○○社に学ぶシリーズ – まん福ホールディングス株式会社|16社を地域で束ねる「エリア共和国」、承継先を全国に散らさない理由

ローカルグローススタジオは、『地方企業にスタートアップのような成長を』というテーマで、コンテンツ発信と支援サービスを展開しています。この記事では、実践的なビジネスノウハウを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。

「○○社に学ぶシリーズ」の第6弾として、今回取り上げるのは、食の領域で事業承継を続けているまん福ホールディングス株式会社です。上場していないスタートアップですが、2026年5月時点で16社を承継しています。

前回の技術承継機構は、後継者のいない中小製造業を引き継ぎ、承継後にやることを社内マニュアルとして週次で更新していました。今回のまん福ホールディングスは、そこと対になる考え方を持っています。承継先を全国に散らさず、地域ごとに束ねるという発想です。

技術承継機構が業種を分散させて機能で横串を通すのに対し、まん福ホールディングスは業種を食に絞り、地域で固めます。同じ「連続して承継する会社」でも、束ね方が正反対です。

もう一つ、この会社を取り上げる理由があります。譲渡した元オーナーが実名で「なぜまん福を選んだのか」を語っている資料が複数あることです。承継を考える立場から見て、これほど具体的な判断材料はそう多くありません。

本記事では、まん福ホールディングスの成長戦略を「①地域で束ねて仕入れを回す」「②承継の初日から100日まで、何をするか」「③売り手が買い手を選ぶ基準」という3つの視点から分析し、承継の予定がない企業でも応用できる原則を抽出していきます。

参考資料一覧

参考資料

このほか、ICC登壇動画と社長名鑑のインタビュー動画(いずれもYouTube)、ストライク成約インタビュー・M&A Online(九嶋広一専務)、M&Aクラウドのロールアップ連載、PR TIMESの定期レポート(2022年6月6日、2022年10月28日、2023年5月31日)を参照しています。

まん福ホールディングスとは

食に絞って承継する会社

まん福ホールディングス株式会社は、食に関わる企業の事業承継を専門に手がける持株会社です。上場はしていません。

扱う領域は食のなかで幅広く、仕出し弁当、精肉、食肉卸、水産加工、宅配寿司、寿司店、焼肉店、唐揚げ専門店、和食店などが含まれます。

承継してきた会社を、時系列で並べます。

時期会社名所在地事業
2021年4月浜田屋(ちがさき濱田屋)神奈川県茅ヶ崎市仕出し弁当。承継時創業60年
2021年9月さくらや食産熊本県阿蘇郡西原村食肉加工
2021年10月山佐食品静岡県焼津市水産加工(BtoB)
2021年12月ハッピー商会(肉のハッピー)神奈川県相模原市精肉・惣菜。承継時創業69年
2022年1月オグラドルフィン(おぐらの唐揚)熊本市唐揚げ専門店。県内最多9店舗
2022年7月札幌海鮮丸北海道札幌市宅配寿司。承継時 全国66店舗
かねか水産神奈川県足柄水産加工。創業50年
2023年12月オオツカ熊本県あか牛中心の食肉卸・小売・外食。創業56年
2024年3月寿し心なかむら北海道札幌市寿司店。創業38年
2024年6月サンフレッシュミート(焼肉山河)東京都足立区食肉加工卸と直営焼肉店
2024年7月植草水産静岡県焼津市水産加工
2025年1月Osakana LLC米国ニューヨークテイクアウト寿司
2025年10月フード・フォレスト静岡県浜松市「和ごはん とろろや」運営
2025年11月タイタス北海道稚内市回転寿司「稚内回転寿司 花いちもんめ」。グループの札幌海鮮丸が事業承継
2026年3月むさし千葉県八千代市焼肉3店舗。承継時に創業40年
2026年5月ジャックポットプランニング東京・下北沢飲食

かねか水産のみ、承継時期が公表資料で確認できませんでした(2025年9月のICC登壇で12社に数えられているため、それ以前です)。

このほか、共同事業として株式会社神明ホールディングスとのJV「RICE REPUBLIC株式会社」(おにぎり専門店 TARO TOKYO ONIGIRI)があります。こちらは「オコメの共和国」という呼び名で、共和国の考え方が共同事業にも及んでいます。

手本にしたのは、米国ダナハー

同社のモデルには、はっきりした下敷きがあります。代表の加藤智治氏はこう説明しています。

「アメリカには、過去30年間で400社以上の企業をグローバルでM&Aしている『ダナハー』という企業があります。ダナハー・ビジネス・システム(DBS)という標準化された業績改善手法を確立しており、買収した会社にDBSを導入することで再現性高く業績改善を実現し、次なる成長軌道に乗せることをされています」

前回の技術承継機構も、同じダナハーのDBSを手本にNGPというマニュアルを作っていました。日本の連続承継企業が、製造業と食という別の業種で、同じ会社を参考にしているという点は覚えておく価値があります。

「第三の選択肢」という立ち位置

同社が自らの位置づけを説明する言葉が、これです。

「同業他社によるM&Aは、親会社の本業へのシナジーを期待して行われるケースが一般的です。また、ファンドによるM&Aはイグジットが前提です。我々が提唱する第三の事業承継では、純粋持株会社として会社の形を保ったまま経営を続けます。イグジットも原則ありません」

第1号案件のリリース(2021年5月6日)には、事業モデルが3行でまとまっています。

1. 承継後、基本的に売却はしない

2. 純粋持株会社として承継企業の理念を尊重する

3. 「食」関連事業に特化する

そのうえで「その根幹には『うまい』ことが絶対条件です」と付け加えています。

1番目の「売却はしない」を先に明文化している点が重要です。加藤氏は自社の手法を、外部から経営者を送り込む「マネジメント・バイ・イン」を行う事業承継プラットフォームだと説明しています。

承継される側が最も不安に思うのは、数年後にまた転売されることです。その不安に対して、条件交渉の場で答えるのではなく、事業モデルの1行目に書いて先に示しているという設計になっています。

そもそも、外部への承継を選ぶ会社はまだ少数です。加藤氏は「我々の調べでは、外部への事業承継を実行しているのは全体の1%強だと考えています」と述べています。親族か社内で継ぐか、廃業するか。第三者に渡すという選択肢は、まだほとんど使われていません。

財務の前に、まず食べる

「うまい」を絶対条件に置くことは、判断の手続きにも表れています。専務取締役CPOの九嶋広一氏は、選定基準をこう説明しています。

「弊社が承継する前の試食の段階で、基準を満たさない『美味しくない』と判断された企業様については、残念ながらお断りさせていただいています」

「『これは美味しい、残していきたい』と確信できた企業様に対してのみ、我々から『ぜひ承継させてください』とお願いをしています」

別の場では、判断の中身をこうも語っています。

「試食の段階で料理への愛情や作った人の想いが感じられず『美味しくない』と判断すれば、お断りすることもあります」

見ているのは味そのものだけではありません。料理への愛情と、作った人の想いが感じられるかどうかです。

「ストロングポイントを磨く」という定義

加藤氏は、承継の考え方をこう定義しています。

「受け継がせていただく会社が今まで存続してきたということは、必ずどこかにお客様から評価されているストロングポイントがあるということです。まずはそれが何かということを見極めて、それをひたすら磨いていくというのが承継だと思っています」

事業を作り変えるのではありません。すでに評価されている部分を見つけて、磨き直す。

だから試食します。何十年も続いてきた会社には、続いてきた理由が必ずあります。その理由が味に表れていなければ、引き受ける意味がないという判断です。

なぜまん福ホールディングスから学ぶべきなのか

46歳で、集大成として起業した

代表の加藤智治氏は、食の現場から来た人です。

東京大学と同大学院を経て、ドイツ銀行グループに1年、マッキンゼー・アンド・カンパニーに約4年(当時の最短となる3年9か月でマネージャーに昇進)。2004年にフィールズの社長室長となり、スポーツ・エンターテイメント関連の子会社2社の取締役を兼務します。

転機は2007年です。33歳で、株式会社あきんどスシローにターン・アラウンド・マネージャーとして参画しました。専務、取締役COOを歴任し、7年弱在籍しています。その後2015年にゼビオ株式会社の代表取締役社長を務め、2021年にまん福ホールディングスを設立しました。

起業の動機について、本人はこう語っています。

「そのキャリアの中で、さまざまな経営者の方々と触れる機会があり、その時に『この人はすごいな』と感じる方は創業者の方が多く、ゼロからの起業にチャレンジしてみたいと、これまでのキャリアの集大成として46才での起業を決意しました」

別の場では、もう少し踏み込んだ言い方をしています。

「これまで多くの経営者に会うなかで、ゼロイチの事業をつくってきた起業家に共通する経験に裏打ちされた深い人間味に、憧れとコンプレックスがありました」

この経歴が、後で説明する「売り手が買い手を選ぶ場面」に効いてきます。

4年で、売上100億円を超えた

数字を時系列で並べます。母集団はいずれもグループ連結です。

時点承継社数連結売上従業員数
2021年度(2022年6月6日発表)5社13億円約360人
2022年度(2023年5月31日発表)6社 + 共同事業52億円(前年比約4倍)約1,100人
2025年9月(ICC登壇時)12社(海外1社含む)100億円超約1,500名
2026年1月15日時点14社(国内13、海外1)年商約110億円約1,800名

その後、2026年3月27日に15社目(千葉の焼肉むさし)、2026年5月18日に16社目(下北沢のジャックポットプランニング)を承継しています。

エクイティによる累計調達額は約57億円(2026年1月15日時点)です。直近ではシリーズCとして総額約35億円を調達しました。

2025年9月のICC KYOTO 2025カタパルト・グランプリでは5位に入賞しています。

引き継いだ会社の歴史が、合計500年ある

同社が示している指標のなかで、性格をよく表しているものがあります。加藤氏はICCの登壇でこう述べています。

「過去4年間で売上は100億円を超え、合計500年の歴史を継がせていただきました」(2025年9月時点、12社)

新しく事業を作ったのではありません。すでに何十年も続いてきた会社を引き受けています。第1号の濱田屋は承継時に創業60年、肉のハッピーは69年、オオツカは56年でした。

成約率80%には、定義があります

同社は成約率80%という数字を出しています。ただし、この分母には定義があります。

ICCの登壇で加藤氏はこう説明しました。

「これは、私たちがオーナーに最後まで『ぜひ継がせてください』と手を挙げさせていただいた会社が15社あり、そのうち12社を承継しているということです」(2025年9月時点)

打診を受けた案件の総数ではありません。最後まで買い手として手を挙げ切った15社に限った数字です。試食で断ったケースなど、まん福側が見送った案件は母数に入っていないと読むのが自然です。この定義を外して「成約率80%」だけを引くと、意味が変わります。

数字より参考になるのは、同社がこの80%の理由に挙げているものです。

「成約率80%、この数字の裏側には、第三の選択肢という立ち位置に加え、これまでの様々な失敗も含めた経験を標準化していることがあります」

「こういった25個の手法から、その会社に合った提案をする提案力があります」

別の場では、理由を3点に整理しています。「一つ目は、事業承継の『第3の選択肢』というポジションをとっていること」「二つ目は、『食への特化』です」「三つ目は、私たち自身が、創業経営者であることです」

ポイント① 地域で束ねる「エリア共和国」

全国に散らさない

まん福ホールディングスの承継先は、地域ごとにまとまっています。同社はこれを「エリア共和国」と呼び、次の4つを構成しています。

  • 熊本肉共和国(オオツカ、さくらや食産、オグラドルフィン)
  • 静岡魚共和国(山佐食品、植草水産、かねか水産)
  • 南関東肉共和国(サンフレッシュミート、ハッピー商会、むさし)
  • 北海道寿司共和国(札幌海鮮丸、寿し心なかむら)

名称に業種が入っている点に注目してください。肉、魚、寿司。地域で固めると同時に、その地域で扱うカテゴリーも絞っています。

前回取り上げた技術承継機構は、業種を分散させたうえで機能ごとに横串を通す形でした。まん福ホールディングスは逆で、業種は食に絞り、地域とカテゴリーで固めます。

なぜ地域で束ねるのか、理由は2つ

加藤氏はICCの登壇で、理由を2つ挙げています。

「全国に点在するのではなく、あるエリアに、ある程度特化してテーマも絞って、そこでロールアップしていく。そうすることによって、会社の数が増えてもワンチームで経営ができるという経営の効率につながる」

「そして、地域密着、特に地域金融機関様との関係を強くすることによって、応援していただく。そのことによって、エリア共和国が発展していく。これこそが目指すべき姿だと、私たちはたどり着きました」

1つ目は運営の効率です。2つ目が地方企業にとって重要で、地域を絞ることで地元の金融機関との関係が濃くなり、資金の面で支えてもらえるという話です。

これは実際に効いています。シリーズBの引受先には肥銀キャピタル(熊本)と山陰合同銀行が入り、シリーズCには地銀系キャピタル7社(いわぎん未来投資、京葉銀キャピタル、ごうぎんキャピタル、肥銀キャピタル、フィデアキャピタル、愛知キャピタル、佐銀キャピタル&コンサルティング)が名を連ねています。承継先の地域と、出資してくれる金融機関の地域が重なっています。

なぜ熊本が肉なのか。確認できている事実を挙げます

加藤氏は1974年、熊本県の生まれです。熊本で最初に承継したさくらや食産は2021年9月、創業から2社目の案件でした。そして熊本肉共和国の中核となったオオツカは、くまもとあか牛の繁殖・肥育から販売までを一貫して手がける、日本最大級のあか牛サプライヤーです(2023年12月の承継リリースより)。

出身地という地縁と、あか牛という産地の資産が重なる場所に、最初の肉の共和国ができています。

「共和国」と呼ぶ理由

呼び名にも意味があります。加藤氏はこう説明しています。

「共和国という呼び方をしているのは、ホールディングス経営なので、一社一社の会社様の自立性を大切にしたい。ホールディングスが上で、各社が下ではなくて、むしろ逆だと思うんです。各社が中心になって、我々は無色透明なホールディングスで、特定の色を足すわけじゃなくて、会社様の色を濃くしていく経営をしたい」

「グループ会社」でも「子会社」でもなく「共和国」。上下ではなく、それぞれが中心にいるという構造を、呼び名で表しています。

静岡魚共和国は、県境をまたぐ

具体例を見ます。静岡魚共和国は3社で構成されていますが、全部が静岡にあるわけではありません。焼津の山佐食品と植草水産に加えて、かねか水産は神奈川県足柄の会社で、真鶴港と小田原港で水揚げされた魚を扱います。

行政区画ではなく、駿河湾から相模湾までを一つの魚の商圏として束ねる形です。「地域」の単位が、県ではなく商圏であるという点が、この構造の実務的な部分です。

承継から1か月で、原価に手をつけた

静岡県浜松市の株式会社フード・フォレストの事例は、この構造が数字に効く様子が見える例です。

承継後、グループ内の水産加工会社から直接納品を受ける形に切り替えました。それまで通していた問屋の中間マージンが、そのまま削減されます。着手したのは承継から1か月です。

このときの前オーナーの反応が、九嶋氏の口から語られています。

「フード・フォレストの前オーナーの森口氏は、魚の仕入れに課題を抱えていました。この価格を森口氏にお伝えした際、『そんな価格で仕入れができるのか』と非常に驚かれました」

新しい商品を開発したわけでも、店舗を改装したわけでもありません。仕入れ先をグループ内の会社に替えただけです。それでも原価は動きます。

共和国は、内側で完結させない

もう一つ重要な点があります。共和国はエリア内で閉じるものではありません。

オオツカ承継のリリース(2023年12月1日)に、こう書かれています。

「今後国内において、熊本、静岡、神奈川、北海道を中心にグループシナジーを活かした成長施策を行い、各地域での共和国を構築していくのと同時に、エリアを超えてグループ各社同士での提携を進めていき商圏を全国へと拡大していきます」

実例があります。熊本のオグラドルフィンの唐揚げを、北海道の札幌海鮮丸で扱う。札幌海鮮丸の寿司ネタを、静岡の山佐食品で加工する。エリア内で固めたうえで、エリアを超えて流すという2段構えです。

ただし同社は、ここでの反省点も率直に語っています。

「現時点で反省があるのは、川上から川下というバリューチェーンを食の領域で統合しようとすると、物理的な距離が大きな要素になるという点です。たとえば、北海道の宅配寿司のネタを静岡の焼津で加工して輸送していますが、ものすごい物流コストがかかります」

そのうえで「『食のSPA をどうつくるか』という視点で、バリューチェーンは考える必要がありますね」と述べています(SPAは、製造から小売までを一社で担う業態のことです)。うまくいった話だけでなく、コストが重かった話も出している点は、読む側にとって有益です。

この構造が目指す先も、加藤氏自身が言葉にしています。ICCの登壇の結びで語られたフェーズ2の計画は、いまの売上100億円を3年後に300億円へ伸ばし、4つの共和国を全国をカバーする8つの共和国に広げるというものでした。そして、こう続けています。

「グループの会社が12社、15社、20社、30社と増える中で、グループシナジーも追求し、足し算を掛け算に変えていきます」

会社の数を増やすことと、掛け算が起きることは別だという認識が、本人の中にあります。エリア共和国は、その掛け算を起こすための器という位置づけです。

引き継いだ会社で、実際に何が起きたか

各社の成果を、時点と母集団を明記して並べます。いずれも1社ごとの数字です。

濱田屋(2021年4月承継。神奈川県茅ヶ崎市の仕出し弁当屋「ちがさき濱田屋」。承継時創業60年)

まん福ホールディングスの第1号案件です。承継初年度は、コロナ禍のさなかにもかかわらず、経常利益幅が前年比で2,500万円改善しました。

やったことは商品開発でした。茅ヶ崎の名産であるしらすを主役にした「しらすわっぱ」「しらす幕の内」を開発し、発売開始から売上ランキングのワンツーになります。「しらすわっぱ」はお弁当・お惣菜大賞2022のお弁当部門で入選しました。承継後1年間で25種の新商品を開発し、その年の売上高全体に占める新商品の割合は12%です。

しらすの量にもこだわりがあります。加藤氏の説明です。

「他店の調査をすると、しらす弁当のしらすの量の平均は約40グラムでした。そこで我々はその倍以上乗せようと、末広がりの88(八八)グラムをのせることにしました。たくさん乗っているほうが”うまい”し、気分があがりますよね」

そして重要なのが、開発の進め方です。定期レポートにはこう書かれています。

「湘南名物である”しらす”に注目し、プロパー社員の皆様と意見を出し合い試行錯誤の末、新商品『しらすわっぱ』、『しらす幕の内』を開発」

加藤氏のコメントも添えられています。「これも一重に我々を温かく迎えてくださった、プロパー社員の皆様のご協力があったからこそ実現できたこと」。

さらに糀に着目した新ブランド「湘南夢糀」も立ち上げました。ここで組んだのが、静岡魚共和国の山佐食品です。鯖を使った「サバの味噌塩糀漬」をグループ内の共同制作として開発しています。神奈川の弁当屋と静岡の水産加工会社が組んで、新商品を作ったことになります。

ハッピー商会(2021年12月承継。神奈川県相模原市の精肉店「肉のハッピー」。承継時創業69年)

この案件は、承継の主体が特徴的です。承継を実行したのはまん福ホールディングス本体ではなく、グループの浜田屋でした。新社長も浜田屋社長の戸倉大輔氏が兼任しています。

やったことは3つです。人気商品だったメンチカツとコロッケのレシピを改善して惣菜の種類を増やす。店内のショーケースのレイアウトを変えて、店前からの視認性を上げる。グループの濱田屋の弁当を置いて品揃えを広げる。

結果はこうです。惣菜部門の売上が1.5倍になり、部門別売上構成比で惣菜が20%弱から30%へ上がりました。惣菜の比率が上がったことで原価率が約8%強下がっています。売場のレイアウト変更で新規のお客様(特に土日のファミリー層と独身層)が増え、客単価は1,100円から1,500円に上がりました(2022年3月・4月度集計)。

その後、惣菜と弁当は売上構成の40%以上を占めるまでになり、メンチカツとコロッケは毎月の売上ベスト3に入り、1日80個売れる日もある商品になっています(2022年10月28日時点)。

ここでも、新商品を作ったわけではありません。もともと売れていたメンチカツとコロッケのレシピを磨き、置き場所を変えただけです。

オグラドルフィン(2022年1月承継。熊本市の唐揚げ専門店「おぐらの唐揚」)

熊本県内最多の9店舗を構える唐揚げ専門店です。1個60gの大きな唐揚げを店内で仕込み、揚げたてで出します。味付けは醤油・塩・柚子胡椒の定番3種で、250年の歴史を持つ熊本の老舗「山内本店」の甘口醤油を使っています。

承継後にやったのは、商品ラインナップの強化による客単価向上、仕入れ先開拓による原価抑制、既存店舗のオペレーション改善、10店舗目となる益城店の出店、そしてグループの札幌海鮮丸への商品展開です。結果は売上高4億3千万円、前年比116%(2022年度)。

札幌海鮮丸(2022年7月承継。北海道札幌市の宅配寿司。承継時 道内51店舗、全国66店舗)

やったことは3つです。価格を5%から8%改定し、メニュー表を刷新し、DMを約24万枚配布しました。

値上げには理由があります。市場相場の高騰で、予算原価率に対して実績が2%から3%上振れていました。原価率を戻すために、承継後すぐ、夏の繁忙期であるお盆に間に合わせる形で実施しています。

値上げと同時にやったのが、メニュー表の刷新です。それまでは新聞折り込み用の薄いチラシが主でしたが、保存性の高い厚い紙のメニュー表を作り、過去1年間に注文したお客様(約24万件)にDMで届けました。値上げの理由を全員に説明することが目的です。

この時期には、あわせてテレビCMも放映しています。CM単独では直接の売上増につながりませんでしたが、CM放映期間にチラシも配布していた店舗では、売上が昨年対比107%から110%になりました(2022年10月28日時点)。店舗数は63店(2023年5月31日時点)です。

なお、2022年10月28日のレポートにある「全6社において売上昨対比超えを達成」という記述は、2022年度に承継していた6社についての話です。翌年のレポートでは表現が変わり「2022年度における承継企業6社計の売上高は前年比を超えることができました」と、合計での比較になっています。いずれも2026年時点の16社に広げて読むことはできません。

あなたの会社でできることは

エリア共和国という構造は、グループを持たない会社にも翻訳できます。

チェックリスト:こんな状態になっていませんか

  • □ 主要な仕入れを、長年同じ問屋にすべて任せている
  • □ 同じ商圏に同業がいるが、話したことがない
  • □ 原価率を、直近1年で計算していない
  • □ いちばん売れている商品が、店頭でいちばん目立つ場所にない
  • □ 新商品の開発に時間をかけているが、既存商品の見せ方は変えていない
  • □ 値上げをしたことはあるが、理由をお客様に説明したことはない

すぐにできる改善策

1. 問屋を1段飛ばして、地域内から直接仕入れる

フード・フォレストがやったことは、グループ内の水産加工会社から直接納品を受ける形への切り替えでした。承継から1か月で着手しています。

グループがなくても、同じ構造は作れます。地域の水産加工業者、精肉業者、農家と直接取引を組む。

いきなり全部を替える必要はありません。仕入れの1品目だけで試せます。使用量の多い品目を1つ選び、地域内の生産者や加工業者に直接あたってみる。それだけで原価率は動きます。

2. 同じ地域の同業と、仕入れだけ共同にする

静岡魚共和国の3社は工場設備も共有していますが、いきなりそこまでやる必要はありません。

まず共同で仕入れる品目を1つ決める。段ボール、包材、燃料、洗剤など、品質に差が出にくく、どの会社も使うものから始められます。

同業だから話しづらいと感じるかもしれません。しかし仕入れの共同化は、売上を奪い合う話ではありません。

地方企業やスタートアップに共通する、低リソース・ブランド無しの戦わない戦略でも書いたとおり、同じ顧客を取り合っているように見える相手でも、バリューチェーンを分解すると価値提供のタイミングが違い、組める場合があります。競合に見えていた企業が、相互にメリットの生まれるパートナーになりうるということです。

進め方も段階的で構いません。まずは情報交換から始め、短期で成果の見えやすい小さな協業を試し、うまくいったら範囲を広げます。判断の基準は、自社とパートナーと顧客の3者にメリットがあるかどうかです。商工会議所や組合の場で、この話題だけを出してみるところから始められます。

3. すでに売れているものを、さらに前に出す

ハッピー商会で起きたのは、新商品の開発ではありません。もともと売れていたメンチカツとコロッケのレシピを磨き、ショーケースのレイアウトを変えただけです。それで客単価が1,100円から1,500円になりました。

自社で一番評価されている商品はどれか。それを店頭で一番目立つ場所に置いているか。確認するだけなら今日できます。

具体的な手順としては、直近1年の商品別売上を粗利額の順に並べ替えてみることです。上位3つが、店頭でどう扱われているか。多くの場合、売上の順位と売場の扱いは一致していません。

4. 値上げをするなら、理由を説明する紙を同時に配る

札幌海鮮丸は、値上げとメニュー表の刷新を同時にやりました。しかも保存性の高い厚い紙にして、過去1年の注文客24万件にDMで届けています。

値上げの前に理由を説明する。この順番が施策の中身です。原価が上がって値上げを検討している会社は多いはずですが、説明を同時にやっている会社は多くありません。

5. 新しいことは、いま社内やグループにある材料の組み合わせで始める

濱田屋の「湘南夢糀」は、静岡の山佐食品と組んで立ち上げました。新しい設備でも新しい取引先でもなく、すでに関係のある相手との組み合わせです。

自社の商品と、取引先や近隣企業の商品を組み合わせて何か作れないか。この問いなら、設備投資の判断を待たずに試せます。

業種別に翻訳すると

  • 飲食業の場合:野菜や魚を地域の生産者から1品目だけ直接仕入れる。粗利額の上位3品をメニューの一番上に移す
  • 小売業の場合:同じ商店街の店舗と、包材や什器を共同で仕入れる。売れ筋を入口正面に移す
  • 製造業の場合:同じ工業団地の企業と、燃料や副資材を共同購入する。近隣企業と組んだ共同製品を1つ試す
  • サービス業の場合:地域の同業と、システムや広告枠を共同で契約する。いちばん利益率の高いメニューを最初に提案する順番に変える

ポイント② 承継の初日から100日まで、何をするか

初日に「承継式」を開く

まん福ホールディングスのPMI(承継後の統合作業)で特徴的なのが、承継の初日に「承継式」を開くことです。加藤氏の説明です。

「承継した初日に『承継式』というものがあり、株主や社員の方に新社長をお披露目するんですが、その日のスピーチやコミュニケーションから始まって1〜2週間で人心掌握をするべきだと思っています。もちろん実務に関してはまだ何もわからない状態ですが、リーダーとして一緒に業務をやっていこうという姿勢を示すこと、また前オーナー様といい関係を築くことなども大切ですね。優しさと力強さの両方が必要なので、人間性が問われますし、ビジネスリーダーとしての力量が試されます」

承継が決まると、社員は不安になります。誰が来るのか、給料はどうなるのか、仕事のやり方は変わるのか。その不安が広がる前に、新しい経営者が自分の言葉で話す場を作る、という設計です。

なぜ最初の2週間なのかについても、補足があります。入社後の組織で、早く心理的安全性をつくるための自己開示法では、新しい環境に入る側が顔を合わせて話す機会を持つべき時期として、最初の2週間を挙げています。表情、身振り、声のトーンといった、文字では伝わらない情報が相手に届くためです。

写真を貼り出した社長

承継式の後、実際に何をするか。第1号案件の濱田屋で新社長になった戸倉大輔氏(現・まん福ホールディングス取締役副社長COO)の例が、加藤氏から語られています。

「その社長就任時、彼はちがさき濱田屋の社員の方々の写真を撮って、それぞれどういった人か、好きなものなどがわかるプロフィールを添えながら、事務所に貼り出したんです。社員一人ひとりを理解して、『その輪に私も加わります』ということでしょう」

新しく来た社長が社員を覚えるための施策ですが、同時に社員の側も、互いのプロフィールを見ることになります。予算はかかりません。

加藤氏は、リスペクトについてこうも述べています。

「丁寧語を使えばリスペクトしているというわけではなく、相手の方が大事にしているものを理解し、そのことに共感することがリスペクトだと思っています」

100日でやることを、全部リストにする

株式会社むさしのPMIを担当したのは、水谷昌道氏です。グループのサンフレッシュミートの代表取締役で、あきんどスシローで20年のキャリアを積んだ後にまん福ホールディングスへ移った人です。

水谷氏はこう述べています。

「私たちのグループでは『100日プラン』を作成しPMIを行ってきました。M&Aから最初の100日にやるべきことが全てリスト化されています」

そして、この発言には続きがあります。

「ただ過去には、100日プランを再度やり直した事例もありました」

一度で決まるものではない、という但し書きが付いています。

100日という区切りは、このシリーズで繰り返し出てきます。GENDA社の「最初の100日」、newmo社の100日プラン、そしてまん福ホールディングスです。会社の規模も業種も違うのに、同じ長さに落ち着いている点は、それ自体が示唆的です。

最初にやるのは「人・もの・金の可視化」

100日プランの中身のうち、最初に手をつけることは明言されています。

「この会社はじゃあどういうふうにやるかって、最初に PMI でやることは、人もの金の可視化です。これをしっかり可視化した上で、何をどの順番でやるか。中小企業はリソースに限りがあるので、あれもこれもやると、全部実行できなくて、何も起きない。順番をつけることがすごく重要」

「あれもこれもやると、何も起きない」という指摘は、規模を問わず当てはまります。

経験を標準化した「まん福メソッド」

同社は、承継を重ねて得た経験を1つの体系にまとめています。2023年5月31日の定期レポートに、こう書かれています。

「次なる目標は、今まで培った経験ノウハウを標準化した『まん福メソッド』を各社で活用し、グループ全体の収益性を高めていくことです」

同じ発想は、承継を決めてもらう前の場面にもあります。ICCの登壇で加藤氏は、成約率80%の理由として「こういった25個の手法から、その会社に合った提案をする提案力があります」と語っています。統合後の「まん福メソッド」と、提案の場面の「25個の手法」。名前は分かれていますが、経験を1件ずつの勘で終わらせず、標準化して次の案件に使うという規律は共通です。

前回の技術承継機構がNGPというマニュアルを週次で更新していたのと、発想は同じです。まん福ホールディングスの場合は、その標準化が承継後の統合だけでなく、承継を決めてもらう場面まで及んでいることになります。

サイエンスとヒューマンの両方

加藤氏は、承継後の経営に必要なものを2つに分けています。

「承継した会社の経営を成功させるには、サイエンスの部分とヒューマンの部分の両方をバランスよくかけ算するのが大切です。サイエンスだけでは人心を掌握できずにうまくいかず、ヒューマンだけでも仲良しクラブになってしまいます」

そして、目指す姿をこう表現しています。

「カリスマ経営から全員野球へシフトするようなものです」

社長はまん福から出す。ただし例外もある

新社長には、まん福ホールディングスのメンバーが就任します。加藤氏の説明です。

「暖簾と雇用を守るため、私たちのメンバーが社長となり、プロパーの社員の方々と一緒に二人三脚で第二の創業を邁進していくことに、これまで4年間、尽力してまいりました」

体制も具体的です。「まん福ホールディングスのメンバーが熊本に3人、北海道に1人、静岡に2人、関東に3人と常駐して、各会社の社長や副社長、取締役を務めています」。

ただし例外もあります。九嶋広一氏は、PMIの第二の柱としてプロパー社員の抜擢を挙げ、承継した水産加工工場の社員が新会社の社長に就任した事例があると述べています。グループ内から次世代の経営者を育てることを目標に置いているためです。

同社はこの考え方を「人材のグレートローテーション」と呼んでいます。加藤氏の説明です。

「日本は大都市や大企業に優秀な人材が集中していますが、”経営”というキャリアを通して、地方や中小企業にも動いていただける仕組みをつくりたい。人材のグレートローテーション(大転換)を生み出したいんです」

承継そのものよりも、経営できる人が地方へ動く流れを作ることを目的に置いています。前回の技術承継機構が「社長は社内から出す」を原則にしていたのに対し、まん福ホールディングスは外から人を連れてきて、地方に住まわせるという方向です。同じ承継でも、人の動かし方が逆になっています。

年齢の若さも、社長を任せない理由にはなっていません。神明ホールディングスとの共同事業であるおにぎり専門店では、26歳の社員が社長に就いています。加藤氏はインタビュー動画(社長名鑑)で、その考え方をこう語っています。

「経験と能力がたっぷりあるから経営者になるのではなくて、やっぱり『経営をしてみたい』という強い思いがある人に、私たちが一緒に仕事をする中で共に成長していく、その結果、より良い経営者になっていくということをやっていきたいと思っているので。まず経営者になっていただくということ自体が、最大の人材育成かなと」

もう一つ、グループ会社の社長が兼任するパターンもあります。ハッピー商会は浜田屋社長の戸倉氏、むさしはサンフレッシュミート社長の水谷氏、寿し心なかむらは札幌海鮮丸社長の飯塚隆夫氏が兼任しています。承継先が増えるほど、まん福本体から出すより隣のグループ会社の社長が兼ねる形が増えており、これはエリア共和国の構造と直結しています。

そして今後、方針を広げることも明言されています。

「そして、社長が継続するという『ハッピーグループジョイン』の事業承継にも拡張していきます」

元の社長が続けるパターンを、選択肢に加えるということです。承継の形を1つに固定しない。

あなたの会社でできることは

ステップ1:体制が変わる日に、全社員の前で新しい責任者を紹介する

承継式は、予算のかからない施策です。新しい経営者や責任者を全社員の前で披露し、その場で本人が話す。それだけです。

事業承継そのものだけでなく、社長の代替わり、新しい工場長の着任、部門統合のタイミングでも同じ形が使えます。

話す内容も、複雑にする必要はありません。次の3つで足ります。

  • 自分が何者で、なぜここに来たか
  • この会社の、どこがいいと思っているか
  • これから何を変えて、何を変えないか

3つ目が重要です。「変えないこと」を先に言うほうが、社員は安心します。

ステップ2:着任した人が、全員の名前と人となりを覚える仕組みを作る

戸倉氏がやったのは、社員全員の写真を撮り、プロフィールを添えて事務所に貼り出すことでした。

新しい責任者が来たとき、この形はそのまま使えます。既存社員どうしの理解も進みます。かかるのは印刷代だけです。

ステップ3:最初にやるのは「人・もの・金の可視化」

水谷氏の言うとおり、順番が重要です。誰が何をやっているか、在庫や設備がどこにいくつあるか、お金がどこから入ってどこに出ていくか。この3つを見える形にしてから、何を先にやるかを決めます。

いきなり施策から入ると、リソースが分散して何も終わりません。

ステップ4:最初の100日にやることを、紙1枚にする

水谷氏の言う100日プランは、特別な道具を必要としません。何を、いつまでに、誰がやるかを書き出したリストです。

書く項目は3つで足ります。やること、期限、担当者。この3列のリストを紙1枚にまとめ、見える場所に貼っておきます。

そして、うまくいかなければ作り直す。水谷氏も「100日プランを再度やり直した事例もありました」と述べています。1回で完成させる必要はありません。

ステップ5:サイエンスとヒューマンを、どちらも欠かさない

数字の可視化と管理だけでは人心を掌握できず、人間関係だけでは仲良しクラブになる。加藤氏の指摘はそのまま移植できます。

週次の数字を見る会議と、社員と1対1で話す時間。この両方を予定に固定しておくのが、実務的な形です。

ポイント③ 売り手は、買い手のどこを見ているか

このシリーズで繰り返し出てくる論点ですが、まん福ホールディングスの事例では、譲渡した元オーナーが複数人、実名で語っています。

前回の技術承継機構では、元オーナーの德勝氏が「工場の裏口を歩きながら社員の名前を呼んでいた姿」を決め手に挙げていました。今回の3人は、また別の基準を持っていました。

10年かけて、それでも親族には継がせなかった

株式会社むさしの長山強氏(取締役会長)は、承継の年に創業40年を迎えた「焼肉むさし」を、長年にわたり経営してきました。18歳でこの世界に入り、いまも美味しい焼肉の提供を考え続けていると語っています。

親族への承継も検討しています。子息と娘は約10年前に会社に加わっていました。それでもM&Aを選んだ理由を、長山氏はこう説明しています。

「私の考えでは社長に必要なものは、人を引っ張っていくリーダーシップや、何かが起きた時の判断力です。しかし2人に無理やり、社長としての役割を与えても、負荷が大きいのではないかと考えました。社長ができる人に社長を務めてもらうのが最善だという結論に至りました」

継ぐ側にかかる負荷という観点です。継がせないという判断を、子息と娘のためだと考えている点が、親族内承継を検討している方にとって重い示唆だと思います。

過去に譲渡された会社を、1社ずつ調べた

そして、まん福ホールディングスを選んだ理由が具体的です。

「まずは経営システムの充実ぶりを感じたためです。まん福ホールディングスはすでに10社以上のM&Aを手がけていましたので、その譲渡企業を1社ずつ調べました」

M&Aの実績件数は、どの会社も出しています。しかし、引き受けられた会社がその後どうなったかは、自分で調べないと出てきません。長山氏はそこを見ました。

もう一つ、面談での印象も挙げています。

「そしてトップ面談の際に、戸倉さん(戸倉大輔 取締役副社長COO)にお会いしたことも大きかったです。なるほど、この人だったらむさしを伸ばしてくれると判断しました」

この戸倉氏は、濱田屋の新社長として社員の写真を貼り出した人であり、ハッピー商会の社長を兼任した人でもあります。承継先で実際にやってきたことが、次の売り手を口説く場面に効いているという構図です。

なお長山氏は、条件の優先順位もはっきり述べています。

「まず雇用が守られること、これが一番です。できるなら『むさし』の名前も残してほしいとは願っていましたが、これは2番目です」

「川上」を持っている会社を探していた

2人目は、静岡県浜松市の株式会社フード・フォレストの森口愛氏です。22歳で創業し、35年経営してきました。

承継を考えたきっかけは、複数の事情が重なったことでした。後継者への不安、母親の介護、そしてコロナ禍による事業の停滞です。新規出店の投資判断ができなくなったと語っています。

森口氏の選定基準は、3つの条件として明確です。

「オーナー社長のいる会社や同業他社を避けることに加え、『川上』つまり農業や漁業など、原材料を持っている会社が良いと考えていました」

条件を3つ持っていたから、相手を絞り込めています。まん福ホールディングスが水産加工会社を傘下に持っている点が「私たちの理想に限りなく近かった」と述べています。まさにエリア共和国の構造が、売り手の選定基準に合致した形です。

承継後については、こう語っています。

「すごく楽になった、スッキリした」

「明確な成長戦略」を選んだ人

3人目は、おぐらの唐揚の前会長、小椋美智男氏です。承継リリースにコメントが載っています。

「私の事業承継のポイントは『おぐらの唐揚』のさらなる成長。明確な成長戦略を提案されたまん福HDさんにお願いすることがベストな選択だと確信しました。今後が楽しみですね」

金額ではなく「明確な成長戦略の提案」を選定理由に挙げています。

3人に共通していたこと

長山氏、森口氏、小椋氏は、業種も規模も、承継の事情も違います。しかし共通点があります。

3人とも、金額を第一の基準にしていません。 長山氏は「過去に譲渡された会社のその後」と「雇用が守られること」を、森口氏は「川上を持っているかどうか」を、小椋氏は「明確な成長戦略」を見ていました。

そして3人とも、自社に何が足りないかを認識していました。長山氏は社長を務められる人材、森口氏は投資判断ができる体力、小椋氏は次の成長の道筋です。だから、それを埋めてくれる相手を選べました。

選ばれる側は、何をしているか

買い手の側から見ると、この場面で何をしているのか。まん福ホールディングスの答えは具体的です。

「メンバー全員の顔写真と名前で、会社様に対する思いを一言書いたデータを送ったりとか、そういう人的なやり方もしながら選んでいただいている」

提案書の内容ではなく、誰が引き継ぐのかを先に見せています。

初回の面談で決まった例もあります。B Dash Campの登壇を報じたTHE BRIDGEによれば、第1号案件の濱田屋では、複数社との面談を重ねていた3代目のオーナーが、加藤氏らの食に対する思いと食産業での経験に共感し、初対面のその場で独占交渉権を渡しました。加藤氏は同じ登壇で、こうも述べています。

「15案件分の12なので、成約率8割。それは金額ということではなくて、額が他と同じでも選んでいただく」

金額で競り勝っているのではなく、同じ金額でも選ばれる。この一言が、同社の選ばれ方を最も短く説明しています。

そして、成約率の高さの理由として挙げているのが、失敗の共有です。

「私たちのメンバーは私を含めて、多くが食産業に従事していました。様々な失敗も含めて経験してきており、それを話すことで共感いただく」

実績を並べるのではなく、うまくいかなかった話を先に出す。加藤氏がスシローとゼビオで現場を見てきた経歴が、ここで効いています。

金融機関から見ると、どう映るのか

売り手だけでなく、資金を出す側の視点も公開されています。清水銀行の岩山靖宏頭取は、静岡魚共和国への融資を決めた経緯をこう語っています。

「実はこういう案件は、当行にとっては初めてのケースでした。まん福HDは設立間もない企業でしたから。どれほどの覚悟を持っているのか、知っておきたいと思っていました」

そして承継先の従業員について、率直な観察も述べています。

「昭和の港町のような、中小零細会社が多いところですから、よそから入ってきて、M&Aで買収して売却するのではという不安を持つ従業員も多かったと聞いています。にも関わらずPMIもスムーズにいったのは、まん福HDへの絶大な信頼でした」

「買収して売却するのではないか」という不安は、承継される側に必ず生まれます。同社が「原則として売却しない」を明文化しているのは、この不安に対する答えでもあります。

あなたの会社でできることは

1. 承継先を探すなら、相手が過去に承継した会社を調べる

長山氏がやったのは、譲渡企業を1社ずつ調べることでした。

同じことは、取引先を選ぶときにも使えます。実績の数ではなく、その後の状態を見る。取引先の紹介事例に載っている会社に、実際に連絡を取ってみることもできます。

2. 自社が相手に求めるものを、3つ書き出す

森口氏は3つの条件を持っていました。だから絞り込めています。

金額だけを条件にすると、相手を比較する軸がなくなります。承継に限らず、提携先や仕入先を探すときにも同じことが言えます。

書き出す観点としては、次のようなものがあります。

  • どんな会社は避けたいか(森口氏の場合、オーナー社長のいる会社と同業他社)
  • 自社に足りない機能は何か(森口氏の場合、原材料の調達力)
  • 承継後、自分はどうしていたいか
  • 譲れない条件と、譲ってもいい条件はどれか(長山氏は雇用が1番、社名が2番)

3. 継ぐ人がいないことを、早めに口に出す

長山氏は約10年前から子息と娘が会社に加わっており、そのうえで判断しています。時間があったから、選択肢を比べられました。

継ぐ人がいないと分かってから探し始めると、選べる相手は減ります。まだ余裕があるうちに、相談先を1つ持っておく。商工会議所でも、取引のある金融機関でもかまいません。

4. 継がせない判断も、選択肢に入れる

長山氏は、子息と娘に無理に継がせることを本人たちの負荷になると考えました。

親族に継ぐ意思や適性がない場合、無理に継がせると、会社も本人も苦しくなります。第三者への承継は、諦めではなく選択肢の一つです。

5. 相手に自分を選んでもらう場面では、人を先に見せる

まん福ホールディングスは、メンバー全員の顔写真と名前、会社への思いを書いたデータを送っています。

これは承継の場面に限りません。新しい取引を始めるとき、採用のとき、提携を持ちかけるとき。条件や実績の前に、誰がやるのかを見せる。予算はかかりません。

何をもって成功とするか

最後に、加藤氏が承継の成功をどう定義しているかを引きます。

「いちばん大事なことは、事業承継した会社の社員の方々に『まん福ホールディングスに加わってよかった』と思ってもらえることだと思います」

売上でも利益でもありません。残った社員がどう感じているかを基準に置いています。

前回の技術承継機構の元オーナー、德勝氏が「未来へ引き継ぐ価値のある会社として選ばれた」と語っていたのと、同じところを見ています。承継が成立した時点ではなく、その後に会社にいる人がどうなったかで測る、という考え方です。

承継の予定がない企業でも使える、4つの原則

原則1 遠くの相手より、近くの同業と組む

まん福ホールディングスは、承継先を全国に散らさず地域で束ねました。仕入れと加工と販売が、その内側でつながるからです。

ただし同社は、エリアを超えた輸送で物流コストが重くなったことも率直に認めています。近くで組むことの利点は、この裏返しでもあります。

自社の商圏の中に、同じものを仕入れている会社が何社あるか。共同で仕入れる品目を1つ決めるだけでも、原価は動きます。

原則2 新しいことを始める前に、すでに評価されているものを磨く

加藤氏の承継の定義は、ストロングポイントを見極めて磨くことでした。ハッピー商会ではメンチカツとコロッケ、濱田屋ではしらすでした。

新商品の開発は時間もお金もかかります。すでに売れているものの見せ方を変えるほうが、早く結果が出ます。濱田屋がしらすの量を平均の倍以上にしたのも、新しい商品を作ったのではなく、既存の名産の使い方を変えた話です。

原則3 体制が変わる日を、儀式にする

承継式は予算のかからない施策です。新しい責任者を全社員の前で紹介し、本人が話す。それだけで、その後の1週間から2週間の動きが変わると同社は説明しています。

そして話す内容には「変えないこと」を必ず入れます。

原則4 数字と人の、どちらも欠かさない

加藤氏の言うサイエンスとヒューマンです。数字の可視化だけでは人心を掌握できず、人間関係だけでは仲良しクラブになる。

地方では、一人ひとりが持っている取引先との関係や現場の勘が、そのまま会社の資産になっています。可視化を進めながら、その資産を持つ人との関係も同時に作る。どちらか一方では機能しません。

まとめ

まん福ホールディングスから学べることを、6つに整理します。

1. 承継先は、地域とカテゴリーで束ねる

熊本肉共和国、静岡魚共和国、南関東肉共和国、北海道寿司共和国。名前に業種が入っています。エリアを絞り、そのエリアで扱うテーマも絞るから、会社が増えてもワンチームで経営できます。地域を絞ると、地元の金融機関との関係も濃くなります。

2. すでに評価されているものを磨く

新しく作り変えるのではなく、お客様から評価されている部分を見つけて前に出します。ハッピー商会では、ショーケースのレイアウトを変えて客単価が1,100円から1,500円になりました。

3. 承継から1か月で、仕入れに手をつける

フード・フォレストは、グループ内の水産加工会社からの直接納品に切り替えました。新商品でも改装でもなく、仕入れ先を替えただけです。前オーナーが「そんな価格で仕入れができるのか」と驚いた、という反応が残っています。

4. 承継の初日に、承継式を開く

新しい社長を全社員と株主の前で紹介し、その日のスピーチから1週間から2週間で人心掌握を終えます。第1号案件の新社長は、社員全員の写真とプロフィールを事務所に貼り出しました。

5. 100日でやることを、全部リストにする。うまくいかなければ作り直す

むさしのPMIを担当した水谷氏は、最初の100日にやるべきことが全てリスト化されていると述べ、あわせて「100日プランを再度やり直した事例もありました」とも語っています。最初にやるのは人・もの・金の可視化です。

6. 売り手は、買い手の「その後」を調べている

長山氏は、まん福ホールディングスが過去に譲渡を受けた企業を1社ずつ調べました。実績の件数ではなく、承継された会社がその後どうなったかを見ています。森口氏は3つの条件を、小椋氏は成長戦略の具体性を見ていました。3人とも、金額を第一の基準にしていません。

同社が引き受けている会社の歴史は、合計500年を超えます(2025年9月時点、12社)。北極星として掲げるパーパスは「世界No.1の日本の食文化を、永遠に」です。長く続いてきた会社には、続いてきた理由が必ずあります。

その理由を見極めて磨くという定義は、承継の場面に限らず、自社の事業を見直すときにもそのまま使えます。自社が何十年も選ばれてきた理由は何か。それはいま、店頭で一番目立つ場所にあるか。

まずはそこから確認してみてください。

「ビジネス知の機会格差をなくす」という私たちのミッションに向けて、これからも実践的で価値ある情報を発信していきます。この記事の内容について、さらに詳しく知りたい方は、ぜひご連絡ください。