ローカルグローススタジオは、『地方企業にスタートアップのような成長を』というテーマで、コンテンツ発信と支援サービスを展開しています。この記事では、実践的なビジネスノウハウを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。
「○○社に学ぶシリーズ」の第8弾として、今回取り上げるのは、米国のダナハー(Danaher Corporation)です。1984年に兄弟2人が設立し、いまはバイオテクノロジー、診断、ライフサイエンスの3分野で2025年の売上245億ドル、従業員約6万人の企業になりました。
なぜ日本の地方企業に向けた記事で、米国の大企業を取り上げるのか。理由は、このシリーズで前々回と前回に取り上げた2社が、どちらもこの会社を手本にしていたからです。技術承継機構は、承継後にやることをまとめた社内マニュアル「NGP」を、ダナハーの「DBS(Danaher Business System)」を手本に作りました。まん福ホールディングスの加藤智治氏も、起業のヒントとしてダナハーを挙げています。製造業の承継と食の承継、業種が違う2社が同じ会社を参考にしていた以上、その中身を見ておく価値があります。
ただし先に、この記事の優先順位を書いておきます。ダナハーは買収で大きくなった会社ですが、この記事の主題は買収ではなく、買った会社を良くし続けるために40年使っている「改善の仕組み」のほうです。その仕組みは、グループ会社を1社も持たない会社でも、社員10人の会社でも使えます。買収の作法は、記事の後半で扱います。
本記事では、ダナハーの経営を「①毎月1週間、現場を直すことを40年続ける仕組み」「②赤を赤と言い、やると言ったことをやったかを問う」「③買う側の作法(M&Aをする会社向け)」という3つの視点から分析し、M&Aの予定がない企業でも応用できる原則を抽出していきます。
参考資料一覧
- Danaher Corporation Form 10-K(2025年12月期。2026年2月24日提出)
- Danaher 公式サイト「Danaher Business System」、「Who We Are」(40年の年表)
- strategy+business「Danaher’s Instruments of Change」(ダナハー幹部9名の座談会。取材2012年、掲載2016年。参加者はCEO Thomas Joyce、CFO Dan Comas、DBSの原型を作ったGeorge Koenigsaeckerほか)。PwC Strategy& Foresight Vol.11 に日本語版(2017年、PDF)
- Lean Global Network 登壇「The Danaher Business System: DBS Act, Improve, Repeat」(DBSリーダー Olaf Bugar氏、YouTube)
- Lean Blog「Insights from GE CEO Larry Culp’s Speech at the AME Conference」(元ダナハーCEOの2022年講演要約)
- Danaher IR資料「Danaher Business System Overview」(2018年5月、PDF。CEO Thomas Joyce、CFO Dan Comas)
- BusinessWeek「A Dynamo Called Danaher」(2007年2月19日、PDF。当時CEOのラリー・カルプ氏の取材)
- The Harbus「HBS to DBS: Larry Culp’s General Management Journey」(ハーバード・ビジネス・スクール学生新聞によるカルプ氏インタビュー、2016年)
- In Practise 「IP Research Roundup: The Danaher Business System」、「IP Fieldwork Podcast: The Danaher Business System」(元DBSオフィス幹部・元事業会社幹部への匿名インタビュー集、2025年)
英語資料からの引用は筆者の訳です。元幹部の匿名発言(In Practise)は、発言者の肩書きを添えて引用します。
ダナハーとは
何をしている会社か
ダナハーは、米国ワシントンD.C.に本社を置く、科学と技術の分野の企業グループです。2025年12月期の売上は245億6,800万ドル、従業員は約6万人で、研究開発・製造・販売の拠点は約50か国にあります(10-K)。
事業は3つの部門に分かれています。バイオテクノロジー(抗体医薬や細胞・遺伝子治療薬の開発と製造を支える装置、消耗品、ソフトウェア)、診断(検査機器と試薬)、ライフサイエンス(研究用の装置と試薬)です。売上の多くが、装置を売って終わりではなく、消耗品やサービスとして繰り返し発生する構造になっています。
ただ、最初からこの姿だったわけではありません。
工具とブレーキの会社から始まった
1984年、スティーブン・レールズとミッチェル・レールズの兄弟が設立しました。2人はもともと商業不動産の会社を持っていて、経営のうまくいっていない製造業を買って立て直すことに向いていると気づいたのが始まりだと、同社のCFOだったダン・コマス氏は語っています(strategy+business座談会。以下、座談会)。
「創業者のスティーブとミッチは、1980年代に不動産会社から始めました。運営のまずい製造業をいくつか買い、立て直して利益を出せることを発見した。不動産より良い商売だった。1985年から1990年の間に、ほとんど何もなかった会社が時価総額4億ドルほどになりました」
公式の年表では、1990年代に工業製品の複合企業になり、2004年の診断事業(ラジオメーター)の買収でヘルスケアに踏み出し、2010年のサイエックス、2011年のベックマン・コールター診断事業の買収で今の姿に近づきます。そして2016年に工業部門をフォーティブとして、2019年に歯科部門をエンビスタとして、2023年に環境・応用ソリューション部門をベラルトとして、それぞれ分離して上場させました。 残ったのが、いまの3部門です。
つまり、買い続けただけの会社ではありません。買って育てた事業を、別の会社として切り出してもいます。この点は後で、日本の2社との違いとして触れます。
いまも買い続けている
直近では、2026年2月16日にパルスオキシメーターなど患者モニタリングの企業マシモ(Masimo)を約99億ドルで買収する契約を結びました(10-K注記。2025年のマシモの売上は約15億ドル。クロージングは規制当局の承認待ち)。
一方で、既存事業の伸びは緩やかです。2025年の売上成長率は3.0%、買収と為替の影響を除いたコア成長率は2.0%でした。2024年のコア成長率はマイナス1.5%です(10-K)。買収で規模を足しながら、既存事業は低成長という局面にあることは、正直に書いておきます。
DBSとは何か
10-Kは、DBSをこう定義しています。
「DBSは、当社の事業会社が継続的改善を追求するために日々使う業務プロセスとツールの集合であるだけでなく、当社の文化そのものでもある」
その文化を導くのが、5つのコアバリューです。
1. The Best Team Wins(最良のチームが勝つ)
2. Customers Talk, We Listen(顧客が語り、我々は聴く)
3. Kaizen is our Way of Life(カイゼンは我々の生き方)
4. Innovation Defines our Future(革新が未来を決める)
5. We Compete for Shareholders(株主のために競う)
3番目に「Kaizen」という日本語が、そのまま入っています。そしてDBSのツール群は、成長(Growth)、リーン(Lean)、リーダーシップ(Leadership)、DBSの基礎(DBS Fundamentals)という4つの柱に整理されています。
同社が株主価値を生む方法として挙げる戦略上の優先事項は3つで、その1番目が「DBSのツールと文化を一貫して適用することで競争優位を強くする」です。買収は2番目の「魅力ある市場でのポートフォリオ強化」に含まれます。会社自身が、買収より先に改善の仕組みを置いています。
2018年の投資家向け資料は、DBSを一言でこう表しています。
「常識を、力強く適用する(Common sense, vigorously applied)」
特別な理論ではない、と会社自身が言っています。特別なのは、それを40年やめなかったことのほうです。
本社は40人だった
BusinessWeekが2007年に取材した時点で、ダナハーの従業員は4万人、ワシントンの本社で働く人は40人でした(同誌)。本社が考えて現場に配る会社ではなく、現場の事業会社が自分で直す会社だという構造が、この数字に出ています。同誌によれば、創業者の兄弟は1985年の雑誌記事で「半ズボンの乗っ取り屋」と書かれて以来、メディアの取材を受けていません。DBSの成果で製造業の賞を取りにいくこともしませんでした。元ジェイク・ブレーキ社長のケーニグセッカー氏は「目立たないようにする積極的な戦略があった」と語り、同誌は元幹部たちの説明として、他社に気づかれて真似されること、人材を引き抜かれることを心配したからだと書いています。
なぜダナハーから学ぶべきなのか
日本の承継企業2社が、同じ会社を手本にした
技術承継機構の社内マニュアルNGP(NGTG Growth Program)は、同社の上場時資料で「DBS」を手本にしたと明記されています。そして上場記者会見で新居英一氏は、ベンチマークとして「ヨシムラフード、GENDA、USのDanaher」の3社を挙げました。
まん福ホールディングスの加藤智治氏は、起業のヒントをこう語っています。
「アメリカには、過去30年間で400社以上の企業をグローバルでM&Aしている『ダナハー』という企業があります。ダナハー・ビジネス・システム(DBS)という標準化された業績改善手法を確立しており、買収した会社にDBSを導入することで再現性高く業績改善を実現し、次なる成長軌道に乗せることをされています」
なお、買収件数についてダナハー自身は公式の累計を公表していません。「400社以上」は加藤氏の言葉として引いています。
2社が手本にしたのは、買収の多さではありません。買った後に、決まった手順で良くしていく仕組みのほうです。
40年で、中の会社がすべて入れ替わった
DBSが興味深いのは、仕組みだけが残り、中身は入れ替わり続けてきたことです。DBSのリーダーとして26年勤めたオラフ・ブガール氏は、講演でこう語っています。
「ダナハーは40年の会社ですが、グループ内で最も古い事業会社は20年です。考えてみてください。この20年で、私たちは人も、事業も、顧客も、完全に入れ替えてきました」
工具とブレーキを作っていた会社が、いまは抗体医薬の製造装置を作っています。事業の中身に共通点はほとんどありません。それでも同じ「DBS」という名前の仕組みが、形を変えながら使われ続けています。業種に依存しない仕組みだから、製造業の技術承継機構にも、食のまん福にも手本になったと考えられます。
地方企業にとっての意味
ここから先は、ダナハーが「どうやって大きくなったか」ではなく、「何を毎週やっているか」を見ていきます。毎月1週間のカイゼン、月1回8時間の業務レビュー、8つしかない経営指標、赤を赤と言う規律。どれも、予算よりも決めごとの問題です。
ポイント① 毎月1週間、現場を直すことを40年続ける仕組み
DBSが生まれた夜
DBSの誕生には、はっきりした場所があります。コネチカット州の「ジェイク・ブレーキ」というディーゼルトラック用ブレーキの工場です。ダナハーが買収したチカゴ・ニューマチック社の子会社で、当時の社長ジョージ・ケーニグセッカー氏は「DBSは1986年、私がこの会社の社長だったときに生まれた」と語っています。そして転機になった一晩が、1988年にありました。
ケーニグセッカー氏の回想です(座談会)。
「1988年の初め、トヨタ生産方式の師であり、大野耐一の直弟子だった岩田良樹と中尾千尋の2人が、ハートフォード大学で教えていると知りました。夕食に誘い、彼らのコンサルティング会社である新技術に手を貸してほしいと頼んだのです。2人は、引き受ける前に工場をすぐ見たいと言いました」
「夜11時に日本人2人を連れて工場に着いたので、夜勤の全員の注目を集めました。歩きながら岩田は小さく刺してきました。『大きな倉庫ですね。工場はどこですか』。私たちは明らかに仕掛品に埋もれていました。彼は、これまで見た中で最悪の工場だと言い、『あなたは即刻クビになるべきだ』と。最後に、いちばん重要な生産セルに着くと、こう聞かれました。『今、直しますか』」
「私たちは朝5時まで、そのセルを設計し直しました。この出来事が、生産方式の全面的な変革の始まりです。以後、新技術と月に1週間ずつ働くようになりました。この1週間という周期には魔法があります。調べて、変えて、その変化をある程度定着させるのに、ちょうど足りる長さです」
ここに、40年続く仕組みの原型がすでに入っています。外部の専門家と、月に1週間、現場で一緒に直す。そして1回で終わらせず、周期にしています。
創業者が製造業を知らなかったことが、幸いした
このとき買収したばかりのレールズ兄弟は、現場のやり方を止めにくると思われていました。ケーニグセッカー氏は続けます。
「新しいオーナーとしてスティーブとミッチが、私たちが何をしているか見に来ました。新しいやり方を潰されると思いました。ところが、2人に製造の経歴がなかったことが天の恵みになった。もし彼らが従来型の製造業の人間だったら、このやり方は筋が通らないと見えたでしょう。幸い2人は製造のことを何も知らず、これは論理的に見えた。しかも、私たちは強い生産性の数字を出していました」
「2人は、その年の後半に開かれたダナハー初の全社会議で、これを発表するよう求めました。その直後に、この実践をダナハー・ビジネス・システムの出発点として確立したのです」
「知らないから、現場の人の話を聞けた」という順序です。承継した会社の経営に、業界の外から入る人にとって、これは励ましになる話だと思います。
トップが毎日、カイゼンのことを書いた
1989年、レールズ兄弟は、当時はるかに大きかったブラック・アンド・デッカーのCOOだったジョージ・シャーマン氏をCEOに迎えます。元幹部のスティーブ・シムズ氏は、その後をこう語っています。
「文化はトップから進化しました。ジョージ・シャーマンの下では迷いがなかった。DBSが事業を動かす唯一のやり方でした。2001年にCEOを継いだラリー・カルプは、その実践をさらに強めました。ラリーは社内イントラネットに毎日、全社員向けの短信を載せた。今ならブログと呼ぶでしょう。その日のカイゼンについて書くのです。『夜9時、シムズが私と会う予定だが来ない。彼のチームがまだ工場で設備を動かしているからだ』といった具合に。この興奮と絶え間ない注意が、文化の一部になりました。上級管理職は毎年、DBSのツールの習熟度で評価されていたのです」
カルプ氏はのちにGEのCEOになり、2022年の講演で「ダナハーは、トヨタの師である新技術を自社の工場に招き入れた、米国で最初の、少なくとも最初期の会社だった」と振り返っています(Lean Blogの講演要約より)。
上位25人が、年に2週間以上教える
月に1週間の周期を、40年続けるにはどうするか。座談会で繰り返し語られるのは「教える」仕組みです。元幹部のジム・リコ氏の説明です。
「CEOを含むダナハーの上位25人の幹部は、全員が年に2週間以上教えます。その場で彼らは教えるだけではなく、リーダーが自分の事業の課題を語れる環境を作る。CEOがチームの一員として入ったカイゼンが、工場でも、現場でも、何度もありました」
シムズ氏も、退職前の自分の立場を語っています。
「上級幹部は全員、認定されたツールを定期的に教えます。私は引退前、いくつかのツールでブラックベルトでした。つまり、他の人がそのツールを使えるよう導き、その結果で評価される責任を負っていた。自分の担当外のダナハーの会社で教えることもよくありました」
教えることが、幹部の仕事の一部として定義されています。外部の研修会社に任せていません。
年1回、40本から50本の失敗談を共有する
もう1つが、年1回の「ダナハー・リーダーシップ・カンファレンス」です。シムズ氏の説明です。
「年に1度集まり、3日間で40本から50本の発表を通じて、事業会社の上位100人から150人のリーダーに最良の実践を共有しました。例えば『15年かかって、ようやくポリシー・デプロイメントのやり方が分かった』という発表がある。各発表は、問題、根本原因、取った対策、振り返って違うやり方をするならどうするか、そしてあなたへの助言を説明します。メールアドレスと電話番号つきで。『電話をくれれば、始めるための考えと人を一緒に探そう』と」
発表の型が決まっている点に注目してください。問題、根本原因、対策、やり直すなら、助言。成功の自慢ではなく、つまずきと対策の共有になっています。前々回の技術承継機構が、譲受先で起きた成功例と失敗例をもとにNGPを週次で更新していたのと、同じ発想です。
新しい道具は、まず1社で試し、12か月で全社へ
DBSのツールは、本社が作って配るものではありません。元幹部のヘンク・ファン・ダインホーフェン氏の説明です。
「新しいツールはしばしば、ダナハーの経営チーム(上位20人のリーダーで、その多くが事業会社を運営している)の議論から生まれます。新しい手法を開発するとき、委員会がやるのではない。全員が生徒になります。新しいツールは、すでにかなり良い状態にあるダナハーの会社で試し、次の段階へ引き上げるところから実装する。そこで学んだことを、いくつかの別の会社へ持っていく。12か月以内に全事業会社へ行って、そのツールを示すことが多い。すべての事業会社がすべてのツールを実装する必要はありません。自社の戦略に必要なツールを選びます」
ジョイス氏は、ツールの条件を一言でまとめています。
「プロセス志向がDBSの基本です。使うツールは必ずしも簡単ではないかもしれないが、繰り返せて、持続でき、教えられて、単純でなければならない」
問題は紙1枚に書く。考えるのに7割、作るのに3割
DBSには100以上のツールがありますが、土台は8つの基礎ツールです(2018年IR資料)。問題解決プロセス(PSP)、顧客の声、標準作業、バリューストリームマッピング、事務プロセスの改善、見える化と日常管理、カイゼン、5Sです。その中で元DBSオフィスのディレクターが「最も重要で、最も難しい」と言うのがPSPです(In Practise)。
「多くの会社には『やる人』の文化があります。問題が起きると、あまり考えずにまず直そうとする。その結果、根本原因に届かない一時しのぎになる。『なぜ』を5回聞けと言いますが、やる人の文化では2回目の『なぜ』で解けた気になって動き出す。速く進みたい会社ほど、実行より分析に時間をかける必要があります。考えるのに1割、実行に9割ではなく、本当の問題を理解するのに7割、対策の設計に3割です」(元DBSオフィス ディレクター)
PSPは、問題が起きたときに埋める1枚か2枚の書式です。元パル社(買収先)のエンジニアリング担当副社長は、運用をこう語っています。
「顧客からの苦情でも返品でも、問題があれば必ずこの書式を使いました。指標が1か月赤なら、それは許される。2か月赤なら、PSPがあることが求められ、そのPSPはなぜ赤なのかを理解していることを示さなければならない。6か月赤が続いても、PSPに見通しを書き、どこで好転するかを示していれば許されました。これが日常の言葉になっていきました」(元パル社 エンジニアリング担当副社長)
もう1つ、DBSの人たちが繰り返すのが「現場(ゲンバ)へ行け」です。
「人は自分の経験に導かれがちで、それが問題です。だからゲンバの証拠が重要になる。データでも写真でも、証拠を出さなければならない。私はこれまで100回以上のカイゼンを運営してきました。技術者たちは、仕組みがどう動いていて、なぜ問題が起きているかを説明してくれる。私はいつも議論を止めて、『現場へ行って、工程を見よう』と言います。工程の問題なら、95%の場合、技術者が考えていたのとは違うことが起きています」(元ダナハー ディレクター)
DBSオフィスという本社の専門部隊は、25人から30人です(同)。事業会社から「助けてほしい」と声がかかって初めて動く、引く型の運用だと元ディレクターは説明しています。本社が押しつけるのではなく、現場が呼ぶ。この順番が、40年続いている理由の1つです。
2003年、「2万4,000人に教えるには」
規模の問題も、早い段階で突きつけられています。リコ氏の回想です。
「2003年、私がDBSオフィスを運営していたとき、ミッチ・レールズに聞かれました。今後3、4年で2万4,000人にDBSをどう教えるつもりか、と。私は『この会社には2万4,000人しかいません』と答えた。ミッチは言いました。『そうだ。だが我々は3、4年で倍の規模になる。それが君の仕事だ』」
人が増える前に、教える仕組みを作れ、という指示です。
あなたの会社でできることは
「外部の師を月に1週間呼ぶ予算はない」「上位25人が年2週間教える会社は真似できない」と感じられるかもしれません。しかし、ここで移植できるのは人や規模ではなく、周期と型です。
チェックリスト:こんな状態になっていませんか
- □ 改善活動が「やろう」と決めた後、日程が決まらないまま消えている
- □ 現場の課題は皆が知っているが、誰がいつ手をつけるか決まっていない
- □ 新しい取り組みの進捗を、経営者が自分の言葉で社内に伝えていない
- □ 現場の改善が、評価や賞与に一切つながっていない
- □ うまくいった改善が、その部署の中で止まり、他に広がらない
- □ 直近3年で置いた責任者のうち、社内から上げた人が何人か数えたことがない
すぐにできる改善策
1. 月に1回、1日でいいので「直す日」を固定する
ダナハーは月に1週間でした。社員10人の会社なら、月に1日で十分です。第2水曜日の午後、と決めてしまいます。ケーニグセッカー氏が言う「周期の魔法」は、長さより、繰り返すことのほうにあります。
その日にやることは1つに絞ります。朝、現場で一番困っている場所を1つ選び、その場で動かせるものを動かし、夕方に結果を見る。これだけです。
2. 経営者が、その日のことを自分の言葉で残す
カルプ氏は毎日書きました。月1回なら、その日の夜に、何を直して何が変わったかを社内のチャットや朝礼で3行で話す。続けると、社員は「経営者が現場の改善を見ている」と理解します。
3. 評価の項目に「改善に関わったか」を1行足す
ダナハーは管理職をDBSの習熟度で評価していました。人事制度を作り直す必要はありません。既存の評価シートに「この半年で関わった改善」という欄を1つ足すだけで、行動は変わります。
4. 改善の発表を、型に当てはめて月1回行う
ダナハーの発表の型は5項目でした。問題、根本原因、対策、やり直すなら何を変えるか、他の人への助言。月次会議の最後に10分、誰か1人がこの5項目で話す。A4用紙1枚で足ります。成功談ではなく「やり直すなら」を必ず入れることが、この型の肝です。
5. 問題が2か月続いたら、紙1枚に「なぜ」を書かせる
ダナハーの運用は「1か月赤は許す、2か月赤なら書式を出す」でした。売上でも不良でもクレームでも、同じ問題が2か月続いたら、担当者にA4用紙1枚で「何が起きたか、なぜか(5回)、何をするか、いつ好転するか」を書いてもらう。書く前に、必ず現場を見に行く。技術者の見立てが95%違っていた、という元ディレクターの経験は、どの業種でも起きます。
6. 経営者と幹部が、年に数日「教える日」を持つ
経営者が年に2日、幹部が年に1日、社内で自分の得意なことを教える日を作る。教える側に回ると、自分のやり方が言葉になります。言葉になったものは、人に渡せます。
7. 新しい取り組みは、うまくいっている1か所で試してから広げる
ダナハーは「すでに良い状態の会社」で試しています。一番弱いところで試さない、という順番です。複数の店舗や部門があるなら、うまくいっている1か所で先に手順を整えてから、他に広げます。
8. 管理職を社内から出せているかを、数えてみる
ダナハーは、管理職のポストを社内の人材で埋めた割合(内部充足率)を経営指標の1つにしています(次のポイントで触れます)。直近3年で新しく置いた責任者のうち、社内から上げた人が何人か。数えるだけで、人を育てる仕組みが機能しているかが分かります。マネジメントとは、今のリソースでやりくりすること、リソース調達力を上げること。バフ人材とデバフ人材を見極める。で書いたとおり、今いる人で回す力と、外から人を連れてくる力は別物です。両方を数字で持っておく意味があります。
ポイント② 赤を赤と言い、やると言ったことをやったかを問う
指標は150から8に減らした
ダナハーは数字にうるさい会社です。コマス氏は「月次は必ず、しばしば週次、時に日次、工場のセル単位では時間単位で測る」と語っています。
ただし、指標を増やす方向にはいきませんでした。元幹部のクリス・マクマホン氏の言葉です。
「2006年、立ち止まって気づいたのは、重要業績指標が150個あることでした。こんなに多くの指標とデータで、自分たちの首を絞めていた。最も重要な指標だけに絞ることにしました。それが8つのコア・バリュー・ドライバーです。規模を大きくしたいなら、これをやるしかなかった」
CEOだったジョイス氏が、その8つを説明しています。
- 株主に向いた4つ: コア成長率、営業利益率の改善、運転資本の回転、投下資本利益率
- 顧客に向いた2つ: 納期遵守率(顧客が望んだ日に対して測る。それが「昨日」であっても)、外部品質
- 社員に向いた2つ: 内部充足率(管理職のポストを社内の人材で埋めた割合)、定着率
「ダナハーのすべての事業が、この8つの指標で『我々は勝っているか』に答えます」
8つのうち2つが社員に向いていること、特に「管理職を社内から出せているか」が経営指標に入っていることは、前々回の技術承継機構が「社長は社内から出す」を原則にしていたことと重なります。
月1回8時間、現地で、うまくいっていないことだけを話す
8つの指標を見る場が、月次の業務レビューです。ジョイス氏の説明です。
「各事業で、月次の業務レビューを規律ある周期で行います。8時間の対面会議で、固定の議題があり、各事業に20の月次目標がある。レビューは必ずその事業の現地で行い、ワシントンの本社ではやりません。非常にデータ駆動で、うまくいっていないことと、それをどう改善するかに集中します」
そして、全部がうまくいっている状態を、良しとしていません。
「業務レビューで20の月次目標がすべて緑なら、おそらく問題があると分かります。目標が厳しくなかったのです。20のうち10が赤なら、チームがどう反応するかが重要です。それで良しとしてほしくはないが、意気消沈してほしくもない。挑戦に立ち向かい、背伸びした目標を受け入れてほしい」
工場の掲示板に並ぶ指標の名前は、どの事業でも同じです。安全、品質、納期、コスト、在庫。月次、週次、セル単位の日次目標に対する進捗が見えるので、「この数字を見ると」と言って議論を始められる、とジョイス氏は語っています。
この姿勢は、CEOだった時代のカルプ氏の言葉にも出ています(BusinessWeek 2007年)。
「10対9で勝ったとき、取られた9点について誰も話したがらない会社はたくさんある。私たちは勝利を祝うが、『どうして9点も取られたのか。なぜ12点取れなかったのか』を話します」
「赤が新しい緑」の副作用
ただし、この運用には代償があると、中にいた人が語っています。元ダナハーのディレクターの言葉です(In Practise)。
「受け入れるか、去るかです。改善に向かうのは格好いいので、多くの人がDBSの一部になることを好みます。ただ欠点もある。成長できないと、工程を改善した分だけ人が余り、人員削減になります。それからDBSの文化の一部は、物事を透明にして、醜いところを見せることです。私たちはよく『赤が新しい緑だ』と言っていました。目標を置いて、全部緑になったら目標を飛ばして次の水準へ行き、またほぼ全部が赤になる。これは人に大きな圧力をかけます。耐えられない人も多い」
「行き過ぎると原理主義になる。硬すぎれば、創造性を失うかもしれない。利点は取りにいくべきですが、やり過ぎないことです。管理職の離職率が高いのは、このためだと思います」
赤を赤と言う文化は、言った後の扱いを誤ると人を消耗させます。この記事の後半で「赤と言える場を先に作る」を挙げるのは、この副作用があるからです。
「正直になる勇気、聴く謙虚さ、やり切る規律」
ここで、ブガール氏の講演に戻ります。氏はDBSの中でいくつもの改善ツールを作った人ですが、講演ではツールの話をほとんどせず、姿勢の話をしました。
「継続的改善の議論の多くはツールについてです。私の歩みを振り返れば、ツールはもちろん重要ですが、別の2つの要素を話したい。1つは、事業が前に進んでいるか。もう1つは、人がリーンを使って事業を前に進められるように育っているか。この2つは、同時にやる必要があります」
片方だけだと何が起きるかも、はっきり言っています。
「事業の前進だけに集中すると、最初は小さな勝ちがいくつか出ますが、持続しない。『今月の流行』になり、振り出しに戻る。そして結論はこうです。『継続的改善は機能しない。試したが続かなかった』。人の育成だけに集中すると、研修の演習になる。研修を受けて実際の仕事に戻っても、つながらない。研修の中身が、その社員がいま困っていることと関係ないからです。結論は同じです。『継続的改善は機能しない』」
そのうえで、うまくいく人に共通する3つの姿勢を挙げました。
1つ目は、正直になる勇気です。
「リーンでは、赤と緑で物事を見えるようにします。最良の人たちは、こう言います。『我々は赤です。差を埋めるために、これをやります』。そうでない人たちは、こう言う。『この事業にはもともと目標がないので、緑だと仮定しましょう』『赤ですが、そこまで赤くはない。なぜそこまで赤くないかというと……』そして、なぜ何も手を打つべきでないかについて10分間聞かされる。『目標が不公平だ』『市場が厳しい』。はい、それが人生です」
2つ目は、聴いて学ぶ謙虚さです。
「継続的改善は、いまの自分が完璧ではないと認められるときだけ機能します。完璧なら、継続的改善は要りません。謙虚な人はこう言う。『良い仮説があると思う。現場に行き、確かめるデータを集めて、来週また集まろう』。苦労する人はこう言います。『この業界で25年働いてきた。データの仕組みは要らない。市場は肌で分かる』。結構です。でも、それなら継続的改善を手伝ってくれとは言わないでください」
謙虚さは、仕組みそのものにも向けるべきだと続けています。
「DBSにあるものの多くは、ダナハーのどこかで生まれた最良の実践ですが、別の部門でそのまま機能するとは限らない。教科書どおりに実装しなければならない、という姿勢も役に立ちません。DBSであれ、あなたの会社の手法であれ、常にそのまま機能するわけではない。だから適応し、学び、改善し続けるのです」
3つ目は、やり切る規律です。
「ダナハーにはこういう言い方があります。『やると言ったことをやったか』。赤か緑か。『はい、やると言ったことをやりました』か、『いいえ、やっていません』か。P&G時代のCEOだったA・G・ラフリーがいつも思い出させてくれたように、『実行こそ、消費者が目にする唯一の戦略』です。実行しなければ、世界一の戦略があっても、顧客には見えません」
言い訳の例として、ブガール氏は自分の過去の問題解決シートを挙げました。「雪が降ったのでドイツで売れなかった」。そして、こう続けます。「結構。では雪にどう対処する。対策は何か」。
戦略が先。差が小さいなら、改善は要らない
講演の質疑で、ブガール氏は改善の前提についても答えています。
「戦略が先です。達成したい業績との差がなければ、あるいは差がごく小さければ、なぜわざわざやるのか。いま2%成長していて、明日2.2%になりたいなら、これは要りません。いま2%で、明日10%になりたいなら、話は別です。リーンや継続的改善、働き方を変えることなしには、そこへは行けないからです」
そして、新しい道具から入ることへの戒めです。
「私は、解くべき問題を探しているツール(新技術でも、AIでも、リーンでも)を見ると、とても不安になります。いつも問題から始めてください。解こうとしている問題は何か。それから、それを直すのに最も良い道具は何かを見る」
あなたの会社でできることは
この節で移植できるのは、指標の数と、会議の問いの立て方です。
1. 毎月見る数字を8つ以内に絞る
ダナハーは150個を8つにしました。中小企業なら5つで足ります。売上、粗利率、納期遵守率(約束した日に納めた割合)、社員の定着率、そして「いま一番の課題」を測る数字を1つ。
この5つを、毎月同じ順番で、同じ紙に書く。指標を増やさないことが、続ける条件です。
2. 会議の最初の問いを「うまくいっていないことは何か」にする
ダナハーの業務レビューは、うまくいっていないことに集中します。全部うまくいっている報告が出たら、目標が低いと考える。
月次会議の議題の1番目を「赤の項目」に固定してください。緑の報告は最後に回します。順番を変えるだけで、会議の中身が変わります。
3. 「やると言ったことをやったか」を、前回の宿題から始める
会議の冒頭に、前回決めたことを一覧にし、1件ずつ「やったか、やっていないか」を言ってもらう。やっていないものの理由は聞かない。次にどうするかだけ聞く。ブガール氏の「雪にどう対処する」の姿勢です。
4. 赤と言える場を先に作る
ブガール氏は「正直になる勇気」を1番目に置きました。ただ、社員が赤を赤と言えるかどうかは、言った後に何が起きるかで決まります。赤と言った人が責められる会社では、次から誰も言いません。
入社後の組織で、早く心理的安全性をつくるための自己開示法で整理しているとおり、先に開くのは経営者の側です。経営者自身が月次会議で「私が先月やると言ってやれなかったこと」を最初に言う。これが、社員が赤を言える条件になります。
5. 道具ではなく、問題から始める
新しいシステムやAIの導入を検討するとき、最初に書くのは「どの問題を解くか」の一文です。その一文が書けないなら、導入の検討を止めます。ブガール氏の言う「問題を探しているツール」を、自社に入れないためです。
ポイント③ 買う側の作法(M&Aをする会社向け)
ここからは、買収をする側の話です。読者の多くにとっては優先度が下がる内容ですが、技術承継機構・まん福・ACROVEの3社を読んできた方には、原型として意味があるはずです。
銀行からの持ち込みを待たない
コマス氏は、案件の見つけ方をこう説明しています。
「買収候補の見つけ方は、20年かけて作りました。ゴールドマン・サックスが候補を持ってくるのを待たないと決めたのが始まりです。代わりに、見込みのある市場を自分たちで前もって調べ、買いたい会社の名前と、入りたい業界のファネルを作り始めた」
「会社のリーダーに、こう言うこともあります。『私たちのことはご存じないでしょうが、この分野に関心があります。いつか事業を売ることを考える日が来たら、ぜひ話してください。私たちは長期の視点を持っていて、長く連絡を取り合いたい』。これはとても強力な手段だと分かりました。どの時点でも、いま売りに出ていない200社ほどを耕しています。何年もかけて耕した会社もあります」
ジョイス氏は、具体例を挙げています。
「前任のCEOラリー・カルプなら、1999年にハック社を買収するまで、創業者のキャサリンとクリフォードのハック夫妻をどれだけ長く口説いたか、話してくれるでしょう。なぜもっと早く諦めなかったのかと思うほどですが、この型は成功してきました。敵対的買収を探すなら、創業のごく初期までさかのぼらないと見つかりません」
前回のまん福ホールディングスが、金額ではなく共感で選ばれてきたと語っていたことと、同じ構図です。売りに出る前から関係を作る。これは、買い手が大きいか小さいかに関係なく使えます。
年150件を調べ、12件から14件を買う
マクマホン氏の説明です。
「年に12件から14件の案件を実行し、その10倍を断ります。つまり年に150件のデューデリジェンスを世界中でやっている。1件ごとに徹底的に調べる。買収前の調査、とりわけ財務面は、あらゆるリスクを掘り出し、さらけ出し、共有するように設計されています。何か怖いものが見えたら、全員で机を囲んで解決するか、歩き去るかを決める。辛抱強く、特定の案件に感情的に縛られないようにしています」
基準は1つに集約されています。ファン・ダインホーフェン氏の言葉です。
「M&Aの主な基準はこうです。この買収を通じて、最終的にその業界の市場リーダーの1社になれるか」
そして、買収の多さそのものを、学習の手段と位置づけています。
「他社は完璧な1回の賭けをしようとします。それは、経験のない上級幹部に大金を持たせる危険なやり方です。私たちは多くの買収を検討し続け、相当数を実現する。十分な頻度で買収すれば、何をすべきで何をすべきでないかが分かってくる。評価と統合の技能が育ち、プライベートエクイティより長く資産を持つことを学びます」
前々回の技術承継機構が年間約500件を受け取って7社を譲り受け(1.4%)、前回のまん福が手を挙げた15社のうち12社を承継していた(80%)のを思い出してください。入口で断る型と、手を挙げた後に決め切る型。ダナハーは前者です。
買った後の100日
買った後の手順も決まっています。ジョイス氏の説明です。
「買収した各社について、取引完了から100日以内に戦略計画を整えることを目標にしています。この過程で足並みが揃い、デューデリジェンスで置いた財務目標をすぐに確かめ直せる。デューデリジェンスで分かることには限りがあります。会社の経営チーム自身が、自分たちの将来への道筋を決める中心になる必要がある」
「経営陣にはDBSの基本を網羅する3日間の研修を受けてもらう。カイゼンを体験してもらい、他の事業の業務レビューに参加してもらう。毎月8時間の業務レビューに、ダナハーの専門家を送り込む。そして業績改善の具体的な機会を探します。多くの場合、その会社のチーム自身が前から特定していて、長い間倒したくてたまらなかった課題です。最初の1週間のカイゼンを、その課題を中心に組む。DBSのツールの力と、大きな問題を短期間で倒す楽しさを示す。そこから、彼らは曲がり角を曲がり始めます」
最初のカイゼンの題材を、買い手が決めていない点が重要です。買われた側が長年解きたかった課題を、一緒に解く。GENDA社の「最初の100日」、newmo社の100日プラン、まん福の100日プランと、期間は同じです。違いは、最初に手をつける課題を現場に選ばせているところにあります。
規模の大きい例で、この100日がどう動くかを示す数字があります。2015年に138億ドルで買収したフィルター大手のパル社では、取引完了後にダナハーの社員50人以上が入ってDBSの導入を支え、初年度に300回以上のカイゼンを行い、最初の90日でパル社の社員の70%以上がDBSの研修を受けました(2018年IR資料)。同資料は、その後の成果として新製品の投入数が50%増え、納期遵守率が20ポイント以上改善し、2億ドル以上のコスト削減を達成したと示しています。
経営陣の入れ替えについても、数字で語られています。
「経営陣がDBSを受け入れるかどうかも評価します。経営チームと一緒にやれないと感じて見送ったこともある。平均すると、買収先の上位10のポストのうち2つか3つを替えます。CFOを替えることが多い。私たちは非常に指標志向なので、ダナハーの指標を理解している人をそこに置きたいのです」
全部は変えない。「完璧を、より良くの邪魔にさせない」
リコ氏が、統合の姿勢を一言で語っています。
「すべての会社に、なぜ今のやり方をしているのかを尋ねます。私たちがすべてを変えようとしているわけではないと、人はすぐに理解する。事業をより良くする手伝いをしたいだけです。ダナハーでよく使う言葉に『完璧を、より良くの邪魔にさせるな』があります」
「ベックマン・インスツルメンツを買ったのは、ベックマン・コールターという生化学検査機器のブランドが欲しかったからです。そのブランドの強さを100年かけて築くのに何が要ったか、よく分かっていた。すべてを変えようとすれば、ベックマンの文化を壊し、ブランドの継続性を失うと分かっていました」
そして、学びは一方通行ではありません。
「会社を買うたびに、新しいことを学びます。歯科の事業には、私たちにとって新しい優れた営業管理の実践があった。フルークとハックを買ったときは、より良い製品管理を学んだ。テクトロニクスといくつかのライフサイエンス事業からは、技術開発や先端R&D、ソフトウェア開発を学んだ。これらの学びは、ダナハーのすべての事業に取り込まれました」
1998年に買収した計測器のフルーク社は、カルプ氏が初めて大きな事業の責任者になった会社です。BusinessWeekによれば、買収時のフルークの利益率は8%で、カルプ氏は20%を目標に置きました。技術者中心の文化を持つ同社の社員の多くは「品質と革新を損なわずには無理だ」と言いましたが、製品を絞り、在庫回転を速め、工場面積を減らして、2007年時点で同部門の利益率は21.5%になっています。一方でカルプ氏は、学生新聞The Harbusの取材で、この買収を「学びは双方向だと示した好例」と呼び、フルークの中国での事業の位置づけが「中国での市場参入の仕方と、直販と代理店の両方で売る方法をダナハーに教えた」と語っています。
早く入れる。半年で正直に話す
ブガール氏は、統合のタイミングについて率直に語っています。
「過去には、特別な事情があって(DBSの導入を)控えた例がいくつかありました。振り返ると、それは大抵うまくいかなかった。20年経った今から見ても。だから、買収先や新しい部門、新しい人と働くなら、早く正直に言うべきです。『これが、ここでの働き方です』と。本人が『100%やる』か『自分には合わない、別の場所に行く』かを選べるように」
「5年間抱えておいて、『あなたは継続的改善にコミットしていなかった』と言うのは、本人に対して公平ではないと思います。その話は半年か1年でするべきです」
「売らない」と「切り出す」
ここで、日本の2社との違いに触れておきます。
技術承継機構は「再譲渡は行わない」、まん福は「承継後、基本的に売却はしない」を事業モデルの1行目に置いていました。ダナハーはどうか。コマス氏は「私たちはめったに事業を売りません。買ったものを収益化したいのはプライベートエクイティと同じですが、やり方がまったく違う。事業を売ることに情熱はない」と語っています。
一方で、公式の年表が示すとおり、ダナハーは工業部門、歯科部門、環境部門を、それぞれ別の上場会社として切り出しました。売却ではなく分離ですが、「ずっと同じグループにいる」約束ではありません。そしてブガール氏の言葉どおり、最も古い事業会社で20年です。
日本の2社が「売らない」を約束しているのは、売り手が中小企業のオーナーであり、社員と取引先の不安に答える必要があるからです。ダナハーの売り手は多くの場合、上場企業や大手の一部門です。同じDBSを手本にしても、「売らない」という約束の有無は、誰から買うかで決まっていると見るのが正確だと思います。
あなたの会社でできることは(買収を検討する場合)
1. 売りに出ていない会社と、先に関係を作る
コマス氏の「いつか売る日が来たら、ぜひ話してください」は、そのまま使える言葉です。地域の同業や取引先で、自社と組めば強くなる会社を3社だけ挙げ、年に1度は会う。
2. 基準を1文にする
「この買収で、その市場のリーダーになれるか」。ダナハーの基準は1文です。自社の基準も1文で書けるか確認してください。書けないなら、案件ごとに判断がぶれます。
3. 最初の改善テーマは、相手の現場に選ばせる
買収後の最初の1週間で手をつける課題を、相手の社員が「前からやりたかったこと」から選ぶ。成果が出やすく、受け入れられやすい順番です。
4. 入れるものは早く入れ、半年で正直に話す
ブガール氏の反省のとおり、遠慮して先延ばしにした統合は、後から効いてきます。やり方を変えるなら最初に言う。続けるかどうかは、半年で互いに確かめる。
M&Aをすぐに行わない企業でも使える、4つの原則
原則1 直す日を、周期にする
DBSは1988年の一晩から始まり、月に1週間の周期になりました。ケーニグセッカー氏の言う「周期の魔法」は、中小企業なら月に1日で再現できます。1回のイベントで終わらせないことが、すべての出発点です。
原則2 指標は8つまで。会議は赤から始める
150個を8つに絞り、月1回8時間の会議で、うまくいっていないことだけを話す。全部緑なら目標が低い。この2つの決めごとは、予算ゼロで今月から変えられます。
原則3 「やると言ったことをやったか」だけを問う
ブガール氏の3つの姿勢のうち、最も移植しやすいのが規律です。前回決めたことを一覧にし、やったか、やっていないかを言う。理由は聞かず、次にどうするかだけ聞く。
原則4 教えることを、幹部の仕事に入れる
上位25人が年2週間教える会社は真似できなくても、経営者が年に2日教える会社にはなれます。教える側に回ると、やり方が言葉になり、言葉になったものは人に渡せます。
まとめ
ダナハーから学べることを、6つに整理します。
1. 仕組みは、業種を越えて移植できる
工具とブレーキの会社が、抗体医薬の製造装置の会社になっても、DBSは残りました。製造業の技術承継機構と、食のまん福が同じ会社を手本にできたのは、この仕組みが業種に依存しないからです。
2. 始まりは一晩、続ける単位は月1週間
1988年、夜11時に工場を見せ、朝5時まで生産セルを組み替えた。その後、月に1週間ずつ続けた。中小企業なら月に1日でいい。続けることが、仕組みの本体です。
3. 赤を赤と言い、やると言ったことをやったかを問う
150の指標を8つに減らし、会議はうまくいっていないことから始める。全部緑なら目標が低い。ブガール氏の言う「正直になる勇気、聴く謙虚さ、やり切る規律」は、この運用の中で鍛えられます。
4. 幹部が教え、失敗を型で共有する
上位25人が年2週間以上教え、年1回のカンファレンスでは40本から50本の発表が「問題、根本原因、対策、やり直すなら、助言」の型で共有されます。成功談ではなく、つまずきを流す仕組みです。
5. 買う側の作法は、売りに出る前から始まる
銀行からの持ち込みを待たず、自分でファネルを作り、売りに出ていない200社を耕す。年150件を調べて12件から14件を買う。100日以内に戦略計画を整え、最初のカイゼンは相手の現場が選んだ課題で行う。
6. 手本は同じでも、「売らない」の約束は売り手で決まる
ダナハーは事業を切り出して上場させてきました。日本の2社が「売らない」を約束するのは、中小企業のオーナーから買うからです。仕組みを移植するとき、何をそのまま使い、何を自社の相手に合わせて変えるかを分ける必要があります。
ブガール氏は講演をこう締めくくりました。「痩せたいなら、痩せ方の本を読んでも役に立たない。お金を貯めたいなら、実行の問題です。やることのほうが、話すことより大事です」。
この記事もまた、読むだけでは何も変わりません。次の月次会議の議題の1番目を、赤の項目に変えるところから始めてみてください。
「ビジネス知の機会格差をなくす」という私たちのミッションに向けて、これからも実践的で価値ある情報を発信していきます。この記事の内容について、さらに詳しく知りたい方は、ぜひご連絡ください。

執筆者 : 佐久間 一己 (さくま かずき)
つなぐスタジオ株式会社 代表取締役社長 / ローカルグローススタジオ Director
リクルート営業マネージャー、ユーザベースFORCAS(現Speeda)カスタマーサクセスマネージャー、スタートアップ役員、地方起業を経て、地方企業向けのマーケティング代理店を設立。BtoB事業でWEBメディアを立ち上げオーガニック流入を3か月で20倍に伸ばすなど、シード/シリーズAの知名度・ブランドが乏しい時期のマーケティング手法を地方企業向けにアレンジします。












