過去実績の書き方です。3件のうち2件が、こう書かれています。
- 「技術承継機構の社長が兼務 → 従業員が社長職を承継」
- 「外部招聘 → 従業員が社長職を承継」
矢印の先が、どちらも「従業員」で終わっています。 外部から入れた場合でも、最終的には社内の人間に渡す。方針として言っているだけではなく、実績としてそう書かれています。
売り手の事情に合わせて選べる形にしている点が、実務的です。「承継したら社長は即交代」という一律のルールにしていません。
外部人材は、あくまで橋渡し
3番目の型について、同社は重要な補足をしています。
外部から社長を招いた場合でも「その次の社長は社内で頭角を現した方にバトンタッチする」と明言しています。この一文は2025年4月のQ&Aで初めて登場し、以後2026年8月までの1年4か月間、一字一句変わらず6回掲載されています。方針として安定しています。
つまり外部人材は、恒久的な経営者ではなく橋渡しの位置づけです。
なぜ社内から出すのか。新居氏は理由を2つ挙げています。1つは会社のためです。もう1つが、残る社員のためです。
「軌道に乗れば譲り受けた会社の社員に社長を担っていただきます。社員の中から後継者を選ぶなら、社員のモチベーションも維持することができますからね」
「『従業員でも社長になれる』ということが社員にとっても高いモチベーションになる」
望ましい社長像も具体的です。「現場からの人望があり、コミュニケーション能力がある方」。技術力でも数字への強さでもありません。
橋渡しの最初の実例は、社長本人だった
型3の実績にあった「技術承継機構の社長が兼務 → 従業員が社長職を承継」が、1号案件の豊島製作所です。同社の資料には、代表取締役の変遷がこう記載されています。
譲受後(2019年11月から2021年12月):新居 英一(技術承継機構代表取締役と兼任)
譲受後(2022年1月から):斉藤 次男(元豊島製作所従業員)
新居氏自身が2年間社長を務め、そのあと生え抜きの斉藤氏に渡しています。 外部人材が橋渡しであるという説明の、最初の実例は社長本人でした。
その斉藤氏が、打診されたときの気持ちを書いています。
「社長を打診されたときは、自分がふさわしいのか、みんながついて来てくれるのか、社員の家族まで背負っていく責任の重さに耐えられるか、など非常に悩みました。不安は大きかったですが、NGTGと一緒に会社を運営していく、迷ったら相談し、解決できる体制であることから、前向きに引き受ける決断をすることができました」
「まさか自分が社長をやる事になるとは夢にも思わなかったので嬉しさは有りましたが、今迄の積上げてきた会社の歴史を繋げていかなければいけないと思うと、一つ一つの決断に対する責任の重さを感じます」
この後に紹介する増山氏も、最初は断ろうとしています。2人に共通しているのは、引き受けた理由が「自信がついたから」ではなく、一人で背負わなくていい体制があると分かったからだという点です。
あなたの会社でできることは
ステップ1:「継ぐ人がいない」の前に、社内を数えてみる
増山氏は設計・技術部門の一従業員でした。
後継者を探すときに見る範囲を、役員や親族に限定していないでしょうか。34歳の技術者が社長になった事例があることは、範囲を広げて考える材料になります。
具体的には、次の観点で社内を見渡してみてください。
- 現場の課題を、自分の言葉で説明できる人は誰か
- 他の社員から相談を受けている人は誰か
- 数字を見る習慣がある人は誰か
- 新しいやり方を試したことがある人は誰か
役職とは別の軸で見ると、候補が見えてくることがあります。
ステップ2:会議体を2つだけ先に作る
エムエスシー製造が入れたのは、週1回の経営会議と月1回の取締役会です。承継の有無にかかわらず移植できます。
大切なのは頻度を固定することです。「毎週月曜の朝9時」と決めてしまうほうが続きます。議題が少ない週があっても、時間は動かさない。この運用が定着の鍵になります。
会議で必ず見る数字を3つ決めておくと、さらに機能します。売上、粗利、受注残など、自社の状態が分かるものを選びます。
ステップ3:数字を共有し、賞与につなげる
技術承継機構の譲受先では、朝会で利益を含む数値を共有し、それを賞与に反映させる仕組みを入れています。
数字を見せるかどうかは、経営者の判断ひとつです。予算はかかりません。
最初から利益の全部を開示する必要はありません。部門ごとの売上、月単位の粗利など、範囲を決めて始められます。
ステップ4:改善提案を、制度にする
エムエスシー製造は改善提案の制度を作り、グループでは表彰制度も運用しています。
制度と言っても、複雑にする必要はありません。用紙1枚、月1回の締切、採用されたら朝会で表彰。この3点だけで成立します。
現場から出た改善は、外部のコンサルタントが出す案より定着します。自分たちで考えたものだからです。
ステップ5:引退の希望を、先に本人に聞く
技術承継機構が3つの型を用意しているのは、売り手の希望がそれぞれ違うからです。
自社の承継を考えるときも、まず「いつ、どこまで離れたいのか」を明確にしておくと、選べる相手が変わります。すぐ引退したいのか、5年かけたいのか、社長は続けたいのか。ここが曖昧なままだと、条件の交渉に入っても決まりません。
ポイント③ 買い手のほうが選ばれている
相手が決まるまでに2年3か月かかった
エムエスシー製造の元オーナー、德勝賢治氏の話は、売り手の側から見た承継の実態を教えてくれます。
德勝氏は創業者の二代目です。父から会社を譲り受け、入社から30年を超えて代表を務めてきました。本人は「創業者の二代目という宿命を背負い、運命として切り開いてきました」と振り返っています。事業は好調で、2019年には過去最高益を出していました。
それでも承継を考えたきっかけは、工場長が交通事故に遭ったことでした。
そのとき德勝氏は、過労の影響に気づきます。そして「オーナー単独では会社の将来と従業員の幸せを守る責務を果たせない」と考えました。
業績が悪化したからではありません。人を守れないと感じたからです。
德勝氏はこう書いています。
「仲介会社との出会いから、株式譲渡まで2年3か月を要しました。それまでも複数の仲介会社から数多くの譲渡先候補を紹介いただきましたが、時間を要した主な理由は、仲介会社が『売買』を目的とした相手探しに偏重していたことだと思います」
候補が出てこなかったのではありません。数多く紹介されたうえで、任せたいと思える相手に行き着くまでに2年3か月かかっています。
德勝氏には、譲渡先に求める基準がありました。
「我が社のビジネスモデル(何処にも所属せず公平に販売出来るという点)から『既存取引先』とは全く関係の無い第三者の所有が必須であり、さらに重要な点として顧客や取引先・従業員に対しての企業文化・社会的存在意義を果たすという責務を継承して頂ける事を重要視しました。また『売買』による手数料収入が目的ではなく、上記理念を理解してもらえる仲介会社の選定も大切な要素でした」
3つあります。既存取引先と関係のない第三者であること。企業文化と社会的存在意義を引き継いでくれること。そして仲介会社自体も選定の対象にしていたことです。
決め手は、工場を歩いているときの振る舞いだった
転機は2021年1月です。1号案件の豊島製作所で、德勝氏は技術承継機構の新居英一氏と会いました。
そのときの様子を、德勝氏はこう書いています。
「代表自らが工場内の裏口を駆使して各設備の使役を隈なく案内して下さり、すれ違う社員の名前を呼び、近々の話題を掛け合っている姿を見たときに、間違いなく共に『成長』出来るパートナーだと確信しました」
表の通路を通っただけではありません。裏の動線まで使って、設備を隅々まで見せています。そして道中、すれ違う社員の名前を呼び、近況を話していました。
準備された会議室でのプレゼンテーションではありません。工場を歩いているときの、何気ない振る舞いでした。
德勝氏が見ていたのは、方針そのものではなく、それが現場で回っているかどうかでした。
「NGTGの理念である『中小企業の経営資源・活動資源を守り、次世代へ引き継ぐ』、具体的手法である『再譲渡は行わない』『ITやDXを使った生産性向上』『管理の横展開化』『企業名(ブランド)の継承』『従業員の継承』『既存取引先継承』等、実務レベルでの実践を目の当たりにしました」
そして、この一言が最も印象的です。
「所有者として選んだというより、未来へ引き継ぐ価値のある会社として選ばれたという気持ちになった」
売る側が、買う側に選ばれたと感じている。この非対称が、承継の実態をよく表しています。
もう1人のオーナーが見ていたもの
エアロクラフトジャパンの元オーナー、深津拓真氏の事例も見ておきます。譲受は2023年6月29日で、深津氏は当時40歳でした。
高齢での引退ではありません。40歳での譲渡です。
深津氏が挙げた理由は、伸び悩みではなく体制の不足でした。
「会社が急成長する中で、主に管理面の体制を強化したかったことです。順調に売上と利益を拡大していますが、経理は親族が行い、しっかりとした人事評価制度もありませんでした」
伸びている最中の譲渡です。決め手も本人の言葉で残っています。
「技術承継機構は、企業の良いところをさらに伸ばし、足りない部分を補ってくれるなど、当社が求めていた理想的な譲渡先であるというのが一番の決め手でした」
「『再譲渡は行いません』というコンセプトにも安心ができました」
「私自身は新居社長と同じ歳であり、技術承継機構のメンバーも年齢が近い方ばかりだった」
「再譲渡は行わない」は、ファンドとの違いを意識した基準です。数年後に転売されると、社員はまた不安になります。
そして譲受後1年の変化が、具体的です。
「弊社向けのオーダーメイドの人事評価制度の作成から運営まで伴走してもらい、離職率も下がったと感じています。M&A前には新規の採用が難しかったことや、離職者も一定数いたことで、人材不足の課題を抱えていましたが、採用活動も技術承継機構に支援をしてもらい、1年間で10名以上採用ができました」
譲受時の従業員は41名です。1年で10名以上ということは、2割を超える増員にあたります。
なお深津氏は、いまも代表取締役を続けています。先に紹介した3つの型でいえば型2、続投のまま外部と組んだ形です。
選ばれる側になるために
この「買い手が現場をどう見ているか」という論点は、クアンド社の記事でも同じ形で出てきます。宮崎の南都技研は、同業の大手からの提案を断り、業界を変えてくれる期待を持てたスタートアップを選びました。
売り手が見ているのは、条件表ではありません。
- 現場を歩いたときに、社員に何を話すか
- 引き継いだ後、その会社をどうするつもりか
- 数年後に手放す可能性があるか
この3つは、資料では伝わりません。
あなたの会社でできることは
1. 相手を評価する目線が、自分にも向いていると考える
譲り受ける側に立つときも、提携先を探すときも、採用の場面でも同じです。德勝氏が見ていたのは、資料でも金額でもなく、社員の名前を呼ぶかどうかでした。
工場や店舗を案内するとき、すれ違う社員に何を話すか。ここは当日の準備でどうにかなる部分ではありません。日々の関係がそのまま出ます。
2. 承継先を探すなら、条件よりも先に相手の現場を見に行く
德勝氏が譲渡完了まで2年3か月を要したのは、仲介会社の紹介が売買目的の相手探しに偏っていたからだと本人が振り返っています。
1社目の面談で決まらないほうが普通です。相手の現場に足を運ぶ回数を増やすほうが、結果的に早く決まります。相手が過去に引き受けた会社を訪ねてみるのも有効です。
3. 自社の「引き継ぐ価値」を言葉にしておく
德勝氏は「未来へ引き継ぐ価値のある会社として選ばれた」と表現しました。ここでいう価値は、売上や利益とは別のものです。
- 自社が持っている技術のうち、他社が真似できないものは何か
- 何年続いている取引先があるか
- 社員が身につけている勘やノウハウは何か
- その技術は、どの業界の、どの製品を支えているか
これらを言葉にしておくと、承継の場面でも、採用の場面でも、営業の場面でもそのまま使えます。
4. 引退の理由を、業績以外の観点でも考えておく
德勝氏のきっかけは工場長の交通事故でした。深津氏は40歳で、経営の仕組みが足りないという認識からでした。
どちらも「業績が悪いから」ではありません。承継を考える理由は、業績以外にもあります。
- 自分に何かあったとき、会社は続くか
- いまの体制で、社員の生活を守り続けられるか
- 会社を伸ばすために足りない機能は何か
この問いは、承継の予定がなくても持っておく価値があります。
受け皿は、後継者不在の会社だけではなくなってきた
もう一つ、直近の変化に触れておきます。同社は2026年8月のQ&Aで、こう述べています。
「事業承継以外では、大企業のカーブアウトや上場企業のTOBも含めて取り組んでいきたいと考えています。2026年3月には当社初となる大企業からのカーブアウト案件として大崎電業社の譲受を行いました」
カーブアウトとは、大企業が自社の一部の事業や子会社を切り出して売却することです。大崎電業社は、シンフォニアテクノロジーが100%保有していた会社で、従業員70名、2025年3月期の売上は11.82億円、営業利益0.86億円でした。
地方の会社にとって、これは他人事ではありません。取引先の大企業が事業を手放すとき、その受け皿になる会社が出てきているということです。自社の主要取引先が持つ事業のうち、本業から離れているものはないか。そこを引き受ける、あるいは引き受けた相手と付き合うことになる可能性が、これから増えていきます。
承継の予定がない企業でも使える、4つの原則
ここまで技術承継機構のやり方を見てきましたが、「うちはM&Aを検討する段階ではない」と感じる方も多いと思います。同社の型には、承継とは関係なく使える部分があります。
原則1 やったことを、毎週1つのファイルに書き足す
NGPが強いのは、内容ではなく更新の頻度です。20社ぶんの成功と失敗が、毎週1つのドキュメントに集まっていきます。
1社しかなくても、時間が経てば経験は積み上がります。書き留めていなければ、そこで消えます。
書くのは4項目で足ります。いつ、何をやったか、どうなったか、次はどうするか。
原則2 時間で区切って、やることを固定する
半年、2年、3年。技術承継機構は、この3つの区切りに何をやるかを決めています。
新しい取り組みを始めるときも同じです。最初の半年は現状把握と小さな施策、そこから2年で計画の実行、3年目以降に拡大。この区切りだけ真似ても、途中で立ち消えになる確率は下がります。
原則3 次を任せる人は、社内から探す
増山氏は34歳の技術者でした。外から連れてくる前に、社内を見る。
技術承継機構は、外部から社長を招いた場合でも次は社内から出すと明言しています。外部人材は橋渡しであって、終着点ではありません。
原則4 断る基準を持つ
年間約500件を受け取って、実際に譲り受けたのは2025年12月期で7社です。比率にすると1.4%。製造業と関連事業、原則100%取得、高収益企業のみ、という条件を明示しているから、早い段階で判断できます。
新しい取引先を受けるかどうか、新規事業に投資するかどうか、出店するかどうか。判断の場面ごとに「この条件に当てはまったら受けない」を決めておくと、動きが速くなります。
GENDA社の記事でも、投資の見切り基準を持つことの重要性をお伝えしました。選ぶ基準よりも、断る基準のほうが判断を速くします。
まとめ
技術承継機構から学べることを、6つに整理します。
1. PMIは、マニュアルにできる
承継後にやることは、属人的な勘ではなく手順にできます。NGPは、米国ダナハーのDBSを手本に、譲受先の成功例と失敗例をもとに週次で更新される社内マニュアルです。20社ぶんの経験が1つのドキュメントに集まっていきます。
2. 時間を3つに区切る
譲受から半年は現状把握と事業計画の策定、半年から2年は計画の実行、3年目以降は拡大。区切りを決めることで、施策が途中で止まらなくなります。
3. 全社員と1対1で話すことから始める
豊島製作所では、タイの拠点を含む250名に実施しました。しかもメンバー4名が現地に家を借りて常駐しています。予算はゼロで、必要なのは時間だけです。
4. 社長は社内から出す
設計・技術部門の一従業員だった増山氏が、34歳で社長になりました。外部人材を招く場合でも、次は社内からと明言しています。
5. 売り手は、買い手を選んでいる
德勝氏が決め手にしたのは、裏の動線まで使って設備を隅々まで案内し、すれ違う社員の名前を呼んでいた姿でした。条件表ではありません。譲渡完了まで2年3か月を要した理由は、仲介会社の紹介が売買目的の相手探しに偏っていたからだと本人が語っています。
6. うまくいかない案件もある
2023年12月期と2024年12月期には、2期続けて減損損失を計上しています。新居氏自身が「10社を譲り受けて10社すべてが絶好調ですというのはない」と認めています。20社すべてが順調というわけではありません。この事実も含めて見ておく必要があります。
技術承継機構が引き受けているのは、事業として成り立っているのに継ぐ人がいない会社です。2023年に廃業した中規模企業の56%が黒字でした。この数字は、裏を返せば、続けられる会社がまだ多く残っているということでもあります。
自社の技術をどう次に渡すか。渡す予定がまだなくても、やったことを書き留め、時間を区切り、社内の誰かに任せてみる。この3つは今日から始められます。
最後に、德勝氏がインタビューの終わりに書いていた言葉を引きます。所有と経営について、二代目として30年以上会社を背負ってきた人の総括です。
「私はオーナーとして所有能力(組織体を守る)と経営能力(リスクを背負って挑戦し成長する)は二律背反していると感じています」
「これからはオーナー自身の人生を犠牲にして『会社を守る責任』を抱え込む環境ではないと考えます」
会社を守ることと、会社を伸ばすことは、同じ人が同時にやるには相反する。だから所有を手放したという整理です。
いつか承継を考える日が来たとき、德勝氏が言った「未来へ引き継ぐ価値のある会社」であるかどうかが問われます。その価値は、承継を決めてから作れるものではありません。
「ビジネス知の機会格差をなくす」という私たちのミッションに向けて、これからも実践的で価値ある情報を発信していきます。この記事の内容について、さらに詳しく知りたい方は、ぜひご連絡ください。

執筆者 : 佐久間 一己 (さくま かずき)
つなぐスタジオ株式会社 代表取締役社長 / ローカルグローススタジオ Director
リクルート営業マネージャー、ユーザベースFORCAS(現Speeda)カスタマーサクセスマネージャー、スタートアップ役員、地方起業を経て、地方企業向けのマーケティング代理店を設立。BtoB事業でWEBメディアを立ち上げオーガニック流入を3か月で20倍に伸ばすなど、シード/シリーズAの知名度・ブランドが乏しい時期のマーケティング手法を地方企業向けにアレンジします。








