○○社に学ぶシリーズ – 株式会社ACROVE|20代を副社長に据える承継、PMIは「まず受け入れられること」から始まる

ローカルグローススタジオは、『地方企業にスタートアップのような成長を』というテーマで、コンテンツ発信と支援サービスを展開しています。この記事では、実践的なビジネスノウハウを、できるだけわかりやすくお伝えしていきます。

「○○社に学ぶシリーズ」の第7弾として、今回取り上げるのは、EC領域で買収を続けている株式会社ACROVEです。2022年6月にECロールアップ事業を始めてから、2025年11月時点で約17件を実行しています。

前々回の技術承継機構は承継後の手順を社内マニュアルに落とし、前回のまん福ホールディングスは承継先を地域で束ねていました。今回のACROVEは、送り込む人の年齢が際立って若い会社です。

買収先の代表取締役はACROVE側の人間に交代させ、そこに20代から30歳の若手を副社長執行役員として据えます。前のオーナーは最高顧問や専務として会社に残ります。ローネジャパンに着任した中島氏は30歳、イー・エム・エーに着任した林龍之介氏は27歳でした。

もう一つ、この会社を取り上げる理由があります。ACROVEは買収事業と並行して、他社のECを支援する事業も持っており、その支援先の6割が地方企業です(2024年9月時点)。熊本の海藻メーカー、宮城の1935年創業のゴムメーカー、岐阜県中津川市のジェラート製造。買収の話が自社に遠くても、この支援事例のほうは、多くの地方企業がそのまま自分の話として読めます。

本記事では、ACROVEの成長戦略を「①20代を副社長に据える」「②買う前の判断を自社で内製する」「③売り手が買い手を選ぶ基準」という3つの視点から分析し、地方企業でも応用できる原則を抽出していきます。

なお、本記事で使う「20代副社長」という言い方は説明のための呼び名で、同社の用語ではありません。同社はPMI(買収後の統合)そのものに固有の名前をつけていません。この点も後で触れます。

参考資料一覧

参考資料

このほか、起業ログのインタビュー(2022年10月26日)、日立 Executive Foresight Online 連載の第2回・第3回、THE BRIDGEの2024年7月・9月の記事、FastGrowの過去インタビュー、ACROVE press deck(2023年4月1日版)、各PR TIMESリリースを参照しています。

ACROVEとは

2つの事業を、両輪で回している

株式会社ACROVEは、EC領域の企業を買収して伸ばしている会社です。代表は荒井俊亮氏。

事業は2つあります。

1つ目がECロールアップ事業です。2022年6月に開始しました。買っているのはECブランドだけではありません。Adobe Commerceの構築ベンダー(Digital-Free、愛知県日進市)、企業と顧問のマッチングSaaS(顧問バンク)、DX人材コンサル(XTELLA JAPAN、大阪市)、輸入食品・酒類の卸売(丸万、大阪市淀川区、創業1946年)なども含まれます。ECブランドと、ECを伸ばすための周辺機能の両方を買っている構造です。

2つ目がCX事業です。他社のECを外から支援します。支援している会社は約170社で、そのうち首都圏が4割、地方が6割でした(2024年9月時点)。その後、累計200社以上に増えています(2025年5月時点)。

この2つが両輪になっている点が重要です。支援で蓄積した運用ノウハウを、買収した会社には中から適用できます。逆に、買収先で試した施策は支援先にも展開できます。

若い会社が、老舗を引き受けている

会社の性格を表す数字があります。

press deck(2023年4月1日版)によれば、従業員66名(2023年2月現在)、平均年齢27.2歳。ARRは3.3億円(2023年1月時点)でした。

一方、買収先には長い歴史を持つ会社が並びます。丸万は創業1946年、イー・エム・エーは1997年設立、ローネジャパンは1993年設立です。

そして買収先の所在地は、宮城、大阪、広島、愛知、神奈川と全国に散っています。

なぜACROVEから学ぶべきなのか

最初は、7割の人に止められた

いまでこそ17件を数えますが、始めた当初の反応は違いました。荒井氏はこう振り返っています。

「それこそ最初はソフトウェアの商売しかやってないけどM&Aやりますと言って、7割ぐらいの方々はやめておけという感じでした。新規事業の一環じゃないですけど、自分の中でも7割ぐらい(成功が)見えている状態で、1件目とか2件目をスタートして、案件のサイズとして(失敗しても)大丈夫な範囲でやっておりました」

小さく始めて、失敗しても大丈夫な範囲で試す。 17件という数字だけを見ると一気に走ったように見えますが、入口は慎重でした。

そして、地方でM&Aを進めるときに直面したことも語っています。

「地銀さんからすると、どこの誰だかわからない若いスタートアップがM&Aを仕掛けて、それによって20年、30年と温めてきた取引先がなくなってしまうかもしれない危機感を持っているケースもあり、相当守りのスタンスで入られることもありました」

これは、地方企業の側から見ると別の意味を持ちます。取引先の会社が譲渡されるとき、地元の金融機関は身構えます。 承継を検討する会社にとって、金融機関への説明は買い手選びと同じくらい重い工程になります。

3年で17件、そのうち事業承継型が4割前後

買収件数の推移を、時点とあわせて並べます。母集団はいずれも、ECロールアップ事業を開始した2022年6月以降の件数です。

時点累計件数
2023年10月(シリーズB公表時)約1年で7件(うち事業承継型3件)
2024年1月19日9件
2024年1月31日10件(アイティエスジャパン、広島市)
2024年4月30日13件(Digital-Free、愛知県日進市)
2024年7月15件
2024年9月12日16件(うち事業承継型6件)
2025年11月26日約17件

事業承継型は、3/7(2023年10月)、6/16(2024年9月)と、4割前後で推移しています。後継者不在を理由とする譲渡が、常に一定割合を占めている構造です。

連結の従業員数は、219名(2024年7月時点)、220名(2024年9月時点)、260名(2025年10月時点)と推移しています。

資金調達と、地方に厚い株主構成

資金調達は3回公表されています。累計は約18.4億円(2023年10月、シリーズB後)、約38億円(2024年9月、シリーズC後)です。

注目したいのは、引受先の顔ぶれです。

  • シリーズB:日本郵政キャピタル、静岡キャピタル、SMBCベンチャーキャピタル、広島ベンチャーキャピタル、りそなキャピタル、大日本印刷、ベクトル(デットは静岡銀行、あおぞら企業投資、東日本銀行、大和ブルーフィナンシャル)
  • シリーズC:ブーストキャピタル、Global Catalyst Partners Japan、ごうぎんキャピタル(山陰)、愛知キャピタル

地方の会社を買い、地方の金融機関から資金を集めています。 前回のまん福ホールディングスが「地域金融機関との関係を強くする」ことをエリア共和国の理由に挙げていたのと、構造が重なります。

事業規模については、2023年10月期(通期)の年商見込みが50億円、来期目標として120億円規模という数字が公表されています。いずれも見込みと目標であり、実績ではありません。

支援したブランドは、前年同月比で平均300%超

CX事業の成果も公表されています。荒井氏の説明です。

「提携ブランドの平均売上成長率は、前年同月比で300%を超えています」

「前年同月比で」という定義が付いている点が重要です。累計でも到達率でもなく、前年の同じ月と比べて3倍を超えるという意味です。

買った会社が、実際に伸びている

買収先ごとの成果も出ています。いずれも母集団は当該1社です。

顧問バンク(2024年7月1日に完全子会社化。光通信からの取得)

グループ入り後、売上高は前年同月比で約160%に、年間営業利益はジョイン前後で約190%に伸びました(2025年11月の同社リリース)。荒井氏も別の取材で「買収から1年で1.5倍程度まで成長していた」と述べています。

すさび(2022年11月28日に株式取得)

月の平均売上が約1.3倍になりました(2024年1月19日公開の同社noteによる。基準期間の記載はありません)。

丸万(2023年7月31日に完全子会社化。ECロールアップ7例目)

創業1946年、大阪市淀川区の企業です。販売網は百貨店をはじめ約500社、商品は約1,000点。売上と従業員数は公開されていません。

イー・エム・エー(2023年5月に子会社化)

同社の小型衣類乾燥機「乾きくん」をリニューアルし、クラウドファンディングに出しました。目標30万円に対して支援総額1,746,940円、支援者57人、達成率582%です(GREENFUNDING)。金額の絶対値は大きくありませんが、ECモール以外の入口を持てたことに意味があります。同社は2024年7月に過去最高売上を達成しています。

買った会社を、手放したこともある

ここは正直に触れておきます。

ACROVEは2025年11月19日付で顧問バンクの全株式をBoost Capitalへ譲渡し、11月26日に公表しました。譲渡価額は報道で7億3,000万円とされています(日本経済新聞は7億円と表記)。

ただし、これはACROVEが自ら整理として切り出したものではありません。 荒井氏は明確にこう述べています。

「売却するつもりは全くありませんでした」

買い手のBoost Capitalは、ACROVEのシリーズCに参加した株主です。話を持ちかけたのは買い手の側で、代表の小澤隆生氏は「基本的にはこちらからお願いしました」と説明しています。買い手側の理由は、ロールアップの中にBtoB SaaSとEC支援が混在することによる将来の評価上のリスクと、上場を目指すACROVEでは短期の利益を圧迫する投資が取りづらいという判断でした。Boost Capital取締役の高橋健太氏の言葉です。

「上場を目指す中では、短期的にPLへ負担をかけるが長期的には成長につながる投資は取りづらくなります」

あわせて高橋氏は、顧問バンクの売上がまだ2億円規模であることに触れ、「グロースというより起業に近い買収」だと位置づけています。

つまり「持ち続ける前提を置かない会社」ではなく、「株主から声がかかり、自社では投資しきれない領域だと判断して手放した」という順序です。

ポイント① 20代を副社長に据える

社長は交代させる。そこに若手を重ねる

ACROVEの統合は、こういう形です。

代表取締役はACROVE側の人間に交代させます。 イー・エム・エーの代表取締役はACROVE役員の山田哲夫氏、ローネジャパンの代表取締役社長は𠮷田圭太氏です。

そのうえで、20代から30歳の若手を副社長執行役員として送り込みます。

  • ローネジャパンには、中島氏が30歳で副社長執行役員として着任(2023年)
  • イー・エム・エーには、林龍之介氏が27歳で副社長執行役員として着任(2023年)。その後、福原氏が本体の事業本部長との兼務で同職を務めています(2024年7月時点)

そして前のオーナーは会社に残ります。 ローネジャパンの下門寛氏は最高顧問、イー・エム・エーの村上礼子専務は現職のままです。

経営の椅子は入れ替え、現場の関係資産を持つ人は肩書きを変えて残す。これがこの会社の型です。

ただし、若手を放り込んで終わりではありません

若手が1人で背負っているわけではない点も、あわせて見ておく必要があります。

ACROVEは2023年7月に執行役員制度を導入し、山田哲夫氏が「執行役員 ECロールアップ事業部長・子会社統括・社長補佐」に就任しました。山田氏の前職は複合企業の財務本部で、事業企画、アライアンス戦略、M&A、PMIを担当していた人です。2023年2月に入社し、現在は取締役 副社長執行役員 グループCOOを務めています。

つまり、PMIの経験者を1名採り、その人が子会社統括の設計をしたうえで、現場には若手を置くという構造です。イー・エム・エーでは、山田氏自身が代表取締役に就いています。

村上専務も「山田さんや林さんをはじめ、たくさんのACROVE社員の方がイー・エム・エーに入って仕事を進めて頂いている」と述べており、関与しているのは1人ではありません。役職としての副社長は1名でも、支える人は複数います。

中島氏は、入社1か月後に副社長になった

配置の速さが際立っています。ローネジャパンの副社長執行役員に着任した中島氏は、こう語っています。

「副社長就任のお話は、いわゆる『寝耳に水』でした」

しかもACROVEに入社して1か月後、経営企画の担当として仕事に慣れてきたくらいの時期の就任でした。

なぜそんなことができるのか。同社には2021年に導入した育成の型があります。TMB(Technic Mind Business Management)と呼ばれるモデルです。まずECを自分で運営して現場を経験し、成功までの肌感を掴んでから、チームでのポジションを得るという順番で育てます。荒井氏は「8割の人が2週間から1ヶ月ほどで結果を出せるようになります」と述べています。

配置の速さの裏に、育成の型があります。

着任してまずやることは「受け入れられること」

ここが、この記事で最も伝えたい部分です。

イー・エム・エーに27歳で着任した林龍之介氏は、自分の仕事をこう定義しています。

「M&Aで買収した企業で事業を展開するというのは『100を1000にする仕事』で、単純に経営指標だけを評価すれば『ここを改善すれば事業が成長する』と言えます。しかし、それを実現可能なアクションに落とし込んでいくためには、まずイー・エム・エーの社員の皆さんに私自身を受け入れてもらえなければなりません」

改善点は、数字を見れば分かる。しかしそれを実行に移すには、その前に自分が受け入れられている必要がある。成果を出すことではなく、受け入れられることが最初の仕事だと言っています。

そのうえで、順序を語っています。

「まず中期的には、現在の事業で改善できる点を洗い出して、ひとつひとつ改善をしていくことで、着実に利益を創出できる企業にしていきたいと考えています。既存のブランドにおいてもブランド価値の確立と向上のためのリブランディングが必要ですし、また、EC事業全体では適切な商品を適切なタイミング、適切な価格設定で販売する、という販売戦略もより改善する必要があります」

整理すると、受け入れられること → 改善点の洗い出しと1つずつの改善 → リブランディング → 販売戦略(商品・時期・価格)の改善 → 新規事業と上場という順番になります。

会社側が持ち込むのは、日次の会計の締め

若手を1人送り込むだけでは、会社は回りません。ACROVE側が持ち込む仕組みがあります。荒井氏の説明です。

「やっぱり一番大事なのは日次で会計をちゃんと締めることなんですよ。(買収先の企業によっては)ECの管理会計を持ってなかったりするんですけど、うちだったら売上と売上原価で粗利を出して、そこから広告費を引いて営業利益といった、当然のものをちゃんと日次で出せるようにします」

BIツール「ACROVE FORCE」も持っていますが、統合の本体はツールではありません。当然の数字を、日次で出せるようにすることです。

統合の摩擦も、当事者が語っています

うまくいった話だけではありません。イー・エム・エーの村上専務は、変化の速さへの戸惑いを率直に述べています。

「協業前のイー・エム・エーはアナログな手法での業務が多かったので、チャットを多用したコミュニケーションや業務を推進していく中で人と人の繋がりがどんどん生まれていくスピード感には、業務を管理していくという部分で戸惑う部分も実際ありましたね」

そのうえで、変わった点をこう語っています。

「今まで事業の方向性は1人で考えることが多かったのですが、それをチームで考えられ、スピード感をもって推進できる点が良いと感じています」

変わったのは体制ではありません。意思決定の場が1人からチームに移ったことです。

あなたの会社でできることは

チェックリスト:こんな状態になっていませんか

  • □ 次の責任者候補が、社内で50代以上しかいない
  • □ 若手に任せたいが、いきなり責任者は無理だと感じている
  • □ 月次の締めが翌月10日以降で、数字を見るのが遅い
  • □ 事業所や部門ごとに、勘定科目の使い方が違う
  • □ 新しい責任者を送るとき、まず成果を求めてしまう
  • □ 事業の方向性を、いつも社長1人で考えている

すぐにできる改善策

1. 新しい責任者には、最初の1か月「受け入れられること」だけを求める

林氏の言うとおり、改善点は数字を見れば分かります。しかし実行できるかどうかは、受け入れられているかで決まります。

新しい責任者を送るとき、着任から1か月の目標を「成果」ではなく「全員と1対1で話す」「現場の作業を実際にやってみる」に置く。それだけで、その後の実行速度が変わります。

前々回の技術承継機構は、1号案件で全社員250名と個別面談をしていました。同じ順序です。なお、着任した側から自分を開いていく具体的なやり方は、入社後の組織で、早く心理的安全性をつくるための自己開示法で詳しく整理しています。顔を合わせて話す機会は、最初の2週間に持つことが重要です。

2. 締めの頻度を上げる

ACROVEが統合で一番大事だとするのは、日次で会計を締めることです。

いきなり日次は難しくても、月次から週次に上げるだけで見え方は変わります。売上、原価、粗利、広告費、営業利益。この5つが週単位で見えれば、打ち手を変える判断が1か月早くなります。

3. 勘定科目の使い方を、全事業所で揃える

複数の店舗や事業所があるなら、同じ費用が違う科目に入っていないかを確認します。揃っていないと、比較ができません。

これは新しいシステムを入れる話ではなく、ルールを1枚の紙にまとめる話です。

4. 若手を配置する前に、育てる型を作る

ACROVEは入社1か月後の社員を副社長にしています。無謀に見えますが、TMBという育成の型が先にあります。

自社でも、役職を渡す前に、まず現場の仕事を一通り経験して肌感を掴んでもらう。この順番だけなら、業種を問わず再現できます。

5. 事業の方向性を、1人で考えるのをやめる

村上専務が挙げた最大の変化がこれです。体制でもシステムでもなく、考える人数が増えたことでした。

週1回でも、数字を見ながら複数人で方向を決める場を作る。参加者は3人で足ります。

ポイント② 買う前の判断を、自社で内製する

200項目のチェックリストを、社内で回す

ACROVEが1年半で9件、3年で17件という速度を出せている理由の一つが、判断の内製化です。

同社は200項目以上のデューデリジェンス(買収前の調査)リストを持っています。加えて、Amazon、楽天、Yahoo!ショッピングのそれぞれについて約30項目のチェックを社内で回しています。

なぜ内製できるのか。リストがあるからだけではありません。公式noteの説明です。

「経営、法務、監査のバックグラウンドを持つ社員が多数在籍している」ため「社内でデューデリジェンスを完結できるのでスピード感を持って判断できます」

リストと、それを読める人の両方を社内に持っています。

ブランドの値段を、4段階で決める

同社は、買収先の価値をどう算定するかも公開しています。

1. 会計上のファイナンシャルDD

2. 原材料費や人件費などの洗い出しと、客観的な評価。「原材料を変更して売上原価を下げられる余地があるか」「工場を選定しなおせるか」「梱包サイズを最適化して送料を削れるか」といった観点で、買収後の営業利益の伸びしろを算出する

3. 販促活動の実施度合いをチェック。Amazonなら、Prime対応、送料無料、ランキング、ポイント付与、レビュー、SNSフォローといった項目を1つずつ確認する

4. 未実施の施策を実施した場合の売上増加を、独自の方法で計算する

4番目について、荒井氏はこう名付けています。

「マーケティングの伸び代を私たちは『LTVポテンシャル』と定義しています」

まだやっていない打ち手の分だけ、価値を上乗せする。 これが買い手の思考です。逆に言えば、売る側から見れば、やれることを全部やってしまってから売ると、伸びしろが減った状態で評価されることになります。

「魂の責任者」がいなければ、買わない

もう一つ、判断の基準があります。同社の公式noteは、グループに迎える事業の条件を3つ挙げています。1つ目はECを軸とした事業計画が作れるか。2つ目は既存ビジネスとのシナジーがあるか。そして3つ目が「魂の責任者がいるかどうか」です。中身は、こう説明されています。

「商品への熱意・こだわりを持たれているか?」「商品が価値があるものだと裏付けがある」「ACROVEにグループジョインすることで本気でブランドを伸ばそうと考えられているか?」

財務でも成長率でもなく、その事業に熱意と責任を持つ人がいるかどうかを、買収の条件そのものに数えています。

前回のまん福ホールディングスが「試食して美味しくなければ断る」という基準を持っていたのと、性格が似ています。数字の前に、人と中身を見ています。

自社が買われる側なら、いくらの値がつくか

売り手にとって参考になる数字も公表されています。

  • 「年商1億円が売却しやすい一つの目安になります」(2022年4月時点)
  • 買収の主対象は年商1億円から10億円(2023年10月時点)
  • 月間40件から50件の売却相談を受領
  • 月10件から20件の商談で1件が成約

そして投資回収の速さも公開されています。M&Aの投資回収期間は1年から2年で、業界標準の8年に対してかなり短い水準です。

判断の速さを表す数字もあります。同社によれば、一般的なM&Aは月に50件から100件を見て1件成約するのに対し、ACROVEは月10件から20件で1件が成約します。さらに、基本合意書の受領率は100%だと述べています。

数を打って当てているのではありません。前段の200項目のチェックリストで絞り込んでから動いているため、手を挙げた案件がほぼ決まる、という構造です。

あなたの会社でできることは

ステップ1:判断項目を20から30個、自社で書き出す

200項目は多すぎると感じるかもしれません。地方の会社なら20から30項目でも、外部に丸投げしないという点では同じ効果があります。

書き出すときは、過去の失敗から逆算すると早く作れます。「あのとき確認しておけばよかった」を項目にします。

ステップ2:自社の「まだやっていないこと」を数える

ACROVEのLTVポテンシャルは、買収の場面だけの発想ではありません。

自社の販路について、やるべきことを項目化して、実施済みかどうかを○×で並べてみる。ECなら、商品ページの画像枚数、レビュー数、広告の有無、SNSの導線。実店舗なら、看板、Googleマップの情報、口コミへの返信、チラシ。

×が付いている項目の数が、そのまま自社の伸びしろです。 買い手はそこを見て値段をつけています。

ステップ3:チャネルごとに、別のリストを持つ

ACROVEはAmazon、楽天、Yahoo!で別のチェックをしています。同じECでも、仕組みが違うからです。

自社でも、実店舗と卸とECでは見るべき項目が違うはずです。チャネルごとに整理しておくと、見落としが減ります。

ステップ4:「責任者がいるか」を最初に確認する

新規事業でも、新店舗でも、事業承継でも同じです。その事業に責任を持つ人が決まっているか。決まっていないなら、始める前にそこから決めます。

ACROVEが買収の3条件の1つに数えているほど、ここは重い項目です。

ポイント③ 売り手が買い手を選ぶ基準

ACROVEの自社サイトには、譲渡した側の当事者インタビューが3社分あります。売り手側の言葉が読める点は、事業承継を考える立場にとって貴重な資料です。

「1+1=3」にならなければ意味がない

1社目は、イー・エム・エー株式会社(宮城県柴田郡、1997年設立)です。ここで語っているのは、専務取締役の村上礼子氏。創業者の遠藤雅信氏とともに会社を担ってきた人で、譲渡後も会社に残っています。

譲渡の背景を、村上氏はこう説明しています。

「創業者の遠藤は2年ほど前から事業の成長に伸び悩みを感じていましたし、目標であった上場も果たせなかったということもあり、『事業の成長や上場という目標を若い世代に託したい』という思いは強かったです」

後継者不在ではありません。上場という目標に届かなかったことが理由です。

村上氏自身は、最後まで確認を続けています。

「私は何度も『本当に売却していいんですか?』と聞きましたが、最終的には遠藤自身の意向を尊重することになりました」

そして、選ばなかった相手についても語っています。

「ACROVEさんだけでなく別の会社からもお話をお伺いしていましたが、その会社はリアル店舗を中心に事業を展開する企業で、EC通販事業を中心に事業を展開する当社とはシナジー効果が期待できないと考えました。M&Aは『1+1=2』ではダメだと思うのです。『1+1=3』にしなければなりません」

規模の大きい相手が、必ずしも良い相手とは限りません。この構図は、クアンド社の記事で紹介した宮崎の南都技研が、同業大手の提案を断ってITスタートアップを選んだ事例とも重なります。

そして村上氏の締めくくりが、この記事の読者に最も近い言葉です。

「残念ながら、東北地方ではM&Aによって成長を実現した企業というのがこれまであまり存在していません。しかし、私たちがACROVEさんと一緒に先駆者になることで『東北地方で一番入社したい会社』を目指していきたいですね」

決め手は「若さ」だった

2社目は、ヘアアイロン「アゲツヤ」などを展開する株式会社ローネジャパン(1993年設立)の前代表、下門寛氏です。現在は最高顧問を務めています。

下門氏とACROVEをつないだのは、M&Aのコンサルタントからの紹介でした。売却を決めた理由を、下門氏はこう語っています。

「ACROVEさんへの売却を決めた理由は、圧倒的な『若さ』です。荒井社長と社員の皆さんから感じる若いエネルギーと”ビジネスを成長させよう”という勢いに託してみようと考えました」

譲渡の理由は世代交代でした。若い世代に向けたブランドを扱っているのに、現在の経営陣が時代の潮流についていけないという認識です。

そして荒井氏の印象を、こう述べています。

「第一印象としては、まず年上である私をリスペクトしてくれて、丁寧に言葉を選んで話をしてくれる人だと感じました。エネルギーは感じる人ですが、言葉からは社長によくある押しの強さは感じない」

「実はいい意味で、そうでもない」

下門氏の言葉で最も印象的なのが、譲渡後の述懐です。

「ACROVEさんは、外から見ると大型の資金調達にも成功して凄い勢いで成長しているというイメージの会社でしたが、実はいい意味で『そうでもない』ところも見えてきたのが印象的ですね。試行錯誤して失敗も重ねながら若さや明るさを武器に前に進んでいる会社」

買収した側の自社サイトに、この一文が載っています。順風満帆な会社ではないと分かった、という感想を隠していません。

そして下門氏は、社員に伝えてきた言葉も語っています。

「社員には『会社のために働こうなんて思わないでくれ』と言ってきました。社員には、自分の人生や家族のために働いてほしい」

送り込まれた30歳の中島氏に対しても、こう言葉をかけています。

「いい意味で、あまり大きな使命を背負う必要はないと思います。社員の人生を尊重して、社員の考えと真摯に向き合うことは重要ですが、仮に思い通りにいかなかったとしても、それで自分を必要以上に責める必要はないと思うのです」

もう1人も、同じ理由を挙げていました

3社目は、Digital-Free株式会社(愛知県日進市、2013年設立)の代表取締役社長、柴田裕之氏です。2024年4月にグループ入りしました。

柴田氏が挙げた決め手は2つで、片方は下門氏と同じでした。

「ECモールと自社ECサイトをカバーしているACROVEとでしたらEC全体をビジネスのフィールドにできる」

「若い社員の方が非常に多いので、若さ故のパワーや独創性によるスピード感・エネルギッシュさ」

業種も地域も違う2人のオーナーが、独立に「若さ」を選定理由に挙げています。

3人に共通していたこと

村上氏、下門氏、柴田氏。3人とも、金額を第一の基準にしていません。

村上氏は「1+1=3になるか」、下門氏は「新しい時代を作るエネルギー」と「年上をリスペクトする態度」、柴田氏は「EC全体をカバーできること」と「若さ」を見ていました。

そして3人とも、自社に何が足りないかを認識していました。村上氏(と遠藤氏)は成長のスピード、下門氏は時代の感覚、柴田氏は事業領域の広さです。だから、それを埋めてくれる相手を選べました。

あなたの会社でできることは

1. 「1+1=3」になる相手かどうかで考える

村上専務は、リアル店舗中心の買い手を断りました。規模でも金額でもなく、自社のEC事業と掛け算になるかどうかを見ています。

判断の仕方としては、次の問いが使えます。「相手と組んだとき、自社の一番強い部分は、いまより強くなるか」。弱い部分が補われるだけなら、足し算です。

2. 自社に足りないものを、正直に言葉にする

下門氏は「若い世代向けのブランドなのに、経営陣が時代についていけない」と自ら述べています。この認識があったから、若さを決め手にできました。

書き出す観点としては、次のようなものがあります。

  • 商品やサービスのターゲットと、意思決定者の感覚は合っているか
  • 5年前と比べて、伸びた部分と止まった部分はどこか
  • 社内にいない専門性は何か
  • いま一番の制約は、人か、資金か、販路か

3. 相手の失敗も含めて知ってから決める

下門氏は譲渡後に「実はいい意味で、そうでもない」と分かったと述べています。裏を返せば、譲渡前には見えていなかったということです。

承継先を探すなら、うまくいっている話だけでなく、うまくいかなかった話も聞く。前回のまん福ホールディングスの記事で紹介した長山会長は、過去に譲渡された企業を1社ずつ調べていました。同じ確認の仕方です。

4. 後継者不在以外の理由でも、承継は選択肢になる

村上氏が語った理由は、後継者不在ではなく上場という目標に届かなかったことでした。下門氏は世代交代です。

「まだ自分がやれるから承継は先」と考えている場合でも、伸ばしきれていない自覚があるなら、選択肢として検討する価値があります。

買収の話が遠くても、この事例なら近いはずです

ここまで買収の話をしてきましたが、ACROVEのもう一つの事業であるCX事業には、地方企業の支援事例が実名と数字つきで10件以上公開されています。買収を検討する段階でなくても、こちらはそのまま自社に当てはめられます。

とよす(関西、柿の種メーカー。デパート中心の販売)

コロナで売上が半減し、ECの月商は30万円でした。商品ページとストアページを改修し、米菓カテゴリへの露出を強化。画像動画広告、X広告、LINE公式アカウントの運用、Xでのキャンペーンを実施しました。

結果は月商2,000万円。繁忙期の12月は月商4,000万円を超えています。Xのフォロワーは半年で約8,000人、2024年5月時点で2万人を突破。LINE経由の売上は支援後3か月で約400%増えました。

カネリョウ海藻(熊本)

支援前の状態を、こう振り返っています。「Amazon上では商品を単に掲載しているだけで、運が良ければ注文が入る程度」。

商品ページを優先順位をつけて改修し、広告を最適化。競合の少ない海藻市場での差別化を進め、定例ミーティングを回しました。結果は、支援開始の2023年4月から約1年で売上が昨年対比1,500%以上です。

弘進ゴム(宮城、1935年創業のゴムメーカー)

課題は販路でした。「後継者不足で代理店が減少」していたのです。代理店と卸に依存する構造そのものが、相手側の事業承継問題で細っていました。

Shopifyで自社ECを構築し、会員のランク分けと自動メール配信を導入。会員が月に約50人ずつ増えています。

ドリームジャパン(岐阜県中津川市、ジェラート製造)

担当者の言葉が率直です。「1人でECをテコ入れした時期もありました」。製造管理と営業を兼任していて、更新が滞っていました。

商品ページの最適化と広告運用の改善、毎月の定例会で、夏季の売上が昨年対比で約1.5倍になりました。そして「生産管理や営業活動に専念できる環境に変わりました」と述べています。

リベルタ

Amazonで、3桁以上いた出品者にカート(購入ボタン)を奪われていました。出品者に個別に連絡して整理し、8割を削減。カート獲得率がほぼ100%に戻り、単月売上が昨年対比400%増になりました。

大石アンドアソシエイツ(Russell Hobbs)

問屋経由の販売で転売業者による価格崩れが起き、電気ケトルのカテゴリで13位まで落ちていました。不正な出品者を個別に整理し、Amazon直販へ移行して、売上が2倍以上になりました。

藤栄

支援を頼んだ理由が、支援会社の選び方として参考になります。同社はすでに他社との協業を決めていましたが、その企業から「藤栄からの助けは必要ない」と言われていました。一方ACROVEは「いずれ内製化していくという当社の意向を理解して下さり、その上でご支援いただける」姿勢を示したといいます。

支援前の状態は「当時の藤栄の社内には、EC運用において相談できる人は1人もいませんでした」。約1年でAmazonの売上が昨年対比177%になりました。

この事例群から取れる3つの実務

1. 出品者の整理は、今日から確認できます

リベルタと大石アンドアソシエイツの2社に共通するのが、自社商品のページに他の出品者が並び、価格が崩れていた問題です。

自社商品をAmazonで検索して、購入ボタンを持っているのが誰かを確認する。これは10分で終わります。卸で商品を出している地方メーカーなら、確認する価値があります。

2. 「相談できる人が社内に1人もいない」は、多数派です

藤栄も、ドリームジャパンも、カネリョウ海藻も、支援前の状態は同じでした。担当者が兼任で、更新が止まっていた。

これは能力の問題ではなく、体制の問題です。外に頼むか、社内で1人を専任にするか。どちらかを決めることが最初の一歩になります。マネジメントとは、今のリソースでやりくりすること、リソース調達力を上げることでも書いたとおり、今いる人で回らないときに外部の力を借りることは、マネジメントの仕事そのものです。

3. 販路の細り方は、自社の努力と関係なく起きます

弘進ゴムの課題は、代理店側の後継者不足でした。自社が何もしなくても、取引先が減っていく構造です。

自社の販路のうち、相手の代替わりが近いものがどれだけあるか。数えてみる価値があります。

M&Aをすぐに行わない企業でも使える、4つの原則

原則1 新しい責任者に、最初は成果を求めない

林氏の「まず受け入れてもらえなければなりません」が、この記事で最も移植しやすい考え方です。

改善点は数字を見れば分かります。実行できるかどうかは別の問題です。着任1か月の目標を「全員と話す」に置くだけで、その後が変わります。

原則2 締めの頻度を上げ、科目を揃える

ACROVEが統合で重視するのは、日次で会計を締めることと、管理会計そのものを持たせることです。

新しいシステムを買う話ではありません。いつ締めるか、どの費用をどの科目に入れるか。この2つのルールを決めるだけです。

原則3 まだやっていないことを数える

LTVポテンシャルの発想です。買い手は、実施済みの施策ではなく、未実施の施策の数を見て値段をつけています。

自社の販路について○×を並べてみる。×の数が伸びしろです。

原則4 責任者がいない事業は、始めない

ACROVEは「魂の責任者がいるかどうか」を、買収の3条件の1つに置いています。

新規事業でも新店舗でも同じです。誰がやるかを決めてから始める。決まらないなら始めない。この規律が、リソースの分散を防ぎます。

まとめ

ACROVEから学べることを、6つに整理します。

1. 経営の椅子は入れ替え、関係資産を持つ人は残す

代表取締役はACROVE側に交代させ、20代から30歳の若手を副社長執行役員として据え、前のオーナーは最高顧問や専務として会社に残ります。全部を入れ替えるか、全部を維持するかの二択ではありません。

2. 若手を配置できるのは、育てる型があるから

中島氏は入社1か月後に副社長になっています。背景に、2021年導入のTMBという育成の型があります。現場を経験して肌感を掴んでから役職に就く、という順番です。配置の速さの裏に、育成の型があります。

3. 着任してまずやることは、受け入れられること

林氏の「改善点は数字を見れば分かる。しかし実行に移すには、まず受け入れてもらう必要がある」という言葉が、この記事の核です。

4. 統合の本体は、日次の締めと管理会計

BIツールは手段です。日次で会計を締め、粗利と営業利益が毎日見える管理会計を持たせる。これがなければ、どのツールを入れても数字は比較できません。

5. 買い手は「まだやっていないこと」に値段をつけている

LTVポテンシャルという考え方です。あわせて「魂の責任者」がいるかどうかも見ています。財務の前に、責任を持つ人がいるかを確認しています。

6. 売り手は、金額を第一の基準にしていない

村上氏は「1+1=3になるか」、下門氏と柴田氏は「若さ」を挙げました。3人とも、自社に足りないものを言葉にできていたから、それを埋める相手を選べました。

平均年齢27歳前後の会社が、創業1946年の企業を含む17社を引き受けています。宮城、大阪、広島、愛知、神奈川。買収先も、出資する金融機関も、地方に厚い構成です。

イー・エム・エーの村上専務が最後に述べた言葉を、もう一度引きます。

「東北地方ではM&Aによって成長を実現した企業というのがこれまであまり存在していません。しかし、私たちがACROVEさんと一緒に先駆者になることで『東北地方で一番入社したい会社』を目指していきたいですね」

自社に足りないものは何か。それを掛け算で埋められる相手はどこにいるか。

M&Aを検討する段階でなくても、この2つの問いは今日から使えます。

「ビジネス知の機会格差をなくす」という私たちのミッションに向けて、これからも実践的で価値ある情報を発信していきます。この記事の内容について、さらに詳しく知りたい方は、ぜひご連絡ください。